夜想愛夢 ~昼の海~






「只今より、『月山隧道』の開通式を執り行います。」
「お願いしま~すっ♪」


プライベートビーチ付別荘での、トロピカ~ル☆なバカンス…
ようやく自分達だけの『プライベートタイム』が訪れた早朝6時きっかりに、
月島と山口の二人は、誰もいない海岸へスキップしながら繰り出した。

夜の内に、月島極秘文書『山口とイきたい☆シチュエーションリスト』から、
『二人だけの海』で実現すべき夢をナニにするか、じっくぅ~りと協議…

「都内近郊の『芋洗い』では、絶対に不可能なコトが…最優先でしょ。」
「『独占!』ならではの、超~贅沢な使い方…これっきゃないよね~♪」

…と、二人が選んだのは、熱ぅ~い共同作業…『波打ち際でお砂遊び』だった。


「ツッキーを砂に埋めて…ってのも、捨てがたかったんだけどね~」
「手も足も出せない僕…の上に、砂で『巨大なアレ』を作るつもりだった?」
「当然!そういう『ド定番』は外せないでしょ?ま…『男の夢』だしね。」
「それは『山口の夢』を具現化するサイズ…だと、僕は捉えていいんだよね?」

手も足も出なくでも、口とアレはガンガン出しまくる…
ホント、ツッキーらしいよね~!と、山口は楽しそうに笑い、砂を掘った。

『ヤるならば徹底的に』がモットーなのは、この二人も一緒である。
物置小屋の前にある、簡易なシャワー付屋外水栓…コンクリート叩きの外から、
海岸線に向かって蛇行するように、スコップで水路を掘り進めていく。
途中には木板等で橋を掛けたり、貯水池を作ったりしながら、河口へ向かい…
海岸線ギリギリの辺りに、標高500㎜級の大きな山を造成した。


「全長約10m…結構なスケールの『お砂遊び』になっちゃったね。」
「遊びというよりも…大規模公共事業のレベルだよ。」

汗だくになりながら、バケツで砂を運搬し、海水で地盤を固め、築山していく。
その山…通称『月山』が完成すると、今度は水路が通る隧道(トンネル)掘削だ。
上流側から月島、下流側から山口が、崩落事故に注意しながら、慎重に掘る。

「今…お互いに3分の1ずつぐらいのところかな?あとちょっと!」
「待って山口!ここからは更に要注意ゾーンだよ…焦らずゆっくり行こう。」

他の人が居ないからこそできる、海岸独占型の『お砂遊び』…贅沢である。
しかも、オトナになってから本気で行うあたりが、贅沢の極致だ。


「そう言えば、道路とかトンネル、水路や鉄道が完成した時に、
  『開通式』っていう神事が行われるんだけど…」

当然ながら、工事着手前には地鎮祭を行い、掘削機等を動かす前には火入式…
建築工事とこうした神事は、切っても切り離せない関係にあり、
建築業界は業務絡みで『神事』に触れる機会が、かなり多い職種かもしれない。

「トンネル開通の儀式だから、その土地の神様…産土神は当然お呼びするよね。
   あとは、三輪山の大物主とか、大山祇神(おおやまづみ)かな。」

大山祇神は、イザナギ・イザナミ夫婦の子…『大いなる山の神』である。
八岐大蛇伝説に出てきた足名椎・手名椎は、この大山祇神の子と言われている。

「その他に…というよりも、公共事業の神事に欠かせない神と言えば、
   八衢比古神(やちまたひこ)と八衢比売神(やちまたひめ)の夫婦神だよ。」

この二柱の神は、黄泉から戻ったイザナギが、禊を行うために脱いだ衣…
袴から生まれた道俣神(みちまたのかみ)だとされている。
道俣神は、道路や四辻(交差点)等の『境界』にいる神で、
疫病や災害、鬼や妖怪から、村や都を守る…『道の神』である。

「道の神って…道祖神とか、塞の神!」

道祖神は、夫婦和合の象徴…『巨大なアレ』のカタチをしていることが多い。
去年行った『えびす祭』でも、その『御立派!』な祭神を、二人で…以下略だ。


『月山』の頂上に、やっぱりソレも作っちゃおうかな…と山口が考えていると、
掘削作業の手を止めないまま、月島は話を続けた。

「この八衢比古と八衢比売が、道祖神とも縁深い夫婦神…
   猿田彦神(さるたひこ)と天鈿女命(あめのうずめ)だとも言われてるんだ。」

天鈿女は、『天岩戸』から天照大神を引き摺り出すために、
伏した桶の上で、ストリップまがいのエロダンスを踊った…あの巫女神だ。
『お砂遊び』が、こんなところに繋がるとは…驚きである。


