下積厳禁④







『あーあー…放送席ぃ、放送席ぃ~
   今日のヒーローインタビューは…』
「確かにそれもマイクテストだけど…
   いつもそれでスタートは止めてよ?」


歌舞伎町の宵闇に紛れるように、魔女はお届け物と共に空を舞い上がる…
ファンタジー要素満載で、実に夢のあるステキなお仕事のように見えるが、
現実は甘くなく、ビジネスとして継続するには、当然経営計画が必須である。

いくら吸血鬼や魔女が、生物として『ご長寿』だったとしても、
『頼まれたから届ける』なんてファジーさでは、資本主義の世で生き残れない。
それに、『血液急便』という本当に人々から必要とされている仕事だからこそ、
時代に即した方法で、きちんと事業として成立させるべき…
『宅配業者の魔女・過労死認定』だとか『吸血鬼・破産手続開始』みたいに、
夢もへったくれもない事態は、絶対に避けるべきではないだろうか。

…といった当たり前のことを、江戸時代の経営感覚を持っていた所長に説教。
その結果、『現場管理システム』の再構築に関する権限を一任された僕は、
まず最初に、魔女を効率よく動かす業務管理から手を付け始めたところだ。


『もしも~し、こちら山口だよ~
   次の荷物…15番はどこですか~?』
「こちら月島。聞こえてるよ。
   7時方向に2ブロック…黒い外壁のラブホの隣、8Fだね。」

魔女に高性能GPSを持たせ、管制塔の僕はその位置情報をタブレットで把握。
最短かつ効率的にその日の配達を完了できるように、ルートを計算した上で、
『I ♡ 歌舞伎町』のビルを起点に、次の配達場所の大まかな位置を指示。

たったこれだけで、朝方までダ~ラダラとかかっていた配達業務が、
一般的飲食店(レッドムーン含む)の閉店と同じ頃に、終業できるようになった。
その結果、のんびり夜を二人で楽しむ…健康で文化的な時間的余裕ができ、
僕はその時間を有効に使って、パイセン山口のマッサージに勤しんでいる。

『15番配達完了だよ~次は…?』
「それでおしまい。お疲れ様。」

『えっ、もう終わり!?やったぁ~!』


画面上の中心点…魔女の位置を表す、通称『忠点』が、ギュンと近づいて来る。
僕の現在地…一足先に帰還した『黒猫魔女』営業所を通り越し、
道路向かいのビルで停止…ここが山口の『秘密の場所』こと、休憩スポットだ。

歌舞伎町のイルミネーションを独占する10階建ビルの屋上…の、受水槽の上。
以前はここで配達途中の休憩を取っていたけど、今は大抵配達後の休憩として、
そこで一服しながら街を眺めるのが、魔女の特権…日課になっている。

僕も一度だけそこに行ったけど、非常階段を10階分昇るのは、二度と御免だ。
だから、先に帰って風呂や夜食の準備をする名目で、免除して頂いているが、
山口の方から、そこへ来るように強制(可愛がり)されたことは、一度もない。


どんなに仲良くなっても、一人になれる『秘密の場所』はお互い尊重したいし、
『仕事』と『私事』を区分する『どちらでもない時間』も、やはり必要だろう。

   (あそこは、山口の『特別』な場所…)

余程のことがなければ、僕はまだ立ち入るべき場所じゃない気がする。
『来い!』と言われても困るけど…言われる日が少し待ち遠しいのも、事実。

   (僕はいつか、山口の『特別』に…?)

少なめに見積もっても、あと150年程…下積しないと無理そうだけど。
僕も長生きしなきゃな…と、やや絶望的な想いを零しそうになった時、
欝々とした雰囲気を洗い流すような明るい声が、脳内に伝わって来た。


『こちら山口~!今日の入浴剤は何ですか~?…はい、どうぞっ!』
「トロ~リ白濁液の、乳頭…」
『ちゃんと『温泉』まで言ってよね~』
「湧き上がる熱でじんわり、だって。」

山口が楽しそうに笑う声が、頭の中に直接響いてくる。
そう、何を隠そう、魔女・山口はテレパシー能力所有者…なわけではなく、
トびまくる魔女と僕を繋ぐホットラインとして、ヘッドフォンを着用している。
地上管制塔から飛行中の魔女に指令を出すために、ボイスチャットを利用…
業務開始から山口が帰宅するまで、僕達はずっとコレで会話を続けているのだ。

