「旬の味覚…ありがとうございます!」
「早春の皆様…今年もようこそです!」
昨年は4月下旬…ギリギリのところで何とか味わうことができた『春♪』を、
今年はそれより3ヶ月も早く、1月中旬からほぼ毎日のように口にしている。
お夜食のおにぎり&おみそ汁…その具にも週2回ペースではまぐりが入り、
小鉢は当然、菜の花のからし和え…スーパー売場の菜の花を摘み尽くす勢いだ。
こんなにも菜の花を毎日食べるなんて、今までの人生で初めてだけど、
(売場で発見すると、無意識の内にカゴに入れてしまう…という人のせいだ。)
からし和えに飽きた頃に、ヤリイカとのフリッターや、貝柱とのかき揚げやら…
菜の花のいろんな『春のかたち』の『オコボレ』を、毎日楽しみにしている。
(『まかない付』…最高♪)
僕が憧れの『まかない付』生活を満喫し始めたのは、昨年の11月頃からだ。
昨秋、当ビル4階に『黒猫魔女』の新事務所が完成、年末修羅場前に引越完了。
旧事務所は移転と同時に引き払い、棲家をなくした黒猫と魔女の二人は、
まだ未改装の(デリヘル待機所跡地の)3階に、大量の家財道具等を仮置きし、
2階の各部屋へ転がり込み、居候…要するに、プチ同棲×2という状態だ。
今までも仕事後は、自室なり宿直室なりで一緒にバタンキュ~他諸々だったし、
実質的には大して変化がないようにも思えるが…これが全っっっ然、違うのだ。
『帰る場所がない』即ち『同じ場所に帰る』の持つ破壊力に、表情筋崩壊寸前。
「おじゃまします」じゃなくて「ただいま」と一緒に言うだけで、口元が緩む。
あぁもう、さっさと2階&3階の部屋もそれぞれの家庭に改装してしまいたい!
そのためには目の前の仕事を…と、4人で猛然と年末年始修羅場をこなした。
前年のような『アッチコッチ』問題もなくなったし、ヤる気に漲っているし、
この調子でいけば、来るべき年度末修羅場も、難なく乗り越えられそうだ。
そんなこんなで、僕も『お隣さん』のお夜食を毎晩頂けるようになり、
(山口が黒尾さんの『まかない付』復活を熱望した結果、実現した。)
仕事も私事も健康も充実…税務署からの確定申告のお知らせにも胃痛にならず、
最愛の上司と共に、菜の花&はまぐりのパスタランチを頂いているところだ。
「去年ココでコレを頂いてから…今年も絶対に食べたいと思い続けてました。」
「この時期にのんびり、赤葦さんとお外でランチだなんて…学生以来ですね。」
去年来た時は、積もり積もった疲労と、離別を選択しかけていた心的憔悴から、
お向かいのおクチから出てくるのは、もやもやした重く暗い溜息ばかりだった。
でも今は、はまぐりのようにガッチリ結合を果たしたおクチからは、桃色吐息…
血色の良いほっぺに大好物を詰め込みながら、周囲に『春』を振り撒いている。
「幸せそうで何より…ですが、『春』が蜃気楼の如くだだ漏れなんですけど。
ジャージ姿でもその色気…人外じゃなくても『常春』だと感知可能ですよ。」
「何言ってんですか。『本当の春』が到来するのは、もう少し先でしょう?
今日は『春到来☆作戦』会議…それとも、俺の惚気を聞く会でしたっけ?」
いつもの僕なら、お隣さんの惚気なんて情け容赦なくお断りするけれど、
今回は慈悲でも好奇心でもなく、ごくごく真剣に…聞かせて欲しいと思った。
なぜなら、おクチでは茶目っ気溢れるセリフを吐いているにも関わらず、
さっきまでの桃色吐息とは一転、頬も強張り、憂いを湛える『青』を漂わせ…
できれば聞かせたくない、話したくないと、その瞳が如実に語っていたからだ。
(どういう、ことだ…?)
善良かつ平凡な一般『人』の僕にだって、赤葦さんが変わってしまったこと…
今まで以上に『人並みならない』存在になったことを、ひしひし感じている。
(ちょっとでも気を抜けば、アレもヌけそうな魔性…それは今、置いといて。)
運命の相手と遂に結ばれて、幸せの極致にいることは間違いないのに…なぜ?
外からわからなくても、赤葦さんの中で予想だにしなかった『変化』や、
受け入れ難いレベルの激変に伴う副作用等で、苦しんでいたりするのだろうか?
