帰省緩和②







「いやはや…壮観な眺めだな。」
「本当に…暑苦しい濃度です。」


二口さんが落ち着きを取り戻してから、改めて全員が応接セットに集合。
ようやく僕の…所長開業挨拶はそこそこに、主に初対面同士の自己紹介と、
それぞれの関係性を説明…要するに、お茶会の時間となった。

司会進行を務めるのは、勿論この僕…名ばかり所長の実質下積君の仕事だ。
まずは僕が先陣を切って、テーブルの真ん中に御名刺を置いた。


「僕は月島蛍…本日より㈱月島不動産歌舞伎町営業所長を拝命しました。」
「元々はこの階下…『レッドムーン』の黒服、つまり女王様の下僕です。」
「んでもって、『黒猫魔女』では経理担当…王子様の下で下積修業中だ。」
「極め付けは魔女様のコーハイ兼飼犬…俺の『尻の下』人生が確定だよ♪」

ロクでもない紹介を付け足した、女王様と王子様と魔女様…敬愛する上司達。
こうして敬称を並べてみると、自分の置かれた状況に、目から汗が垂れてくる。

「…ご愁傷様。」
「………。」
「お前…結構苦労してんだな。」
「ヤベェ、俺…もらい泣きしそうだ。」

『同情』のお見本のような表情を並べ、労わりの言葉を掛けてくれた皆様と、
僕はしっかりと握手を交わし…青根さんは大きな手で頬の汗を拭ってくれた。

その優しさに、思わず抱き着きたくなる衝動に駆られたが、何とか踏み止まり…
湯呑へ伸ばした手の横に、今度はアチラ側から3枚の御名刺が並べられた。


「さっきも言ったが、俺達は伊達工業㈱の二口・青根・孤爪だ。そして…」

何の変哲もないビジネス御名刺…
だがそれをひっくり返すと、裏側には各々違った図柄が描かれていた。

「孤爪研磨…付喪神だよ。」


(作者不詳『百鬼夜行絵巻』 クリックで拡大)


『付喪神(つくもがみ)』は、長い年月を経た道具に、神や精霊が宿ったものだ。
安産の守り神である『箒神』も、箒に宿る付喪神の一種と言われている。

「あぁ…そうでしたね。ついうっかり、猫娘さんだと勘違いしかけてました。」
「この赤リボンはサービス…山口との税法上の続柄?を示すってだけだから。」

白シャツ&赤つなぎは、伊達工業の作業服なだけ…猫娘衣装ではないそうだ。
また、『こけし(電動含む)』の付喪神でもない、とのことである(真偽不明)。


「…青坊主。」


(鳥山石燕『図画百鬼夜行』 クリックで拡大)


青根さんの御名刺の裏には、草庵の前に佇む『一つ目』の法師が描かれていた。
妖怪画集で有名な鳥山石燕の画だが、この妖怪についての解説は付されてない。

「『青坊主』は、地域や伝承によってまちまち…固定のイメージはないんだ。」
「青くて、何か大きな影のようなもの、又は山の神…『青い壁』でしょうか。」

青坊主自体には、固定のイメージはないのかもしれないが、
『青』という色と『一つ目』には、ある共通した確固たるイメージが存在する。

「『山の神』…即ち、タタラ。製鉄神もしくはその民を表す存在だろうね。」
「固定イメージがないのに、石燕が『一つ目』法師の姿で描いた理由は…?」

一般的には、『青』には『未熟者』という意味があるから、
石燕は『修行の足りない坊主』姿の妖怪として描いたのでは?と言われている。
問題は、なぜ『青』に『未熟』という意味が付されたのか、という点である。
陰陽五行説では、青は成長と発育を表すが、もっと直接的な視点で考えると…


