引越見積⑥







人と、人外…人ならざる者達。

能力や食性、そして寿命…相容れない部分も多く、両種族は『=』ではない。
だが、見た目は『≒』…パッと見では区別がつかず、形態的には同種であり、
互いに交配可能な点では、生物学的にも同種と言える関係にある。

また、人類を大まかに『人』と『人外』に二分してはいるものの、
『人外』も千差万別…吸血鬼と魔女と付喪神の差は『人』との間より大きく、
共通点は『人に比べて寿命が長い』という点だけかもしれない…『≠』である。

「俺ら、付き合いは長いけど…お互いに知らねぇことだらけだよな。」

黒尾は少し寂しそうな表情で呟くと、手にしていたピンクと黒をコタツに置き、
ふぅ…と、小さくため息を吐いてから、ニカっと明るい表情に切り替えた。


「俺は吸血鬼の純血種…両親共に吸血鬼っていう、吸血鬼ん中じゃ多数派だ。」
「俺も魔女の純血種だけど、魔女や巫女は『交わる』存在…逆に混血が基本。」
「付喪神の俺はそもそも『両親』って概念がないね。子孫は…どうなんだろ?」

スクエアのFF付喪神と、エニックスのドラクエ付喪神の混血児が、
スクエア・エニックスの『いたスト』付喪神とか…だったりしたら、嬉しいな。
あ、ハード機なら…プレステ付喪神×スーファミ付喪神なんての、どうかな?

「ちなみに俺はゲームキューブ付喪神だから。あのコントローラーは秀逸。」
「ウソを言うな!まだ発売&終売から…百年も経ってねぇだろうが!!」
「俺、研磨先生って…バイブ付喪神だと思ってましたよ~あ、張形だっけ?」


張形(はりかた)とは、男性器を模したオモチャ…こけしやディルドのことだ。
日本最古の張形は、飛鳥時代に遣隋使が持ち帰った青銅製のモノの記録がある。
なお、川崎の『かなまら祭』では、当日限定で水晶製のモノが販売されている。



かなまら水晶(上のキーホルダーが\1,000)
(右は\10,000、左のリアル版は\15,000)



「『こけし』は製鉄の民…木地師が作る木工品。タタラと性の繋がり発見だ。」
「髪がツートンなトコとか…研磨先生って、こけしに似てますよね~♪」
「黒と茶が逆じゃん。っていうか、俺はこけしの付喪神でもないから。」

あ、でも…赤い服着てるあたりが、ちょっと似てるかもしれないね。
それに、子授けの縁起物っていう点も、かなまら様と共通してるんだよね。


…じゃなくて、俺の前歴が何か、つまり『何の』付喪神かは、極秘事項だから。
クロ達吸血鬼の『本懐を遂げる』が、具体的にナニを指すのか不明なのと同じ…
種族が違うと、ナニがタブーとか極秘事項かなんて、本当に未知の世界だよね。

同じ『人』で、同じ東海道・山陽新幹線沿いに住む、同じセリーグ本拠地でも、
広島人とハマっ子(横浜人)は、かなり雰囲気も言葉も違う…おそらく同種だが。


「付喪神の『前歴』ほど、吸血鬼の『本懐』は極秘じゃないんでしょ?」

そろそろ白状…俺らにも教えてよと、研磨が言いかけた時、
黒尾は研磨の首根っこを捕まえ山口に向き直り、あっけらかんと言い放った。

「っつーわけで、俺の『扶養家族』ってのは…研磨のことなんだよ。」


「え…えぇぇぇぇぇぇっ!!!?
   そっ、それじゃぁ黒尾さんと研磨先生のお二人は、幼馴染というより…」

ま…マズい。これは、マズいやつだ。
150年来の『部下』の俺でさえ、強烈なヤキモチの対象になっちゃってるから、
250年来の『幼馴染』だなんて、タブー中のタブーになりかねない存在…
だから俺は、ツッキーにも研磨先生のコトは口止めしてるっていうのに。

今回の桃色申告騒動で、黒尾さんに扶養家族が居るとバラされた時には、
ま〜300年も生きてりゃあ、孫ひ孫どころか玄孫(やしゃご)で4世代先だから、
1世代30年計算で、10世代先…来孫・昆孫・仍孫(じょうそん)・雲孫、
さらにその次の次ぐらいまで、子孫が居てもおかしくないな~とは思ったけど…

それが250年来の幼馴染=伴侶で、しかもよく知った人が相手だったなんて、
驚く以前に、150年も聞かされてなかったことに、怒りが込み上げてくるし、
妻帯者でありながら、歌舞伎町の女王に手を出したとなると…

「あ…あんた、サイテーだよっ!!」
「はぁっ!?おい、お前、何か誤解…」


赤葦さん、あんなに黒尾さんのことが好きなのに…騙してたんですかっ!?
「妻とは長いこと別居中…君と一緒になれるなら、離縁するよ。」とか、
旧石器時代から繰り返されてきた不倫男の定型句で、火遊びしてたんじゃ…
それで『150年間フリー』って、一体何人の『子孫』が居るんですかっ!?

