引越見積⑤







「なぁ、俺ら…普段は業務以外のことって、一体何を喋ってたんだろうな?」
「俺も、それが凄い謎で…どうやって仕事以外の時間を過ごしてましたっけ?」


本日のお昼ご飯兼定例会議の出席者は、『黒猫魔女』の二人だけ…
赤葦と月島が居ない事務所にはポッカリ穴が開き、妙な静寂に包まれていた。
『レッドムーン』と共同経営を始めて、まだそんなに経ってないはずなのに、
この圧倒的な『足りてない感』は、一体どういうことだろうか。

ほんの少し前まで、黒尾と山口の二人きりが『普通』だったし、
他愛ないお喋りもし、気兼ねなく楽しい時間を過ごしていた…150年ほど。
それなのに、数か月前までの自分達がどうだったのかも、思い出せないのだ。

「俺らも遂に年相応に呆け始めたか…」
「やっと惚け始めたとこだったのに…」

   はぁ~~~、茶が美味い。
   えーっと、今日の仕事は…何だっけ?


ずずず…と茶を啜りながら、ただ呆然と天井を仰ぎ見る。
あぁ、そうか。ここ最近は仕事の段取りとかは全部、赤葦と月島に任せっきり…

「そう言えば…いつの間にか黒尾さんを『所長』って言わなくなってたかも。」
「俺らだけで仕事する時間も減ったし…山口と二人で『団欒』もしてねぇな。」

   (何かちょっと…寂しい、な。)

コタツに座る位置は、四人になって正面から横に…近い場所に変わったのに、
150年も連れ添った相手が、逆に遠い場所に行ってしまったような気がする。
何となく、少しずつお互いの方へ…コタツ天板の交点側に重心を寄せながら、
二人は同時にゴロリ…と、両腕を大きく上げて寝そべった。


距離を感じるのは、一緒に居る時間が減ったことだけが原因ではない。
150年も連れ添っておきながら、お互いに未知の領域があったなんて…
プライベートなんてほぼない、共同生活をしているのに、である。

   (俺の方は、実にしょーもないコト…)
   (でも、ソッチの方は…わからない。)

本当は、月島に指摘された場でアッサリ言えば良かったのだろうが、
直後から怒涛の修羅場に突入し、またシフトが重ならない日が多いこともあり、
言うタイミングも聞くきっかけもなかなか掴めず、悶々としたままだった。

悶々としているのは、コッチ…黒猫魔女の方だけではない。
アッチ…レッドムーンの二人は、もっともっと悶々~としているはずなのだ。
早い内に、アッチにもきちんと説明したいのだが…その前に、コッチだ。
コッチの二人で、先にちゃんと話し合っておくべきだろう。

   ((今が…そのチャンス!!))


「なぁ山口、こないだツッキーが言ってた件なんだが…」
「ねぇ黒尾さん、聞きたいことと聞いて欲しいことが…」
「え、何?面倒臭い話?だったら…今日は帰ろっかな。」

踏ん切りをつけて言ったのが、全くの同時だったことにもかなり驚いたが、
それ以上に同時に聞こえてきた『第三の声』に、二人は文字通り飛び上がった。


「うっ、わあぁぁぁぁっっっ!!!?」
「うぉぁっ!?い、いつの間にっ!?」
「アンタらがボケ~っとしてる間に。」

山口、俺には冷たい麦茶をヨロシク。
どうせココのおやつは、堅いせんべいしかないんでしょ?それでもいいから…

「えーっと、確か…ツッキーが、何か苺味のチョコ菓子?を置いてたような…
   …じゃなくて!おおおっ、お久しぶりですっ…研磨先生っ!!」



*****



突然の来訪者こと研磨先生は、ウチとは長い付き合いのあるお道具メーカー…
伊達工業㈱さんの技術部開発課に所属する、商品デザイナーである。
『オモチャ』と名のつくものなら、何でも来い!な人外…『付喪神』だ。

そして、黒尾とは250年の付き合いがある…『幼馴染』的な存在らしい。
山口も黒尾と出会ってほどなく、研磨とも知己(師弟関係?)になっており、
当然ながら、黒尾と同じく150年程度のお付き合いがある。


「おい研磨。アポもなく、いきなり何しに来たんだ?…別に構わねぇんだが。」
「今まで研磨先生がアポ取って来たことなんて…多分一度もないですよね〜?」
「一応、仕事がメインで来た。あとは、偵察?挨拶?…そんなカンジ。」

よっこいしょ…と、猫背を精一杯伸ばしながらコタツ脇のカバンを引き寄せ、
横長の二段型お弁当箱を取り出すと、上の段から海苔巻き?を二つ手に取った。

「まずはコレ…山口に。」

ゲーミングヘッドフォン用の、超強力バッテリー他…だね。
これだと300分連続フル使用も可能…大体6クエストぐらいは余裕。
一晩中つけっぱでトび回っても、『イイトコ♪』でキれたりしないから安心。

