隣之番哉②







『黒猫魔女』と『レッドムーン』が、運命的な出逢いを果たしたのは、去年…
いや、もう一昨年か。イルミネーション輝く、クリスマス直前のことだった。
可憐な源氏名を持つ夜の蝶…ではなく、源氏名っぽい本名の黒服・月島蛍宛に、
魔女・山口忠が『健康器具』を配達したことから、四人の物語が始まった。

狙われた二丁目のお姫様こと、歌舞伎町の女王・おケイ(赤葦)を守るべく、
三丁目の王子様こと、黒猫吸血鬼・黒尾を中心に…イロイロとヤった挙句、
特殊宅配業者とバーという異業種でありつつ、やけに密接な交際を続け、
昨年始めから共同経営を開始…共に死力を尽くし、年度末修羅場を乗り越えた。


いつの間にか、春。
あまりに過酷な『アッチコッチ』での修羅場に、三十路前の赤葦&月島は白旗。
同時に、黒尾の扶養家族と山口の別宅問題も勃発し、共同経営解消の道へ…
イきそうになったのを、アレやらソレやらワガママを通しまくって回避し、
レッドムーンと同じビルに、黒猫魔女事務所及び黒尾と山口の自宅も転居へ。
そのどさくさに紛れ、月島は山口に魔女の『本契約』申込…婚約してしまった。

あっという間に、夏。
自宅の改装話等が全く進まないうちに、月島不動産㈱の人外専門窓口開業。
超優良オモチャメーカー・伊達工業㈱の面々から、祝福(因縁?)を頂戴しつつ、
月島は山口の随神・青根&二口と共に帰省し、『御挨拶』を無事に済ませた。

一方の黒尾と赤葦は、地味に事務所移転の荷造りに勤しむ日々…だったが、
乙女ゲームの如く相次いで登場する魅力的メンツに、翻弄&ヤキモチのループ…
黒尾はついポロリと求婚、そしておケイのパパ的な紳士との死闘を経て、
赤葦も負けず劣らずポロリ中にポロリ…ロマンのカケラもない求婚合戦で終了。

   (まさに…『怒涛』だったな。)

こうして振り返ってみると、字数を大幅に端折っても、結構なボリューム感…
たった9ヶ月そこそこの間に起こったことだとは、とても思えない密度だ。
レッドムーンの二人と出逢うまでの289年程の人生より、ずっと濃い日々だ。

   (そんな中、吸血鬼の俺は…)


自宅部分改装(同棲)前に、通すべき筋をしかるべき方々へ通しておこう…
お盆の帰省及び休業期間中に、俺自身はそれらを一気に済ませるつもりだった。
だが、事務所の改装&引越に時間が掛かったり、月島不動産が大盛況だったり、
気が付けばもう年末の修羅場に突入…惨状と言う形容詞が合致しすぎな状況に。

結局、昨年よりも惨憺たる年末年始を、四人でどうにかこうにか(記憶が曖昧)…
ドタバタがようやく落ち着いた小正月頃に、遅ればせながら『帰省』再開だ。

一つ言い訳させて貰えるなら、赤葦のモロにパパは『明後日来い』と言ったが、
やはり相応の準備が必要だから…と、赤葦家側の事情により延期されていた。
あちらからの『おいでませ』を待つうちに、年を越してしまった面もあり、
御挨拶が新年にもつれ込んだことに関しては、あちらから丁寧な謝罪があった。


そして、今日。
遂に届いた出頭命令に、俺は勝負服(吸血鬼の正装)をビシっ!と着込み、
「ご覚悟は宜しいですか?」と、妙に美しい笑顔を魅せる赤葦に連れられて、
赤葦の実家…先代歌舞伎町女王の城へ、馳せ参じた次第だ。


玄関が開き始めると同時に、人生で一番深々と頭を下げて…お辞儀で待機。
「いらっしゃい」の声が聞こえるまで、最大限の礼を尽くそうと構えていた。
だが、聞こえてきたのは全く予想していなかった、涙を含んだ潤み声だった。

「お久しぶりですね。ずっとずっと、貴方にお会いしたかった…私の王子様!」


え?…と、顔を上げた瞬間、誰かが飛びついてきて…俺は咄嗟に受け止めた。
腕の中には、随分小柄でふわふわした…天使?みたいな人が、すすり泣き。
何が何だかわからず完全に固まっていると、天使は俺にしな垂れかかりながら、
「やっと…会えた…っ」と囁き、ゆっくりと胸に埋めていた顔を上げた。

   (…っ!!!?)