(いろんな『想い』が…交じってる?)
見慣れた赤葦さんの顔に、『幸せ』以外の感情…『困惑』や『憂慮』が見えて、
僕自身も戸惑い…そうなのを極力表に出さず、淡々と茶目っ気返しをした。
「まさか…『生き血』が飲みたくてたまらなくなってきた、とか?」
「要りませんね。赤い飲み物に惹かれたり…なんてこともありませんし。」
「じゃあ、吸血鬼の『受け入れ体勢』が進んで…構造的な異変が進行中とか?」
「残念ながら、ファンタジーの如く…女体化もΩ化も起こっていませんよ。」
「もしかして、人外化を後悔…」
「それは最も、有り得ません。」
今のところ、人外に近付いて、肉体的なマイナス面はこれといってありません。
あえてマイナス表記するものは、疲労蓄積度と老化のペースぐらいでしょうか。
お陰様で、今までとは比較にならない『愛と官能の日々』を…大絶賛満喫中。
「下方向に限定すると、著しいプラス成長ばかりで…」
「そんな生々しいご報告(という名の単なる惚気)は、全く要りません。」
僕のきっぱりした『お断り』に、赤葦さんは気を悪くした様子もなく、
お戯れはここまでとばかりに、真っ直ぐの視線で僕を捕らえ、話を続けた。
「問題は、人外化しても『変わらない』部分…いわば『前提条件』です。」
おそらくこれは、俺や月島君をはじめとする『人』だけじゃなくて、
むしろ山口君や伊達工業さん等『人外』の皆さんの方が、顕著だと思いますが…
誰もが目を逸らしたい『あること』を、俺は大きく勘違いしていたんです。
黒尾家に『御挨拶』へお伺いした際、俺はそれに真正面から向き合うことに…
『人』も『人外』も最終的には変わらないんだと、ようやく実感したんです。
「当たり前だけど、気付かない…フリ。でも、もう…目を逸らせません。」
だから今日、少し先にアチラ側へ近付いた…『兄』の俺から『弟』の月島君へ、
『春のかたち』を選ぶ際のご参考になれば…と、ランチにお誘いしたんです。
「僕の、『春のかたち』…ですか?」
「月島君と山口君…お二人の春です。」
「それは、つまり…」
「『お隣さん』の俺達ではなく、貴方達自身の…『黒』と『赤』のことです。」
月島君が『赤い薬』を飲んで人外へ。
反対に、山口君が『黒い薬』で人へ…
『黒』と『赤』、どちらを選ぶべきか…
簡単には決められないでしょうし、悩んで当然のことと思います。
俺が『人』と『人外』…『境界線上』の存在になるしかなかったのとは違い、
貴方達は二人一緒に、『人』か『人外』のどちらかを選べる…だからこそ悩む。
選択肢がある点は羨ましくもあり、重大な決断を迫られる点で、辛くもある…
異類婚姻譚としては同じ立場の『お隣さん』でも、状況は随分違いますよね。
でも、どんな相手とどんな結婚をするにしても、『変わらない』部分もあり、
それについては、選択する『前』に知っておいても、損はないかと思います。
もう『人』にも戻れず、かといって完全な『人外』にもなれない…
『どちらでもない』存在になったからこそ見えてきたことを、お伝えしますね。
「『黒』と『赤』、どちらを選んでも…大差ありませんよ。」
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『人』と『人外』の違いって何?
『黒』と『赤』は交ざり合える?
『生』と『死』の境界は…どこ?