アメフトのインカムみたいな、スマートでカッコイイのを使いたかったけど、
高速飛行に耐えうる強さと、長時間利用でも痛くない優しい設計を重視し、
ゲーム据置機の純正ゲーミングヘッドフォン(オンラインゲーム用)を採用…
ふんわりした耳クッションに包まれながら、ズンとクる低音を満喫している。


そう言えば、テレパシーの語源は『tele(遠隔)+pathy(感覚)』だそうだ。
『遠隔+音(telephone)=電話』と、言葉の構造は同じである。
ただ、『ヘッドフォンでのボイスチャット』を使用したカンジとしては、
『音』が遠くから届くというより、脳内ダイレクトな『感覚』に近い気がする。

しかも、僕の指令通りに『忠点』が動く様子をモニターで見ていると、
本当にテレパシーで、魔女を動かしているような錯覚に陥ってくるのだ。


『こちら山口~お夜食は何だかたこ焼きの気分です~はい、どうぞ!』
「そうだろうと思って、ちゃんと買っておいたよ~、どうぞ。」

『凄いっ!ツッキーに俺からテレパシーが通じたんじゃないっ!!?』
「蜜蜂みたいに、たこ焼き屋の上で何回も『8の字ダンス』してたでしょ。」

『それがわかるなんて、やっぱツッキーは凄いよ!!デキる下積君だね~♪』
「お褒めに与り光栄の至り、かな。」

ボイスチャットのもう一つの大きな利点は、『顔が見えない』ことだと思う。
面と向かっては、なかなか訊き辛かったり言い辛いことも、割と出てきやすい。
ボイチャの時だけは、山口も僕のことをストレートに褒めてくれる…
それが嬉しくて、ついつい魔女の思惑通りに動いてしまうのだ。


「やっぱり、山口にはテレパシーがあるかもしれないね。」
『だったら…いいのにね。』

「うわっ!?ビックリした…返事が来るとは思わなかったよっ!!
   え、僕、今…喋ってた!?全然自覚してなかった…危険極まりないね。」
『脳内完結してたはずの独り言が、つい口から出ちゃうよね~
   ココがボイチャの怖~いトコ…本音ポロリ機能搭載かもしれないよ?』

「あとさ、今…おせんべい食べてるでしょ。脳味噌が砕かれそうな音がする。」
『激しいバリバリ音が反響しまくって…俺の方もダメージ喰らってるよ~』


あぁ、きっと山口の方も、ポロリと出たセリフを誤魔化そうとしてるんだな…
何となくそれを察した僕は、バリバリ音が収まるまでヘッドフォンを外し、
コーヒーを煎れてから、『秘密の場所』が見えるベランダ際に座り込んだ。



*****



『そうそう、山口に訊きたいことがあるんだよね。』
「なぁに?俺にカンケーないことなら、答えてあげるよ…はい、どうぞ!」


別にボイスチャットは、トランシーバの時みたいに『かわりばんこ』じゃなく、
同時に喋ってもいいはずだけど…こういうのって、やっぱり雰囲気は超重要。
『闇の組織』っぽいカンジ…俺は今後も『片側交互通行』を厳守するつもりだ。

それに、『はい、どうぞ!』と促されると、焦ってポロリしやすい…
訊き辛い・言い辛いことも、勢いに流されてつい言ってしまいがちなのが、
要注意な反面…場合によっては、かなり『使える』手段だと思う。

ツッキーが俺に訊きたがっているだろうことは、何となく予想がついている。
俺にとっては直接的なカンケーはない…ポロリの危険性が少ない話題だ。
だから快諾し、気持ちよく『はい、どうぞ!』とツッキーに投げ返したのだ。

思惑通り、ツッキーは『大したことじゃないけど。』と前置きしながら、
『ふ~ふ~…ズズズ…』というコーヒー音と共に、すんなり本題を口にした。


『何で黒尾さんって…あんなに電マに詳しいの?』

あの方の存在そのものが『高級マッサージ椅子』です…って、
前に赤葦さんがウットリしながら言ってたけど、実はマッサージのプロなの?
それなら僕、本気で黒尾さんに弟子入りしようかな…じゃなくて。