天使は…『天使』としか言えなかった。
清楚な白いシャツに、黒のタイトスカートという、質素なお召し物なのに、
それが逆に、隠しきれない高貴さを引き立て、上品さを醸し出していた。
そして何よりも、薄く紅を差した程度のナチュラルなメイクが、
内側から溢れ出る艶に磨きをかけ…心という心を猛烈な勢いで鷲掴んだ。

   (なんて、美しい…血。)

   まるで、薔薇のような華の香り。
   もしくは、真鯛のあらの赤出汁。
   惹かれてやまない…美味の予感。

とにかく、理性の箍を殴打し、粉々に砕いて溶かされるような、馨しい薫り。
眩暈すら覚える芳醇さに、思わず膝を折りそうに…なった瞬間、
少しよろめき天使の方へ傾いだ頭に、左右から同時に、目の覚める痛撃×2。
その激痛に、俺は覚めた目がソッコーで閉じて…そのまま昏倒したようだ。


次に目が開いた時に見えた景色は、どこかの…洋間だった。
ゴシック様式というよりも、ゴスロリ系っぽい装飾が施された、黒い部屋…
もしこの部屋が歌舞伎町にあったら、高級SMクラブにしか見えねぇな~と、
ズキズキと痛む頭でぼんやり考えている最中、俺は別の異変に気付いた。

   (ん?カラダが、動かねぇ…?)

首を左に向けると、肩の高さに…まっすぐ左腕。右も全く同じ。
真下を見ると、左右の脚がピッチリと揃えられ、立たされているようだった。
両腕は手首の部分で、両脚は太腿の真ん中と膝下、そして足首で縛られて…

   (これ、もしかしなくても…っ!?)


「おや、お目覚めですか。やはり、驚く程…お似合いですね。」
「おい、これは…どういうことだっ!?外してくれよ、赤葦!」

後ろから響いてきた冷めきった声に、俺は声を震わせて救助を求めた。
だが返ってきたのは、先程の天使に酷似した艶色笑顔と…「嫌です。」の一言。
その冷酷な声と、今の自分のポーズに遺伝子レベルで恐怖を感じた俺は、
血の気が音を立てて引き、意識が遠のくのを自覚した。

「う…ぁ…な、んで、こんな…っ?」
「危険を封じるため…致し方なく。」


両腕を真横に、両脚を真下に。
天使に堕ちかけた吸血鬼は、その咎を曝されるべく…磔刑に処せられていた。



********************




「それじゃあみんな、アソコをしっかりみつめて…はい、チ~ズ!」
「赤葦家記念撮影…最高の出来だよ!」


赤葦父&母&息子の三人は、吸血鬼の雰囲気に合わせた衣装でオメカシ…
(ご丁寧に、『付け八重歯(吸血歯)』まではめる徹底ぶりだ。)
磔にされた吸血鬼の周りで、各々バッチリとポーズをキめ、家族写真を撮った。
その後は、我先にと吸血鬼とのツーショットを撮りまくり、終始大騒ぎ…
それを、黒尾は呆然と(しながらも、完璧なカメラ目線で)応え続けた。

「いやぁ~、ホントにカッコイイね♪
   コスじゃなくて本職さんとお写真撮れるなんて、夢のようだよ~!」
「今すぐイメクラでデビューできそう♪
   アナタとスッキリ☆床屋Bar『BAR』…なんてのはどうかしら?」
「床は床でも『床上手』の方で、しかも『バーバー』で床屋とかけた…上手い!
   それに『BAR』って…『Black-And-Red』のこと!?さすが先代女王!!」