「成熟していない子ども、つまり真っ当な人ではない未熟者…『童』と同じ。」
「朝廷に『まつろわなかった』という罪を被せられた奴隷…元々いた神です。」

朝廷の命に従わず、土地や山…鉱山利権を差し出さなかった『罪人』達は、
罪の証として、目の上に入墨をされていた…『童』はその象形文字である。

「青は、青銅。青は、死者の色。『人ではない』存在…神の色だよ。」
「この石燕の絵…俺には『一つ目』ではなく、『額の入墨』に見えます。」
「あっ!もしかして『入墨(いれずみ)』を『刺青』って書くのって…」
「青を刺す…神を『まつろわぬ罪人』として封じてるってことになるな。」


黒猫魔女とレッドムーンの4人が、悲痛な表情で突如始めた『物の語り』に、
伊達工業の3人は目を見開き…大きなため息と共にソファに身を沈めた。

「クロ達が、この二人を選んだ理由…わかった。」
「コイツらは、間違いなく信頼できる…な。」
「バカ。泣かす気か、コノヤロー…」

あーでもない、こーでもない…と、『青坊主』を見ながら考察を続けていると、
目の前に大きな影…それに気付いた僕と赤葦さんが、驚いて顔を上げると、
大きくて温かい掌が、僕達の頭の上にふわりと降りて来た。

「…ありがとう。」


ぶわり…と、柔らかい熱が頭を撫でる掌から放たれ…全身を包み込んだ。
同時に、赤葦さんがその熱に暖められ、『ぶわっ』と音を立てて頬を染め、
青根さんの方へふわふわ…体を倒し、胸に額を『ぴとっ』と付ける姿が見えた。

…と、他人事のように観察していたら、それはごく『至近距離』の映像だった。
いつの間にか、僕も赤葦さんと一緒に、同じように青根さんの胸の中に居た。

「青根さんを見てると、全てをお任せして…身を預けたくなりますね。」
「大きな山に、見守られているような、絶対的安心感…ですよね。」

元々人懐っこい山口はともかく、二口さんや研磨先生も無条件に甘え散らかし、
あまつさえ警戒心の強い僕や、孤高の女王たる赤葦さんまで…まさに山の神だ。


「おい、青根が困ってるぞ…そのぐらいにしとけ。」

状況を静観していた黒尾さんが、苦笑いと共に僕達を青根さんから引き剥がし、
最後に残っていた二口さんの御名刺を、ペロリとひっくり返し…
場の雰囲気をガラリと転換した。


(竹原春泉『絵本百物語』 クリックで拡大)


「『二口女』…後ろにもう一つおクチを持ち、そこからナカに…ですね。」
「『後ろ』って略すな!ちゃんと『後頭部』と言えっ!あと…カタカナ禁止!」
「歌舞伎町の女王が言うと、何か俺が…ヤらしい奴みたいに聞こえるだろっ!」

「では質問です。初めて接吻もしくは口吸いを御経験されたのは、いつ頃…?」
「あっ、俺もそれ聞きたい~!!答えは『上・中・下』の順にどうぞ~っ♪」
「それは頂点からの座標順…わかりにくいじゃん。時系列で答えてよ。」
「んなっ!?だっ、誰が教えるかっ!!それと…無駄に漢字で表現も禁止だ!」
「時系列だと『前・後・下』…あれ?後と下はどっちが先だったっけ?」

どうやら、赤葦さん(&山口&研磨先生)は、二口さんで徹底的に遊ぶつもりだ。
女王気質の3人にとって、ツンデレは格好の餌食…『オモチャ』でしかない。

何故だろう…僕は二口さんを守ってあげなければ!という妙な使命感に駆られ、
わざとらしく時計を指差し、僕らしからぬ大声で割って入った。


「や…山口!そろそろ…血液急配の時間じゃなかったっ!?しゅっ、出動!!」
「えっ?あ…ホントだ!じゃ、俺達イくからね~♪」

「…後日。」
「あ、ウチもそろそろ帰るから。」

優しい青根さんは、二口さんをこの危機から救うべく(そうに違いない!)、
僕達と一緒に撤収…ペコリと頭を下げ、研磨先生も引き連れて事務所入口へ。
5人が一斉に同じ場所へ向かって動いたせいで、入口付近は大渋滞だ。

