忘年呆然』『新年唖然』に続く、歌舞伎町シリーズ。(近未来酒屋談義)



    年年自然







「お、なんか賑わってるな。」
「ちょっと寄ってみますか。」


日曜の昼過ぎ。
今日は仕事ではなく、ただの買物で新宿へ来ていた。
お気に入りの牛タン屋さんで早めのお昼を取った後、近くをぶらり…
足は自然と、こちらもお気に入りの場所へ向かっていた。

新宿の雑踏、ビルとビルの狭間に、鬱蒼と生い茂る樹々。
夜中のネオンに埋もれる暗さよりも、昼間の明るさの中に映える濃い緑の方が、
何故だか余計に『異界の入口』感を醸しているような気がする。



新宿総鎮守・花園神社。
黒尾と赤葦は、近くを通る度にここへお参りし、
人の波に曝された疲れを、神社の静謐な空気で癒して貰っていた。

いつもは早くて夕方、それ以外は深夜にしか来たことがなかったから、
こんなに明るく、人の多い花園神社は初めてだった。
そんな静かな参道に、何やら人だかりができていた。


「お祭りか?そろそろ例大祭だったような…」
「それは5月末ですし…小さな出店ですね。」

もし例大祭なら、伊勢丹前交差点や歌舞伎町入口以上の大混雑だろう。
夜よりは人が多いが、街中よりはずっと静かな神社では、
様々な『不思議なモノ』が並ぶ…骨董市が開かれていた。

置物や食器、掛軸に古銭、古書に和服の端切れ。
外国のお土産に…用途もよくわからない、飾り物?の山。
強いて言うなら、『田舎の家の、客間の床の間にありそうなモノ』だ。
この統一感の乏しいカオスっぷりに、外国人観光客は大喜び。
「ノーマスク?」「イエス、ノーマスク!」と、楽しそうに撮影していた。

「…あぁ!『ノーマスク』は…『能面』のことか。」
「成程!『Yes / No』マスク…じゃないんですね。」

今晩いかがですか?というお誘いに対し、『若女』の面なら『Yes』で、
『般若』なら『No』…みたいな使い方か?
二人はしょーもない会話を楽しみながら、骨董市を眺めて回った。


「置物以外だと、結構多いのが…櫛とか簪だな。」
「あと、猪口なんかの…酒器系も豊富ですよね。」

昨年末、歌舞伎町で『ご休憩』した際に、『櫛』についての話をした。
そして、ことあるごとに『酒屋談義』…やはり、これらに目が行ってしまう。
年季を重ねた骨董品のせいか、はたまた神社という場所のせいか、
それらが放つ一種独特の空気に、惹き込まれそうになる。

「『くし』は『奇し』、そして『くすり』…酒の古語です。」
「櫛と酒の繋がり、か…モロに『イコール』だったんだな。」

櫛は『元々いた神』…蛇に繋がるのではないか?
この点について、いずれ考察してみたいと思っていたが、
蛇に捧げられる酒自体が、『くし』と呼ばれていたのだ。
素戔嗚尊…別名・櫛御気野命(くしみけぬの)は、八岐大蛇に酒を捧げ、
櫛に姿を変えた生贄・櫛名田比売(くしなだひめ)を頭に飾り…倒した。
蛇に捧げられる酒も、巫女も…共に『くし』なのだ。


「ところで、神に捧げるお酒…『神酒・御酒』ですよね。」
「『みわ』もしくは『みき』…『御神酒(おみき)』だな。」
運命の赤い糸…三輪(みわ)山の大蛇・大物主。
大物主を祀る神社が、『大神(おおみわ)神社』であることから、
お酒のことを『みわ・みき』と言うようになった。
この大物主と少彦名(すくなひこな)の2柱が、日本を代表する酒の神だ。

