ご注意下さい!


この話はBLかつ性的な表現を含んでおります。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、 閲覧をお控え下さい。
(閲覧により不快感を抱かれた場合、責任を負いかねます。)




    それでもOK!な方  →
コチラをどうぞ。



























































    引越見積⑨







最近、すこぶる調子が良い。
部活三昧だった高校時代…10年程前よりも、身体が軽く感じるぐらいだ。

勿論、繁忙期を抜けて時間的に余裕があることも、大きな要因ではある。
でも、最も俺をフワフワ浮遊させているのは、おそらく心因的なもの…
好きな人と一緒に居られて、共に穏やかな時間を過ごせているからだ。


年度末の確定申告に端を発する、今回のゴタゴタ…決着したとは言い難い。
それでも、最大の懸案事項だった黒尾さんの扶養家族及び山口君の別宅問題は、
張本人たるムスメ…孤爪師匠の登場&諸手続により、アッサリ片が付いた。

『扶養』という言葉から、一番最初に想起するのは配偶者…既婚者疑惑だった。
直近150年間フリーでも、それ以前には伴侶が複数人いた可能性は十分にあり、
俺もそんな過去のことまで、さすがに咎めたりはしない…当然、時効である。

だが、まさかのムスメ登場、しかも奥様的ポジションが山口君だったとなると…
現在進行形真っ只中の話で、時効カウントも未だ始まっていない。
150年に渡る山口君との仲良し上司&部下関係も、羨ましくて仕方ないのに、
それが実はパパ&ママ的なカンケーかつムスメまで居たなんて…冗談じゃない。

孤爪師匠を紹介(イタズラ)された時、あまりの衝撃で意識がぶっ飛んだけど、
飛び逝く意識の中、俺の頭の中を占めていたのは、たった一つのことだった。

   (月島君は、大丈夫だろうか…?)


好きになった相手が、たまたま既婚者で子持ちだった…なら、まぁよくある話。
だが、記念すべき初恋相手の旦那様が、実は敬愛してやまない我が上司で、
ムスメも自分より遥かに年上となると…理解と許容の範囲から大きく逸脱する。

運よく「ダンナとは別れて、ツッキーと再婚するよ~♪」になったとしても、
あの月島君に『子育て』なんて、到底無理…大丈夫なわけないのだ。

   (俺が、手伝うしかない…っ!!)

月島君の御守だけでもかなり厄介だというのに、継子の面倒までみる…
しかも、あの腹黒吸血鬼と飛行系魔女の血を引くバイブ付喪娘?だなんて、
一体どうやって躾け(整備?)をすればいいのか、これっぽっちもわからない。
ここは恥を忍んで、「『こけし取扱説明書』を貸して下さい。」と頼むべきか…
(余談だが、喧嘩防止の為、毎年月島君とお互いの取説を交換し合っている。)

…なんてことを、ミキサーのゴガガガ音を聞きながら、必死に考え続けていた。


心臓と脳(特に妄想力)に多大な負荷がかかったものの、今振り返れば笑い話だ。
もしこのイタズラ抜きで「250年来の幼馴染です。」と紹介されていたら、
嫉妬のあまり…自分で想像するのも憚られるぐらいの燃焼反応だっただろう。

それに比べれば、客商売らしからぬ動揺を見せてしまったことなど、些細な事…
度を越したイタズラで、俺が多少ビックリした程度で済んで、本当に良かった。

   (月島君が悲しまなくて…良かった。)

そんなこんなで、黒猫魔女&レッドムーンは、表面的には穏やかな日常を送り、
黒尾赤葦組と月島山口組の双方が…そこそこラブラブな日々を満喫中だ。


そう…これはあくまでも『表面的には』という、限定付の話。
今回のゴタゴタについて、俺は黒尾さんと、月島君は山口君と、
未だに直接話していない状態…全てが宙ぶらりんのまま、放置されているのだ。

