円満具足








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「おはようございま…うわっ!?」
「なっ、ど、どうし…えぇっ!?」


朝、仲良くゴミ出しを終えた足で、月島と山口が事務所に出勤すると、
入口扉を開けた瞬間、飛び出してきた赤葦が月島に猛然とタックル…
尻餅をつきながらも、月島は何とか赤葦を腕に抱き止めることに成功したが、
赤葦は月島にムギュ〜〜〜っとしがみ付いたまま、離れようとしなかった。

真横で見ていた山口は、驚き戸惑い固まったままの月島に代わって、
赤葦の頭を撫でて慰め…つつも、月島から少しでも剥がそうと試みてはみたが、
「ヤダヤダ!」と首を横に振り、赤葦は月島の胸により深く埋もれてしまった。

この光景(と、タックルの衝撃)には、見覚え(身に覚え)がある。
約2年前、4人で開業&同棲を始めてすぐの頃…『指環騒動』の時だ。
山口は一旦赤葦を置いて、クルリ…黒尾の方を振り向き、ジロリと睨んだ。


「黒尾さん…今度は一体、ナニをヤらかしたんですかっ!?」
「俺は、ナニもヤってねぇ…はずだ。」

昨日晩…メシ食って、一緒にHQ!!アプリゲームのタイムセール?を楽しんで、
その後は、なんやかんやダベって…そこまでは普段通りのラブラブだったんだ。

それなのに、いざ寝るか!って時に、急に小さな紙切れを寄越してきて…
紙にメモってあった暗号に、「?」って首を傾げた途端、いきなりフテ寝だよ。
そこから、口もきいてくれねぇ…ナニが何だか、もうサッパリなんだよ。
ちなみに、コレがその紙切れだ。赤葦からの謎の暗号…解読を手伝ってくれ!


黒尾は二人を拝みながら、『謎の暗号』が書かれた紙切れを広げて見せた。

    『2/40 (6/15-7/24)』

「これのどこが…謎なんですか?」
「うっわ、黒尾さん…サイテー。」

月島と山口は、冷め切った目で黒尾を見遣り、「この…鈍感野郎っ」とボソリ。
山口は赤葦の背中にピットリ引っ付き、「可哀想に…っ」と、声を潤ませた。

しまった!ツッキーと山口(と研磨)は、いつだって赤葦の味方だった…っ!
それに気付いた黒尾は、必死に解読した途中経過を、わたわたと説明し始めた。


「『2/40』は40分の2…だよな?」

40種あるものと言えば、とりもなおさず『将棋の駒』だ。
そのうち2つあるのは、王将・飛車・角行…まずここまではいいとしても、
カッコ内の『6/15-7/24』って引き算?っぽいのが、わかんねぇんだよな~
『24/7』だったら、24時間・週7日…転じて『always』って意味らしいし、
24種類…二十四節気の7番目なら立夏、15種類…十五夜の6番目は六日月か?

「出題者が赤葦ってことは、結構高難度な暗号なんだろうが、
   3つに何ら共通点を見い出せねぇ…正直、お手上げ状態だよ。」

いやぁ~俺が仕事の飲みから帰って来たら、いつも座卓に置手紙があるんだが、
『お帰りなさい』『今日もお疲れ様でした』『お先にお休みなさい』の他に、
暗号とか謎が書いてあったりして…酔い覚ましに毎回楽しんでんだけど、
ここんとこ、そのテクも難易度も上がってて…なかなか寝られねぇんだよな~♪

本題も忘れ、最愛の伴侶からのラブラブ暗号レター話にデレデレする黒尾。
月島と山口は、どうでもいいクロ赤夫婦の『ヒミツのヤリトリ』にゲンナリ…
謎好きにとって痛恨の『ソッコー答えを教える』攻撃を、お見舞いしてやった。


「もっと素直に考えて下さい。黒尾さんが『ナニもヤってない』のが…悪い!」

『6/15-7/24』はただの日付…この期間は初日算入で、ちょうど40日。
6月15日と言えば、W杯合宿開始日…そこから昨日の7月24日で40日間です。
この期間中に『2』とカウントするモノに、心当たりは…ありませんか?