デザートの黒いチョコレートと赤いベリーのケーキを、それぞれ二等分。
飾りの黒いブラックベリーと赤いラズベリーは、先に一口ずつ齧ってから、
月島はほぼ同じ大きさの黒&赤『半分こずつ』ケーキセットを、二つ作った。
その片方に、半分になった黒&赤ベリーをくっつけて乗せ、赤葦の前へ。
対外的には『上司&部下』『女王様&下僕』『兄&弟』だが、内では対等…
互いに一生を添い遂げようとする相手ができても、二人の関係は変わらない。
目の前に置かれた、いつも通りの『半分こずつ』ケーキセット×2に、
赤葦は無意識に肩の力を抜き…一度ゆっくり瞬きをして、静かに語り始めた。
「『境界線』って…本当に存在するんでしょうか。」
先日、俺は黒尾家へ『御挨拶』に行って参りました。
暗い森林の奥に佇む、西洋風の石造のお屋敷…だったら、ムード満点でしたが、
実際は穏やかな海の見える、小高い丘…の、竹林の中に隠れる木造平家建です。
吸血鬼の森というより、落人の隠れ里的な、純和風古民家(囲炉裏付♪)でした。
午後のまったりした陽だまりの中、縁側には丸まってお昼寝中の…孤爪師匠。
縁側に続く居間らしき部屋には、こたつにみかん。そこで読書する、お母様。
一体、どのくらい前からこうしているのか…時間が止まっているみたいでした。
「そして、お母様の横に、黒い…棺。
その中に、お父様が静かに眠って?いらっしゃいました。」
「え…棺に、ですか?まさかそれ、吸血鬼のミイラとかじゃ…っ!?」
「温かかったですし、ちゃんと呼吸してましたから、多分生きて…?」
ねぇ、あなた。
鉄朗がついに『本懐』を遂げたわ。
本当に美しい血をした…素敵な方。
お父様の頭を優しく撫でながら、お母様が俺のことを紹介して下さいましたが、
お父様からの反応は…残念ながら、俺には全くわかりませんでした。
でも、「あらあら、嬉しそうね~」「おじさん、ご機嫌じゃん。」という、
ご家族の方々の言葉から、俺達のことを喜んで頂けたものと…受け止めました。
「黒尾さんのお父様は、もしかして…」
「おそらく、植物状態に近い…でしょうか。」
全身はほぼ動かせないし、明確な意思疎通もできませんが、
自発呼吸もしており、時折目を開き…睡眠と覚醒のリズムもあります。
生命維持に最低限必要な機能は保持しているため、『死』からは遠い状態…
棺の中に眠っているのは、ただ単に吸血鬼のデフォルトなだけでしょう。
驚いたかしら?
ウチの人は、300年ぐらい前から、
ずっと…時間が止まっているのよ。
約300年前、お父様とお母様が『本懐』を遂げた直後…交通事故だそうです。
黒尾さんが生まれたのは、その後…眠っているお父様しか知らないのだとか。
「親父が何考えてんのか、わかんねぇけど…別に困ったこともねぇな。」と。
「吸血鬼には、テレパシー的な能力はない…そう言ってましたよね。」
「いつかの馬鹿騒ぎのセリフ…本当は凄く重いものだったんですね。」
8~10年の植物状態から回復した『人』の例も、いくつかあります。
生命力が桁違いの吸血鬼…300年の時を経て、目を覚ますかもしれません。
これでもし復活したら、冗談抜きでファンタジー…『魔王降臨!』だよね~と、
ご家族は暢気に笑っていらっしゃいましたが…俺は意識が遠のきそうでした。
『生』と『死』の境界なんて、曖昧。
『人』と『人外』だって、そう…
いつ死ぬかわからないのは、同じね。
「『人外』の平均寿命は、俺達『人』に比べると、途方もなく長いものです。
でも、種族としての寿命が長いからといって、全個体がそうとは限らない…」
俺が黒尾さんと結ばれる前に、ウチの両親がこう言ってたんです。
『親が死んだ後、子ども達がどのくらい生きるかなんて…知る由もない』と。
人同士だろうとなかろうと、子が親より長生きするのは、ほぼ変わらない…
だから、親よりずっと長生きするとしても、二人が幸せならばそれでいい、と。
両親の言葉は、一見すると蓋然性の高い正論…理に適ったものですが、
これにはもっと深い意味がある…本質は『寿命の長短』なんかじゃなかった。
「どんな相手と結ばれても、お互いどれくらい生きるかなんて、わからない。
愛する人が明日死ぬかもしれないというのは、人も人外も…同じです。」
俺も月島君も、『人外』の相手は俺達よりずっとずっと長生きすると思い込み、
いかに同じ時間の『流れ』を生きるか…それをひたすら考え続けてきました。
俺と黒尾さんが選んだのは、俺が『人』と『人外』の境界線上の存在になる…
『本懐』を遂げることで、できるだけ二人の時間を近付ける方法でした。
でも、たとえ俺が完全な吸血鬼になり、同じ時間の『流れ』に乗ったとしても、
二人が全く同じ時間の『長さ』を…残りの人生を歩めるとは限らないんですよ。
「同じ社会で生活している以上、事故や災害の遭遇率は、変わらない…
俺達より先に、人外の相手が居なくなることだって、十分あり得るんです。」
人外の時間の『流れ』は、人と同じように均一ではないそうです。
20歳頃までは、人と同じぐらいのペースで大人に成長するものの、
