「ねぇツッキー…これどういう状況?」
「さぁ…って、『ツッキー』って何?」
ポチリした覚えの全くない通販商品。
ベランダから不法侵入しながら、僕にそれを届けに来たのは、
濃紺ワンピースに赤いリボンが制服の宅配業者…『魔女』君だった(180cm)。
最初は『蛍(ほたる)』を『夜の蝶』と勘違いし、次にポリスと思い込んだ彼は、
住居侵入罪の現行犯として私人逮捕されたが、ちょっとした手違いで逃走…
今度は上司の『吸血鬼』を伴って、律儀にお詫び(?)をしに来た。
『黒猫魔女の宅Q便』という、商標権侵害スレスレな特殊宅配業者らしいが、
黒よりも闇に近い企業かと思いきや、血統書付吸血鬼と、一種免許所有魔女…
どのくらい凄い有資格者かは不明だが、かなり『特殊』なことは間違いない。
何が一番特殊かと言えば、この僕よりも言いたい放題で、人の話を全く聞かず、
好き勝手ヤりまくり…僕が『常識的で平凡な一般人』に見えるレベルな所、だ。
彼らの正体が何であろうが、この点だけでも『人外』の力をひしひしと感じる。
そんな彼らに襲撃(御礼参り?)され、簀巻きを覚悟していた僕を救ったのは、
目映い程に輝く美しい姫…『人』の枠内(多分)では、僕が最も恐れる人だった。
「おっ、おケイさん…じゃなかった、赤葦さん!すすすっ、すみませんっ!!」
今は職務外…源氏名で呼ぶのは厳禁してるはずですが、もうお忘れでしたか?
まぁそれよりも、やっと営業が終わってこれから寝ようという時に、この騒ぎ…
安眠妨害罪の現行犯で、相応の『お仕置き』が必要なようですね。
…というセリフを覚悟し、『お仕置き』軽減措置の交換条件として、
居住部分内壁に防音パネルを入れる修繕工事を、ビル所有者(父)に申請する旨、
助命嘆願しようと平伏していたのだが…おケイさんからは全く反応がなかった。
(無反応…逆に怖すぎるっ!)
トロリとした熱を放つ、おケイさんの瞳の輝きは、内なる溶鉱炉から漏れる光…
迂闊に目を見てしまうと、次の瞬間には跡形もなく溶かされ、焼き尽くされる。
その恐ろしさを熟知している僕は、無反応のおケイさんの様子が気にはなるが、
「しん。」と音がする程の静寂に押し潰され、顔が上げられなかった。
(もしかして、僕はもう燃えて…?)
生きた心地が全くしない中、飲み込めない固唾を喉に引っ掛けていると、
何となく場の雰囲気(ノリ)で一緒に土下座していた魔女君が、脇腹をツンツン…
その衝撃で盛大に咽てしまった僕は、『僕は悪くないですアピール』として、
若干卑怯ながらも、魔女君に矛先を向けさせてもらった(あとで謝ろう)。
「ちょっと!何するの…」
「いや、何してんのかな~って。」
質問を同じ質問で返さないでよ…って、勝手に足を崩さないっ!
タイツも脱いでるし、インナーも履いてないから…『中』が見えちゃうでしょ。
慣れない土下座にめくれ上がったスカートの裾を、僕が慌てて直していると、
魔女君はそんな僕に一切構わず、今度は『内緒話』するように密着してきた。
「あの白雪姫っぽいお姫様…誰?」
「誇り高く理想も高く頭も高い…誉れ高き僕の上司様、だよっ!」
歌舞伎町広しと言えども、僕の上司ほど情熱的で妖艶な人は存在しない。
キャバ嬢でもホストでも泡姫でもない、ましてやデリヘル嬢でもないのに、
バーテンとしては史上初、歌舞伎町の女王の座に君臨している…伝説の人だよ。
淡々とした無表情の鉄壁に見えるけど、それは単なる溶鉱炉の外殻…
その中は溢れんばかりのエロスと、灼熱の炎で満たされているんだ。
数多の贄を虜にし、ドロドロに溶かし切って吸い尽くす、美しく赤い花…
「まるで…食虫植物みたいだね~」
「あ、上手いこと言うね!」
いやいやいや、そうじゃないでしょ!
『二丁目のお姫様』に向かって、何て恐れ多い…魔女君も一緒に焼死確定だよ!
