帰省緩和③







「あっついね~♪」


午後の便を配達し終え、次は夕方の便。今日は荷物が少ないラッキーデーだ。
地上管制塔のツッキーから、今日のおやつのアイスが入った袋を受け取ると、
俺はいつもの場所…魔女の『秘密基地』こと、事務所向かいのビル屋上へ。

この時期の『おやつの時間』は、一日で最も暑い時間帯…屋上は悲惨な状況だ。
まだ涼しい頃には、ツッキーも時折ココに上がって来ていたけれど、
最近は断固拒否…どころか、一緒にどう~?という雰囲気を俺が醸した瞬間に、
パワハラを越えて虐待だよ!と、恨みがましい目で訴えてくるようになった。

さすがの飛行系上司の俺も、高温注意情報(原則運動中止)が出ている真昼間に、
サウナ状態の非常階段を、10階分上がって来て~!なんて強要はできない。
そんなの待ってたら…折角のアイスがドロドロに溶けちゃうしね。


そんなこんなで、俺は日課になっている秘密基地での休憩タイムを、
蒸れ防止に通信ヘッドフォンを外し、エアコン室外機から出る熱風を浴びつつ、
以前のように、たった独り…の~んびりと過ごしているところだ。

この『独りの時間』が…独りじゃなくなった今だからこそ、大事になってきた。
勿論これは、ツッキーにナイショにしたいことがある、とかいうわけじゃない。
独りじゃないと、見えてこないものもある…これはご長寿の『経験則』だ。


袋からアイスを取り出す。
最近は、パウチ入の吸引系のが多い…これなら溶けても手に付かないし、
ちょっと溶けたぐらいが、チュ~っとしやすい…仕事の合間には最適だと思う。
これを発明した人も偉いし、これを飛行中魔女のおやつに選ぶ部下も…然り。

鞄の中から、クルクルと丸めた麦わら帽子(律儀に赤リボン付)を出して被り、
大型ワンコ用のひんやりマットを、受水槽の上に広げて座る。
気休めかもしれないけど…と、これもデキる部下が用意してくれたものだ。

「ツッキー、ありがとね~!」

聞こえないのはわかっているけど、2ブロック先の路地を歩くツッキーに、
俺は小さく手を振りながら…心からのお礼を投げ落とした。


さて…と。
今日のアイスは…アイスというより、スポドリが凍ったタイプのものだった。
炎天下の現場仕事をしてる、俺の体調を気遣ってのことだろうけど、
地上のツッキーは、日陰のベンチでイチゴミルクを頬張ってんのに…ズルい。
上空の俺からは見えてないと思ったら、大間違いなんだからね。

魔女に限らず、競馬の騎手なんかの高速の乗物?に乗る系の職種は、
視力が良いことが絶対条件…強風を受けるため、コンタクトや眼鏡も禁止。
当然ながら体重制限もあり、厳しいトレーニングと節制が求められるらしい。

ちなみに、魔女箒運転免許にも、かなり厳しい視力検査がある。
ツバメ並の動体視力と反射神経が必要…こちらは魔力や魔女薬で矯正可能だ。


箒免許に体重制限はないけれど、重いよりは軽い方がエネルギー効率も良いし、
何よりも『魔女』たるもの、スタイルが良くないと皆様の夢を壊してしまう。

仕事着がスカートという職業柄、特に美脚には気を使うようにはしているし、
赤葦さんは俺に「山口君は可愛い魔女っ子のままで…!」と言っていたけど、
『450歳でも引き締まったボディ』という、美魔女さん達の夢も…達成したい。

「だって俺、もうすぐ…だもん。」


『鏡よ鏡~』な、毒々しい魔女になるつもりはないけど(むしろ赤葦さん向き)、
いつまでも『魔女っ子』のままではいられない…もう子どもじゃないんだし。

魔女急便の仕事だって、いつまでもできるわけじゃない…過酷な仕事だ。
毎夜マッサージしてもらっても、自慢の美脚に『年相応の余裕(お贅)』が付き、
スマホを見る時に、手をちょっとだけ遠くに伸ばし始めたら…引退するつもり。
メンテと『引き際』を見極めるために、俺は毎日『チェック』を欠かさない。

「んじゃ、今日も日課の…『視力検査』を始めま~す!」


受水槽の上からは、職場兼住居…『黒猫魔女』の事務所のベランダが見える。
俺専用通用口…窓には、遮像効果のあるレースカーテンが付いているけど、
お買い得品だったこともあり、そんなに性能がいいわけじゃないから、
夜中に電気を付けていたり、昼間でも魔女級の視力があれば…見えてしまう。

俺は休憩と視力検査を兼ねて(のぞき見に非ず)、事務所内をのんびり観察し、
お夜食の準備や、面倒な事務作業が終わった頃を見計らって帰還している。

デキる部下はヘッドフォン通信から、俺が『見えて』いることを早々に察知。
今ではコッチに向かって両腕で頭上に『○』を作り、その腕を下ろして広げ…
俺はその腕の中を『着地点』として、事務所に帰還するのが、最近のルールだ。

今日はまだ、ツッキーは帰っていない。イチゴミルクも、半分ほど残っている。
暇つぶしに、ベランダに干してある洗濯物のシャツの、タグでも読もうかな…


「…ん?おやおやおや~♪」

部屋の中には、日中の事務を担当している、黒尾さんと赤葦さんの姿が見えた。
いつもより俺は早く終わったけど、アッチは…あ、引越の準備を始めたみたい。

青いバインダーを持った赤葦さんが、棚を指差しながらアレコレと指示出し…
黒尾さんはそれにいちいち頷きながら、せっせとダンボールに詰め込んでいき、
赤葦さんは箱に分類毎に違う色付きのシールを貼り、中身を記載して封をする。

