隣之番哉⑥(前編)







結婚が…結婚式が、これほどまでに大変な事業だとは、想像していなかった。
自分のじゃなく弟達のだというのに、この大変さ。結婚、もうしたくないよ~

人生における様々なイベントを通じて、人がどれだけストレスを感じるかを、
数値化してランキングした表を見たことがあったが…離婚より結婚の方が上位!
しかも、『配偶者の死』と同じレベルのストレスだと書いてあった。

そのランキングを初めて見たのは、俺がまだ学生の頃…全く意味不明だった。
でも、離婚を専門にしている、既婚者の法律家は、その表に深く頷いて納得顔。
『つくる』より『こわす』方が、ずっと楽なんだと…しみじみ語っていた。

「結婚式こそが、最大の『青』…
   まさに『サムシング・ブルー』…いやエブリシング・ブルーかもね。」

ブライダルコーディネーターを介し、結婚式場の『プラン』を利用する場合、
あらかじめ用意された『ド定番』な流れに沿うだけで、それなりのものが完成!
…だなんて思ったら大間違いで、膨大な『あらかじめ用意』されたものを決め、
『それなり』に形作るための打合せだけで、普通は軽~く一年かかってしまう。


「衣装合わせだとか、出席者とか、席次だとか…料理やお土産も決めなきゃ。」
「それ以前に、どこで挙式するか…式場選びだって、なかなか骨が折れるよ。」
「挙式関係だけじゃなくて、二人の新居はどうするか…引越もあるだろうし。」
「場合によっては、退職や転職も必要となりますから…人生の大転換ですね。」

渋い茶ぁをシバきながら、当事者の四人はしみじみとため息を吐いている。
事務所やら自宅やらの転居(改装)はあったけど、それ以外はスルーしたくせに…
つーか、前半は全部、後半もかなりの部分、兄ちゃんがやってあげたんだけど。

とはいえ、とてもじゃないが当事者だけで全てこなすことは不可能…今も昔も。
だから、仲人さんやコーディネーターさんが示す道案内(プラン)を頼りに、
どうにかこうにか、やっとこさ、満身創痍疲労困憊の末、つくりあげるのだ。


「苦労して、大金払って、式やって…」
「んで、出席者から見たら、どれも記憶に残らねぇ、ド定番の結婚式ばっか…」
「カタにハメなきゃ、何もできねぇっつーの!『ありきたり』とか言うなっ!」
「結婚式こそ…『現実』の始まり。」

当事者の対面に座り、疲れ切った顔で更に深~~~いため息をつく三人組。
彼らは俺と一緒に、今回の事業のために尽くしてくれた、立(伊達)役者達だ。
彼らの役割はむしろこれからが本番で、親族として頭が下がる一方なんだけど…
当事業の打上げに、俺を含めた『裏方四人組』で慰安旅行を決行予定だったり、
伊達の連中と仲良くなれたのは、この事業を通じて一番の収穫だと思ってる。

「俺ら、『伊達工業㈱・青(ブライダル)部門』としてヤってけるんじゃね?」
「異類婚姻専門コーディネーターとか、結構需要が…あるわけねぇよな~。」
「いや、不動産と同じく…大いにアリかもしれんぞ。」
「俺は絶っっっ対、手伝わないから。」

商魂逞しい彼らは、大文句垂れつつも、今回の経験を今後に何とか生かすべく、
『新婚初夜応援セット』の販売計画を、紅白饅頭を貪りながら立て始めた。
それなら俺は新居斡旋、父さんは各種法務…今後もあらゆる分野で提携確定だ。

当事者達は、『黒猫魔女』と『レッドムーン』の婚姻(提携)を喜んでるけど、
歌舞伎町の歴史に残る『異類婚姻』は、おそらく俺達の方だろうね。エッヘン!

…と、俺達の物語は、本筋とは離れた異類婚姻譚『異聞』の扱いだ。
一瞬だけキラリと交差させた視線を、今度はそのお隣…別の一団にターンした。



「皆さんが頑張ってくれたおかげで、蛍の晴れ姿を見ることができるのね~♪
   『蛍は結婚しても式はしない』に500万賭けてたけど…母として嬉しいわ~」

色々としんどい思いをして、しかも金もかかる…面倒臭いことこの上ない。
『かわいいおよめさんになりたい♪』という、壮大な夢のためでもなければ…
(新郎の中には、新婦や親のためにしているという意識も、あるはずだ。)