いろいろあったけど、巻き込んじゃってゴメン…僕がそう言いかけたところで、
魔女君は『わくわく♪』と目を輝かせながら、玄関にチラリと視線を送った。
「あのさ、そっちのお姫様と『三丁目の王子様』…どっちが勝つかな?」
俺の上司さ、日中は新宿三丁目の『献血ルームのお兄さん(嘱託)』なんだよ。
成分検査しなくても『イイ血』がわかっちゃうから、重宝されてるんだよね~
しかも、吸血鬼ならではの『人タラシ』の魅力にコロリとヤられた人たちが、
「貴方に吸われたい♪」って、上司出勤日に人気ラーメン店の如く行列を成す…
「文字通り『生き血を啜る』…そこらのホストよりタチが悪い気がするけど?」
「だよね~♪俺もそう思うけど、実績が『人外』レベルだからね。
日赤も医師会も厚労省も、ウチの上司には絶対に頭が上がらないんだよ。」
とにかく、血を抜くのが抜群に巧い…ゴクラクが見える気持ちヨさらしいよ。
アレもソレも全部ヌかれちゃった贄は、年間献血回数上限ギリギリまで貢ぐ…
「『三丁目の王子様』の正体が吸血鬼だなんて、笑っちゃうよね~♪」
「これほど見事な『職業適性』もなかなかない…まさに天職だね!」
「ねぇねぇ…どっちが強いと思う?」
「新宿頂上決戦…甲乙つけ難いね。」
魔女君の『動じなさ』が伝染したのか、僕もようやく緊張を解き、頭を上げ…
この世とは思えない光景に、今度はカラダが『動じない』状態に陥った。
そこで繰り広げられていたのは、『二丁目のお姫様』vs『三丁目の王子様』…
相手の出方を窺っているのか、ピクリとも動かず見合っていた。
漆黒の闇と灼熱の炎…互いを飲み込もうと黒と赤が絡み合い、火花を散らす。
「ちょっと、コレは…ヤバそう?」
「逃げた方が…いいかもね。」
この二人から今すぐ逃げろ!と、本能の警報ベルが轟音を鳴らしている。
僕よりも第六感的なモノに優れていそうな魔女君も、どうやら同意見…
息を殺してズルズルと匍匐後進し、巻き添えを喰らわないように距離を取る。
「じゃ、俺はこの辺で…」
「ズルい!置いていかないでよ!」
「箒は二人乗り厳禁なんだもん、仕方ないじゃん!」
「だったらここに居てよ!死なば諸共、一連托生!」
ベランダから一人でトンズラしようとする魔女君に抱き着き、捕獲する。
勢い余って押し倒し(本日2回目)、ガン!とベッドに腕をぶつけた魔女君は、
その音と痛みに驚き、大きく脚を広げてしまい…
僕は咄嗟に『中』が見えないようにと、両脚の間にカラダを割り込ませ、
先程と同じように、捲れたスカートを直すべく、太腿にそっと手を掛けた。
「や♪ぁっ………ひぃ!?」
「あ♪ゴメ………んっ!?」
今回はアクシデントとは言え、ちょっと『ステキな格好』になってしまい、
お互いにポッ♪と頬を染めてしまったのも束の間…
僕達の更に上から黒と赤の陰が降りてくる気配に、心臓が飛びそうになった。
「お前ら、こんな時にこんなとこで…」
「一体何ヤってらっしゃるんです…?」
*****
「いくらコイツがケダモノでも、お前も魔女らしからぬ緩さだぞ。
しっかり内腿引き締めてとかねぇと、箒に乗るのも危ねぇし…乗られるぞ?」
「月島君も月島君です。いくら魔女の生足に魅せられたからって、
無理矢理押し倒すだなんて…その体位じゃ全然脚を愛でられないでしょう?」
目が眩む程のキラキラ王子様&お姫様スマイルが飛び交う…僕の部屋。
さっきまでの地獄のようなドス黒さと、血塗られた赤は何処へやら、
表面的には天国だかお花畑だか、白?桃色?の空気に包まれていた。
僕と魔女君は、揃って唖然…だが、本能はまだ『逃げろ!』と叫び続けており、
この状況が相当危険なことだけは、間違いなさそうだった。
しかし、そんな僕達の恐怖は他所に、上司達はニコニコと談笑し始めた。
「まさかこんな所で、あなたのようなお美しい姫君とお逢い出来るとは…
お名前を伺ってもよろしいですか?」
「赤葦京治と申します。ここの地階で、『レッドムーン』というバーを…
普段はごく普通のバーテンですよ。」
本日はたまたま、お客様のご要望により『コスプレデー』だったので、
このような『白雪姫』姿で…お目を汚してしまい、申し訳ございません。
