引越見積⑩(前編)







「と、いうわけで…我らが黒猫魔女は、本拠地移転することになった。」
「移転先は、レッドムーン上階…これからも共同事業を継続致します。」


合同会議もとい、黒猫魔女の事務所に4人集まってのお昼ご飯。
寝起きにも関わらず(しかも30度超の真夏日)、豪華なしゃぶしゃぶ登場と、
上司コンビが緩む頬を必死に引き締めながらの、『緊急会議』開催宣言…
そのデレデレ具合から、僕も山口も議題と内容を瞬時に察し、拍手待機した。

「ついに決意されたんですね!」
「やったぁ〜!お引越〜っ♪♪」

僕達からの万雷の拍手を受け、黒尾さんと赤葦さんはテレテレ…
恥ずかしさを誤魔化そうと鍋に箸を突っ込んだら、同じお肉を掴んでしまい、
わざとらしく目を逸らしながら、頬を染めてお肉の譲り合いをし始めた。

はいはい、ゴチソウサマです〜!
山口もわざとらしく『ゲンナリ』してみせたものの、その顔は実に嬉しそうで、
大好きな上司達が上手くイったことを、心から喜んでいるようだった。


「今回は、何から何までツッキーには世話になった…本当にありがとうな。」
「月島君には俺達から80点ずつ加点…もう『下積』とは言えないですね。」
「えっ!?ツッキーがそんな大活躍したのっ!?俺、全然知らないよっ!!」

何故だかぶんむくれる山口に、黒尾さんと赤葦さんが懇切丁寧に状況説明…
二人がやたらめったら僕を褒めまくるのに、猛烈なくすぐったさを感じつつも、
僕自身もデレデレ緩む頬を隠し切れず…ご飯を山盛りかき込んだ。

   (頑張って…良かった。)

父さんと兄ちゃんに頭を下げるのは、心底嫌だ…なんて思っていたけど、
『口八丁』の猛者達を、黒尾さんの『人タラシ』が黙らせる様は、実に爽快…
ワガママに誠実さを足すと、どんな策謀よりも強いことを、僕は痛感した。


「…で?事務所はいいとして、自宅の方はどうするんですかっ!?」

お肉を乱暴にじゃぶじゃぶかき混ぜながら、山口は黒尾さんに尋問した。
さっきからやけにご機嫌ナナメだけど…黒尾さんがそれに気付くわけもない。
チラリ…赤葦さんと一瞬だけ視線を交わしてから、小声でポソッと呟いた。

「赤葦の、上に、だな…」
「上?あ、同棲して同じベッドで…上に乗っちゃうってことですね〜♪」
「ちっ…違いますよっ!」

そんなっ、いきなりどどどっ、同棲だなんて…破廉恥ですよねっ!?
おおおっ、俺としてはっ、それもまぁ、やややっやぶさかではありませんけど…
黒尾さんは俺の部屋の真上…3階に入居される予定、というだけですからっ!


三百路前と三十路前のいいオッサンが、何をモジモジしてるんだ…
山口は純情上司達に、今度は遠慮のカケラもなく『ゲンナリ』顔をしつつ、
僕達の方もチラリと視線を交わし合い…『もうひと押し』作戦に出た。

「ココの3階、数年前にデリヘルの待機所が閉鎖してから、ずっと放置状態で…
   黒尾さんが住むにしても、4階の事務所と同じくまずは改装が必要なんだ。」
「現段階では2階と同じように、単身者用ワンルーム×2部屋に改装予定?
   それなら、壁をぶち抜いてカップル用2LDK×1部屋にすればいいじゃん。」

俺さ、今回の引越騒動当初から、ずーっと疑問だったんだよね~
何でウチの『黒猫魔女』だけが、引越す前提で話が進んでるんだろうって。
『レッドムーン』は動かないのが当然!みたいな雰囲気…明らかに変じゃん?

俺と黒尾さんみたいな立場だと、不動産契約は現実的に難しいけど、
それなら尚のこと、フツーに契約可能な赤葦さんとツッキーが主体になって、
新たな場所を借りて、事業なり同棲なりすればいい…それだけのことでしょ。

でも、赤葦さんもツッキーも、微動だにしない雰囲気を醸しちゃってるから、
てっきり俺は、人には言えないようなヤバいウラがあるかも!?って恐怖妄想…
恐ろしくてとても俺からは聞けずに、ずーっと悶々してたんだよ。


「まさか、あのビルがまるまる月島家のモノだったなんて…早く言ってよね~」

こんないい場所に、改装やら何やらヤりたい放題可能な自社ビルがあるんなら、
そりゃ引越なんてするわけない…動く必要なんて、これっぽっちもないもんね。
結界に封じられたりとかじゃなくて、真相は意外とショボ…呆気なかったかな。