嗚呼…やっぱり俺は、『BAR』を経営する運命だったんですね。
黒と赤は、心ゆくまで酔いしれるカンケー…今やっとそれが判明しましたよ。

「俺は一生、黒尾さんに…最高の美酒を飲ませてあげますねっ♪」
「それは実にありがたい話なんだが…放してもらってもいいか?」


一滴も飲めないくせに、既に酔いが回ったかのように盛り上がる赤葦一家に、
黒尾は再び遠退きそうな意識を、必死に楔で繋ぎ止めつつ、救助を要請した。
だが、床屋?Bar?ごっこに浸る三人は、声を揃えて『ダメ~』と即答した。

「だって黒尾君、放したら…僕の天使にフラフラ~ってイきそうじゃんか。
   僕、事前に通告したよね?もしもの時は…君を消すからね~って。」
「私の京治を吸血鬼にするのは構わないけど、ダーリンを殺人鬼にしないでね♪
   あ、どっちかというと、一番アブナイのは京治かもしれないわよね~」
「黒尾さんに降りかかる危険を封じるために、已む無く磔にしただけです。
   どうか貴方ご自身の身の安全と、赤葦家の安寧のため…そのまま待機で。」

にこにこ~ふわふわ~ふふふふ~と、艶やらアレやらを含んだ眩しい笑顔に、
黒尾は喉の奥で悲鳴になりそこねた息を詰まらせ、大人しく首を縦に振った。


「さて、黒尾さんが大人しくなったところで…聞かせてもらいましょうか。」

ゴスロリとボンテージの中間?みたいな黒&赤レースの衣装を着ていた赤葦は、
笑顔をス…と引き、ビジュアル系バント風の父と堕天使風の母に向き直ると、
先に赤いハートの付いた黒い短鞭をピシピシとシバきながら、尋問を開始した。

「黒尾さんを『おいでませ』するのに、やたら長い『待った』をかけたのは、
   『相応の準備』とやらに時間がかかったから…そうなんでしょう?」

確かに、吸血鬼の王子様をお迎えするために、最大限の『おもてなし』を…と、
お盆前に父さんと母さんにお願いしたけど、これは明らかにヤり過ぎでしょ。
床の間付きの純和室だった客間が、拷問部屋っぽくリフォームされていたり、
この衣装や小道具、部屋の装飾も…ため息が出る程の完璧さっ!さすが赤葦家!

「母さんのパ…古くからの知り合いにオネガイして、手伝って貰ったのよ♪
   歌舞伎町の高級店を専門に扱う内装屋さん…素晴らしい出来栄えでしょ?」
「特にこの磔用十字架!聞いて驚け!父さんの『給料3ヶ月分』なんだよ~♪
   『ダブルの棺』の代わりに、棺風天蓋付ベッドも特注で作ってもらったよ~」


ホントは、葬儀屋さんに「二人用の棺を作って!」ってお願いしたんだけど…
「二人も入れたら、焼け残りますよ。」って、ダメ出し喰らっちゃったんだよ。
ただでさえ大柄な人は残りやすいのに、その大柄を二人一緒にだなんて、
美しいお骨にならないからダメです!って、お叱りを受けちゃったんだよね~

その代わりに、舞台の幕みたいな分厚いカーテンを閉めると、真っ暗闇になる…
まるで棺のナカみたいな、天蓋付ダブルベッドをこしらえて貰ったんだよ♪

「ねぇねぇ黒尾君、このベッド…吸血鬼的にはどうかな?」
「いや、正直…自宅にも同じものが欲しいぐらいですよ。」

本当に正直な感想を述べた吸血鬼に、父&母は手を取り合って大喜び。
明日、『赤葦家自信作』の『寝心地』の感想を聞かせてね♪と、片目をパチリ。
息子はそんな両親に、ほわっほわ~と頬を染めながら咳払いし、次の質問へ。


