再配希望⑩







『緊急帰還命令。タクシーで帰れ。』
『大至急、黒猫魔女さん営業所へ。』


ナイスタイミング…と言うよりは、気味が悪いぐらいのドンピシャだった。
山口と一緒に『レッドムーン』の開店準備(等)をしている最中に、
異常事態に気付いた僕達は、厳重に店の戸締りをした上でタクシーに飛び乗り…
領収証を切って貰っている時に、上司コンビからの招集を受けた。

命令受諾から3分きっかりで、僕達は営業所へ突撃し、4人でコタツを囲んだ。
時刻は『宵のうち』まで…開店時間まであと一時間といった頃だ。

「只今より緊急合同会議を始めます。リミットは30分後…いいですね?」
赤葦さんの声に全員が真剣な表情で頷くと、早速黒尾さんが口火を切った。

「まず結論を言う。赤葦は誰かに狙われている…少々ヤバい意味でな。」


黒尾さんの『結論』に、僕達は全く驚かなかった。
チラリと山口と視線を交わすと、僕はポケットからハンカチを取り出し、
小さな保存用密閉袋に入った、USBメモリ風の黒い物体をコタツに乗せた。

「先程店内で掃除中に…山口が偶然これを発見しました。」
「カウンター一番端の席の、座面の下に貼り付けてあったよ~」

これは、音声レコーダー…単三電池を動力とするタイプだが、
近くで音声を拾った場合にのみ起動するため、かなり長期間録音が可能だ。
店の床に寝転がっていた山口が、ふと見上げた先…暗い椅子の下で見つけた。
人外の夜目を持つ山口が、そこでそういう体勢になったからこその大発見だ。
何故そんな格好に?等、無駄なツッコミを頂戴しない内に、僕は話を続けた。


「その場所は店内入口からも、バックヤードの入口からも一番近い席…
   いつも『黒服』の僕が待機している付近でもあります。」

暇な時には、僕はそこに座って作業をすることもある、いわば『補助席』…
満員になるような時にしか使わない、ほぼ『従業員用』の席となっている。

「営業中、月島君に指示等がある際は、その付近でコッソリ会話しますし、
   業者さんとの商談も、大体そこを使っています。」
「ということは、明らかにターゲットは赤葦さんもしくはツッキーだよね。
   だけど、ツッキーは営業中ほとんど喋らない…情報を得るのは難しい。」

ごく簡単な消去法で、ターゲットは赤葦さん…『おケイさん』だと断定できる。
そして犯人の目的は、おケイさんの秘密(個人情報)を得ることの、一択である。


「ツッキーよ。俺の見立てでは、お前さんは超優秀な黒服…そうだろう?
   犯人の心当たりも、既に絞られているんじゃねぇのか?」
「はい。僕の予想では、犯人候補(容疑者)は5~12名ですね。
   全然絞れてないように思われるかもしれませんが、約300名から厳選です。」

歌舞伎町の女王たる『二丁目のお姫様』には、コアなファンが数多存在する。
純粋にバーテンとしての技術に惚れて通う、『出すより入れる』クチの方々。
お酒よりおケイさんとのベシャリを愉しむ、『入れるより出す』クチの方々。
そして、おケイさんの淫靡さの虜となってメロメロに溶かされてしまった、
『(食虫植物の)クチに入ったきり出たがらない』贄の方々…ご馳走様です。

これらの『ステキなおクチ』をお持ちの方々の中から、
ここ1年間で2回以上ご来店の約300名の内、1度の支払が2万5千円以上で、
おケイさんのオネダリに、10万円クラスのボトルを平然と入れており、
なおかつ僕の『有害鳥獣駆除項目』に、8割該当する常連客を選別しました。

「会話内容から、該当者の氏名や勤務・所属先は全てインプット済です。」


僕の言葉に、黒尾さんは「さすがだ。」と、満面の笑みで頭を撫でてくれた。
会話しない代わりに情報収集…『黒服』としては当然の業務のはずだけど、
こうストレートに褒められると、嬉しいやらくすぐったいやら…照れてしまう。

これが『三丁目の王子様』の力か…と、妙なところで感心していると、
僕に対して厳しい二人が、何故か頬を膨らませ、冷たい口撃を飛ばしてきた。

「ツッキーって、突っ立って『置物』してるだけじゃなかったんだね〜
   番犬とまでは言わないけど、監視カメラよりは役に立ってるかも?」
「そうじゃなければ、わざわざ店に置いたりしませんよ。
   ムダに良い顔以外にも、多少は使えるところがないと…ねぇ?」