「ちなみに、昨夜の黒尾&赤葦家の晩御飯のメニューは?」
「聞いて驚け!何と…うな重(国産)が出てきたんだよっ!」

「その羨ましい豪華晩御飯を見て、黒尾さんは…どう思ったんですか?」
「3割引シール付き…『丑の日』の残りで、お買い得だよな~♪って。」

最近暑ぃし、夏バテ防止のために、精力が付くモンが食いてぇよな~って、
前日に『丑の日』コーナー見ながら俺がボソっと零したのを、覚えててくれた…
当日の高いやつじゃなくて、翌日割引になったのを入手して出してくれるとは、
無茶苦茶デキる奥様…主婦力高ぇな!って、盛大に褒め称えまくったんだよ。

「なぁ、俺の赤葦…凄くねぇか?」
「えぇ。アンタには勿体無いぐらい。」
「アンタが自慢するコトじゃないし。」

ここに至っても、暢気に奥様自慢する大ボケな旦那に、月島達は遠~~~い目。
ついには上司を『アンタ』呼ばわりしながら、冷た~~~く言い放った。


「W杯合宿中、クリアファイルを使ったミニシアター…その夜に『1』で、
   W杯終わって昨日で10夜…その間にもう『1』という、行動記録です。」
「要するに、40日で2回…『最近ゴブサタすぎやしませんか?』って訴え…
   夫婦関係の危機をお知らせした、奥様からの『ラブレター』でしょっ!!」

W杯期間中は致し方ないとしても、その後の10日でたった1回…冗談でしょ!?
まさかとは思いますが、ゲームにうつつを抜かして、アレをヌかさず…
あんなにベタベタ引っ付いてゲームし、熱苦しさを方々に振り撒いてたのに、
ラブラブしてたのは、ゲーム内のクロ赤だけでした~ってオチ…馬鹿者ですね。

そもそも、こんなに色気ダダ漏れの奥様と密着しておきながら『無反応』とは、
その『馬愚息』はホントに使えない…文字通り『無用の長物』だったんですね。


あーあー、赤葦さん、超~可哀想~!!勇気を振り絞ってアピールしたのに~!
言っときますけど、俺や赤葦さん…『右側』からは、おいそれと誘えませんよ?
俺達だって一応男なんで、恥じらいとかプライドとか…色々フクザツなんです!

しかも、俺も赤葦さんも酔った振りができないから、寝惚けた振りで密着して…
偶然を装って、「あ、ゴメン…起こしちゃった♪」ぐらいしか手がないのに、
『うつ伏せ寝』の誰かさんには、それも使えない…心から気の毒ですよっ!!

「コレだけが夫婦円満の秘訣ではないですが…レスは最大の離婚事由でしょ?
   アンタ、毎日のように依頼者に散々言いまくってるのに…はぁ~情けない!」
「愚息不足は、円満具足の真逆…『医者の不養生』とは、まさにこれだよね~
   『馬の耳に念仏』ならぬ『馬並のアレもお陀仏』…ホンット、使えないっ!」


ぐうの音も出ない部下達からの大バッシングに、黒尾はガックリと項垂れた。
言われてみれば、毎日楽しいばっかり…一緒に居るだけで心から幸せだった。
だが、『一緒に居る』ことが当たり前になってしまっていなかっただろうか?

「夫婦円満にとって大切なのは…『当たり前』だと思わないこと、だったな。」

何不自由ない、満たされた生活…それに甘えきってたんだな。
今の幸せがいかに奇跡的なものかを、毎日ちゃんと確認し、感謝し続けること…
それを継続すべく、弛まぬ努力をし続けることが、夫婦円満の必須条件だよな。

「大馬鹿野郎な旦那で…悪かった。」


黒尾は自分の非を素直に認め、深々と頭を下げて、赤葦に謝罪した。
その真摯な姿に、月島と山口もホっと表情を緩め、今度は赤葦の背をポンポン…

「『言わなくてもわかるでしょ』『そのくらい察してよ』…これも甘えです。」
「恥かしくても、ちゃんと言わなきゃ…この点は俺達も反省しきりですけど。」

特に御宅の旦那様は、人三倍鈍感…しかも、暗号遊びなんて習慣まであります。
だからこそ、大切なことは大声ではっきり言わないと…絶対に伝わりませんよ?

ちゃんと伝えてないのに、一方的に怒るのも、相手に失礼…これも酷い話です。
恥かしいのもわかりますが、それを乗り越える努力も…円満には不可欠です。


「奥様からの誘いを断る程、御宅の旦那様は無粋でも不能でもないはずです。」
「奥様溺愛っぷりは、異常なレベル…何だかんだ言っても、紳士ですからね~」

   ほら、いつまでも拗ねてないで…
   安心して、言っちゃって下さい。
   二人でしっかりと、話し合って…
   まぁ~るく、満たして下さいね?

月島と山口は、力の抜けた赤葦を引き剥がすと、黒尾に向かって背を押し…
自分達はクルリと二人から背を向けて、事務所の扉へ向かって歩き出した。


「ラブラブ月山夫婦が仲介する、初めての『クロ赤夫婦♡円満調停』…」
「これにて、一件落着~♪そして…本日終業っ!おやすみなさぁ~い♪」





- 終 -




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※指環騒動 →『環状隘路
※クリアファイルを使った… →『鮮烈挟入
※ゲームにうつつを… →『回帰共走
※夫婦円満調停 →『福利厚生④』『結終結合


2018/07/27
(2018/07/25分 MEMO小咄)
(2018/06/12分 Twitter投稿)


 

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