「さっき玄関先で、聞き捨てならないセリフが間違いなく聞こえたんだけど。
   『私の王子様』って、一体どういう意味なのか…仔細な説明を求む!」

鋭い視線が、黒尾に突き刺さる。
だが黒尾は激しく首を横に振り、全くわからない…と、困惑100%で答えた。
その表情に嘘はなさそうで、黒尾と赤葦は揃って両親に視線を送った。
すると、赤葦父も同じ…いや、ほとんど半泣き状態で母を見つめていたのだ。

「僕も、詳しいこと…知りたい。」
「うふふ。黒尾さんは残念ながら、全く覚えていらっしゃらないようだけど…」


あれは、そう…30年程前かしら。私が現役の『歌舞伎町の女王』だった頃。
ちょっとヤバめなお客様に付きまとわれて、必死に街中を逃げていた時のこと。
廃ビルの裏に追い込まれ、刺されるっ!って瞬間に、王子様が助けてくれたの。

路地の奥から現れた黒衣の王子様は、5~6人を一瞬でその場に沈めると、
震える私の手を取り、大丈夫ですか?と笑顔でお声をかけて下さった…
そして、私の心をグっと掴む一言を、はにかみながらポソリと零したのよ。

「『すみません。新宿鬼王神社って…どちらでしょうか?』…って。」

「えっ、それってまさか…迷子?」
「えぇ、確実に…迷子ですよね。」
「おっ、覚えてねぇが、身に覚えは…」

あぁ、この王子様は、歌舞伎町二丁目を守りし鬼の王子様に違いない…
そうビビビっとカンジちゃった私は、ザックリとした位置をお伝えしたの。
そしたら、王子様は体育会系の爽やかスマイルで「ありがとうございます!」…
惚れ惚れするようなお辞儀と共に、その場から颯爽と姿を消したのよ。

「…私が教えたのとは、反対方向に。」

慌てた私は、ふらつく脚を必死に支え、王子様の後を追うも…既に姿はない。
近くを捜索していると、道端で身ぐるみ剥がれた昏睡状態の殿方を発見したわ。
私も王子様を見習って、困った人を助けなきゃ!と、その殿方を介抱したの。

「もももっ、もしかして、それが…」
「もちろん、ダーリンのことよ~♪」


燕尾服にマント、ツンツン立った御髪…新宿(吸血)鬼王神社の王子様は、
私とダーリンを赤い糸で結び付けてくれた、キューピットでもあったの。
だから、どうしてもお礼が言いたくて、歌舞伎町中を探したかったんだけど…

「ダーリンは出禁になっちゃうし、私も水揚げされて女王引退しちゃったし、
   天使・京治を授かったりで、王子様捕獲作戦を実行できないまま…30年。」

それがまさか、吸血鬼キューピットに授けて頂いた、私達の天使自らが、
今度はその王子様を連れて来るなんて…信じられないミラクルじゃないの♪
30年前と全くお変わりなくて、すぐに『私の王子様』だってわかったわよ。

「こうしてみると、あの時、私が王子様を見つけてなくて良かったわよね~
   京治の王子様じゃなくて、モロにパパになってたかもしれないんだもの♪」

「あああっ、ありがとう黒尾君!!君が方向音痴で…ホント助かったよ~!!」
「黒尾さんの致命的な方向音痴が、赤葦家の運命を決定付けたなんて…っ!!」


今までの長い人生で、方向音痴について盛大にディスられることはあっても、
感謝されるなんて…くすぐったいというよりも、困惑しか感じなかったが、
赤葦家全員から「バンザ~イ!」と大喜びでしがみ付かれて、悪い気はしない。