「さっすが〜!手際も良いし、ナイスな連携プレーだね〜♪」


三丁目の王子様だの、二丁目のお姫様だの、ケバケバしい称号を持つ二人だが、
生来の気質は至って地味で堅実…質実剛健な『ザ☆中間管理職』タイプだ。
ジャージにTシャツ、頭にタオル…コツコツ作業がやたら似合っている。

時折、黒尾さんが赤葦さんに近付き、何やら相談?を持ちかけ、
真面目に議論していたかと思いきや、破顔一笑…二人でケラケラ笑い合う。
面倒な作業のはずなのに、物凄く楽しそうで、幸せオーラに包まれていた。

「仲良しさんだねぇ〜羨ましいね〜♪」


ほとんど家族と言っていい、長年連れ添った大切な人…黒尾さんが、
心から愛する人と巡り合い、笑顔で楽しい時間を過ごしている姿を見ると、
こっちまで顔も心もほころび…じんわりと、あったかいものが込み上げてくる。

「あの二人は、この夏どうす…ん?」

押入の中から、何か(古~い写真かな?)を発見したらしい黒尾さんは、
作業中の赤葦さんの肩をツンツン…ビクっ!と盛大に背を震わせて跳ねると、
その動きでお互いの鼻先?が触れ合い、キョトン顔…そして、また笑い合う。

予期しなかった急接近に染まる頬を誤魔化すように、二人は写真を覗き込み、
これまた楽しそうに、床にペタリと座り込んでお喋りを始めてしまった。

「あーこれ、引越作業で一番ヤっちゃいけないやつだよね~」


懐かしいモノを見つけ、思い出話に浸ってしまうと、作業が全然進まない…
特に俺達は、『思い出』が文化財とか歴史的資料になっちゃうレベルだから、
絶対にアルバムなんか開いちゃダメなのに…全くもう、何ヤってんだか。

っていうかさ、その「こんぐらいだったぞ~」っていう、黒尾さんの手の仕種…
出逢った頃の俺の話とか、めっちゃしてるでしょ!?やめてよ恥かしいっ!!

「そんなもの、一緒に棲み始めてから、ゆっくり見ればいい、のに…ね…?」


自分のセリフの途中で、ぽたり…と、水滴が零れ落ちてきた。
にわか雨か、ゲリラ豪雨?と一瞬思ったけど、それは違うと…自覚していた。

   頬を伝って落ちる、熱い水滴。
   最近、少し…緩くなっている。

本当に何でもないこと…
哀しいこととか、悔しいこと、ツラことじゃないくて、むしろその逆。
シャケ弁に3割引シールが付いてたり、糠漬けの古漬け具合が絶妙だったり、
大切な人達が幸せそうに笑っているだけで、何だかじ~~んとなって…じわり。
自分でもよくわからないうちに、嬉しくて感極まって…涙が零れてくるのだ。


こんな状況は、300年ほどの人生でも初めて…ほんの2ヶ月ぐらい前からだ。
ツッキーと『本契約』の約束を交わし、幸せの絶頂に至ってから…こうなった。
毎日が本当に楽しくて、何をしても、何を見てもキラキラ輝いて見えるのに、
ふとした瞬間、大きすぎる『幸福感』に感情が付いていけなくなったみたいに…

「きっとこれも、越えるべき『青い壁』の一つ…なんだろうね~」

おそらく、これがいわゆる『マリッジ・ブルー』というやつだろう。
不安なんて特にないし、幸せでたまらないのに…何故か涙が溢れてきたりする。

「俺も立派に…『お嫁さん街道』まっしぐらじゃん♪参っちゃうよね~」

全く悲しくないのに、ぽろぽろと零れ落ちる涙を拭いながら、
滲む目をじっと凝らし、事務所内を『視力検査』…
するとそこにも、また別の『青い壁』が立ちはだかっていた。


   楽しいお喋りの、途中。
   笑いが途切れた、瞬間。
   至近距離に、息を飲む。

黒尾さんは、キョロキョロと黒目をだけを動かして、辺りを確認。
赤葦さんは、段ボールの影に身を隠し、念のために青いバインダーを掲げ…

「っーーーー!!!!」

二人きりの事務所。
遮像カーテンも閉じ、戸締りも完璧。
それでも二人は、慎ましく『青い壁』に隠れながら…


慌てて『視力検査』を中断し、事務所から視線をギュン!と逸らす。
すると、アイスを食べ終わったツッキーが、事務所へ向かって歩く姿が見え…
俺は慌ててスマホを取り出し、ツッキーにメッセージを送った。

   『俺もイチゴミルク、食べたい!』

俺から投げ落とされたメッセージに気付いたツッキーは、スマホを手に微笑み…
眩しそうに目を細めながら、俺に向けて両腕で大きく『○』を作った。
そして、クルリ…と背を向けると、来た道を戻り、コンビニへと歩いて行った。


「ホンット~に、デキ過ぎな部下なんだからっ!!もう…もうっ!!」

嬉しくて、嬉しくて。
俺はゴシゴシと手の甲で目元を擦り、指先で唇に乗った雫を掬い取り…
「ありがと。」の代わりに、その熱い雫をツッキーに投げ落とした。




- ④へGO! -




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※中央競馬騎手の専門学校入学要件
   →視力が裸眼で0.8以上、体重45kg以下。
※魔女の『着地点』 →『四字熟語【あ】


おねがいキスして10題(1)
『02.内緒でキスして』


2018/08/05

 

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