「山口が『道祖神大好き♪』なのは、僕も熟知してるけど…今日は割愛。」

それに、猿田彦と天鈿女の話は、いずれ4人でじっくり『酒屋談義』したいし、
今日は別に『開通』しとかなきゃいけないものがあるから…お取り置きだね。

月島がそう言った瞬間、トンネルを掘っていた手に、柔らかい何かが触れた。
「あっ!」と山口が声を上げると、その手を向こう側から…掴まれた。

驚いて顔を上げると、真剣な表情をした月島と、真正面から目が合った。


「山口…今回は、ゴメン。」
「…え?」

何の話…?と聞こうとして、山口は自分達が『ココに居る』理由を思い出した。
他愛ない喧嘩をして『実家に帰らせて頂きます』と自宅を飛び出し…籠城。
いつも通り…いや、いつも以上にアレコレと『すったもんだ』した末に、
周りにいつも通り流され、仲良く海でバカンス…すっかり忘れていた。

「いろいろあって、ちゃんと謝ってなかったから…酷いこと言って、ゴメン。」
「いや、こっちこそ…考えナシに飛び出しちゃって…ゴメンね。」

トンネルの中で、しっかりと手を繋ぎながら…お互いに『ゴメン』を言い合う。
喧嘩をしていたことも、若干忘れかけていたけれども、
『なぁなぁ』にせず、『けじめ』はちゃんとつける…大事な『儀式』だ。


『月山』の中で手を繋いだまま、照れ臭そうに見つめ合い…頬を染める。
それでも月島は目を逸らしたりせず、小声で山口に問い掛けた。

「僕から山口にちゃんと謝ったから…アレの解除、してもらえる?」
「勿論…『絶交』は解除だよ!これで俺達は晴れて仲直り…開通だね♪」

それから、あともう一つ…
山口は繋いだ手をしっかりと握り直しながら、何度か瞬きをすると、
真っ赤な顔で月島の瞳をしっかり覗き込み…蚊の鳴くような声で囁いた。

「あれも…ツッキーに『大っ嫌いっ!』って言ったのも、撤回するから…」

繋いだ手を少しだけ引っ張り、距離を近付ける。
鼻と鼻が触れ、互いの顔に焦点が合わなくなってから、山口はそっと瞳を閉じ、
『大嫌い』を撤回する、真逆の言葉を告げ…仲直りを伝えるキスをした。

「『お砂遊び』の途中、不意に近づく…二人の顔。」
「僕の『夢のシチュエーション~お砂遊び編』…達成だね。」

照れ隠しに笑い合うと、今度は月島から山口の手を引き、お礼のキスを返した。




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「無事に『月山隧道』も開通、僕達も絶交解除…絶好の『開通』日和だよね?」

物置小屋前の水栓から、ホースで水を放流…くねくねと長大な水路を流れ、
滞りなくトンネルを通って海へ…『お砂遊び』も、これにて終了だ。

月島は山口からの絶交解除&大嫌い撤回に、溶けそうな程のデレデレぶり…
「最高にトロピカ~ル☆なバカンスだよね~♪」と、ご満悦の様子だった。

ここまでデレッデレになるのは、さすがにまだ早すぎる…と、
山口は緩む頬をちょっとだけ引き締め、話題を強引に転換した。


「『絶交』と『絶好』って、同じ音だけど…『絶』の意味が随分違うよね。」

『絶』という漢字は、糸偏と『刀+膝を折る人』の象形…
糸を刃物で切ることから、絶ち切る・中断するという意味を持つ。

「『絶好の機会』の『絶』の方は、『はなはだ』っていう意味なんだって。」
「交わりを絶つから絶交…右側の旁は、『色』じゃなかったんだね。」

『色』はカラーという意味よりも、元々はムフフ♪な『色事』を表す文字だ。
もし『絶』が『糸+色』だとすれば、絶交は真逆の『色事な交わり♪』になり、
絶好は『色事が大~好き♪』という意味の言葉になってしまう…


「ねぇ山口…『絶好』の『開通』日和だよね?」

月島は蛇口をひねり、水路への放流を止めながら、同じセリフを繰り返した。
わかりやすい…を通り越して、ダダ漏れなシタゴコロ120%具合に、
山口はタオルで汗を拭きながら、その中に笑いを閉じ籠めた。

穴が開く程の視線を背中に受けつつも、それを気付かない振り…
簡易シャワーで手足を洗う音で、イロイロと誤魔化しながら、
至って冷静な声で、山口は淡々と月島に語りかけた。

「今回さ、俺もちょっと…反省してるんだ。」


売り言葉に買い言葉だったけれど、俺は言ってはいけないひと言を…
ツッキーに『大嫌い』と言って、傷付けてしまった。

そのショックで、ツッキーは怖い夢…『金縛り』にまで遭っちゃった。
半分はツッキーにも非があるし、『金縛り』の原因の半分は黒尾さん達で、
実際のところ、俺が負うべき『非』の割合は、4分の1程度かもしれないけど、
それでも、俺のひと言がツッキーを傷付けてしまったことは…事実なんだ。