「クロが2人の子を設け、その子孫も2人の子…2の累乗ずつ増えるとしても、
   10世代では1024人になる計算。ただし、正妻のみだった場合に限る。」
「黒猫のくせに、鼠算式に子孫増えまくり…扶養家族、本当は何人なんです!?
   俺がもし法律家だったら…黒尾さんの相続だけは絶対ヤりたくないですよ!」

関係者への葬儀のご連絡だって、すっごい数になる…今から目が回りそう~
さすがの俺も、そこまで面倒な手続は嫌だから、黒尾さんより先に逝こ~っと♪
…って、俺のことはこの際どうでもよくて、大問題なのは…


「もし研磨先生と離婚して、赤葦さんと上手いこと再婚できた場合、
   赤葦さんはいきなり1000人以上の子孫持ち(子猫持ち?)になるってコト…」
「んなわけねぇだろっ!本人を目の前にして、妄想を大暴走させんなっ!!」

「人との間に作った子の系譜は、大半が既に鬼籍に入ってるだろうけど、
   人外との子だったら…養育費とか、ねずみ講の被害額くらいになるよね。」
「それだと俺は何百回も自己破産だな…って、研磨も余計なコト言うなっ!
   あーもう、二人共ちょっと黙れ!俺の話を最後までちゃんと聞けっ!!」

黒尾は冷凍庫から急いでパピコを出してくると、山口と研磨の口にぶち込み、
かなまら様を突っ込まない辺りが、クロの甘いトコだよね~というセリフごと、
二人が妄想大暴走&火に油を注ぐのを、ようやく一旦停止させた。


「確定申告の控除対象…『扶養家族』ってのは、何も配偶者だけじゃねぇ。」

確定申告つまり所得税法上の扶養とは、
   ・6親等内の血族又は3親等内の姻族
   ・生計を一にしている(同居問わず)
   ・年間所得38万円以下
   ・16歳以上
…等に該当する、申告者が『生活の面倒をみている』家族のことを指す。
年間所得38万円は、基礎控除65万円を含むと年の給与が103万円以下…
主婦パート等の『103万の壁』は、旦那様の『扶養の範囲内』という意味だった。


「250年程前、たまたま帰省したら、実家に見たことねぇガキ…研磨がいた。」

最初は、両親の新しい子…弟か?って思ってたけど、どうやらそうじゃなくて、
お人好しの両親が引き取った孤児…付喪神なんだから、当たり前だけどな。

んで、いい歳だし、そろそろ娑婆に出して『脱引き籠り』させたいって、
江戸の寺子屋へ入学させることに…その際に、俺が身元保証人になったんだ。
学生で収入もねぇから、同じ江戸で仕事してた俺が、研磨に仕送りしてやって…

「要するに、『生計を一にする』ってのに該当する…してたんだな。」


ウチの両親と研磨が、現行法上でどんな家族関係にあるのかは、よく知らない。
多分、俺の身内的な扱いだから、扶養家族として認められてるんだろうが、
法制度もコロッコロと変わる中、そのままズ~ルズル研磨は俺の扶養のまま…

「…ってことは、俺は今も研磨に仕送りし続けてるってコトかよっ!?」
「チっ!遂に気付かれたか。自動引き落とし様様だったのに…残念無念。」

伊達工業㈱さんからのお給料は、とっくに103万円を超えてるはずだが…
法制度が変わりすぎて、人外納税者まで手と目が行き届いていないのだろう。
それか、お役所お得意の見て見ぬフリ…改竄上等な財○省様様というわけか。


「な~んだ、黒尾さんの扶養家族問題って、こんなにもしょーもない話…」

色々と妄想しまくって、ドロドロ愛憎劇とか考えちゃってたけど、
事実をきちんと本人に確認すると、ホンットーにどーでもいいコトだった。
研磨先生にはすぐに扶養から出ていって頂いて、身綺麗になって赤葦さんに…

「ちょっ…ちょっと待って下さい!もしかして、俺の方もまだ…!!?」

自室に猛ダッシュし、桃色申告と預金通帳を確認…やっぱり、そういうことか!
コタツにも全力疾走で帰還し、俺は声を震わせて通帳を研磨先生に突き付けた。

「何でまだ、俺の口座から…アソコの家賃も引き落とされてんですかっ!?」
「自動引き落としの口座変更手続を、山口がサボってたから。」
「お、今度は山口の『別宅』の真実が明かされる…って、そういうコトか!」