赤葦との出逢いだけでも、300年に一度あるかないかの幸運だと断言できるが、
まさか先代女王…ご両親ともご縁があったなんて、奇跡以外の何物でもない。
自分と赤葦家との繋がり…『血』の相性の良さに、心から喜びが溢れてくる。
仲良しで楽しい赤葦家から、特製棺まで贈って頂けるなんて、感無量だ。

   (でも、だからこそ…)

息子を『天使』と言って憚らない程、デレッデレに可愛がっている、赤葦夫妻。
息子の方も、普段の沈着冷静さは影を潜め、ほわっほわ~な『自然体』だ。
家族と共に居る柔らかい雰囲気を纏った赤葦は、俺が初めて見る姿だったが、
俺が知っている表情の中で、今の自然体の赤葦が一番…愛おしさを感じる。

   (この赤葦と、共に在りたいけれど…)

今更、運命の相手を諦めることなんて、俺には到底できやしないが、
人外の俺と結ばれてしまうと、赤葦はご両親と同じ時間を生きられなくなり、
温かい幸せに溢れる赤葦家から、この笑顔が消えてしまうかもしれないのだ。
それでも本懐を遂げたい…俺と同じ時間を生きて欲しいと願うのならば、
俺は赤葦家から幸せを奪う罪咎を、一生背負っていかなければならない。

   (この十字架は、俺の…)


誰かと結ばれるのは、こんなにも罪深いものなのか。
『結婚』って、こんなに…怖いものだったのか。
人外と人は…異類婚姻譚は、やはりハッピーエンドに成り得ないのか。

何度も何度も自問自答し続けても、未だに答えの出せない難題に、青く沈む。
『御挨拶』に来て、ご両親を目の前にしても、悶々とし続けているような奴に、
大切な大切な『天使』を任せられるわけなんて…ないじゃないか。


絶望的な気分で団欒を眺めていると、ご両親の穏やかな声が聞こえてきた。
さっきまでの大騒ぎはどこへやら、いつの間にか静かに十字架を囲んでいた。

「こんなに京治といっぱいお喋りできるようになったのは…いつ以来だろうね〜
   部活に仕事にと忙しい子だったから、ほとんど家に居なかったしね。」
「寡黙で無愛想で…笑顔なんて、20年ぶりぐらいじゃないかしら。
   それが、『会って欲しい人がいる』っていう一言から…激変したわよね〜♪」

好きな人ができると、人はこうも変わるのか!?って…我が子ながら驚いたよ。
我が子の幸せそうな笑顔を見れたのは、親としての『本懐』を遂げたと言える…
黒尾君のおかげで、赤葦家全員が幸せに満たされた…本当に、ありがとう。

「え…?」

思いもよらなかった『ありがとう』に、戸惑いの声を漏らしてしまった。
大切な天使を奪うことを激怒するのが、親として当たり前だろうに…何故、だ?
二の句が継げない俺をご両親は澄んだ瞳でじっと見つめ、静かに言葉を続けた。


「僕達の時間から京治を奪ってしまうって、躊躇しているんだろうけど…
   でも、勘違いしないで。それは君が吸血鬼だから特別なわけじゃないよ。」
「貴方が何者だろうと、私達の天使を持ってっちゃう事実は変わらないわ。
   同じように、私達より長く生きることも、人同士の場合とほぼ変わらない…」

親が死んだ後、子ども達がどのくらい生きるかなんて…人だって知る由もない。
長さはどうあれ、京治が死ぬまで幸せにして貰えるなら…親としては本望だよ。

私達が生きている間、京治が幸せそうに笑っている姿を見せてくれるなら…
心の底から「親の本懐、遂げたり!」って、全宇宙に自慢してやれるわっ!