「それとも…『お姫様』が王子様のお好みでしたか?」
「どんな姿をされていようが…全く関係ありません。」
あなたの美しさの本質は、衣装などではなく内側…滾るような熱い血潮です。
焼けるほどに熱く、溶けるほどに香り高い、業火を纏った血…
こんなに美しい『赤』に出逢ったのは、長い吸血鬼人生で初めてです。
いや、あなたに逢うためだけに、俺は生き続けてきた…そうとしか思えません。
「あなたのためなら、黒檀製ではなくガラス製の棺に、仰向けで寝てもいい…」
吸血鬼は優雅にマントを翻すと、白雪姫の足元に静かに片膝を付き、
恭しく姫の手を掲げ…色白の甲に、そっと口付けを落とした。
「うわぁぁ~…凄いっ、情熱的…っ!」
「本物の、王子様とお姫様みたい…!」
吸血鬼の熱烈な求愛に、僕と魔女君は手を取り合って「ひゃぁぁ〜♪」と赤面…
これからどうなるっ!?と、ゴクリと喉を鳴らして二人を見守っていると、
今度はお姫様の方が、胸元から一枚の小さな紙を…両手で王子様に差し出した。
「あっ!?あれは伝説のキラキラ名刺!まさか赤葦さんのが実在してたとは…」
「本命客にしか渡さない、個人的連絡先が書かれた…『幻の名刺』だねっ!?」
どんなに通い詰めても、『おケイ』さんのビジネス名刺も、なかなか貰えない。
余程の太客や、僕ぐらいの知己(というよりも身内な部下)であっても、
更にレアな薄桃色の『プレミアム名刺』は、滅多にお目にかかることはない。
まして『赤葦京治』個人の、ラメ入りで角が丸く落としてある『御名刺』など、
吸血鬼や魔女なんか比べものにならないほど、『あり得ない』存在だった。
「これって、もしかすると…」
「もしかする…じゃない!?」
『誰にも靡かないお姫様』と、『誰にでも優しい王子様』だった二人が、
勝負の結果、まさかの相討ち…お互いに陥落してしまったとなれば、
新宿最大のロマンス…とんでもない歴史的瞬間に立ち会ったことになる。
ここからはもう、『深夜の歌舞伎町』に相応しい、熱ぅ〜い夜になる…
その期待に胸を躍らせていると、王子様とお姫様は爽やかに微笑んだまま、
それぞれ美しくお辞儀をし…何も言わずに部屋から別々に出て行ってしまった。
「え、ちょっ、これ…どういうこと?」
「外で待ち合わせ…じゃ、なさそう?」
部屋に置き去りにされた僕達は、全く状況が掴めず呆然…
隣室のドアが閉まる音と、階下でタクシーの扉が閉まる音がしたから、
二人共そのまま帰宅したっぽい…信じられないことに。ロマンスは、どこへ…?
しばらくしてから、魔女君が首を捻りながら、聞き慣れない言葉を口にした。
「ねぇツッキー…これどういう状況?」
「さぁ…って、『ツッキー』って何?」
だって『ほたるさん』はダメで、『けいちゃん』はもっとダメじゃん?
あのお姫様と被っちゃうのは、いろんな意味で超〜危ないカンジだし。
だからフツーに『ツッキー』って呼んでいいよね?俺のことも、フツーに…
…あっ、ゴメン!さっきの上司から電話みたい…ベランダ借りるね!
話の途中で、魔女君のスマホに着信。
僕はとりあえず毛布を肩に掛けてから、魔女君をベランダへ送り出した。
どうやら、今すぐ戻って来いという緊急連絡…同時に僕のスマホにも、
僕の上司から『3分以内に来て下さい』という、出頭命令が来た。
「ごめんツッキー、すぐ戻んなきゃ…明日また来るから!」
「わかった!寒いから…僕のジャージでよかったら、着て帰りなよ。」
寝間着代わりのジャージを、夜空に浮かんだ魔女君に向かって放り投げる。
魔女君は空中で見事にキャッチすると、それを羽織りながら飛び立って行った。
僕は魔女君の豪快な安全運転を確認してから、残り15秒で隣室に飛び込んだ。
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⑤へGO! -
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※『安眠妨害罪』 →何故だか現行法には存在しません。
2017/12/12 (2017/12/09分 MEMO小咄より移設)