新婦の側に『壮大な夢』がなかったり、様々な事情で式を挙げない場合には、
記念のお写真だけを撮るフォト婚や、御食事会のみのレストラン婚をしたり、
はたまた、そういうのを全部しない『ナシ婚』を選ぶ夫婦も、近年増えている。

自他ともに認めるツンデレ野郎な蛍は、式=獄門(晒し首)ぐらいに思ってる…
母さんですら自信満々で『蛍ナシ婚』に大金を賭けてたんだけど、
それを覆す程のお相手に巡り合えただなんて、家族としては感無量だよね~
(新婦…可愛い忠の方に『壮大な夢』があったかどうかは、定かじゃない。)

ちなみに、俺は『蛍は結婚しない』に5万、赤葦君は『結婚不可能』に50万、
『けいはかせきとけっこんする!』って言ってたぞ!と、父さんは500円…
化石級っぽいご長寿さんがお相手という奇跡により、父さんがまさかの勝利だ。

何だかんだ言いつつ(蛍で遊びつつ)、我らが月島家もこの奇跡に大喜び…
父さんの前には、既に鼻水&涙が染み込んだティッシュの山が築かれている。

そんな月島夫妻のお隣には、この部屋の中で最も『桃色』な方々…


「いろんな状況や価値観がある…どんな式が最良かは、一概には言えないわ。」
「ただ、何らかの『通過儀礼』は必要…それだけは、確かかもね~」

僕達は…赤葦夫妻はほぼ駆け落ちだったし、歌舞伎町を敵に回しちゃったから、
式や披露宴だなんて到底ムリ…怖~いオジサン達に、襲撃されちゃうからね♪

それに僕の天使は職業柄、お城風のトコでド派手なドレスを着慣れていたから、
お姫様になりたいっていう『壮大な夢』とも無縁…リアルに女王様なんだもん。
僕に至っては、水揚げ料の大借金を抱えてて、貯金も生命保険も差押だったし、
究極のナシ婚…と見せかけて、借金も(お腹の中の京治も)『アリアリ婚』♪
アリ余る幸せ…だけど、『通過儀礼』をしてこなかったのは、心残りかな~

「あらダーリン、私だって本当は、純白のドレスを着てみたかったのよ?
   せめて私の代わりに、京治が着てくれたらよかったのに…ザンネ~ン♪」
「ごっ、ごめんハニー…じゃぁ今度改めて、僕達は『フォト婚』しよっか?
   僕は…あ、そうだ!黒尾君の正装を貸して貰っちゃお~っと♪」

当事者達よりも、はるかにラブラブっぷりを振り撒く赤葦夫妻…いつも通りだ。
ジジ臭い息子夫婦よりも新婚っぽいんだし、今から挙式しても遅くないでしょ。

そんな可愛らしい二人を、横で微笑みながら見ていた黒尾君のお母さんに、
赤葦夫妻はキラキラ目を輝かせながら、興味津々に黒尾夫妻について尋ねた。


「黒尾さんのとこ…吸血鬼カップルの結婚式って、どんなのなんですか?」
「深夜の教会で血を啜り合う…とかだったら、大・感・激しちゃうわ~♪」

無邪気な妄想に浸る赤葦夫妻に、京治君は「すすすすみませんっ!」と大慌て。
一方の黒尾のお母さんは、キョトンとした後…朗らかに声を上げて笑った。

「そういうの、私も憧れるわ~。でもザンネ~ン♪だけど、当時は江戸の世…
   キリスト教禁教令で、教会やチャペルだなんて、存在してなかったのよ。」

吸血鬼は、武家の政略結婚や商家・職人の跡継ぎ婚、庶民のお見合いとも違う。
血の相性が最優先の『くっつき合い』…割と現代的な恋愛結婚?に近いわね。
この郷の巫女さん達みたいに、古式ゆかしいシキタリもない身軽な存在だから…

「出逢って3秒、即オチ即ハメ…」
「おぃおぃっ!息子の目の前で…こんな場所で、ナニ暴露してんだよっ!」

今度は黒尾君が大慌て…でも、そんなサエズリには一切お構いなし。
膝枕で穏やかに眠る父の頭を優しく撫でながら、黒尾母は笑顔を崩さない。
「ヤダ、ウチとほぼ同じ~♪」と喜ぶ赤葦夫妻と、ハイタッチする始末だ。

親や親戚達が、思わぬ暴露話をしてしまう…これも、結婚式の怖~いトコだ。
心底同情するけど、外野の俺としては…楽しくて仕方ないんだな、コレが。


「吸血鬼婚は、血…遺伝子の相性を重視するという点で、超未来的かもしれん。
   是非とも、その『くっつき合いシステム』について、研究させて欲しいな。」
「確かに、山口先生の仰る通り、つがいの確定方法としては、実に科学的ね。
   そして、未知の科学とは…浪漫そのもの。運命と言い換えてもいいわよね。」