そこから『流れ』が10倍ぐらい遅くなる…ゆっくり年老いていくのだとか。
最初の一年で大人になる、犬や猫に似ている…生物の基本的な成長曲線です。
「お父様とお母様が『本懐』を遂げられたのは、お二人が20歳過ぎの頃…」
「もし打ち所が悪ければ、たとえ吸血鬼でも、わずか20年の人生だった…っ」
『人外』は喪う側だから、『人』と交わることを躊躇ってしまう…と、
黒尾さんも山口君も、俺達との『異類婚姻譚』に二の足を踏んでいました。
一方俺達は、二人を残して逝くぐらいなら…と、離別を選択しかけてみたり、
菜の花の如く、自分達を『予冷』する方法を考えていましたよね。でも…
「現実は…『逆』もあり得るんです。」
「僕達の方が、喪う側になるかも…?」
時間の『流れ』が同じだろうと、10倍違っていようとも、
愛する人を喪う恐怖は、変わらない…幸せが大きければ大きい程、怖いんです。
「つまり結婚とは、相手を喪う哀しみも全て受け入れること…」
「『黒』だろうが『赤』だろうが、それは…変わりませんよね。」
赤葦さんの『当たり前の話』に、僕は恐怖の『青』に沈みそうになった。
僕達『人』は『人外』より遥かに短命…先に逝くものだと思い込んでいたけど、
人も人外も同じ生物…時間の流れは違えども、いずれ死ぬのは同じだ。
確率としては低くとも、親より先に子が逝くケースがあるのと同じように、
寿命の長い人外の方が、人より先に逝ってしまうことだって、当然…あり得る。
(『黒』『赤』どちらを選んでも…)
当たり前のことなのに、そのことを全く思考から除外していたという事実に、
自分の甘さを痛感すると同時に、それでも揺るがない『想い』を再確認した。
(だとしても、僕は…)
そして、僕と全く同じ答えに辿り着いたであろう赤葦さんは、
半分こずつになった黒と赤のベリーを、一緒にフォークに乗せて飲み込んだ。
「それでも俺は、黒尾さんと結ばれる道を選びます。
あの人を喪う恐怖も全部含めて、俺は今、物凄く…幸せです。」
恐怖や困惑や哀しみ…いろいろな感情がごちゃごちゃに交じり合いながらも、
それら全てをひっくるめて…『幸せ』だと言い切った赤葦さんの強い言葉に、
僕の中を侵食しかけていた『青』が、スっと溶けていくのがわかった。
(これもきっと、マリッジ・ブルー…)
「何だ、結局…惚気じゃないですか。」
「今日は俺の惚気を聞く会、でしょ?」
*****
ケーキを完食して店を出て、行きつけの和菓子屋さんで菱餅&桜餅を予約。
公園のベンチに並んで座り、蝋梅の黄色い花を愛でながら鶯餅を頬張る…
旬を先取りして『梅に鶯』を演出し、早春を美味しく頂いた。
心の中で「ホ~ホケキョッ♪」と囀りながら、
僕はさっきから気になっていたことを、赤葦さんに尋ねてみた。
「そう言えば、黒尾さんのお父様のことですけど…山口先生には?」
「勿論、御相談されているそうです。」
ごくアッサリと『賢者の石』を作ってしまう、錬金術師(冶金学者)…
魔女の山口先生なら、植物状態から回復する薬を調合できるかもしれない。
同じように考えた黒尾と研磨は、魔女達と出会ってすぐに相談したらしいが、
答えは『ノー』…現段階ではどうにもならないと言われたそうだ。
「だたし、それは出会った『当時』…約150年前の話です。
医学や魔女薬学が進歩すれば、将来的には可能になるかもしれない…と。」
「その当時なら、植物状態はほとんど『死』の扱い…今とは全然違います!
『死』の定義ですら、この150年でかなり変わってきていますよね!?」
現在、『心拍停止』『呼吸停止』『瞳孔反応消失』の『死の三兆候』により、
生命維持を担う脳幹全体が機能を失ったと医師が判断し、『死』が認定される。
しかし、この三兆候は『その後、目を覚ますことはない』という『経験則』で、
科学的に確固たる『死の定義』は、未だに存在していないのだ。
「植物状態は、『3ヶ月以上続く意識障害』の一種…三兆候はありません。
ただ覚醒はしても、自己や外の世界を認識できない、と言われていますが…」
「本当は意識があって、それを外に伝える手段がないだけ、というケースも…
難病のALS等の『閉じ込め症候群』との区別は、非常に難しいそうです。」
意識はあっても、コミュニケーション手段がごく限られているこれらの疾病は、
『眠るように死ぬ』と『死んだように眠る』のが大きく違うのと同様に、
現在の『死の三兆候』からは大きく離れた、『死』ではなく『生』の状態だ。
これが『生きている人の疾病の一種』だとわかったのも、そんなに昔ではない。
「『生きている』と伝えられなければ、『死んでいる』としか見えない病気…」
「意識や意思の有無を、『生』と『死』の境界にすることは…できません。」
一方、呼吸も意識もなく、脳が機能を取り戻す見込みがない状態が『脳死』…
生命維持を司る脳という臓器が死んだ以上、全身の死も目前に迫っているが、
それでも他の細胞や臓器は、まだ動きを止めていない…生きているのだ。
「特定の臓器や細胞の死をもって、人全体の『死』と言えるのか…?
