短冊之願







「あっつーーーっ!!あつあつあつあつっ!」
「その叫びで、体感2℃上がっただろ…っ!」
「心頭滅却すれば、火も自ら涼し…ですよ。」
「ったく、どいつもこいつも、暑苦しい…っ」


梟谷グループ合同練習。
まだ真夏や猛暑というわけではない、梅雨も明けやらぬ時季ではあるが、
体育館はムレッムレのサウナ状態…あらゆる体液が蒸発もできず、全身に纏わりついてくる。

ようやく訪れた、お片付け前の休憩時間。
体育館出入口前の流し場脇に、ゾロゾロ集まって来たのは、いつもの4人だった。

「しんと…頭を冷やしたら涼しい、だよな!」
「いや、木兎。そういう意味じゃねぇだろ…」
「火も『また』涼しは、誤読らしいですね。」
「三人共、色んなイミで、マジ…ウザすぎっ」

どんな時でもフリーダムな木兎。いちいちそれにご丁寧なツッコミを入れる黒尾。
能面を崩さぬまま真面目ネタをぶっこむ赤葦。その全てにダメージを喰らい続ける研磨。
体育館の床に撃沈し、指先すら動かせない他の面々から見ると、四人共がバケモノなのだが…
当の4人はそれに全く気付くことなく、今日もいつも通りわちゃわちゃとじゃれ合い始めた。


「おっ♪ホース発見!ファイヤーーーーっ!」
「勢い的にはその掛声だが…ウォーターだ。」

しかし、ファイヤーっ!の掛声虚しく、ホースから出てきた水は、実にエコな量と圧。
そんなことはお構いなしに、木兎はホースを頭上に掲げ、いざウォーターーーーっっっ!!?

「ぅわぁあああっっちぃぃぃぃぃぃっ!!?」
「ホースも水道管も、温もってた…当然な。」
「ファイヤー+ウォーター=オユーーーっ?」
「赤葦、英語…赤点?それか、脳内沸騰中。」

出てくる水が冷たくなるまで、だばだばだば~っと木兎はヌルメウォ~タ~を浴び続け、
すっかりずぶ濡れになった頃、赤葦がどこからともなく大判タオルを持って来た。
その様子を黒尾は見て見ぬフリし、もの言いたげな視線を研磨に流し…研磨はガン無視。
黒尾はそれにも気付かなかったフリをし、目を閉じて空を仰ぎ見た瞬間、ドン!!!と衝撃。

「くろーおーーーっ!だーっこ!だっこーっ」
「うおぉっ!?馬鹿、冷た…暑っ!重っ!!」

赤葦が用意したタオルを、申し訳程度に頭に乗せた木兎が、突然黒尾に飛び付いた。
咄嗟に抱き止めてしまった黒尾に、木兎はびしゃびしゃのまま『抱っこ』をせがみ続け、
その間に、黒尾も一緒に濡れそぼり…それでも決して木兎を落とさなかった。


「お前なぁ…せめて拭いてから飛び付けよ。」
「いいから、だっこ!だっこだっこだっこ!」
「黒尾さんにご迷惑です。そろそろ離れて…」

言葉は淡々としたまま、赤葦は思いっきり力を込めて木兎を引き剥がしにかかった…が、
疲労も含め、いかんせん圧倒的パワー不足。余計に木兎は黒尾にしがみ付いてしまった。

「木兎さんっ、いい加減に、して下さいっ!」
「やだやだやだ!まだ黒尾が足りねぇーっ!」

「まるで、鉄分不足みたいな、言い訳を…っ」
「脳に、血を回せ!俺に、鉄朗をよこせっ!」
「ウチのスローガンっぽく、言わないでよ…」

俺のこと、い~っぱい甘やかして、だっこしてくれるのは、この世で黒尾鉄朗だけなんだぞ!
ウチの奴らは、俺が甘えたい時にはヘバってるし、赤葦は塩対応…抱き着いたら倒れるし!
合同練習の時しか、俺は甘えらんねぇ…絶対的に黒尾不足!もっと鉄朗を補給させろっ!!
俺だって、練習がんばった!褒めて、いい子いい子して…黒尾に癒やしてもらいたいっ!

「よかったね、クロ。溺愛されてんじゃん。」
「そうだぞ黒尾!溺れるぐらい愛してやる!」
「あーはいはい。ずぶ濡れで溺れそうだよ。」

重い愛でがんじ搦めの黒尾は、再び空を見上げながら、乾ききった笑いを立てた。
木兎を剥がすのを諦めた赤葦は、すみません…と頭を下げながら、
自分が使っていたタオルを広げ、背後から黒尾の首元にそっと掛け、苦笑いを零した。


「この人、本当に黒尾さんが大~好き♪で…」

どのくらい好きかという、証拠なんですが…
先日、商店街にあった『七夕飾り』に、ウチの面々で短冊を書いて飾ったんですけど、
木兎さんは『くろおに、もっとあいたい!』って、織姫と彦星にお願いしちゃったんですよ。
それを見た闇路監督が、ソッコーで猫又監督に電話…その結果が、今夏毎週末合同練習です。