ちょっ…酷い。。。
僕の何が気に障ったのか知らないけど、言葉にトゲがある(トゲしかない)。
そんな僕に唯一フォローを入れてくれたのは、またしても黒尾さん…
「お前は凄ぇよ。もっと誇っていい。」と、再び頭をナデナデの…最中に、
『僕に厳しいおクチ』コンビは、コタツの中でガシガシ蹴りを入れてきた。


「月島君は、黒尾さんの言うことなら素直に聞くんですねっ!」
「黒尾さんも、ツッキーをちょっと甘やかしすぎですよねっ!」

あ…わかった。
これは超絶面倒な…『ジェラシー』だ。
『激辛口』コンビは、僕が黒尾さんに可愛がられることが面白くないのだろう。
あまりに黒尾さんラブ…むしろ僕の方がジェラシーを感じてしまいそうだ。

いつも冷静な赤葦さんと掴み所のない山口が、ここまで自分を晒した理由は、
黒猫魔女とレッドムーンの2組が出逢って、まだ24時間も経ってないからだ。
自分の感情を整理できてない内に、互いの関係性が激的に変化したせいもあり、
『4人でいる時の自分の立ち位置』が、未だに確定していないのだ。
その結果、自分の『役割』より『感情』が全面に押し出されてしまい…

   (可愛いけど…今はダメでしょっ!)

「こんなにデキる男は、そうそういないぞ?もっと大事にしてやれよ。
   愛想ナシに見えるが、はにかんだ口元とか、結構可愛いじゃねぇか。」

   (嬉しいけど…アンタも今はダメ!)

「そんなに気に入ったんでしたら、月島君は黒尾さんにあげますっ!」
「ツッキーは黒尾さんに大事にされて、デレデレしてればいいよっ!」

完全にワガママな子どもに戻って拗ねまくる、赤葦さんと山口の二人。
そんな二人に全く気付かない、ムダに大器な黒尾さん…カオスである。

あぁ…もう、残り10分しかない。
非常に不本意極まりないけど、この場だけは僕が回す他はなさそうだ。
本当はワガママ三昧で振り回す方が僕の性分なのに…

できるだけ表情筋を殺した『黒服』モードで両手を打ち鳴らし、
僕は無理矢理、議題を本筋に戻した。


「僕達のレコーダー発見とは別に、黒尾さん達が『異常事態』に気付いた理由…
   それを組み合わせると、容疑者は更に絞られるんじゃないでしょうか?」

僕の問い掛けに、黒尾さんは一枚の紙…宅配伝票をコタツの上に広げた。
見覚えのあるそれは、昨夜山口が僕のところへ持って来たモノだった。
全くポチリした覚えのない健康器具は、『送り付け商法』の疑いがあるとして、
頑なに『受領印』を押すことを拒んだ…言わば『宙ぶらりん』の荷物である。

「発送元の会社は、江戸末期からウチと取引がある、優良『お道具』メーカー…
   ココが『送り付け商法』をすることはあり得ないし、さっき確認も取った。」

一週間ほど前に、間違いなく『月島蛍』様宛の注文を受けたそうだ。
ただこの商品発送を担当したのは、新人短期アルバイトだったらしく、
コンビニから代金支払済なのに、間違って請求書を入れてしまったそうなんだ。
師走の繁忙期…社長さんも平謝りだったから、大目に見てやってくれよ。


「やっぱツッキーは、コンビニ払いでエログッズをポチリしてたってこと?」
「僕はいつもクレジット!あ、まさか赤葦さん…僕名義で個人的にポチリを…」
「業務以外では絶対に『月島蛍』を使わない…そういう約束でしょう?」

もしそういうグッズをポチリする時は、思いっきり業務用を装って、
『月島蛍』名義で堂々と注文して、『経費』の領収証に紛れ込ませますからね。

「『新聞図書費・書籍代』の大半は、俺が趣味で買ったBL漫画ですから。」
「赤葦さん賢いっ!俺も『消耗品費・備品』でゴム製品買っちゃいました~♪」

自営業バンザイ!とハイタッチする『姫様コンビ』に、僕と黒尾さんは唖然…
一気に『お説教モード』に突入しかけたのを、ギリギリの所で踏み止まった。


「つまり、僕も赤葦さんも注文した覚えがないのに、送り付け商法でもない…
   第三者が『月島蛍』を名乗ってポチリした上で、送ったことになる。」

問題は、代金が既に支払済であること…『贈物』である可能性が高いことだ。
贈られたブツも、決して安くはない一流品…実に高性能なマッサージ器で、
嫌がらせやエロ目的というよりは、純粋な愛すら感じるセレクトなんだよ。
本当に相手のことを想って選び、贈ってきたモノと考えていいだろう。

「贈り主は、赤葦が肩凝りで悩んでいることを知っており、かつ、
   赤葦を『月島蛍』だと思い込むような情報を、どこかで入手した人物だ。」
「候補の12名の中には、二丁目商店会や酒販組合、取引先の人は居ない…
   業務の中で『おケイさん=月島蛍』を知った人物ではないことになります。」