「たった30年でも、幸せな家庭を築いて持続させるのは、結構大変だからね。
   黒尾君は少なくとも10倍は努力と忍耐の連続…正直、心底同情するよ。」
「結ばれたらそこでハッピーエンド…それは童話の世界だけだからね?
   エンドの見えない物語が続いていく貴方達が、どうか幸せであるように…」

   僕達を繋いでくれたキューピットを、
   僕達の天使が幸せにできること…
   黒尾君の『本懐』になれた奇跡を、
   心から嬉しく思っているよ。


「最愛の京治を、どうか末永くよろしくお願いします…黒尾君。」
「私の王子様と天使の、エンドレスなハッピーを…祈ってるわ。」




********************




それじゃ、今日はもう遅いから…続きはまた明日にして、お開きにしよう。
どうぞ二人でごゆっくり…おやすみなさいませ~♪


赤葦父母は、息子達の頭を幼な子のように「良い子良い子~♪」と撫で回し、
仲良く手を繋いペコリとお辞儀…鼻歌交じりに部屋を出て行った。

部屋の外…脱衣所からはしばらくの間、うわぁチャックが噛んじゃった!とか、
ダーリン私の裾を踏んでるわよ~とか、楽しそうな声が聞こえていたが、
どうやら一緒にお風呂に入ったらしく、この部屋には静寂が訪れた。

息子が婚約者を連れてきた日にも、一緒にお風呂に入る万年新婚両親に、
赤葦は恥かしさに頬を染めながら俯き…視線を逸らせながら話も逸らせた。


「黒尾さん…驚きました、よね?」
「あぁ…凄ぇ賑やかな家族だな。」

俺も、ウチの両親があんなにファンキーな人達だなんて…今頃知ったんです。
別に家族仲が悪いわけじゃないけど、お互いに忙しくてすれ違いが多く、
あんな風に『家族団欒』した記憶が、実は殆どないんですよ。

「直近では…お店を出す際に、月島家入りする話をした時ぐらいですね。」
「冠婚葬祭…『家族』のカタチが変わる時に、一番家族と話をするよな。」

あの時は、いきなり「今日から京治は、蛍クンちの子になるからね~♪」と…
歌舞伎町でお店を出すためには、超強力なバックが必要不可欠とは言え、
明光さんに「お兄ちゃん♪」を強要されたり、団欒には程遠い雰囲気でしたね。
まぁ…二度と『可愛い弟』をイジメないよう、丁重にオネガイしましたが。

そんなことは、どーでもいい余興…今は『実家』たる赤葦家の話でしたね。

「お盆前…父がお店に来る数日前に、両親に黒尾さんのことを話したんですが、
   それ以来、大フィーバーしちゃった二人と、密に連絡を取り合うように…」
「成程な。それで、最初は俺のことなんて初めて知った!風を装っていたのに、
   俺は一度も名乗ってないにも関わらず、『黒尾君』と本名で俺を呼んだ…」


本名どころか、俺が吸血鬼であることも知っていたぐらいだから、
俺に関する情報を、予めご両親に伝えて(根掘り葉掘りされて)いたのだろう。
こうした事前準備(根回し)のおかげで、スムースに『御挨拶』話の花が咲く…

「しまった!俺からは、何ひとつ…ご両親に言ってねぇよな!?」
「言うタイミング、ありませんでしたしね…明日にしましょう。」

それよりも黒尾さん。
まだ俺が知らない、大切なコト…俺は黒尾さんから聞いていないんですけど。
こういう話を、結婚相手に黙っているだなんて、下手したら婚約破棄ですよ?

「黒尾さん…お仕事、辞めましたね?」

ビシッ!!!という風切音を鳴らして、鞭を俺の眼前に突き付ける赤葦。
一瞬その勢いに身が竦んだが、それよりも困惑が勝り…俺は首を傾げた。


は?今日も夕方まで、事務所で一緒に伝票整理&店の掃除をしたじゃねぇか。
まるで、婚約者に内緒で無職になったような、誤解を招く言い方はよせよ…と、
反論しようとした俺の口元を、短鞭のハートで赤葦はピシャリと抑えた。