考えることを放棄したり、問題を棚上げしているというわけではない。
各々が何かしらの策を講じ、方々に奔走しているらしいことはわかっているし、
来るべき変革へ向けて、自分の中での折り合い…覚悟も、既にできている。

あとは、いつ、どのように、二人の中でその話を切り出すか…タイミング待ち。
だけど、「今夜こそ!」と毎晩思いながら帰宅するものの、
仕事の疲れと、二人でイチャイチャの心地良さに流され…我ながら情けない。


ほんの少しでいい。
いつもとちょっと違う、何かしらの『きっかけ』さえあれば、事態は動くはず。
たった一言、俺が素直に『ワガママ』を言えたら…

「今夜こそ…言えると、いいな。」

俺は自分を奮い立たせるように、願望をか細く声に出し…すぐに言い直した。

「今夜こそ、言う!」

2階の廊下中に響く声で宣言してから、大きな音を立てて自室の鍵を開け、
「ただいまっ!戻りました!!」と、勢いよく玄関へ飛び込んだ。



*****



「おう、今日もお疲れさん。」

玄関を開けたら、すぐ目の前に黒尾さんが居た。
上半身裸で、濡れそぼった髪をタオルでガシガシ…ちょうど風呂上がりだ。

「赤葦も、先に入ってくるといい。」
「はい。ぜひそうさせて頂きます。」

玄関で靴を脱ぎ、カマーベストと蝶ネクタイを解いて黒尾さんに渡す。
ズボンをストンと床に落とすと、黒尾さんがそれを拾って皺を伸ばしてくれて、
俺はそのまま脱衣所へ向かい、残りを洗濯機へ全部突っ込んでお風呂へGO…

お客様が立て込んだ日には、即戦力の新人黒服さんに片付けまで手伝って貰い、
その後、二人で飲み直ししながらマッタリ歓談…これが週の半分ぐらい。
仕事に余裕がある平日等は、閉店時間より早く黒尾さんは終業して帰宅すると、
お風呂の準備等、家事諸々をしながら俺の帰りを待っていてくれるのだ。


風呂から上がると、まずは冷たいお茶。足を伸ばしてホッと一息ついたら、
ほかほかの『お夜食』…おにぎり&味噌汁がテーブルに並べられる。

「今日はじゃこのおにぎりと、しじみのお味噌汁…嫌いじゃなかったか?」
「両方共、大好きです!!いつもありがとうございます…いただきます!」

嗚呼…これを幸せと言わずして、何を言わんや。
やや渋めの田舎たくわんの、美味いこと美味いこと。


以前は月島君と二人で、真夜中牛丼祭とか、ポテチフェスティバルとか、
体育会系のノリそのまんまで、ストレス発散がてら深夜にドカ食いしていたが、
30も手前になると、特盛は苦しいしポテチはうす塩が美味しく感じるし…
「不摂生しました。」を、翌朝実感するオトシゴロになってきていた。

だがそんな楽しい生活が、黒猫魔女さんとの業務提携以降、激変した。
シャワーをサッと浴びるだけじゃなく、毎晩ちゃんと湯船に浸かるようになり、
胃にも肝臓にも優しいお夜食…憧れの『まかない付』になったのだ。

「黒尾さんの至れり尽くせりが心地良過ぎて、居着いちゃったんです~」と、
山口君がずっと事務所の宿直室生活を続けていた理由が、よぉ~っくわかる。
間違いなく、ここ最近の好調ぶりは、黒尾さんのおかげである。


「黒尾さんのお夜食が恋しい…って、山口君が心の底から嘆いてましたよ。」
「ツッキーが『今日の料理ビギナーズ』を録画し始めたのは…そのせいか。」

「えっ!?あの月島君が、料理…!?恋をすると、人は変わるものですね。」
「超絶お節介上司の俺でも、さすがにここまではしたことは…ねぇからな?」

ほら…こっち来いよ。
壁に背を付け、足を伸ばしてベッドの上に座った黒尾さんは、
いつものようにポンポンと自分の腿を叩いて、こちらに腕を伸ばしてきた。
俺は嬉々としてその腕を取り、クルリと背を向けて両脚の間に挟まると、
俺専用の高級マッサージ椅子…黒尾さんに、遠慮なく全身を預けた。