細胞なんて、一日に数億個も死に、垢や便として排泄されていますよね。」
「脳死判定方法も国によって違い、イギリスでは『死』、アメリカでは『生』…
国境が『生』と『死』を分ける境界線になる、なんてこともありますから。」
ある特殊な脳波が『死』のサインかもしれない…等、様々な最新の研究があり、
近々『死』の科学的な定義付けができるかもしれないが、それも不変ではない。
今まで『死』だったものが、治療可能な『生』になったりするように、
医学が進めば進むほど、『生』と『死』の境界も変わってくるだろう。
「医療は専門外…高度な最新研究等は、科学論文を見ても理解できません。
かといって、週刊誌やTV、SNSの情報等は、不確実なものが大多数です。」
「ですが科学論文の方も、他の研究者が実験結果を再現できないものも多い…
科学的には『疑わしい』と言わざるを得ない状況が、続いていますよね。」
つまり、たとえ専門家でも『境界線』を引くのは困難…『わからない』のだ。
そして『生』の方も、どこから『生』なのかという定義は、非常に難しい。
「アッチとコッチに分けるのは…」
「そんなに簡単じゃないんですね。」
『生』と『死』の境界は、医療だけでなく法律の世界でも論争が続いている。
生まれたての赤ちゃんは『生』…産道から頭だけが出た『産まれる最中』は?
臨月の『お腹の中』の子は?妊娠何カ月から『生きた人間』とするの?
受精卵の着床が『生』のはじまりだとすれば、着床前の受精卵は何なのか?
「生まれて母体から離れた子を殺せば、殺人罪…お腹の中の子を死なせた時は?
現行法では刑事的には殺人にならず…民事的な損害賠償請求は可能ですが。」
「ただ受精しただけの、試験管の中の受精卵…それを壊したら、何罪なのか?
壮絶な不妊治療の末、ようやくできた受精卵…両親にとっては『生』です。」
その他、父母子が乗った車が事故…全員が死亡してしまった場合には、
『誰がどの順番に死んだか(最後まで生きていたのは誰か)』によって、
相続する人がガラリと変わってしまう…税金や生命保険金も当然、激変する。
これら医療や法律等の『現実問題』としての『生』と『死』だけでなく、
宗教や倫理、歴史的な習俗や地域毎の風習によって、その境界は変わる…
「境界『線』なんて、便宜上とりあえず引いたに過ぎない…ただの目安。」
「『生』と『死』だけでなく、『黒』と『赤』の境界も…同じですね。」
ウチの人は、『生』と『死』の境界。
そして貴方は『人』と『人外』の間。
でも、それが一体…何だっていうの?
「『人』と『人外』の境界…本当にあるのかしらね?」
医学の進歩と、山口先生の研究が進み、境界が動くかもしれない未来…
私はそれを、最愛の人とおこたでマッタリしながら、の~んびり待ってるの。
これほど穏やかな幸せに包まれた、夢に溢れる人生もないわよね。
貴方達も、私達と同じぐらい…
幸せになってくれると嬉しいわ。
「そう言って、お母様はお父様の鼻先にふわりと…くちづけを一つ。
俺は、この優しいキスを…一生、忘れません。」
-
④へGO! -
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※黒尾の『まかない(お夜食)』 →『引越見積⑨』
※昨年のパスタランチデート → 『引越見積④』
※吸血鬼にテレパシー能力は… →『下積厳禁②』
※人外は『喪う』側… → 『下積厳禁③』
※ALS →筋委縮性側索硬化症。筋肉を動かそうとする信号が伝わらなくなる難病。
おねがいキスして10題(1)
『08.忘れられないキスをして』
2019/02/09 MEMO小咄より移設
(2019/02/05,02/07分)