息子達と同じだけの長~~~いつき合いがあるらしい、山口母と黒尾母。
『年長さん&年少さんのママ友』っぽく見えなくもないんだけど…

「結婚のスタイルって、時代によって大きく違うからね~
   ウチなんか、僕は戦国系男子でも、山口先生は…未だによくわかんないよ~」
「私とお父さんとでは、結婚に関する『常識』も、まるで違ったからな。
   まさか『通い婚』ではなく、室町ニュースタイル『嫁入り婚』するとはな…」

室町が…『ニュースタイル』?一体、山口先生は、おいくつなんだ…?
誰もが同じ疑問を胸に抱いたが、誰もが賢明にもそれを口からは出さなかった。
とにかく、桁違いの歳の差婚…それに比べると、蛍達はまだ『僅差婚』かも?


ぐるり…もう一度、部屋を見回す。
今日の式の出席者は、『身内』だけの小ぢんまりしたものなのだが、
この面々の席次を(年齢順に)並べるだけでも、相当苦労したことがわかるはず。
ザっと簡単に書いてみると、こんなカンジだろうか(年齢順・敬称略)。

   ・山口先生(冶金学魔女・室町以前)
   ・山口パパ(魔女配管工・戦国男子)
   ・黒尾父(爆睡中吸血鬼・江戸初期)
   ・黒尾母(隠居中吸血鬼・江戸初期)
   ・黒尾鉄朗(宅配吸血鬼・江戸中期)
   ・青根高伸(無口青坊主・江戸中期)
   ・二口堅治(裏表口巫女・江戸中期)
   ・孤爪研磨(甘口付喪神・江戸末期)
   ・山口忠(飛行宅配魔女・江戸末期)
   -----(越えられない壁的なアレ)----
   ・月島父(弁護士・私は昭和の男だ)
   ・月島母(歌舞伎町不動産王・熟女)
   ・赤葦父(設備設計士・昭和ボーイ)
   ・赤葦母(先代歌舞伎町女王・秘密)
   ・月島明光(不動産会社社長・30代)
   ・赤葦京治(現歌舞伎町女王・秘密)
   ・月島蛍(皆様の下積・唯一の20代)

人外9名、その他7名…計16名。
あぁ…列挙なんて、しなきゃよかった。
よくもこれだけ濃い面々を…隣り合うつがい達をまとめ、調整できたもんだ。
十人十色とは言うが、同じ人間なんて一人としていないことが、よくわかる…
自分とは違う部分を認め合い、受け入れなきゃいけないってことなんだろうね。

   (凄く大変、だけど…)

この場に全員で集まるまで、皆それぞれが苦労や我慢をしたはずだ。
でも、だからこそ、こうやって繋がり合えた奇跡が、嬉しくて堪らない…
誰の顔を見ても、同じ喜びを感じていることが、その笑顔から伝わってくる。


「人種や歳の差なんて、些細なこと…問題はそこじゃないのだよ、諸君!」

科学や浪漫、奇跡や運命…二人の出逢いを、何と銘打ったって構わない。
これだけ違う相手とも惹かれ合い、共に生きたいと願い、新たな家庭を営む…
『つくる』や『こわす』よりはるかに難しいのが、『つづける』ことなんだ。

結婚式とは、面倒極まりない諸々の手続を、二人がやりきれるかどうかを試し、
最低限『つくる』はできました!と、親族達に認めてもらう通過儀礼なんだ。
『つくる』如きでへこたれるようでは、『つづける』のは到底無理だからな。

過去に『つくる』を経て、『つづける』を必死の努力で頑張っている親達は、
我が子にその力があるかどうかを、結婚式を通して判断しようとする…
親が子に「結婚式を見たい」と言う理由には、そういう側面もあるのだよ。

「その点、君達は明光や堅治君達に頼りきり…甘えが過ぎるんじゃないか?
   周りの人と力を合わせ、共助することも大事だが…私は少々、心配だ。」


父さん…月島父の言葉で、場には緊張感の含まれた静寂が訪れた。
神妙に項垂れる四人。親達はその姿を、厳しくも温かい眼差しで見つめていた。
俺は、親としての立場でもないし、伊達工業の皆のような、人生経験もない。
勿論、結婚する当事者でもない…どこにも属さない『境界の存在』だ。