「ありがとうございます~♪もうホントに、途中でキれちゃうとゲンナリで…」
「ツッキーとのホットライン用のか。研磨、いろいろサンキューな!」

魔女急配の業務中、山口は地上管制塔の月島とヘッドフォンで通信している。
そのシステム自体を提案したのは月島だったが、製作は外注…研磨が担当した。
初号機は業務『後』にバッテリーが切れて、『トぶにトべない』事件が発生し、
山口は「先生助けてっ!」と、改良版の製作を急ぎで依頼しておいたのだ。


「このシステム考えた下積バイト君に、俺も会いたかったんだけど…留守?」
「えーっと、今日はその…ちょっと席を外してて…」

そりゃ残念。
最近、物凄いイケメンがママチャリで疾走…しかも黒猫魔女の新人らしいって、
歌舞伎町人外青年会の噂になってるぞ…って、上司の青根さんが言ってた。
あの可愛い魔女っ子山口も、とうとうパイセンに…って、しみじみしてた。

「随分とその下積君のこと、気に入ってるみたいじゃん?よかったね…山口。」
「え…えへへへへ♪」

おめでとう、山口。
そんなカワイイ弟子の、メデタイ話だから…俺達からお祝いのプレゼント。


今度は弁当箱の下段から、桃色の包み紙を取り出した研磨先生は、
それをそっと山口の手に握らせ、頭を撫で撫でした。

「山口の大好きなピンクのエっちゃん…『かなまら祭』のエリザベスモデル。」

今までの細かい振動じゃなくて、なんと上下にグングン揺れるタイプなんだ。
エリザベス神輿が天を突くイメージ…これなら魔女じゃなくてもトべるよ。

「当然だけど、祭は雨天決行…完全防水仕様になってるから。」
「あ…ありがとうございます!!新作、超楽しみにしてたんですよ~♪♪♪」

先生からの贈物に、山口は大感激。
エっちゃんことピンクのオモチャを握り締め、ウットリと頬擦りした。


「毎度言うが、新作を山口にテストさせるのは…いかがなものなんだ?」

生々しいから、ソレはどっかに隠してくれよ…と、黒尾は山口に言いながら、
定型句になった『お小言』を研磨にチクリ…だが、いつも通り完全スルー。
山口に淡々と『オモチャ』の使い方を説明し、体験レポート用紙を渡した。

伊達工業㈱は、いわゆる『健康器具』の製造販売を主とするメーカーで、
そこの主力商品が、研磨の手掛けるオトナのオモチャ…電マやバイブ等である。
たまに新作の試作品を黒猫魔女に持ち込んでは、二人に試用させていた。

付き合いの長い黒尾は、幼馴染と部下の『持ちつ持たれつ』なカンケーを、
実にフクザツな気持ちで150年見守ってきたのだが…聞く耳持って貰えない。
ウィ~ンウィ~ンなカンケー…じゃなくて、ウィンウィンならそれでイイかと、
ここ100年ぐらいは、挨拶程度の定型句を言うに留めていた(もう諦めた)。


「んで、コッチは…クロに。」
「は?俺に?いらねぇ…ん?」

弁当箱から別のバイブが出てきたら、黒尾は受け取らないつもりだったのだが、
研磨がカバンから出したのは、予想に反してごく普通の折畳傘(三段型)だった。
確かこないだ、ペンギン柄のお気に入り折畳傘が壊れたし、丁度いいか…と、
付属の傘袋から取り出した瞬間、黒尾はそれを落としてしまった。

「おいっ!これは…っ!!?」
「精密機器なんだから、大事に扱ってよね。」
「わぁ~♪折畳傘…に見せかけた、これも新作バイブですね!!」

パッと見だと、ただの折畳傘…これならカバンに入ってても問題なし!
持ち運びに便利だし、完全防水で…来るべき梅雨にもバッチリですね~♪

「俺の創作魂を震わせる、会心の力作…『黒鉄魔羅様(くろかなまらさま)』。
   熱伝導率の良さと、鋼鉄並の硬さがウリ…当社自慢の逸品だよ。」

やっぱりピンクのエっちゃんには、これがお揃いであった方がいいよね?
黒尾と…ならぬ、玄人にも絶対にご満足頂けると、自信を持って断言できるよ。


150年フリーだった『三丁目の王子様』が、やっと本懐を遂げたらしいぞっ!?
しかも相手は『二丁目のお姫様』…青年会ではこの噂で持ち切りなんだってね。
まさか歌舞伎町の女王を落とすとは!って、あの二口さんですら驚愕&賞賛…
歌舞伎町の『玄人』にも喜んで頂けるモノを、お祝いに作ってやろうぜ!
…ということで、ウチの技術の粋を結集して、急遽製作したんだよ。

