七月日夕







「もう、四年になるんだな…」
「今年もやはり…雨ですね。」


七月七日…七夕。
日本列島には、まるで『天の川』のような線状降水帯がかかり、豪雨災害が続いている。
闇夜すら曇らせる降り止まぬ雨に、黒尾は悲痛な表情でカーテンを閉じると、
赤葦は甘酒をベースにしたカクテルを2つ並べ、黒尾の傍に寄り添って座った。

七夕の夜は、こうして二人で静かに語り合い、彦星と織姫のために盃を交わす。
普段は一滴も飲まない赤葦も、年に一度、この日だけは…我が身を以って酒を捧げている。


この『儀式』を行うきっかけになったのは、四年前。
仙台から上京した月島と山口が、川を挟んでアッチとコッチに一人暮らし×2をしていた頃…
甘酒のように白濁する酒が『本日の一本』だったことから、何となく七夕考察の流れに。

七夕よりも少し早い時期に、ただ単に『七』繋がりのネタ回収として始めただけだったのに、
それが世界の見え方(歴史の真の姿)を一変させ、その後の『酒屋談義』の行先を決定付け…
七夕こそが『四人のはじまり』と言っても過言ではない程、四人にとって特別な日となった。

その七夕考察を起点として、様々な物語や歴史考察に四人でのめり込むようになると、
日本の歴史の根幹には、七夕の二人…モデルとなった饒速日尊・瀬織津姫が居ると判り、
彼らに導かれるように、自分達の仲も深く繋がり合い、遂には結び合うことができた。

真の意味で『縁結び』を叶えてくれた、七夕の夫婦神。
彼らのことを想い、祈りを捧げ、深く感謝しつつ…毎年二人で、七夕の夜を重ねてきた。


「七月七日七夕…月も日も夕も、とてもよく似通った漢字ですね。」
「同じことを重ね、書き続けてるみてぇな気分に…なるんだよな。」

「書き続けるため…言葉遊び感覚で、七夕を七月七日に設定したのかも?」
「七夕が七月七日の理由は、よくわかってねぇから…案外アタリかもな。」

盃を傾け、一口。
今度は赤葦の顎を傾け、その唇に…もう一口。
黒尾の唇に乗せた御神酒を二人で分かち合いながら、蕩々と思考を漂わせる。

「『間』は元々『閒』だった…『月』の略字が『日』なんだって説が、あったよな。」
「素直に考えて、欠けた月がまんまるお日様になるわけがない…『騙り』ですよね。」

だから『七月七日』は、同じことを書いてる気分に…書き間違えそうになる?
では、『七夕』は…?


「そう言えば、何故…『たなばた』は『七夕』と書くのでしょうか?」
「『たなばた』は『棚機』…織姫の別名『棚機津女』のことだよな。」

棚機津女(たなはたつめ)は、特定の誰かを示す固有名称ではなく、
七夕の夜に『神に捧げられる巫女』の総称…三輪山の玉依姫らと同じ意味を担う存在だ。
元々『棚機』という字があるのなら、本来ならばそれをそのまま使えばいいはずだし、
漢字が少々難しく画数も多いから、略字に…するにしても、『七夕』の字は遠すぎるだろう。

「今まで、考えたことありませんでしたが…」
「わざと、『七夕』の字を当ててる…のか?」


黒尾は慌てて立ち上がり、TV台の脇に常備している漢字語源辞典を手に取ると、
壁に背を付けて脚を大きく広げ、赤葦は両脚の間に収まるように、黒尾に背を預けて座った。
赤葦が腿上に置いたクッションの上に、黒尾は背後から手を回して辞典を開くと、
まずは『夕』の字を開き…二人で同時に息を飲んだ。

「『夕』は夜。そして…月を祭ることっ!?」
「月が半ば見える…『月』の象形文字っ!?」

その歴史は想像より遥かに古く、漢字の最古の祖形…甲骨文字の『月』が、『夕』になった。
甲骨文字が使われていたのは、古代中国・殷の時代。紀元前17世紀…太公望の居た頃だ。