「今日も一日、よく頑張ったな。」

仕事なんだから、頑張って当たり前。
それでも『当たり前』を褒められると、誰だって嬉しいんじゃないだろうか。
イイ子イイ子…大きく温かい手で、頭や身体を優しく撫でてくれるだけで、
カラダからは疲れが抜け、ココロもふんわりと軽くなってくる。

帰宅したら、玄関に笑顔(かつ、あられもない姿)で出迎えてくれて、
脱ぎ散らかした服を片付け、ご飯を準備し、労わりの言葉をかけてくれる。
そして極め付けが、頸筋、鎖骨、肩にたっぷりキス…極上吸血鬼マッサージだ。

   (いいお嫁さんに…なりますよ。)

トロンとした夢見心地の中、ポロリと本音が零れ落ちる。
別に俺は、自分の伴侶にアレもコレも一方的に尽くして欲しいわけじゃない。
して頂いたよりも多めにお返し…特に感謝の上乗せ分は、きっちり伝えたい。

「ここまで大事にして貰えて…俺は幸せ者です。」
「ちゃんとそう言って貰えて…俺の方も幸せだ。」


この幸せな時間を、一分一秒でも長く続けたい…その気持ちも伝えるべく、
カラダごと後ろに振り返り、黒尾さんの腿に乗り上げようとしたら、
俺が動くより一瞬早く、背後から黒尾さんにピッタリと抱き込まれてしまい…
黒尾さんは、俺の耳朶にそっと唇をつけながら、静かな声で語り始めた。

「『黒猫魔女』の事務所…引越しようと思うんだ。」
「っ!!?そ、そうですか…お手伝い、しますね!」

ついに来た…
動揺と驚きでビクリと跳ねたカラダを、黒尾さんに悟られないように、
「お任せ下さい!」と、力を込めてビシ!!っとガッツポーズ。
黒尾さんはそれに微笑みながら、サンキューな…と囁き、話を続けた。


「ツッキーの協力を得て…何とか移転先の目途が立ちそうなんだ。」

このビルの所有者がツッキーの親父さんだとは、前にチラっと聞いてはいたが…
まさか歌舞伎町一帯にそこそこの不動産を持っている、大資産家だったとはな。
管理会社…月島兄の不動産屋に、物件を仲介して貰えることになったんだ。

「成程…それで月島君共々、アッチコッチ走り回ってたんですね。」

ほとんど俺の趣味みたいな、のんびり営業の『レッドムーン』が、
この閑散期に赤を切らないで済んでいる根本的な理由も、ここにある。
手のかかる次男坊の『御守』を、末永~~~く引き受ける代償等として、
店及び俺達の自宅を、月島不動産からタダ同然で貸して頂いている状態なのだ。


これは一見、幸運な巡り合わせ…とも思えるが、俺は少々心配になってきた。
いくら黒尾さんが人タラシ王子でも、月島父兄は一筋縄ではいかない相手だ。
何かとんでもない『代償』を、黒尾さんは支払うハメになったんじゃ…

「大丈夫…なんですか?」
「むしろ…喜ばれたよ。」

俺達人外は、不動産だけでなく、人と法的な契約を結ぶのが非常に難しいんだ。
一方月島家は、長期かつ安定した新規顧客が、喉から手が出るほど欲しかった…
そこで、歌舞伎町人外青年会と月島父の弁護士事務所との間で顧問契約を結び、
兄の不動産会社も、人外専門の仲介窓口を設置する運びとなったんだ。