「『黒猫魔女』や『レッドムーン』の話ではありません。」

もう一つあるでしょう?
貴方が『三丁目の王子様』という称号を戴いている、吸血鬼の天職の方ですよ。

お盆前に極秘帰省した帰り、新宿三丁目駅の地下道から上がろうとしたら、
いつも使う紀伊国屋書店への直通出口が修繕中…一つ手前も閉鎖されてました。
どうやらそのビルは、修繕どころか解体で、テナントさんも全撤退でした。
慌てて地上に出て、工事用養生パネルの貼紙を確認…衝撃の事実を知りました。

そこは、黒尾さんが嘱託職員をしているはずの、献血ルームがあったビル…
解体に伴い、夏前に閉鎖&新宿駅前ルームと統合されたそうですね。

「俺、何も…聞いてませんけど?」
「いっ、言ってなかったっけ…?」


赤葦の言う通り、夏前に統廃合…移転のゴタゴタが落ち着くまで、嘱託は待機。
本来は秋口から出る予定だったが、新体制がスタートすることにもなったし、
採血した血液を検査する機器の性能も、格段に向上…吸血鬼不要となったのだ。

「俺は別に、リストラされたわけじゃねぇ…栄誉ある引退だからな。」
「もう王子様にヌいて貰えない…と、常連さん達も泣いてましたよ。」

黒尾さんからお話があって然るべきだと思い、俺からはお尋ねしませんでした。
そのうち本業の方が忙しくなり、俺もちょっぴり忘れていましたし、
週イチの嘱託がなくなった程度では、生計には何ら影響はないでしょうが…

「ですが、黒尾さん御本人からお聞きする前に、お客様から聞いた俺の気持ち…
   どれだけ寂しく、どれだけジェラシーを燃やしたか…貴方にわかりますか?」

別に俺は怒っていませんよ?ただ、寂しかっただけ…(嫉妬はオプションです。)
黒尾さんの生活に直結することを人づてに聞いたのが、とてもショックでした。


膨大な『過去』を全部教えろとか、『現在』の全てを洗い浚い白状しろなんて、
さすがの俺もそこまで言いませんし、知りたくないこともたくさんあります。
でも、俺と過ごす『現在』と『未来』に関わることぐらいは、知っておきたい…
隠すつもりはなかったんでしょうけど、それでも…寂しさは消えませんから。

「これからの長い人生を共に歩む俺は…貴方の『一番』で居たいんです。」

どんな些細なことでも、独りで悩んだりせず…一緒に悩ませて下さい。
『三丁目の王子様』じゃなくなっても、『先代女王の王子様』だったとしても、
どうか『一番』は『赤葦京治の王子様』として…俺の傍に居て下さい。

「俺と、約束…して頂けますか?」
「あぁ…お前が俺の『一番』だ。」


本当にすまなかった…と、黒尾は赤葦に頭を下げ、その腕に抱き締め…
ようとしたところで、未だ自分が磔刑にされたままだったことを思い出した。
そろそろこれは外して貰いたいと、視線でチラリと訴えるが、
赤葦は目を軽く伏せることで、はっきり「まだダメです。」と黒尾に返した。

そして、部屋の隅から小さな踏み台を引き摺ってくると、黒尾の足元に置き、
ほんの少しだけ黒尾より背が高くなった状態で、間近からにっこり見下ろした。

「明日両親に『御挨拶』する前に、約束して下さって…ありがとうございます。
   でも、俺に黙っていたことに対する『けじめ』…未だ付けてないですね?」

貴方も歌舞伎町の住人なら、『お詫び』もとい…『お仕置き』が必要だと、
当然、お分かりのことだと思います…そうですよね?