「伊達工業㈱より愛を込めて…命名&モデル使用料は頂きません。」
「勝手に俺の名前(他)を使うなって、いつも言ってんだろうがっ!!」

なんでこんなにリアルに…やっぱアイツら、テレパシーで見てんのか?
いやいや、その前に…何で俺らのことまで、ぜ~んぶ筒抜けなんだよっ!?
歌舞伎町もだが、人外の世界は狭すぎ…つーか、俺で遊ぶな。

…なんていうお小言も、絶対に聞いて貰えない。
黒尾が大きくため息を吐いて、黒鉄魔羅様を厳重に密封していると、
研磨は珍しく興味津々に部屋の中を見回し…ボソっと呟いた。

「それで、クロが本懐を遂げたっていうお姫様は…どこ?
   もしかして、またまたアッサリと…フラれちゃったとか?」


研磨の言葉に、黒尾はハァ~~~~と、更に大きなため息を吐いた。
それを『Yes』と捉えた研磨先生が、ご愁傷様~と言いかけたところで、
黒尾は「違ぇよ。」と、蚊の鳴くような小声で嘆息した。

「まだフラれてねぇし…本懐も遂げちゃいねぇよ。」


「は…はぁぁぁぁぁぁ~~っ!!?」
「え、ウソっ!!?冗談でしょ!?」

黒尾の暴露に、研磨どころか山口も揃って大絶叫…
妖怪か幽霊にあったかのような、信じられないモノを見る目で詰め寄った。

「あんな熱烈求愛して、デレッデレ~のラ~ブラブな空気を醸しながらっ!?」
「ヤることはヤってんのに、まだ本懐遂げてないって…馬鹿じゃないのっ!?」

俺らは吸血鬼じゃないから、『本懐遂げる』のがどれだけスゴいコトなのか、
いまいちピンとこないけど…それにしても、ちょっと遅すぎじゃないですか!?
だって、そんなの…当たり前っちゃ当たり前のコトなのに!?

「未だにお姫様の血を…っ!」
「吸ってないだなんて…っ!」


あぁ…そういうこと、だったのか。
いくら地獄の年末&年度末修羅場の超多忙シーズンだったとはいえ、
やーーーっと出来た恋人と、甘~~~い時間を過ごしているはずの吸血鬼が、
貧血でぶっ倒れそうになるなんて、何かおかしいな~?とは思っていたのだ。

吸血鬼は人間の血液から、高タンパクの栄養を補給できる『偏食』生物で、
長寿で頑丈な人外の中でも、吸血鬼は軽トラぐらい燃費の良い種族である。
しかも恋人の血なら、ハイオク並の高エネルギーが摂取可能のはずなのに…

「まさかクロ、お姫様と出逢ってから、他の血も飲んでないんじゃ…」
「っ!!?それじゃ…倒れて当然じゃないですかっ!!」

恋人というに相応なコトは、キッチリとヤりまくっている…ということは、
ほんのちょっと力を入れたら、ぷちゅ♪っと超絶美味な血が出てくるのに、
そのゴチソウを舌先でグっと堪え続け、眺めて(舐めて?)いるだけなのだ。

「目の前にゴチソウがあって、唇まで付けてんのに…食べずに我慢っ!?」
「何ソレ…究極の『お預けプレイ』じゃんっ!?うっわ~馬鹿丸出しっ!」


研磨と山口は、呆れるを通り越し哀れみの情すら覚え、黒尾を遠目に見遣り…
全くの予想外だったが、黒尾『らしい』姿に、盛大なため息を吐き返した。
そして二人はチラリと顔を見合わせ、力強くコクリと頷き合うと、
黙って項垂れる黒尾に左右から密着し、瞳と声を潤ませながら訴えた。

「黒尾さん、また独りで…我慢しようとしてるんでしょ?」
「ほら、俺達が話を聞いてあげるから…クロの考えてること、全部言って。」

全部洗い浚い暴露しないと…エっちゃん&黒鉄魔羅様をブチ込むよ?
可愛い幼馴染と部下に啼かされたくなかったら、さっさと喋って下さい…ね?


両側からガッチリとホールドされ、自白をオネダリ(強要)された黒尾は、
慌ててエっちゃん達をマイクのように握り締め、本気で瞳と声を震わせた。

「ぜっ、全部言うから、きききっ、聞いてくれ…下さいっ!!」




- ⑥へGO! -




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※ツッキーとのホットライン →『下積厳禁④
※ピンクのエっちゃん →『同行四人
※折畳傘タイプの… →『晩秋贈物


2018/05/01    (2018/04/28分 MEMO小咄より移設)

 

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