双方にとって利が大きい、奇跡的にウィン・ウィンの関係を築くことができた…
人外の仲間も、月島父兄も、掛け値なしに大喜びしてくれたんだ。

「っつーか、俺らのことをアッサリ信じてくれた…さすがツッキーの血縁だ。」
「いえ、あの父と兄を相手に取引できるなんて…さすがは黒尾さんですよっ!」

月島君だけじゃなく、父と兄まで納得&喜ばせるだなんて…タダゴトじゃない。
妙な魔法とかを使ったわけじゃなく、正々堂々と正体を明かして正面突破し、
平和的かつ対等な関係を構築…一番難しいことを、この人はやってのけたのだ。

   (やっぱり…とんでもない人、です。)


「それでっ、引越先は…どちらっ!?」

かなり食い気味に尋ねてしまい、声が完全にバック宙してしまった。
月島家を味方に付けられたのなら、歌舞伎町での人外さん達の地位向上は確実…
俺の超デキる激可愛い部下・月島君を、もみくちゃにして褒めてあげたい。

これは、かなり『イイ話』になるんじゃないだろうか…
逸る期待を必死に抑えつつ、固唾を飲んで背後からの明るい声を待っていると、
予想したのとは全く違う真剣さ…いや、苦悩に満ちた声が聞こえてきた。

「候補は…2か所。正直、迷ってる。」


一つは、今よりもJR新宿駅寄り…3丁目の献血ルームにほど近い場所で、
交通の便も魔女急便にもアクセス良好、築年も広さも申し分ない好物件だ。
事務所部はほぼ居抜で使えるし、何とトイレが…温風乾燥付ウォシュレットだ!

「ここなら、念願の『ウォシュレット初体験』ができる…最高の場所なんだ。
   箒等に乗る山口にとっても、温水式暖房便座は…夢のハイテク設備だしな!」
「山口君が『レッドムーン』のお手洗いをお気に入りな理由は…それですか。
   ちなみにビデはフランス語で『仔馬』という意味…『箒=馬』と同じです。」

まさかウォシュレットを決定打として、物件を決める気じゃ…ないですよね?
最近は洗浄便座一体型の便器も増えてきたけれど、まだ後乗せ型も多い…
ウチのトイレにも(乗馬後のケアとして)付けようかと思っていたぐらいだし。


…ではなくて。
その好物件には、致命的な欠陥がある。

「3丁目近くだと…今の倍くらい、ココからは遠くなってしまいますね。」

条件が良くとも、それでは月島君が引越を提案した当初の目的は、達成不可…
真逆の結果をもたらし、全く引越する意味がなくなってしまうじゃないか。
黒尾さんはあえて俺の言葉をスルーし、「2つ目の候補は…」と切り替えた。


「築年は古いが賃料は激安…今よりもずっと、ココから近い物件なんだ。」

ただ、今みたいな2LDKじゃなくて、必要最低限の広さのワンルームだし、
事務所部分の改装も別途自費負担…移転できるまでには少々時間もかかる。
それとは別に、俺の居住空間として、もう一部屋借りなきゃいけねぇ…
ま、両方の家賃足しても、今よりかなり安いんだけどな。

「事務所候補地は…ココの4階及び屋上部分。自宅はこの部屋の真上の3階。」


や…やったぁっ!!!
これ以上にないぐらいの近場…ここならアッチコッチする必要もなくなるし、
自宅もすぐ側で、いつでも黒尾さんに会える…最高の場所じゃないか!

今すぐ明光さんを叩き起こして、ソッコーで契約しちゃいましょう!
引越祝に、俺が黒尾さんのお部屋にウォシュレットを付けてあげますから♪

…と、嬉しさを爆発させたかったが、これらの言葉は何一つ出てこなかった。
真後ろの黒尾さんから伝わってくる重々しい空気に、口を開けなかったのだ。

黒尾さんはココに来ることを、迷っている。
いや、ココではない方…離れてしまう方を選ぼうとしているのだ。
つまりそれは、『黒猫魔女』と『レッドムーン』の業務提携解除だけでなく、
恐らくは、俺達の離別も意味している…