俺は30年に一度ぐらいのペースで、色んな大学やら専門学校に入学…
科学技術の権化たる魔女のたしなみとして、最新の学問等を習得し続けている。
そのため、お給料からは常にいつぞやの奨学金の返済分が天引き…それはいい。

同じように、最新技術が必要な開発担当者の研磨先生も、色んな学校へ。
どのくらい前か忘れたけど、俺の卒業と先生の入学が丁度前後したことがあり、
俺が借りていた大学近くの下宿に、そのまま研磨先生が引継いで住んで…

「な~んか、毎月の奨学金返済&家賃支払がやけに苦しいなぁって思ってたら…
   俺だって、立派に研磨先生を扶養しまくってるじゃないですかっ!!」
「実質的に、クロと山口が…俺のパパ&ママだったって話だね。」
「お前はそろそろ自立しろっ!!」

山口が研磨の手を引いて立ち上がると、黒尾は自分の通帳等も山口に渡した。
今からソッコーで身綺麗に…手続しに銀行へGO~しますからねっ!!と、
研磨を引き摺りながら、バタバタと事務所から出て行った。


「これにて、俺の扶養家族問題と、山口の別宅問題は無事解決…か。」

とは言うものの、多少懐が温まる程度…根本的には何の解決にもなっていない。
むしろ今の『すったもんだ』で、現実的な厳しさを黒尾は再確認してしまった。


「引越…俺らには、無理な話だよな。」



*****



「結局、いつも通り…はぐらかされちゃいましたね〜」
「クロのくせに生意気。全く…変わらないんだから。」

今日みたいなやり取りは、150年間に数えきれないぐらいやっているけど、
今日ほど奥まで突っ込んだ話は初めて…そして、また誤魔化されてしまった。

いつもはここで、俺と研磨先生もスッパリ話を終えてしまうのだけど、
今日はもう少しだけ話したいなぁという意思が、研磨先生ともピッタリ合致…
銀行業務を全て終え、身綺麗になってから、行きつけの喫茶店へ向かった。
ちょっと季節先取りしすぎな巨大かき氷を、一緒にスプーンでシャリシャリ…
アタマがキンキンし始める前に、研磨先生が餡子と一緒にポトリと零した。


「クロ猫の子孫が鼠算式…だったら、よかったかもしれないのにね。」
「きっと吸血鬼には…俺達人外には、夢のまた夢ですよね~」

『吸血鬼』と『人』の大きな違いは、その食性にある。
血液という高タンパクの物質から、エネルギーを補給できるだけでなく、
鉄過剰症や血液を媒介する感染症にも罹らない…高燃費かつ耐性の強い種族だ。

もしこの吸血鬼が、人と同じぐらいの繁殖能力を持っていたとすれば、
あっと言う間に地球は吸血鬼だらけ…脆弱な人の遺伝子など、残りはしない。
にも関わらず、吸血鬼が覇権を握らなかったのは、絶対数が少なかったから…
長寿命故に個体数が限られ、繁殖力も弱いためだと考えられる。
吸血鬼だって、人と同じ生物…自然界のルールには逆らえないのだ。


「吸血鬼同士じゃないと、受精・着床・出生率が極端に低いのかもね。」
「その分、純血種にならざるを得ない…より強力な血だけが残ってるのかな。」

おそらく、天文学的レベルで幸運でなければ、吸血鬼は子孫を残せない。
だからこそ、強大な力を持つ吸血鬼は、古代から神(悪魔)として恐れ崇められ、
『人外』の中でも、頭一つ抜きん出た特別な存在…畏怖の対象だったのだろう。

「あ、だとしたら、吸血鬼の『本懐』っていうのは…子孫を残すコト?」
「いや、それは…違うと思う。
   ある程度実現可能なコトじゃないと、『本懐』とは言わないはずだし。」

それなら…よかった。
もしそれが『本懐』だったとしたら、黒尾さんが遂げられる可能性は…
吸血鬼の生態をよく知らないから、完全にゼロとは断言できないけれども、
パッと見では男性の赤葦さんとは、限りなく『無』と言わざるを得ない。

垣根を飛び越え、異種と交わり、子孫を残すことが存在意義の魔女からすれば、
吸血鬼達の置かれた状況は、あまりに酷いものだと思ってしまうけれど、
吸血鬼自身がどう考えているのかは、魔女の俺には…わからない。
同じ『人外』でも、わからないことの方が多いのだ。何百年一緒に居ても…だ。