「では…歯ぁ、喰いしばりあそばせ。」
「はぁっ!?ちょっ、待っ…!!!?」


問答無用ですねと、赤葦は黒尾の頬を鞭のハートで優しくペシペシ…
首の後ろに手を回し、ジャボと呼ばれる襟元のヒラヒラ飾りを取り外した。
そしてワイシャツのボタンを上から2つだけ開け、鞭を頸筋に滑らせてから、
両腕を黒尾の方へ伸ばし、黒尾の背負った十字架ごと抱き締めて…

「痛っっっぇーーーーっ!!?」
「はい、ゴチソウサマでした♪」

露わになった黒尾の頸に、まるで吸血鬼のように…ガブリっ!!!
くっきり歯形が付く程、赤葦は思いっきり噛み付いた。
シリコン製の付け八重歯(吸血歯)が、多少は痛みを緩和したとはいえ、
予想だにしなかった突然の『お仕置き』の衝撃と痛みに、黒尾は絶叫した。

「ま、まさかっ、吸血鬼の俺の方が、喰われちまう、なんて…っ」
「少々刺激的なキスマーク…ぐらいに思って頂ければ幸いです。」

自分で噛み付いておきながら、こういうのもアレですが、かなり痛そうですね。
吸血鬼じゃない俺のキス…唾液には、何ら治癒効果はありませんから、
気休めにしかなりませんけど…『痛いの痛いの、飛んでイけ~』しときますね。

そう言いながら、赤葦は黒尾の頸筋に頬を擦り寄せ、舌を這わせてペロペロ…
くすぐったさと唇から伝わる熱にゾクリと震える黒尾の耳元に、そっと囁いた。


「今までは、献血ルームで『おこぼれ』を頂戴していたんですよね?
   週イチのそれがなくなって…どうやってお食事用血液を確保してたんです?」

まさか、通り魔的なコトをやらかしてたとか…さすがにそれはないでしょうが、
廃棄処分の輸血パック等を貰えなくなった『現在』と『将来』、一体どうする…

「一昨年の暮れにお前と出逢ってから、俺は一滴も血を飲んでない。
   期限切れの輸血パックは勿論、血液製剤にならなかったものも含めて…な。」

心配そうな声で尋ねていた赤葦のセリフを、黒尾は強い口調で遮った。
その言葉に、赤葦は最初「???」と目を瞬かせて首を横に倒したが、
言葉の意味に気付くと、困惑と歓喜がごちゃまぜになった瞳で、声を震わせた。


「お、お馬鹿さんっ!一年以上も血液を摂取せずに、共同経営の激務を…!?」
「『操立て』ってわけじゃねぇけど、お前以外の血に一切食指が…なんだよ。」

別に血を飲まなくても、死にゃしない…普通の食事から栄養摂取できるしな。
ただまぁ、高エネルギーの補給を控えただけ…糖質制限ダイエット風、だな。
来るべき時がもし来るのなら、その日まで『大好物』をガマンしたかった…
俺のちょっとしたこだわり?願掛け?みてぇなもんだから、お前は全然気に…っ

今度は、黒尾のセリフを赤葦が遮り…噛み付くような激しいキス。
身動きの取れない黒尾の頬を両手で包み込み、湧き上がる歓喜をキスで伝えた。


「さっき俺…黒尾さんに約束しました。
   『一生、黒尾さんに…最高の美酒を飲ませてあげます』ってね。」

黒尾さんが一番好きなカクテルは、『ジュ・ダムール』…そうお聞きしました。
このカクテルは映画でも有名ですが、レシピがどこにも存在しないんです。
『ジュ(汁)・ダムール(愛の)』…お店では注文できないお酒、ということです。

貴方の『大好物』を御馳走してあげられるのは、世界でたったひとり…
俺がその『たったひとり』であることが、嬉しくてたまりません。

「どうか心ゆくまで…ご堪能下さい。」


ふんわり…優しい笑顔を魅せた赤葦は、黒尾の髪を緩やかに撫でて引き寄せ、
自分の頸筋へと、黒尾の乾いた熱い唇を…強く強く押し当てた。




- ③(前編)へGO! -




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※赤葦父がお店に… →『帰省緩和⑪
※一滴も血を飲んでない →『引越見積⑤
※黒尾の一番好きなカクテル →『引越見積⑧


おねがいキスして10題(2)
『07.痛いくらいにキスして』


2019/01/24 MEMO小咄より移設
(2019/01/17,19,22分) 

 

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