   (あぁ、だからこそ…俺、なんだ。)

年齢や世代(時代)、人種も様々な人間が集う、この場の『仲介者』として、
俺が満場一致で選ばれた理由に、今ようやく合点がいった。

   (境界があるからこそ、繋がれる。)

親世代と子世代に挟まれ、兄ちゃんとして頼られ…凄くしんどい役割だった。
でも、実は皆が俺の苦労をちゃんとわかってくれていたことも嬉しかったし、
何よりも、俺という『境界』があったからこそ、こうして皆が繋がれたこと…
この場を包む温かく和やかな空気をつくりあげた自分自身を、誇らしく思えた。

「明光さんがいなければ、今日という日は…迎えられませんでした。」
「何から何まで、大変お世話になりました。あ、明光…義兄、さん。」
「今日から明光君が、俺の新しいお兄ちゃんに…どうぞよろしくっ♪」
「今後も、いっぱいご迷惑を掛けまくります。ありがと…兄ちゃん。」

当事者四人の素直な謝辞と(照れてるとこも良し!)、皆の笑顔&拍手喝采で、
俺の中で燻っていた『青』が、ふんわ~り和んで…解けていった。

   (頑張って…よかったぁ~)

可愛くて堪らない弟達と、大好きな家族&親族と、楽しく頼もしい仲間達。
皆のために、あともうひと踏ん張り…兄ちゃん、頑張っちゃうからね~!!

俺は大きく深呼吸…そして、満面の笑みを湛え、澄み切った声で宣言した。


「これをもちまして、『親族(関係者)顔合わせ会』を終了致します!
   続きまして、月島家・山口家及び、黒尾家・赤葦家の合同挙式に移ります。」




********************




   (完全に…騙された。)


ようやく決まった、月島君と山口君の晴れの日。

俺は二人の上司として…義兄として、当然ながら出席する予定だったから、
仕事の調整をしたり、スーツを新調したり、自分の荷物のお片付けをしたり…

そうそう、月島家との折衝も上手くまとまり、俺は無事に『赤葦』に戻り、
黒尾さんとの正式な同居に向けて、ビル2階&3階の改装工事真っ只中だ。
目論見通り、俺と月島君の部屋があった2階をぶち抜き、黒尾&赤葦家自宅へ、
デリヘル待機所の跡地だった3階も同じく、月島&山口家になりつつある。

工事は月島君達の結婚式までに完了し、挙式後から新居にて新生活開始予定。
部屋の引渡までは、四人共が棲家を失うことになってしまったため、
1ヶ月ちょいなら…と、最初は四人で4階の黒猫魔女事務所に合宿し始めたが、
『四人で1部屋』生活は、3日後に解消せざるを得なくなった。

「結婚を間近に控え…今が人生で最もラブラブ真っ盛りな時期なんですけど!」
「そんな幸せな時に、婚約者以外と雑魚寝…すっごい『オアズケ』じゃんか!」
「自分はともかく、『その他の方々』がイチャつく姿…見たくありませんね!」
「お前ら、ケンカすんな。俺だって…アレやらソレやら、溜まってるからな?」

…要するに、これ以上の禁欲生活で、黒尾さんがプツンとイってしまわぬよう、
一区画先のラブホ(月島不動産所有)を2部屋、家賃補償として破格で借り受け、
文字通り『ラブホで寝る』生活を満喫…しているような、至極残念なような。


歌舞伎町に住んでいるということは、この街に『寝る場所』があるわけで、
同じ町内の宿泊施設を利用する機会は、今までの人生で一度もなかったのだ。
これは別に、いつでも自宅に連れ込み放題ウェ~イ♪という意味じゃなくて、
ただ単に、ラブホで一緒に寝るような相手が、今まで存在していなかっただけ…

   (人生初ラブホだったのに…っ)

三十路直前にようやくできた恋人も、同じ新宿のご近所さん。
生活圏で知人もウヨウヨしている町内で、堂々とラブホに入れるわけもなく、
現実には『三丁目の王子様』と連れ立って歩くことすら、ままならない…
三歩進む間に誰かしらに声を掛けられ、二人で散歩もロクにできないのだ。

俺だって本当は、人並みの人生を…
恋人とのんびりおデート帰りに、ラブホへGO♪…等を、ちょっと夢見ていた。
でも、知り合ってすぐに共同経営し、互いの家を行ったり来たりしていたし、
黒尾さんがウチに居候(同棲)を始めてからは、仕事と生活が混然一体。
一日中一緒に居るけど、恋人として過ごす時間は皆無…これぞ、ザ☆自営業だ。

   (…ん、ちょっと待て。もしかして…)

『おデート、その後で~今日は帰りません。』という、俺の『壮大な夢』は、
互いの仕事環境と、ラブホも生活の一部になったことで、脆くも崩れ去ったが…
そもそもの『前提条件』すら満たしていないことに、俺は気付いてしまった。

   (おデート…したこと、ない!?)