「やっぱり同種としか、本当の意味でわかり合えないの…かな?」

人外なら誰もが心の内に留めているであろう想いを、外に零してしまった。
だが研磨先生はそれを咎めることなく、逆にアッサリと打ち破った。

「俺には、吸血鬼の気持ちも魔女の気持ちも、全然わからないけど…
   別にそれで困ってないし、わかる範囲でわかり合えばいいと思ってる。」

大体、同種だったらわかり合えるってのが、そもそも有り得ないじゃん。
ごく少人数の中小零細企業の中ですら、マジ転職して欲しいと思う奴もいるし、
好き合って結婚したはずの相手とも、価値観とかが合わなくなって離婚する。
同種のはずのセガサターンとドリームキャストにも、互換性はなかった…

「でも、犬猿の仲だったスクエアとエニックスは…合併したでしょ?
   FFとドラクエは、真の意味ではコラボ不能…わかり合えないままでもね。」


同種だとか異種だとかは、実はあんまりカンケーないと思う。
人の男性は、人の女性よりも火星人の男性と気が合うって説もあるらしいし、
同種としか合わないなら、俺達付喪神なんてのは…ずっと孤独のままじゃん。
九十九年使われた道具が、付喪(九十九)神に…『前歴』は皆違う、別種だし。

「全部わかり合おうなんてのは、ただの驕り…わかる部分があるだけマシ。
   俺は、クロや山口、上司達がわかってくれるだけで…十分だよ。」
「そう…ですね。誰とでもわかり合えるわけじゃないし、全てもわからない。
   でも…これと研磨先生がコミュ障なのは、また別の問題ですよね~?」

俺が茶化して言うと、研磨先生は「ナマイキな口を…」と、楽しそうに笑った。
先生が本当は愛情深くて優しいと…わかってること自体が、俺は嬉しかった。


「ま、そういうわけだからさ、吸血鬼の『本懐』の意味するところは…
   『合う相手と結ばれる』ことじゃないかなって、俺は予想してる。」

字面だけ見れば、種族カンケーなく当たり前の話っぽく感じるんだけど…
吸血鬼の場合は、性格とかカラダとかの相性よりも、『血』の相性かなって。

吸血鬼は純血種が多い…同じ吸血鬼同士の血は、そこそこイイんだろうけど、
絶対数が極少ないから、吸血鬼同士でも『合う血』にはなかなか出逢えない。
これが異種族ともなると、『好みの血』に出逢える可能性はさらに下がる…

「そうやって何百年も生きてきて、バッタリと『ドンピシャ』に出逢ったら…」
「感極まって…魔女だったら、ソッコーで乗っちゃうかもしれませんね~」

出逢えただけで、とてつもない奇跡。
それがもし、両想いだったとしたら…そりゃ膝を折って求愛するに決まってる。


「パッと見で血の状態がわかる…強烈ビビビ!!!な、一目惚れですよね♪」
「ドンピシャ合致の相手と結ばれて、その血を独占的に吸えること…
   これを『本懐』と言わずして何を言わんや、じゃないのかな。」

   強大な力を持つ吸血鬼…神。
   それと完璧に合致する…血。
   唯一無二の相手との…結合。

「これさ…どっかで聞いたことある話だと思わない?」
「まさしく…『オメガバース』の世界ですよねっ!!」

確か『αがΩのうなじを噛む』ことで、両者が結合するという設定があった。
これなどまさに、吸血鬼が血を吸う姿に見えはしないだろうか。

「漆黒の吸血鬼αと、深赤の血の姫Ω。二人は終生、離れられない…」
「快楽と共に、闇へと堕ちて逝く…
   オメガバース新章『黒き焔山にて 赤き闇月を待つ』…こうご期待!!」

研磨先生と手を取り合い、感涙。
このネタ、最高にクる…身内ながら、素材として美味しすぎるんですけど!!
これはもう、全身全霊全魔力をかけて実現させるしかない…っ!!


「イくよ、山口!!俺達の手で何としてでも、クロに…本懐遂げさせる!」
「はい、研磨先生!吸血鬼オメガバースプロジェクト…今こそ始動です!」




- ⑦へGO! -




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※いたスト →いただきストリート。FFとドラクエのキャラで、モノポリー。
※木地師について →『既往疾速③
※オメガバース考察 →『αβΩ!研磨先生


<所得税の扶養控除について>
2018年1月より、配偶者に限り控除の上限が103万円→150万円まで拡大されました。
(103万円~141万円の間の軽減措置・配偶者特別控除の枠は、201万円まで拡大。)
但し配偶者以外(学生アルバイト中の子ども等)は103万円のままです。ご注意下さい。



2018/05/15    (2018/05/10分 MEMO小咄より移設)

 

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