「そ、んな、の…っ」
「俺だって…嫌だ。」



じゃあ何で!?という言葉も、赤葦はグッと飲み込んだ。
これ以上ないぐらいの幸運…ツッキーが作ってくれた千載一遇のチャンスを、
俺は自ら手放そうとしているのに、赤葦は怒ったり咎めたりせず、
ただ俺の意思を最大限尊重しようと…黙って耐えようとしているのだ。

   (俺のために、我慢させて…)

その健気な姿に、胸が締め付けられる。
ここで理性的な模範解答をしても、赤葦は絶対に納得しないだろうし、
何もかも晒さなければ、赤葦に対して誠意を尽くしたとは言えない。

俺の腕にしがみ付きながら、込み上げるものを必死に堪えている赤葦の肩口に、
俺は顔を埋め…カラダの中、ココロの奥に届くように、声を響かせた。


「俺の『ワガママ』を言えば、今すぐにでも…ココに越して来たい。
   一分一秒でも長く、赤葦と一緒に居たい…お前と離れたくない。」

だが、俺がワガママを通すことで、結果的に赤葦は多くのものを喪ってしまう。
お前と一緒に居れば居る程、『本懐』を遂げたいという本能に抗えなくなる…
出来る限り耐え抜くつもりではいるんだが、限界間近なのは間違いないんだ。

「仕事で疲れたお前を、毎晩こうやってマッサージしてやりたい。
   でも、もし何かの拍子に牙を立ててしまったら…止められなくなる。」

俺と赤葦の血…史上稀に見る、驚異的な相性の良さなんだ。
例えるならオメガバースのαとΩ…『つがい』確定レベルの合致率だよ。
一滴でもこの血を吸ってしまえば、他の血は一切受け付けなくなってしまい、
二度とお前を、俺から離してやれなくなる…死ぬまでずっと、な。


「最近、調子が良いと思わねぇか?」
「あ、はい!身体が軽く感じます。」

これもひとえに、吸血鬼マッサージと、健康的お夜食のおかげですね…と、
的外れではあるが、めちゃくちゃ嬉しいことを言ってくれた。
俺は思わず赤葦をムギュッと抱擁…慌てて力を緩めてから、話を戻した。

「吸血鬼が本懐を遂げる…唯一無二の相手の血を吸うことで、
   その相手方にも俺の血が入り、体内で結合していくことになる。」

映画や小説でよく見かける、吸血鬼に咬まれた人も吸血鬼になる設定は、
血液を介して吸血鬼に近づくという意味では、あながち間違ってないんだ。


「肝炎ウイルスのように、吸血鬼に感染する…肝臓が吸血鬼化、でしょうか?
   それなら鉄過剰症にもならず、吸われた人も吸血行為が可能ですよね。」
「成程…吸血鬼の肝臓を人に移植できれば、後天的に吸血鬼になれるかもな。
   だが移植となると、拒絶反応が予想されるから、実現は難しそうだな。」

吸血鬼と人との間で、生体肝移植…これはこれで、実に面白い考察テーマだが、
今は涙を飲んで割愛…人は吸血鬼にはならない前提で話を進めよう。


「血は未だ混じってないが、その他の体液は既に結合し始めているだろ?」
「キスでの唾液交換や、おクチで…お互いを体内に取り込んでいますね。」

これらにより、赤葦は常態かつ継続的に吸血鬼に曝され、耐性を付けている。
「吸血鬼に酔っちゃいました♪」こと、赤葦京治酒豪化計画が、まさにそれ…
表現を変えれば、赤葦は徐々に吸血鬼に『近付いて』いるのだ。

「その証拠が、激務にも関わらず好調を維持できていることだよ。」

いくら閑散期とは言え、飲食店経営の個人事業主…元々の仕事量だって膨大だ。
少し前までは、業務後のマッサージの途中に、ほぼ毎回寝落ちしていたのに、
最近は、週3ペースでマッサージが『前戯』に…相当な「お元気!」さだ。