おデートどころか、日用品の買い出しだって、一緒に行ったことがない。
空き時間に食材を買って来て、まかないをしてくれるのは、いつも黒尾さん…
日用品は俺が、業務用品と一緒に(経理的なカンケーで)通販でポチっとな。

多忙な時とかは、近所のコンビニでお弁当やお惣菜を買い込んでくるけれど、
それは元々、下僕(月島君)の仕事…俺が外で買物をすること自体が少ないのだ。
同じビル内の店&自宅&事務所を上下するだけの、まるで『深窓の御令嬢』だ。
方向音痴で行動制限付の吸血鬼よりも、俺の方が『黒い棺』に引き籠っている。
(この度の大改装で、ビルの外壁が赤茶色からシックな黒に塗替えられた。)

「これで、本当に…いいの、かな?」


せめて可愛い部下達の結婚式用のスーツぐらい、一緒に選びに行けばよかった。
いやそれを口実にして、二人で特別なお買い物…おデートすればよかったかも。
でも、現実にできたことといえば、先に買ってきた黒尾さんのネクタイ…
それをコッソリ見せて貰って、俺も同じメーカーの色違いにしたことぐらいだ。

いつでも休める、即ち、いつも休みはない。これが、自営業…経営者のリアル。
何か特別な理由や用事がなければ、おデート休暇だなんて、そうそう取れない。

   (わかっては、いたけれど…)

俺も黒尾さんも、同じ立場。
だからこそ、すぐに深くわかり合えたという面も、勿論あるんだけれども、
似た立場ゆえに、自由なようで不自由な現実をお互いに熟知しているから、
壮大な夢…しょーもない戯言なんかを口に出したり、実行なんてできないのだ。


このタイプの悩みは、これが初めてじゃない。
共同経営開始時…お付き合いする時も、事務所移転の時も、同じように悩んだ。
「性懲りもなく…まだ我儘を言えないんですか?」「成長しないよね~」と、
月島君達には呆れられてしまうはず…俺自身ですら、情けない自分にウンザリ。

だからといって、わかってはいても、そんなに簡単には人は変われない。
変われない言い訳を探すように、挙式準備に奔走する部下達の穴埋めをしたり、
多忙を理由に、自分達のことをきちんと話し合わないまま誤魔化し続けていた。

「仕事でフツーにクソ忙しいのに、式のことなんて手が回らないよね~」
「だから、兄ちゃん達にヤらせ…手を借りてるんでしょ。」

「一生に一度のことなんだから…お前らは先に上がって、そっちの準備しろ。」
「当然、早上がり分はお給金から差っ引きますけど…仕事はお任せ下さいね。」

憎まれ口を叩きながらも、結局は手伝ってくれる優しい上司…を装いながら、
自分達の『現実』から目を逸らし続け、どんどんドツボに嵌っていく。
大変そうなお隣の二人(と、その兄様達)を、心底「お気の毒様。」と眺めつつ、
それを傍目に見ている自分の中には、欝々とした『青』が積み重なっていく…

「本当にしんどそうですが…どう見たって、幸せいっぱいの顔ですよね。」
「だな。明光さんや二口も、可愛い弟達と戯れて…凄ぇ楽しそうだしな。」

隣の芝生は青い…まさに、この状況だ。
黒尾さんとの強固な繋がりは、細胞レベルで実感しているし、
最愛の人と結ばれたことに関しては、俺の遺伝子全てが幸せだと絶叫している。
それでもなお、お隣さんの慌ただしさを見ていると…羨ましくて仕方ないのだ。

   (本当に…みっともない。)


俺は、吸血鬼じゃない。
だから『本懐を遂げた』ことによる変化も、さほど体感しているわけでもなく、
明確に激変してしまった黒尾さんとは違って、内心は「…?」な状況なのだ。

一目惚れの衝撃から交際&提携&同居、怒号の勢い余ってポロリとプロポーズ。
本懐を遂げ、『つがい』として確定した今に至ってなお、実感が湧いてこない…

   (俺、いつ…『結婚』したんだろ?)

求婚&受諾の時?本懐を遂げた時?『月島』から『赤葦』に戻った時?
それとも、まだ結婚してなくて、自宅改装終了後…正式な同居開始から?