「っていうか、『家賃は月島家持ち…遠慮なく俺と同棲しませんか?』って、
   最初から黒尾さんを誘惑しとけば、もっとカンタンにモノにできたよね~」
「っ!?そっ、そんなチョロいネタで、よかったんですかっ!?
   それじゃあ…俺からも家賃減免を月島父に直訴しますので、その費用を…」

ちょっ…ちょっと待って下さい!
当事者を放置して何を勝手に…と、僕が二人の暴走にストップを掛ける前に、
黒尾さんが「無茶を言うな。」と、ため息交じりに淡々と二人をたしなめた。


「どうせ3階も4階も改装するなら、別フロアも同時に…確かに賢明だと思う。
   これを機に、ちゃんと筋を通しておこうという『踏ん切り』にもなるしな。」

重要な交渉事は、一度に複数個あった方が、実は成功率が高い…
考慮すべきことが分散し、一つ一つに意識が集中しすぎなくてすむからな。
とは言え、交渉を有利に…いや、長い目で見てフェアに進めるためには、
それ相応のモノを、こちらからまずは提示する…誠意を見せるのが最優先だ。
この『誠意』は金銭的なものじゃないんだが…現実的にソレも深刻な課題だ。

「特に改装費用…事務所×2だけでも、正直かなりキツいのに、
   単身用ワンルームじゃなくて2LDKとなると、その分費用も嵩んじまう。」

それに、山口の引越先についても、考えなきゃいけねぇだろ?
山口は現在、『黒猫魔女』の宿直室暮らし…別に借りてた部屋も解約したから、
新たな部屋を、月島兄のとこで探してやらなきゃいけないんだが…


   ほら、ツッキー!パス送ったぞっ!!
   月島君、今こそ『決定機』ですっ!!

上司達から、物凄い圧力の…視線。
今こそキメるチャンス…アシストしてやるから、ワガママ言っちまえっ!!
…という、心強い激励に圧され、僕はそれとな~く、山口にシュートを放った。

「あっ、あのさ、山口。僕の兄が、不動産屋を任されてるんだけど、
   もしよかったら、僕が紹介…口利きしてあげるけど、どんな部屋がいい?」

ここで、山口の理想的な部屋を、破格で兄ちゃんから紹介して貰えたら、
80点とまではいかなくても、山口も僕に30点ぐらいは加点してくれるかも…
親の七光りかもしれないけど、利用できるものは利用させてもらおう。

淡い期待を抱きながら、『山口忠様ご希望票』をメモする準備をしていると、
「とりあえず、今のヘボいシュートでマイナス20点…」と零しながら、
僕が全く予想しなかった『ご希望』を、山口は不機嫌そうに提示してきた。


「暖炉のある部屋で、大型犬を飼う…これが俺の唯一の『ご希望』だよっ!!」
「は?それはさすがに…ちょっと難しいんじゃないかな。」

この歌舞伎町内に、暖炉…煙突のある建物なんて、そうそうあるとは思えない。
雰囲気だけなら、マントルピース&暖炉型ヒーターに改装…ならできるかな?
あと、小型犬程度なら『ペット可』の部屋はあっても、大型犬は厳しいかもね。

そうすると、やはり自由な改装が可能かつ、大家と直接交渉可能なトコが…
あっ!!?ココが『チャンス』…黒尾さん赤葦さん、そういうコトですね!?
僕はアシスト待機中の上司達に確認の視線を送ると…猛烈な『GO!』サイン。
次の瞬間、絶妙なセンタリングが、ゴール前にふわりと上がって来た。

「そんな都合のいいトコ…一か所ぐらいしか心当たりがありませんよね~?」
「『黒猫』が飼えるトコだから、大型犬も交渉次第でイケそう…だよな~?」

   (よし…ワガママ、決めるぞっ!!)


「それなら、山口もウチのビルに…月島家に山口を紹介して、それから…っ」

赤葦さんが黒尾さんと3階で同棲するなら、今の2階の部屋が空くことになる…
そこもどさくさ紛れに『マントルピース&暖炉型ヒーター』付に改装して、
なおかつ、ウチのビルをペット(大型犬)可にこっそり約款も変更しちゃえば、
山口の理想にほぼ近い部屋が、僕の部屋のお隣に、用意できることになるから…

もももっ、もしこれが実現できたら、その時は…っ!!