「えっ!?そ、そうでしたっけ?まったく自覚してませんでした。」

閑散期でも客足が途絶えないのも、元々あった色艶が更に磨かれているから…
淫猥さが人並外れて増量中なのが要因だが、そちらもどうやら無自覚らしい。
魔に属す者すら堕とす、魔性の魅惑…既に人の域を超えるドEROさである。


「赤葦は、少しずつ『人』の枠を外れ、『人外』へと近付いている。
   だが、完全な人外にはなれない…両者の狭間の存在になりつつあるんだ。」

この流れは、俺が本懐を遂げると更に加速…赤葦は『人』には戻れなくなる。
俺としては、赤葦を独占できる時間が長くなるから、願ったり叶ったりだが、
赤葦は『人』として、家族や友人と『同じ時間』を生きられなくなってしまう。

ご両親や月島家の方々が年老いても、お前だけはずっと若々しいまま…
勿論、大切なツッキーとも、一緒に歳を取ることはできないんだ。

「俺一人のワガママにしては、影響が大き過ぎる。
   だから、俺が『本懐』を遂げてしまう前に…まだ『人』である内に…な。」


本当は、こんなこと言いたくない。
これがツッキーの言っていた『我慢』…苦しくて堪らない。
離してやらなきゃ…とはわかっているのに、抱き締めた腕の力は増すばかり。

だが、俺が閉じ込める力より強く、赤葦は腕を跳ね除け、俺の上から退いた。
喪われた体温に、ココロもカラダも絶望の淵に追いやられたかのように錯覚…
俺が闇に堕ちる前に、赤葦はクルリとこちらを向き、再度腿に乗り上げてきた。

そして、ふるふるカラダを小刻みに揺らしながら、ぽそり…と言葉を零した。

「まさかとは思いますが…そんなしょーもないことを、悩んでたんですか?」


…は?
しょーもないって、おいおいそりゃねぇだろ。どれだけ深刻な話だと思って…
という、俺にとって真っ当なツッコミは一切口から出せなかった。

次の瞬間、ゴツン!と赤葦はおでこをぶつけ、俺のほっぺをムギュ~~~っ!!
全身の血が凍りつく冷気を纏った美しい笑顔で、ゆっく~~~りと話し始めた。


「な~んでそれを、もっと早~く、言わないんですかね~?」

こちらは、菜の花レベルで旬が短いことを、ずーーーっと気にかけて、
美味しく食べて頂けるうちにっ!と、寸暇を惜しんでヤりまくり…もとい、
二人で過ごす時間を増やそうと、延々悩み続けていたっていうのに…

「そんなカンタンに人外に近付く方法があったなんて、正直ドン引きですよ。」

自分で言うのもアレですが、『二丁目のお姫様』だの『歌舞伎町の女王』だの、
歩く放射性猥褻物やら天然Ωやら…現時点で俺は既に『人』扱いされてません。
これに今更『年齢不相応の若さ』が追加されても、俺含めて誰も驚きませんよ。


…まぁ、その辺りのことはさておき。
黒尾さんの話から、俺は心置きなく『ワガママ』を言えることが判明しました。
とは言え、俺と黒尾さん『二人分のワガママ』を通すことで、
俺が家族との時間を喪ってしまうのも事実…黙っているわけにはいきません。

もし黒尾さんが本懐を遂げたいと…俺と一緒に生きる道を選んで下さるのなら、
血を吸う前にちゃんとウチの家族に会って…筋を通しておきませんか?

「赤葦家と月島家双方の両親に、『いただきます。』の御挨拶を…っ!!?」


セリフの途中で、赤葦は自分が言っていることの意味にようやく気付き、
真っ赤に染まった顔を両手で覆い、俺の胸元に埋もれてしまった。

そして、「いいいっ今のは、まだまだ先の話ですから…っ」と前置きした上で、
俺にギュっとしがみ付きながら…か細く震える声で『ワガママ』を絞り出した。

「毎晩、黒尾さんのおにぎり&お味噌汁が、食べたい…です。
   だから、ココに…引越して来て下さいませんか?」


おーーーい、それは「まだまだまだ先の先の先」のセリフじゃねぇか~~?と、
アタマの中では至極冷静に返事をしてはいたが、カラダとクチはその真逆…
全力で赤葦を強く抱き、噛みつかんばかりの勢いでキスをしていた。