   (俺達の『節目』は、どこ…?)


そんなこんなで、多忙な日々を過ごしているうちに、あっという間に結婚式。
当日は出席者でも、前日までは設営スタッフとしてカウントされているらしく、
二口さんの『しおり』の持って来るもの欄には、『ボロいジャージ』とあった。
月島君も「寝間着とは別に、これは必須です…できれば軍手も。」と、遠い目…
黒尾さんに至っては「百年前から、置き作務衣&軍手してるぜ。」と苦笑い。

嫌な予感がしつつも、ワクワク魔女の秘境ツアー(山口君達の故郷)へ向かうと、
「遂に鉄っちゃんの嫁キターーー!!」と、想像以上の大歓待を受けた…直後、
「末永~~~く、ヨロシクね~♪」と、想像を絶する…コキ使われっぷり。
俺は下僕の月島君を、宝物のように扱っていたんですね!と断言できるぐらい、
「京ちゃんも、もうウチの子だし。」とか言って、無遠慮の限りを尽くされた。

あぁ、これが…魔女の郷。
あのクソ面倒なツンデレを、無垢な笑顔で瞬殺&封印&陥落してしまった、
最驚ぴゅあぴゅあ魔女っ子・山口君が生まれ育った郷で、絶対に間違いない。

「月島君や月島家にも全く怯まない、山口君の妙な強かさ…納得致しました。」
「魔女だとか一切関係ない…アイツの芯の強さには、勝てる気がしねぇだろ。」


余計なことを考えるヒマすらない、不慣れな場所での激務による、肉体的疲労。
それと相まって、郷の皆さんが山口君のことを想い、幸せそうに準備する姿が、
俺の中の『青』をじわじわ圧迫し…胸が苦しくて堪らなくなってきた。

   (今は、ここに…居たくない。)

今宵はメデタイ前夜祭だと、皆さんから盃を勧められ続ける黒尾さんを置いて、
俺は独り、式場(宴会場)…神社から抜け出して、人けのない裏山に逃亡した。



*****



「こんなトコに居た…何やってんの。」
「ぅわぁっ!!?こっ、孤爪師匠…!」


大きな岩に腰掛けて星空を眺めているうちに、ひんやり感が気持ちよくなって、
いつの間にかうつらうつら…小一時間ほど、うたた寝をしていたようだ。
さすがは田舎の山奥、ここに来た時よりもかなり冷え込んで…あれ?さ、寒い。

思いっきりクシャミをすると、師匠はもう一度「何やってんの。」と嘆息し、
肩から下げた昔懐かしい銀色の水筒を、俺にズン!と手渡した。
コップになっている蓋に、熱いドクダミ茶?を入れ、師匠にスススとお返しし、
師匠はそれを一口だけ飲むと、俺に突き戻し…残りは俺に下さるようだ。

「…イヤに、なっちゃった?」
「いえ、そんなことは…」

「俺は、イヤだから逃げてきた。」
「あ、そうですか…御苦労様です。」


会話が…終わってしまった。
でも、岩から伝わる冷たさと、お茶の温かさ、天から俺達を見下ろす星々…
それらを全て包み込む杜の静寂が心地良く…胸の苦しさが徐々に和らいできた。

「ここ…何だか落ち着きますね。」
「そりゃそうだよ。だって、この磐座…この山の『神座』だし。」

神座(かむくら)…神様がこの地に降り立ったとされる場所だ。
つまり、山のド真ん中の神域にある、いわゆる『御神体』に相当する磐だろう。
郷の麓から山を見上げた時、中腹より少し上あたりに見えた大岩が…これか。
なるほど!この感じ、何か覚えがあるなと思ったら…青根さんにソックリだ。
ふわふわ~っと引き寄せられて、なんだか眠くなってくる…じゃなくて、だ!

「しっ、ししし失礼、致しましたっ!」

知らなかったとはいえ、神職でもないのに勝手に神域に不法侵入した挙句、
山の神様の上に寝そべり、惰眠を貪ってしまうなんて、なんたる不敬だ。
罰当たり極まりない自分の行為に青くなりながら、慌てて磐から降りようと、
立ち上がったつもりだったが…寝起き故か、ふわりとカラダが宙を彷徨った。
次の瞬間、「何やってんの!」の絶叫と同時に、強烈な力で腕を引かれた。

   (…え?)