「俺のせいで怖い夢を見たのなら、その埋め合わせをしなきゃ…ね?」

俺との『ステキな夢』は、クロ赤コンビに見させて貰ったみたいだから、
俺はツッキーの夢を、現実に叶えてあげようかな~って思ってるんだけど…

「えっ!?いいのっ!!?それじゃ…」

山口の申し出に、月島は前かがみ…ではなく、前のめりでノってしまった。
だが、山口から声が一切聞こえなくなってしまい、慌てて口を塞ぎ、
「調子にノってゴメン!」と謝り…話の続きを静かに待った。


「俺が、ツッキーの夢を叶えてあげる。でもその夢の内容は…俺が決める。」

勿論、これは俺の『お詫び』だから、ツッキーにとって悪い話にはしないし、
最終的な選択権は、ツッキーにある。
でも、全てツッキーの思い通りになるほど、世の中甘くないし、
そこまで甘やかすつもりもない…すぐに調子にノっちゃうからね。

だから、俺がこれから提示する、2つの『ツッキーの夢』のうち、
ツッキーが選んだどちらか1つだけを、俺が叶えてあげることにするよ。


山口はシャワーを止めてクルリと振り返ると、いきなり月島にタックルした。
不意を突かれた月島は、「わっ!?」と叫びながら砂浜にすっころび…
山口は茫然とする月島の上に馬乗りになり、上からじっと見下ろした。

「まず1つ目は、俺がツッキーの上に乗る…『インキュバス忠くん』コース。」
「…はぁっ!?」

驚きで素っ頓狂な声を上げる月島…その肩を掴むと、山口は反動を付け、
抱き合ったままぐるりと反転…今度は腹の下から、月島を見上げた。

「2つ目は逆に、俺がツッキーの下に寝る…『サキュバス忠ちゃん』コース。」
「え…っ!!?」


確かに、昨夜の『酒屋談義』の最後…考察強制終了の際、山口は言っていた。
『俺がインキュバスとサキュバス…どっちがイイ?』…と。

でもあれは、ただの『ノリ』で、山口が本気だったなんて…思いもしなかった。
どう考えたって、モロに夢魔な赤葦さんに、ドンピシャすぎる選択肢…
『ドERO』要員のクロ赤っぽいお戯れ…数時間前にココでヤってそうなネタだ。

僕の儚い夢(という名の淡い期待)では、父さんの水着にちなんで、
『キュート or セクシー』な山口を…な~んて、ほんのり思っていた。
それがまさか、山口が夢魔をヤってくれるなんて…夢か、これはっ!?


「ツッキー、聞いてる?」
「ゆ、夢…だよね?」

こんなボーナスステージが、山口を籠城させた僕に、用意されているわけない…
半ば『夢オチ』を受け入れつつあった僕の頬を、山口は真顔で抓った。
「夢…にしたくないなら、さっさと選んで。俺の決意が…揺るがないうちに。」

月島は痛みで飛び起き、自分と山口の体を起こすと、何故かピシっ!!と正座…
恐る恐る右手を上げながら、「し、質問…っ!」と、震える声を出した。


「まさか、『インキュバス忠くん』の場合は、『山月』…じゃないよね?」
「どっちを選んだとしても、俺達は同一の存在…『月山』のままだから。」

「それぞれのコースがどんな内容か…その『タイトル』を教えて欲しい。」
「それはダ~メ。ツッキーが選んだ後で発表しま~す。」

「それじゃあ…どんな『僕の夢』が叶うのか?は、教えて貰える…?」
「『インキュバス』は、『明るいトコで裸体をじっくり観察』で、
  『サキュバス』は『酔いが回ったような激レアな姿に欲情』って夢、かな。」

夢魔が『同一の存在』なら、『どっちも♪』ってのもアリだよね?
…というセリフを、月島は舌先ギリギリで飲み込んだ。
もしコレをポロリと言っていたら、間違いなく『愛の夢』コース…
山口は冷たぁ~い視線だけを残して立ち去り、僕の夢は儚く砕け散っていた。

ここで贅沢を…我儘を言っては、絶対にダメだ。
どっちの夢だって、もし叶うのなら、とんでもなく幸せじゃないか。
『どっちも』なんて調子にノった瞬間、全てを失うことになる。
今回の騒動で僕が学んだ、手痛い教訓…『仲良しの秘訣』である。


「それじゃあ、ツッキーが叶えたい夢…どっちの俺がいい?」
右手の人差し指で↑を、左手で↓を示しながら、山口が笑顔で選択を迫る。

考えれば考える程、余計なひと言を言ってしまうリスクが高くなる…
僕はギュっと目を瞑って思考をシャットアウトし、勢いで片方を握り締めた。


   →「『インキュバス忠くん』でっ!」

   →「『サキュバス忠ちゃん』をっ!」


 




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※去年行った『えびす祭』 →『全員留守
※『色』について →『福利厚生⑤


2017/08/28

 

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