「明日、ツッキーと山口に引越の件を伝え…すぐに契約する。
   味噌汁の冷めない距離…毎晩違う具で作るから。」


俺の言葉に、赤葦はホッとした表情で大きく息を吐くと、
「やっと、言えた…言ってよかった。」と囁き、微笑みながら俺に寄り添った。



*****



ベッドの上で向かい合い、馬に乗るように俺の腿上に跨った赤葦は、
陶酔しきった瞳で俺を煽り立て…唇で肌に触れる度に、艶やかな嬌声を上げる。

自ら腰を浮かせ、抱き合うカラダの間で互いのモノを擦り合わせて刺激し、
同時に激しく舌を絡めるキスに溺れ、繋がる部分に俺の指を深々と誘い込む。

   (全部、吸い付くされ、そう…っ)

互いが交じり合うことで、距離も時間も近付いてくる…何て幸せなんだろう。
本能的な快楽もさることながら、心情的な部分で感じる歓喜に、震えが走る。

   (もっと、近くに…)


指を増やして『ナカ』にお伺いを立てると、物欲しそうな流し目を返してきた。
左指はそのままに、右手を枕元の棚に伸ばし…ゴム製品を一包引き出した。

ビニールの端を口に咥え、外装を破って開けようとしたら、
正面から赤葦が包みを唇で挟んで奪い取り…ベッドの外へと放ってしまった。

「あ!おい、何して…っ」
「これは…要りません。」

言っていることの意味を理解する前に、赤葦は俺の左指を掴んで抜き、
驚きの声をキスで封じながら、一度腰を浮かせ…そのまま一気に繋がった。


「っっっっ!!!?」
「んーーーっ!!!」

何も隔てるモノがないまま、赤葦の奥深くに直接包まれ…息が止まってしまう。
いつもとは全然違う感触と、焼けつくような熱に、カラダ中が燃え滾る。

吸血鬼の体液を、最深部で直接感じた赤葦の方は、完全に酩酊状態…
色に溺れ切った視線を漂わせながら、俺をドロドロに融かすかのように、
灼熱の溶鉱炉のナカへ奥へと、ズルズル惹き込んでいく。

   (気持ち、ヨすぎて…熔け、ちまうっ)


「おぃ、もう、そろそろ、離れ…」

強烈な締め付けと熱さに、意識が混濁…このままだと、本当にマズい。
ズルリ…と赤葦が腰をギリギリまで持ち上げた瞬間を見計らって、
とりあえず一旦、ソコから離れて貰おうと、赤葦を抱き上げようとした。

だが、俺の意を察した赤葦は、甘い声を上げながら腰を深々と落とし込み、
全身を使ってガッチリと俺をホールド…瞬殺レベルの圧迫で締め上げてきた。

「嫌っ!絶対っ…離れ、ませんっ」


先日、約束したじゃないですか。
赤葦京治酒豪化…改め、人外化計画に、協力して下さるって。
一日でも早く黒尾さんに近付き、一時間でも長く一緒に居るためには、
できるだけ多く『黒尾さん成分』を体内に取り込むのが効果的…そうでしょう?

「だから、このまま…ね?」


赤葦の髪を拭いていたタオルを手繰り寄せ、それを奥歯で固く噛み締めてから、
絶対に俺から逃れられないように、赤葦を下へと組み伏せ…

   (もう、離せねぇ…だろっ)


   俺の理性もワガママも、何もかも…
   全て赤葦のナカで、混ぜ合わせた。




- ⑩へGO! -




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※ビルの所有者が月島父 →『再配希望④
※『箒=馬』について →『既往疾速③
※赤葦京治酒豪化計画 →『下積厳禁⑥



2018/06/05    (2018/06/01分 MEMO小咄より移設)  

 

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