「同じ甲骨文字で、『七』は…『十』だな。」
「縦横に切りつけたさま…『切る』の象形。」

つまり、『七夕』は…『月を切る』こと。
月を七回切れば、八つに別れる…八は『捌』、バラバラに引き裂くという意味だ。


「月は、織姫。瀬織津姫の象徴ですから…!」
「歴史から抹消し、更に七夕の字を当て…!」

『月』だった瀬織津姫。『日』から『月』へ追いやられた、夫の饒速日尊…天照(あまてる)。
元々いた夫婦神を引き離し、存在を消そうとしたのが『七夕』という風習だったが、
まさか『七夕』という字にまでも、その意思…怨念を徹底していたなんて。

「七月七日が『七夕』の日なんじゃなくて…」
「『七夕』に似てるから、七月七日にした…」

月を切り、日に取って替えられた月(閒)までも切り裂く日。それが『七夕』だ。
豪雨の季節で『天の川』を渡れない…今年もやっぱり二人は逢えないままだと、
何度も何度も和歌で切られ…まるで『呪い』のようだと思っていたが、それ以上の残酷さ。
『七夕』という行事(慣習)名そのもので、愛し合う二人をズタズタに引き裂いていたのだ。

たかが文字。されど言葉。
言葉がどれだけ強い力を持ち、命を奪うほどに人を傷付けるか。
SNS社会に生きる自分達こそ、その恐ろしさを熟知しているじゃないか。


「どうして今まで、気付かなかったんだ…っ」
「あまりにも、酷すぎる…言葉の呪いです。」

もう四年以上、七夕について語り合い、七夕に繋がる考察ばかりし続けてきたというのに。
七夕のネタなんて、もう食傷気味…食べる部分も残っていない『肴』だと思っていたのに。
五年目にしてやっと、『七夕』という言葉の意味を知るなんて…っ

「人は…俺達は何故、こんなにも無知で…残酷なことが、できるんでしょうか?」
「無知だからこそ、残酷になれる…自分の残酷さに無恥でいられるんだろうな。」

   あぁ、やっぱり…
   俺達はまだ、何も知らないじゃないか。
   そして、今年もまた…
   辛く悲しい『七夕』になってしまった。


「毎年、俺は…七夕で涙してしまいます。」
「おそらく、それで正解だと…俺は思う。」

ほんのわずかであれ、『七夕』を知ってしまった俺達は、涙せずにはいられない。
饒速日尊・瀬織津姫の夫婦神の悲しみに寄り添い、二人を想って酒と涙を捧げること…
『彦星と織姫の縁結び』を願うことが、きっと二人の鎮魂と慰霊になるのではないだろうか。

「今年も、お二人の、幸せを…っ」
「心からお祈り申し上げ…献杯。」


赤葦が捧げた涙を、黒尾は唇で受け止めると、盃をあおって御神酒を全て口に含んだ。
そして、二人の想いをお酒と涙に混ぜ合わせ…赤葦の口に静かに注ぎ込んだ。



*****



「ところで、黒尾、さん…」

寝落ちする前に、お聞きしたい、ことが…
まずは、俺が寝た後のお片付けと、俺を、お布団に運んで下さり、ありがとう、ございます…

そういった、モロモロが、終わった後…
黒尾さんも、すぐに、寝落ち…して、ますか?
それとも、お独りで、ナニか、して…?


「えっ!?そ、それは…っ」

あー、えーっと、ソレは、だな…
べべべっ、別にヤマしいことなんて、ナニもしてねぇからなっ!?ほっ、ホント、だぞっ!

ただ、その…年に一度しかない、赤葦が『酔って寝落ち』の日、だから…っ、
俺が独りで、彦星と織姫の代わりに、ステキな夜を…
たっ、端的に、言うならば…っ


「彦星と織姫が、絶対ヤらねぇこと…かな?」
「明日朝、じ~っくり…聞かせて下さいね?」




- 終 -




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※七夕考察(2016年) →『予定調和
※七夕考察(2017年) →『七夕君想
※七夕考察(2018年) →『夏越鳥和(後編)
※七夕考察・番外(2019年) →『姫昇天結

※『閒』について →『奥嫉窺測(12)


2020/07/07   

 

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