「そんなしょーもないことを、織姫達に…っ」
「欲にまみれた願い事…お恥ずかしい限り。」
「そこまで熱苦しい愛…さすがにドン引き。」

何だかんだ言って、闇路監督も猫又監督も、木兎に甘過ぎだろ…
呆れ返った三人は、同時に肩をすくめて顔を見合わせ、熱の籠った重いため息を吐き出した。

「絶対、俺に御守をおしつけるため…だな。」
「黒尾さんの傍では、イイ子ですから…ね。」
「これも、猫梟ウィン・ウィンのカンケー?」


黒尾にだっこされ、背中をトントン…
ちょっぴり眠気をもよおし、大人しくなりかけていた木兎は、
黒尾のシャツで顔を拭いてから、大あくびとともに『異議』を唱えた。

「ちょっい待った。俺がワガママだと思ってんだろうけど…ぜ~んぜん、違うからな?」

俺だって、織姫と彦星には、自分の欲望を押し付けちゃダメってことぐらい、わかってるぞ?
一昨年は黒尾から、去年は赤葦から、七夕のホンシツ?とか、延々聞かされたし。
内容は半分も覚えてねぇけど、一方的に願い事…ワガママを言っていいイベントじゃない。

「『おりひめとひこぼしが、もっとずっとあえますように!』…コレが、俺の一番の願い!」

好き合ってる奴らの幸せを、心から応援してやる…そのキモチが、大事なんだよな?
だから俺は、俺の身近な織姫と彦星のために、二人の願いを代わりに書いてやったんだぞ!

   『くろお(さん)に、もっとあいたい!』
    あかあし けいじ

「誰が『俺の』願いを書いたって言った?」

最初は、叶えて欲しい奴の名前を書き忘れた…赤葦は後から書き足したとこを見てねぇだけ。
お前以外のみんな…闇路監督も、ちゃ~んとソレを見たから、願いを叶えてくれたんだ。

「ウチの織姫も、たまにはワガママ言えよ!」
「それに関しては、彦星…クロも同じだね。」


なるほど…さすがは木兎さん。
猛獣のワガママを満たすために、クロに甘え散らかしにいってる…と、見せかけて、
本当の目的は、クロの傍だと何故か大人しくイイ子になる、猛獣使いのためなんだよね。
木兎さんという猛獣を抑えることを口実に、猛獣使いの赤葦も、一緒にクロの傍に居られる…

「梟梟ウィン・ウィンのカンケー、だね。」
「おぉ!さすがは孤爪…わかってるね~!」

「木兎さんほど、優しい策士はいない…ね。」
「俺の他愛ないワガママ…他人の愛のため!」

珍しく手放しで木兎を褒め称える研磨。
スタンディングオベーションまでしながら、木兎に握手を求めた。
その手を掴んだ木兎は、ふわりと黒尾の上から飛び立つと、音もなく研磨の横に着地し、
二人はウェ~イ!とハイタッチ…拍手喝采の沸き起こる体育館の中に向けて、お辞儀をした。


「な、なにを、言って…」
「い、意味、不明、だ…」

予想だにしなかった木兎の切り返しと、周りのみんなの反応に、黒尾と赤葦は絶句…
大量に流れ落ちるツメタイアセーーーっ!と、真っ青に変わった顔を隠すかのように、
すっげぇ濡れちまったな~と、黒尾は首に掛かったタオルで盛大に頭を拭いた。

「そんな誤魔化しが、今更通用すると思ってんの?アンタらのこと、と~っくにバレバレ。」
「つーか、その誤魔化しそのものが…お前らが織姫と彦星っていう、ドンピシャ証拠だろ!」

いくら仲良くても、練習後に汗を拭いたタオルを、黒尾に貸すなんて…俺でもムリ!
黒尾から貸して貰っても、それを使うのはさすがにちょっと…運動部の汗、なめんなよ。

それなのに、赤葦はフツーに黒尾にタオルを貸して、黒尾もフツーに使った…
こんなの、フツーの体育会系上下カンケーだったら、ぜ~~~ったいに、ありえねぇよっ!!
それこそ、あらゆる体液が情熱的に全身に纏わりついてもイイ♪ってぐらいの仲じゃなきゃ…

「隠し続けられる方が、熱苦しいっつーの!」
「いろんなイミで、マジ…溺れそうだから。」


   つーわけで…
   ファイヤー&ウォーターーーーっ!!!

掛声と共に再び高く飛び上がった木兎は、足元に転がっていたホースを掴むと、
蛇口を最大に開き、黒尾に向けて発射…同時に研磨は、赤葦を黒尾に向けて突き飛ばした。

「う、わぁぁぁっ!!?」
「冷っ…大丈夫かっ!?」

抱き合いながら、ずぶ濡れになる二人。
木兎&研磨は、体育館からの歓声に手を振って応えると、中へ入って扉を閉めた。

「もうタオルは…役立たずだね。」
「さっさとオユーーー!!に浸かりに行け♪」

   今年の七夕も、例年通り大雨だった…
   織姫と彦星も、同じぐらいずぶ濡れ。
   きっと二人で、溺れたんじゃないの?
   ほら、願い事…今なら、言えるだろ?


「黒尾さん。とりあえず…だっこ。」
「俺も、慢性的な…赤葦不足だよ。」




- 終 -




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2021年7-8月カレンダーより(クリックで拡大)


※七夕のホンシツ?とか、延々…
・七夕考察(2016年) →『予定調和
・七夕考察(2017年) →『七夕君想
・七夕考察(2018年) →『夏越鳥和(後編)
・七夕考察・番外(2019年) →『姫昇天結
・七夕考察(2020年) →『七月日夕



2021/07/08   

 

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