赤葦さんも黒尾さんが『電マ名人』な理由を、知りたくて堪らないはずだけど、
あの人、あんなに口達者なのに…肝心な相手・肝心なコトほど訊けないんだ。
だから僕が赤葦さんの代わりに、探りをイれといてあげなきゃな~って。

「ホントに…大好きなんだね。」
『そうなんだよ。黒尾さんのこと…ゾッコンだよ。』


返事が返ってきて、俺は二重に焦った。
一つは、俺の脳内だけのツッコミが、口からポロリと出ていたこと。
もう一つは、ツッキーも黒尾さんにゾッコンだと聞こえて…心臓が跳ねたこと。

   (これってやっぱ…アレ、だよね。)

無駄に長く生きている分、自分の感情がナニか…よくわかっている。

   (この歳になっても…参っちゃうね。)

俺達から見れば、ツッキーと赤葦さんの付き合いなんて、ほんの一瞬。
でも、たった30年弱の人生の内、10年の付き合いは…かなりのウェイトだ。
共に過ごした『時間』の持つ重みと意味が、俺達とは全然違う。

たった10年。されど、10年。
たとえこの先、千年一緒に居ても、俺はこの『10年』の差を埋められない…
赤葦さんには絶対に敵わないことは、嫌と言う程わかっている。

   (わかってるけど…ね。)


何年生きていても、人を羨んだり、嫉んだりする醜い感情は、なくならない。
それどころか、自分にこんな感情が眠っていたことに気付いたのも、ごく最近。
しかも一番強烈に自覚したのが、赤葦さんじゃなくて…黒尾さんに、だった。
それに驚愕する一方で、安堵してしまった自分が、本当に…嫌になった。

たった数時間だけど、俺の方が先に出逢ったのに。
一緒に仕事してる時間だって長いし、俺の可愛いコーハイだし、それから…
それなのに、トロンと黒尾さんに全身を預け、信頼しきった姿を曝すなんて。

   (懐くの…早過ぎじゃんっ!!)

誰もが人タラシ(人外含む)の黒尾さんには、否応なく惹かれてしまうし、
ツッキーが俺の大切な黒尾さんを信頼してくれることも、本心から嬉しい。
でも、でも…わかってるけど、この気持ちはコントロールできないのだ。

   (ヤキモチは…魔力でも消せない。)

黒尾さん相手に嫉妬した自分に驚き、それと同時に…俺はホッとしていた。
あの黒尾さんが、俺のライバルじゃなくて…本当によかった。

「黒尾さんが、赤葦さんのことを好きになってくれて…助かった。」
『それは…こっちのセリフ。そうじゃなきゃ、勝ち目なんて…ないよ。』


あぁ、また…やってしまった。
俺の思考を読み取ったかのようなツッキーの返事に、キン…と指先が冷える。
想いは通じ合ってないのに、会話は通じ合ったような錯覚に陥ってしまい、
その挙句、自分の心の下の方に、ドス黒いモノが勝手に積み重なって行く…

   (下積厳禁…こっちにも貼ろうかな。)

こっそりヘッドフォンのスイッチを消してから、俺は小さく小さく囁いた。

「俺の『想い』の方だけ、テレパシーしてくれればいいのに…ね。」

ツッキーには通じなかった、俺の声。
でも、ヘッドフォンに包まれた俺の頭の中には、俺の想いは大きく反響し、
ヤキモチよりももっと熱いモノが、下から積み上がって来てしまった。


「ホントに…大好きだよっ!!!」

ヘッドフォンを頭から外し、誰にも届かない想いをぶちまけてから、再度装着…
自分の声が聞こえなくなるように、音量をMAXにしてスイッチを点けた。


『もしもし…山口?聞いてる?』
「はいは~い、聞いてるよ♪えーっと、黒尾さんが電マのプロな理由だよね?
   ま、カンタンに言うと、そういうトコに勤めて…」




- ⑤へGO! -




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※『I ♡ 歌舞伎町』のビル




2018/02/19    (2018/02/16分 MEMO小咄より移設)

 

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