硬い磐の感触の代わりに足裏が感じたのは、虚空を漂う風と闇の…冷たさ。
まるで大蛇が大きく口を開き、俺を神域へと呑み込もうとしているかように、
深い青に覆われた『死者の国』に半身を乗り出し…生と死の境界に浮いていた。

「なんで、こんなトコに…?」
「それは俺のセリフだしっ!」

「なかなかの…絶景ですね。」
「なんもかんもスポーンと飛ばしてないで…意識戻せっ!しっかり掴まれっ!」

「確か、絶壁に宙ぶらり~んして、煩悩を捨てる…修験道の修業でしたっけ。
   きっと、それに似たような感覚…俺の中の青も、消し飛んじゃいましたよ。」
「勝手に悟りを開いてないで、さっさとコッチに戻って!俺も…限界近いから!
   俺がコレの付喪神じゃなかったら…既にアッチの世界に墜ちてるよっ!!」

う~ん。いつの間に、一体どうやって、俺はこんな磐の上へ登ったんだろうか。
もし寝返りをアチラ側へゴロゴロしていたら、崖下へ真っ逆さまだったかも。
現に、銀色の水筒が月明りを受けてキラリ…数秒後、墜落音が微かに聞こえた。

   (おやおや…かなりの深さですね。)

黄泉の国って、意外とすぐそこにある…
生と死の境界なんて、誰の足元にも突然現れるものなのかもしれない。
そんなことを極めて冷静に考えている間に、師匠が磐上へ引き揚げて下さった。


「すみません。俺の背中に、吸血鬼の羽が生えてるか…確認してもらえます?」
「吸血鬼に、羽なんて生えてたっけ?とりあえず、未だ…なさそうだけど。」

「では、師匠の背中には…?」
「っうひゃぁっ!?さっ、触んなって!そんなもん、俺には生えてないしっ!」

まったく力の入らない足腰。恐怖も度を越すと、震えすら起こらないらしい。
俺は上半身だけで師匠(…だと思われる存在)にしがみ付いたまま、
意識は現実感なく虚空を浮遊し、唯一舌だけがスルスルと上滑りを続けた。

「月島君達の晴れの日に、俺の葬儀までお願いすることになりそうでしたね。」
「危うく俺も一緒に地獄へダイブ…巻き添えを喰らうとこだったし。」

「『友人』の結婚式前夜、一緒に何らかの飲料を口にして、崖下へ…」
「俺と赤葦が、絶望の末に無理心中したようにしか見えないよね…あぁ嫌だ。」

いやはや、よく生きていたもんだ。
あのまま師匠と逝っていたら、ヤキモチ妬きの吸血鬼は…どうするだろうか。

「俺の旦那様は、イザナギの如く…黄泉の国まで迎えに来てくれますかね?」
「アイツなら絶対、黄泉の軍勢ごと焼き尽くして…イザナミを連れ戻すよ。」

「おや、それは嬉しいですし、サイドストーリーとしては面白そうですけど、
   月山異類婚姻譚の脇役が、ハッピーエンド直前に水を差すわけには…」
「は?赤葦が…脇役?何を寝惚けたこと言ってんの。
   黒赤異類婚姻譚だって、明日の主役。差すのは水じゃなくて…紅でしょ。」

   ボケっとしてないで、さぁ…行くよ。
   お姫様の到着を、皆が待ってるから。


有無を言わせぬ、不思議な色の…瞳。
クリアなのにリアルじゃない俺は、その妖光に深々と魅入ってしまった。
そして、孤爪師匠の引力に導かれるまま山を降り…一軒の御宅へ到着していた。



*****



「あ、赤葦さん!も~、どこ行ってたんですか?早く、こっち来て!!」
「え、や…山口、君?」

どうやらここは、山口家。奥の方から、バタバタ大騒ぎの音が聞こえている。
花嫁さんとその介添人の巫女さんは、花婿さんとは別棟で精進潔斎…だったか?

「遅ぇ!どこほっつき歩いてたんだ!研磨に持って行かせたお茶…飲んだな?」
「山で遭難したんじゃねぇかって、心配しただろうが…あ、苦い薬で悪ぃな。」

んじゃ、まずお前は、研磨と一緒に禊…風呂に入って来い。
お姫様は、巫女のなすがまま大人しくしれてばいい…って、そんな動けねぇか。
研磨は、俺がさっき忠にしてやったのと同じ要領で、丁寧に介添するんだ。

「研磨の衣装も、脱衣所に置いて…」
「ちょっと待って!禊の前に、赤葦さんの衣装も決めちゃおうよ~」


何が起こっているのだろうか。
未だに浮遊を続ける思考では、魔女達の会話について行けない…
相変わらず縋り付くように、孤爪師匠にピッタリ引っ付いて突っ立っていると、
俺を取り囲むようにバババっっっ!!!と、三枚の大きな布布布が広げられた。