「忙しい魔女山口に代わって、『下積』の僕が…ワンコの散歩、頑張るよっ!」


僕の一世一代の『ワガママ人生計画』…勇気を振り絞って暴露(公約)したのに、
山口はなぜかコタツに突っ伏し、上司達からは盛大なため息が返ってきた。

「月島君…150点ずつ減点ですね。」
「山口は…マイナス111点だとよ。」

「えっ!?何でですかっ!!?それじゃあ僕の得点…赤切っちゃいますよ!」

そんな馬鹿な…
蛤のように口をパクパクして、大幅減点に異議申し立てしようとしたが、
その前に、山口から口に「はいっツッキー!あーーーーーんしてっ!!」と、
お肉以外のものを強引に山盛り突っ込まれ、口を閉ざすしかなくなった。
(と同時に、「はいっ、あ~んして♪」の甘い夢も…蜃気楼の如く消えた。)


「俺が飼う超大型ワンコ、散歩もいらない『デキる子』のはずなんだけどね~
   でも、ちょっと手がかかる子だから…こうして『しつけ』が必要なんだ。」

仕事を覚えたら、エサもご褒美も、い~~~っぱい食べさせてあげてるし、
俺、めちゃくちゃ可愛がってる…アソコにイれても痛くないぐらいにはねっ!

「え、山口…実は既に飼ってるの!?」
「今のところ『仮契約』だけど…ね。」

デキるくせに目が離せない子だから、俺が傍にずっと居てあげなきゃ、なんだ。
それに、俺は魔女。垣根も壁もぶち壊す存在。だから…

「2階の壁もガッツリとヌいて、3階と同じ2LDK×1部屋に大改装!
   そこを俺の新居にするから…お父さんとお兄さんのこと、説得してね!」

「おやおや困りましたね。月島君の住むとこが…なくなってしまいました。」
「『お世話係』として、パイセン山口の家に…住み込みで雇ってもらうか?」


な…何だかよくわからないうちに、ゴッソリ大減点されたかと思えば、
いつの間にか黒赤コンビだけでなく、僕と山口も同棲する風になっている…
実態は『お世話係』だとしても、とてつもないラッキーな流れじゃないか!

今だって『下積』だし、そもそも出逢った当初も『お世話』するって話だった…
巡り巡ってようやく、僕の大目標が達成されたことになる。
お世話する立場が逆だとかは、ほんの些細な『誤差』…本質は多分変わらない。

   (僕の努力…報われたっ!)

強烈な個性を放つ上司達に揉まれる中でも、ワガママを叶えた自分自身に、
僕は内心コッソリ、自分で自分を褒めてあげようとしていたら、
それより先に、三方向からわしゃわしゃと揉まれ…盛大に褒めてもらえた。

「今回は…ツッキーの大手柄だな。」
「おかげさまで…幸せな結末です。」
「ツッキーは最高の…下積君だよ。」


様々な偶然で結ばれた、『黒猫魔女』と『レッドムーン』の二組。
『三丁目の王子様』と『二丁目のお姫様』も、新たな歌舞伎町伝説となり、
『人』と『人外』の境界を越え、両者を結び付ける存在として、
魔女と僕の二人も、これからもずっとこの街を共に飛び回り続けるのだろう。

コタツの真ん中…空になった鍋の上に、黒尾さんが右手を真っ直ぐ伸ばすと、
その上に赤葦さんが手のひらを重ねて置き、山口もさらにその上に乗せた。
上司達に促されながら、僕もおずおず…一番上に手のひらをそっと上積した。

「新生黒猫魔女&レッドムーン…4人で末永く頑張っていこうな!」

黒尾さんの掛け声に合わせ、重ねた手を天に突き上げる。
輝かしい僕達の門出…長い長い4人の旅路を、共に一歩踏み出した。





「『黒猫魔女シリーズ・完』…的な?」
「『十話打切り』風のシメ…ですね。」
「『未来志向ハッピーエンド』だが…」

現実は…歌舞伎町はそんなに美しくも、甘くもない。
奇跡的に4人全員のワガママを通す道を見つけ、その道を行こうと決めただけ…
実際には一歩も前進してないどころか、道を開拓する準備が始まっただけだ。

魔法や黒魔術でパパ~っと…なんてファンタジー的展開は、蜃気楼の様なもの。
一つ一つ堅実に、日々を生きて行く…人生にも人外生?にも、近道はないのだ。


「険しい道のり…ワガママを叶えるためには、片付けるべき課題が山積です。」
「あの事務所の引越作業しなきゃなんないのか〜あ、4人全員の部屋もだっ!」
「目の前のしゃぶしゃぶ鍋のお片付け…これだって結構な重労働なんだよね。」

こんな巨大事業、閑散期かつ若くなければ絶対に無理…今しか『機』がない。
現段階ではすべきことの全体像も、完成形も全くもって未知の状態だが、
それでも4人には、これから共に歩んで行く道は、明るく輝いて見えていた。


「よし、とりあえず目下の緊急課題を…一つずつ片付けていくしかねぇよな!」




- 中編へGO! -




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※当初の『お世話』 →『再配希望①
※山口の『ご希望』 →『下積厳禁③


2018/06/12    (2018/06/08分 MEMO小咄より移設)  

 

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