即ち、レコーダーを設置した犯人が、贈り主である可能性が一番高いのだ。
電池が切れる頃に回収&再設置が必要なため、そこそこの頻度で来る常連…
愛ゆえに、ここまでして情報を欲しがるような…『駆除リスト』上位者だ。

「候補は3人に絞れました。今日明日の内に、確実にご来店されます。」
「よし、それがわかれば…話は早い。」


黒尾さんはニヤリ…と、闇社会の匂いがぷんぷんする狡猾な笑みを見せた。
本能的な恐怖でゾクリとする一方で、ワクワクと心が躍る…不思議な感覚。
不謹慎ではあるが、僕達はキラキラした瞳で黒尾さんに注目した。

「犯人を…罠にかける。」

実は盗聴や秘密録音自体は、違法ではない…盗聴前後の不法侵入等が問題で、
現段階では、犯人が法的に裁きを受ける程の行為も実害もないんだ。
だが、このまま放っておけば、どんどんエスカレートするのは間違いない。
一方的な愛、思い込み、勘違いが暴発した末の悲劇…例示するまでもないよな?

「だから、今のうちにカタを付ける。」


おそらく犯人の主目的は、イケメン黒服とおケイさんのカンケーを探ること。
孤高の存在たるお姫様が、誰かのモノになることが赦せないんだろうな。

「もし、明らかに姫が『特別扱い』する奴が出現したら…どうなると思う?」

どうって…修羅場に決まってる。
ウチの客層は、社会的(表面的)にはハイレベルな紳士淑女ばかりだが、
だからこそ、仮面の下での駆け引きやら牽制が苛烈を極める…
容疑者だけじゃなく、常連全員を巻き込んだ、ド修羅場に発展しかねない。

「まさか黒尾さん…『特別な存在』としてご来店されるつもりですかっ!?」
「そうすれば、容疑者もわかるし、犯人が喰い付く『餌』をまけるからな。」

俺達の様子を見た犯人は、突然現れた新参者に慌て、素性を探ろうとする…
閉店後も俺だけが『特別居残り』するところを見せたら、
犯人は近いうち確実に、レコーダーを回収するはず…そこを捕獲する。

「さっすが~!そこを俺が『ガツン♪』とヤっちゃえば、記憶抹消完了~♪
   おケイさん情報も、録音済の会話もデリートできる…完璧な策ですね!」


黒猫魔女の方は(若干物騒な音が聞こえた気がするが)、策を了承したようだ。
だが、当事者のレッドムーン側は、そう簡単に「やりましょう」とは言えない…

「姫様の寵愛を競い合う…そんな修羅場に、僕は同席したくありませんっ!」
「おや、ウチの売り上げUPのチャンス到来…俺はその策に大賛成です。」

…アッサリ了承してしまった。
この人は、自分の身が危険に晒されていることを、全くわかってないんじゃ…
とは言え、僕はその場に居たくないし、居ても赤葦さんを守りきる自信はない。

そんな不安を読み取った黒尾さんは、真っ直ぐ僕を見て、はっきり断言した。


「大丈夫だ、ツッキー。赤葦は俺が…絶対に守り通す。」

その代わりに、ツッキーにしか頼めない仕事を、任せたいんだ。
俺にはできないが、お前なら…お前と山口ならできると、俺は信じている。
俺と赤葦がレッドムーンで罠を張っている間、店の外で動いて欲しい。

「この策には、ツッキーの力が必要不可欠…手を貸して貰えねぇか?」

この人は…卑怯だ。
こんな風に必要とされ、誠心誠意を込めて頼まれたら、断れないじゃないか。
これが『人タラシ』の真骨頂…三丁目の献血ルームに行列ができる理由だろう。

それがわかっていても、僕を必要としてくれたことが物凄く嬉しくて堪らない。
差し出された手を振り払うことなんて、僕には…できるわけない。

「…わかりました。微力ながら援助致します。」
「ツッキー…サンキューな!お前なら絶対そう言ってくれると思ってたぜ!」

握手した手を激しく振り、その手を思い切り引かれ…コタツ越しに抱擁。
腕の中で「お前はイイ奴だな!」と髪をわしゃわしゃされてしまった。


「や…止めて下さいっ!!」
「何だよ…照れてんのか?可愛いな~」

違いますっ!!
それもあるけど…ホントに止めて!


黒尾さんには見えないコタツの中で、両サイドから灼熱の猛攻撃を受けながら、
僕は声にならない声を上げ…合同会議は幕を閉じた。




- ⑪へGO! -




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2017/12/24 (2017/12/23分 MEMO小咄より移設)

 

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