「は~い!赤葦さん、この3つの中からどれがいいか…サクっと選んでね~♪」

俺が持ってる赤いのは、山口家に代々伝わる巫女装束なんだって。
んで、二口さんの白いやつは、伝統的な白無垢…いわゆる花嫁さんの衣装。
それから、そっちの黒は…

「私が現役女王の頃、『吉原遊郭デー』イベントで着ていた、黒の振袖よ~♪」
「なっ!?なんで、母さんが、ココに居る…っ!?」

「何でって…花嫁の母親だもん。式に出るのは当然じゃない。」
「はぁっ!?俺が…花嫁っ!!?じょ、冗談も大概に…っ」

あまりの展開に、アタマもカラダもフラフラ…
それをしっかり横から支えながら、孤爪師匠が淡々と解説してくれた。


「こうでもしないと…アンタら、自分じゃ動けないじゃん。」

自分達にも、何らかの『けじめ』や『区切り』となる儀式…通過儀礼が必要。
そうだとわかってはいても、クロも赤葦も絶対に自分からは言い出さないし、
俺達がせっついても、あーだこーだと屁理屈捏ねて、『お披露目』しないよね。

図らずも、さっきのアレが、赤葦が吹っ切る『儀式』っぽくはなったけど、
『区切り』が必要なのは、赤葦だけじゃない…俺達家族にも、要るんだよね。

「俺達のためにお集まり下さい!だなんて、黒尾さんは言えないだろうし、
   たとえコッチから用意してあげても、断固拒否する頑固ジジィだもんね~」
「忠達の式が全部終わってから、祝詞だけチョロっと上げてくれないか?って、
   青根にコッソリ頼むぐらいが関の山…ま、俺らにはバレバレだけどな。」
「だから、ギリギリまで隠して…薬盛って大人しくさせるしかなかったんだよ。
   知らなかったのは、お前ら二人だけ。諦めて…皆からの祝福を受けとけよ。」



「ちなみにこの策を発案したのは、どこぞのカワイ~イ下僕君ですからねーっ!
   『僕は、赤葦さんの幸せな花嫁姿が…見たいんです。』だ~ってさ!」
「つーことで、クソイケメンの大好きな巫女装束を(忠の代わりに)背負うのか、
   シャレにならねぇほどハマる吉原の遊女コースか、普通の白無垢か…選べ。」
「もし巫女を選んだら、もれなく忠のカワイ~イ?ヤキモチも付いてくる…
   今ならオマケに箒の柄で『突いて』くるプレゼントも、なきにしもあらず。」


「もし私のを継いでくれたら…歌舞伎町で『花魁道中』をヤっちゃおうかしら?
   今後300年、おケイが街の女王として君臨すると、皆様にお披露目よ~♪」
「ちなみにクロの好みは、穢れなき清純派(に見せかけて、内面はムフフ)…
   あのムッツリが、何色に包まれた赤を黒く染めると悦ぶか…想像してみて?」


そんなこんなで、俺はありとあらゆる抵抗力と選択肢を魔女達に奪われたまま、
ヤりたい放題の餌食になった末、昏睡…
翌朝、意識が戻った時には、見知らぬ誰かが正面からこちらを見つめていた。

「「…どちら様、ですか?」」

純白の衣装を着た誰かさんも、同時に全く同じセリフ。
あ、なんだ…これは、鏡か。

「「まさか…俺?」」
「ヤだ…若い頃の、私…っ!?」

仕事の都合上、白雪姫等のコスが必要なこともあり、女装にさほど抵抗はなく、
そんな時は無駄に器用な月島君が、ごく簡単なメイクを施してくれていた。
だが今回は、フォトショのない時代からパネマジを駆使していた魔女…もとい、
歌舞伎町の元女王自らが、ステッキの代わりに筆や粉を振るい、粧したのだ。

「化けた…ね。」
「おっ、おぃ…誰だよ、お前。」
「これが、歌舞伎町の…魔術!?」
「すっ、凄い!!!…あ、元女王様~!次は俺の大変身も、お願いしま~す♪」
「は~い忠ちゃん!おまかせあれ~♪」


魔女の薬ではなく、元女王の魔術によって、俺の意識は再びふわりと空中浮遊。
現実感も…心の準備も全くないままに、『花嫁さん』へと激変を遂げていた。





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2019/05/04 MEMO小咄より移設
(2019/04/20,28分) 

 

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