そのどさくさに紛れて、二口さんは飛び立とうとする山口の箒を掴み、
名残惜しそうに山口をむぎゅ~~~!!っと、全力で抱き締めた。


「なぁ忠、もうすぐ例年通り…『黒猫魔女』もガッツリとお盆休みなんだろ?
   今年は必ず、俺らんとこにも帰省してから…一緒に田舎へ帰ろうぜ?」
「俺と青根…『壁』を越えてからじゃなきゃ、山口家にはイかせねぇから。
   それが俺達の役目…魔女の『儀式』なんだからな。」


真剣な二口さんの言葉に、「…うん、わかってる。」と山口も表情を引き締め、
二口さんと青根さんに向かって、深々とお辞儀をした。

「その時が来たら…どうぞよろしくお願い致します。」


僕には、よくわからない話だった。
でも、わからないけれど…自然と僕も、御二方にこうべを垂れていた。

下げた頭に、大きく温かい手が触れ…
心配すんな…大丈夫だ。という小さな声が、聞こえてきた気がした。



*****



「大騒ぎ…でしたね。」
「あぁ…予想通りな。」


台風と防波堤が一緒に去り、だだっ広い事務所には黒尾と赤葦だけが残った。
什器もまだ最低限しかない事務所は、本来これぐらい『だだっ広い』はずだが、
ついさっきまでは、パーテーションで小部屋に仕切られたかのような圧迫感…
人口密度だけでなく、キャラもやたら濃い状態だった。

7人中5人が去ったのだから、ガランと感じるのは当然なのだが、
5人去ったというより…2人だけが世界から取り残されたような気分だった。


「………。」
「………。」

そう言えば、俺…皆さんにちゃんと自己紹介をしなかったですね、とか、
『黒猫魔女』さんには、お盆休みがあるんですか?とか、
結局のところ、黒尾さんと皆さん…人外さん達それぞれの繋がりは?とか、
たくさんの聞きたいことや、聞かなければならないことは、何も聞けなかった。

それはわかっているが…
先程見た熱い光景と、魔女達が話していた内容から、二の句が継げなかった。

   (さっきの、二人のキスは…)
   (将来を誓うキス…だよな。)

来るべきお盆休みに、月島と山口がどこへ行き、何をしようとしているのか…
いくら鈍感な二人でも、そのぐらいはちゃんとわかっていた。

   (『魔女の儀式』…実家帰省、か。)
   (つまり…『御挨拶』、ですよね。)


明日からは、4階…新しい『黒猫魔女』のための、改装工事が始まる。
その工事が終わるまでの間に、旧営業所の引越準備をしなければいけないし、
次に控える黒尾の『新居』部分の改装詳細についても、決めなければならない。

このまま多忙にかまけて、無為に時を過ごしてしまうのか。それとも…?

   (俺達は…俺は、どうすべきなんだ?)
   (聞かないとわからないけど、でも…)

相手は何を考え、どうしたいと願っているのだろうか…?
本当は知りたくて堪らないけど…そう簡単に聞けることではない。
どうして自分達には、テレパシー能力がなく…想いを口にできないんだろう。
ほんのちょっとだけだが、二口の『だだ漏れ』が…羨ましいとすら思えてくる。


黒尾と赤葦は、どこかのおクチが開かないかなぁ~と、儚い期待を抱きながら、
チラリと相手を盗み見…その視線が交わってしまい、慌てて瞳を閉じた。

   (開いて、聞かせて…くれねぇよな。)
   (なら、閉じたまま…教えて下さい。)


せめて『想い』だけは、教えて欲しい…それだけは、何とか伝わって欲しい。
互いの『想い』を誘い出すように、閉じたままの唇を、そっと触れ合わせた。




- ③へGO! -




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※『青』について →『夜想愛夢⑪
※『童』について →『愛理我答(年末編)
※『物の語り』について →『仕置巣窟①


おねがいキスして10題(2)
『01.誘惑のキスをして』


2018/08/03

 

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