「実は、この御神酒の中に…『黒』と『赤』があるんです。」
赤葦は微笑みながら、本殿から摂社へ、ゆっくり足を向けた。


花園神社の摂社・威徳稲荷神社。
鳥居トンネルを抜けた先の、メインの鳥居の上には、堂々たる『竿六尺』…
昼間に見ると、その神々しさも『増量』して見える。



「本日も、大変御立派で…自然と頭を垂れてしまうお姿だ。」

おすがた…?あぁ、『お姿』ですね。
『オス形』かと思っちゃいましたよ…と呟く赤葦の頭を掴み、
黒尾は揃って「来る度にスンマセン!」と深々お辞儀をした。


早々に参拝を終え、境内の脇に座り、昼間の神社を眺める。
で?御神酒の『黒』『赤』ってのは…?と赤葦に水を向けると、
赤葦は盃を捧げる仕種をしながら、話し始めた。

「御神酒には、白酒(しろき)、黒酒(くろき)、
   清酒(すみさけ)、そして濁酒(にごりさけ)等の種類があるんですが…」
神社の田んぼ…神田(しんでん・かんだ)で採れた米を醸造した酒を、
そのまま濾過したのが白酒で、この白酒に焼灰を加えて着色したものが、
黒酒…灰持酒(あくもちざけ)と呼ばれるものだ。

この黒酒のうち、加藤清正以降の熊本藩で伝統的に受け継がれてきた、
濃い褐色ないしは赤褐色のものを、『赤酒』と言う。

「酒は元々酸性ですが、灰を入れることでアルカリ性へ…
   独特の風味と甘味から、味醂のように使われることもあります。」
特に日本料理店で重宝されている、この『赤酒』は、
昨年の熊本地震で蔵元が被災し、一時は絶滅の危機に瀕したが、
何とか復活…心底安堵しましたよ、と赤葦は嬉しそうに語った。

「黒赤の酒、か…残って本当によかったな。」
黒尾もホッとした表情を見せ、こっち来いよ…と、赤葦を誘った。


「年明けにここに来た後、歌舞伎町で『酒屋談義』しただろ?
   その時の帰りの電車で、ツッキーにこっそり耳打ちされたんだが…」

花園神社で『竿六尺』を見た、という話をしたところ、
「御神体は見ましたか?」と聞かれたのだが…表のアレではないらしい。
御神体は大抵、お社の『裏』にいらっしゃいますよ…とのことだった。

今まで暗い中の参拝ばかりで、『裏』には意識を向けたことなどなかった。
(表の『竿六尺』だって、言われるまで気付かなかったぐらいだ。)
昼間であれば、御神体をきちんと拝めるかもしれない。
鳥居トンネルの脇を抜け、ぐるりと裏に回り…「あっ!」と二人は声を上げた。



自然石を積み上げた土台の上、お社に守られるようにして、
大切な御神体が、天を仰いでいた。
重ねた年月と、人々の祈りを受け、この場に溶け込むお姿は、
まさに『自然』…清らかささえ感じるような、神々しさだった。
いやらしさや卑猥さ等は、一切感じられない。
本当に『大切なもの』であると…自然とそう思えた。

二人は御神体に深々と頭を垂れ、静かにその場を立ち去った。


何となく黙ったまま、歌舞伎町の裏道を歩く。
ごくごく自然な流れで、年末にも利用したトコへ足を向け、
流れるような自然の動作で抱き合い、キスをし、ベッドに身体を投げ出す。

「あの御神体も、櫛や酒器といった骨董品も、俺達も…
   年を経るごとに、『自然』と同化してくるんでしょうか?」
まるで、そこにあるのが『当たり前』のように、
一緒に居るのが『当たり前』…そういう『自然』な関係に、
なっていく…なれるでしょうか?

赤葦は黒尾の髪を手櫛で梳きながら、
力みのない穏やかな微笑みを湛え、黒尾に問い掛けた。

「年年、自然体に…それも勿論、『本望』ではあるんだが…」
少し強めの刺激を与えると、素直に反応し、自然と上がる嬌声。
声を発した赤葦本人は、恥かしそうに頬を染めつつ、
黒尾の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。

その仕種に、黒尾はクスクスと笑いながら、
両手で恭しく赤い頬を包み、御神酒を頂くようにキスをした。


「『自然』もいいが…こういう初々しい反応も、『新鮮』でイイよな。」
御神酒は、神に捧げる食事…『神饌(しんせん)』だしな?

何だか、酔ってしまいそうです…
赤葦はそう囁くと、同じように黒尾の頬を包み、一献を傾けた。



- 終 -



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※御神体はお社の裏 →『全員留守』『夢見心地


2017/05/18    (2017/05/15分 MEMO小咄より移設)

 

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