ご注意下さい!


この話は、BLかつ性的な表現をそこそこ含んでおります。
18歳未満の方、性描写が苦手な方は、 閲覧をお控え下さい。
(閲覧により不快感を抱かれた場合、責任を負いかねます。)

※今回は月山です。


    それでもOK!な方  →
コチラをどうぞ。



























































    菊花盛祭 ~祭本番~







「信じる者は~救われる~」
「金魚は祭で~掬われる~」


赤葦さんのご両親から、ためになる『伝統の技』を受けた俺達は、
赤葦家から徒歩5分程の場所にある、そこそこ大きな稲荷神社へやって来た。

都内とはいえ、閑静な住宅街の一角…大勢の人が詰めかける大混雑はなく、
かといって氏子さんだけがこじんまり…よりは、ずっと賑やかだった。

きっと、この地域をずっと見守ってきた鎮守の杜なんだろう。
元参道と思しき通りには、多くの夜店が軒を連ね、イイ匂いを振り撒いている。


「お腹空いたね~何食べよっか?」
「まずは『お参り』が先だよ。」

赤葦夫妻のおかげで、ツッキーと約一年ぶりの『お祭りデート』が実現した。
去年は芋掘り帰りで上下ジャージという戦闘服だったけど、今年は念願の浴衣。
ステキ衣装ではテンションが全然違う…まさに仰る通りだった。

さっきから、俺もツッキーも、ウキウキと浮き足だっているような…
カラン♪コロン♪という下駄の音が、気分の高鳴りに聞こえてくるのだ。


ツッキーの浴衣は、何て表現したらいいんだろう…くすんだ緑みのある青?
それとも、灰みの強い濃い青?…おそらく『青』の範疇の、曖昧で深い色だ。
侘び寂びを感じる落ち着いた色が、明るい髪と白い肌を、殊更に強調する。

   (透き通るような…雰囲気。)

カッコイイね~とか、イケメンだね~とか、そういう月並みな言葉じゃなくて、
もっとこう…儚ささえ漂わせる、透明感みたいなものを感じる。

   (何か…言わなくちゃ。)

パートナーの容姿を、ひたすら褒めるべし!とも、ミッチリ教わった。
別に『キュン♪』って雰囲気を、作りたいわけじゃないけど…
ツッキーの浴衣姿が、俺にどう映っているのか、感じたまま伝えたいのに、
その想いを伝える言葉が、まるで見つからない。
浴衣の色を言葉で表現するのと同じぐらい…想いを言葉にするのは、難しい。


言葉を一生懸命探していたら、ツッキーもぼんやりと、こっちを眺めていた。
見ているようで、見てないような…物思いに耽っている顔、かな?

「ツッキー、どうしたの?」
「いや…何でもないよ。」

ただちょっと…自分の語彙力と表現力の限界に、呆れてただけだから。
黙ってても、毒舌とかツッコミは出てくるのに…不思議だよね。

ツッキーのボヤキに、俺は内心ヒヤリとした。
何で俺が思ってたことが、ツッキーにバレちゃってんだろう。
伝わらなくていいことほど、すぐ相手に伝わっちゃう…ホントに不思議だ。

「おっ、お参り…行こっ!?」

ツッキーの視線から逃れるように、俺はカラッコロッと盛大な音を鳴らして、
一足先に鳥居の下へ行き、境内に向かってペコリと頭を下げた。


「あれ…何だろ?」
「舞台…?行ってみよう。」

参道の賑わいが嘘のように、鳥居をくぐると静謐な空気に包まれた。
今日はこの神社のお祭りのはずなのに、境内に居る人は、随分少なく感じる。

手水舎の奥の、ちょっとした駐車場に、六畳程のお手製舞台が組まれていて、
その前に木製の長椅子が並べられ、そこそこの人数が座って待っていた。

しばらくすると、揃いの衣装を着た雅楽隊が舞台奥に座り、
宮司さんらしき人が、マイクで挨拶を始めた。

「やったよ山口!どうやら…巫女舞を見られそうだよ。」
「えっ!?やった!見たい見たい!」

社寺仏閣巡りをしたり、歴史を語り合ったり…『酒屋談義』を始めてから、
神に捧げられた巫女について、幾度となく考察を繰り返してきた。
でも、社務所でお札を授けてくれるような巫女さんを見たことはあっても、
実際に巫女が神に舞を捧げる姿は、今まで見たことがなかった。


ドキドキしながら待っていると、大きな銅鑼の音が宵闇に響き渡り、
続いて太鼓と龍笛、篳篥(ひちりき)、琴の雅な音色、
そして、天からの後光が差すような…笙(しょう)の和音に包まれた。
雅楽の音色…特に笙は、ゾクリと身を震わせ、魂そのものを振るわせる。

   しゃん。しゃん。

舞台に上がってきた巫女達が、神々しい姿で舞い、祈りを捧げ、鈴を鳴らす…
息をするのも忘れ、神がかった光景に、ただただ魅入ってしまう。

   (神様が、ココに…降りて来た。)

田植えをし、育て、稲を刈り…実りを神に感謝する『稲荷舞』は、
詳しいことはわからなくても、仕種や雰囲気で、巫女の思いが伝わってきた。
毎日当たり前のように食べている、お米等の『実り』は、
一年間かけてやっとその手に掬い取れた『宝物』なんだと、改めて痛感した。


「本当に…美しいね。」
「この音と舞なら、神様にも…伝わってるよね。」

ようやく出てきた、感嘆の言葉。
それと同時に、4人で語り合ってきた巫女達のことを、思い出した。

こんなに美しくて、若い人達が、神に捧げられてきた…
その身を犠牲にし、歴史の闇に屠られてきたという、事実があるのだ。
巫女達を人身御供にしてでも、抑え鎮めなければならない存在がいた…
そういう存在を生み続けてきた歴史が、今に繋がっているのだ。

「雅楽に使われる楽器や衣装…その伝統製法や作り手も、
   他の伝統工芸と同じように、失われつつあるんだって。」

特に笙は、葺き替えた茅葺屋根の、古いものを使って製作するため、
その原料自体が、入手困難となっているそうだ。
道具だけではなく、過疎化や高齢化で舞い手や祭の担い手もいなくなり、
日本中から、祭や儀式といった伝統が、どんどん失われている。


「失われてるのは、形式だけじゃない…神への感謝や鎮魂の気持ちも、だね。」

昔、誰かがここで、張り裂けそうな想いを胸に抱えながら、犠牲となった…
その歴史を語り継ぐ人も、想いを受け継ぐ人も、居なくなっているのだ。

「『酒屋談義』で、そういう『歴史の流れ』は、わかってたつもりだけど…」
「実際にこうして『巫女舞』を見ると…震えてきちゃうね。」

ただの酒の肴。ヒマ潰しのネタ。
机上や脳内で『知っている』つもりになっていたけれど、
現実に『歴史の流れ』に触れると、想像を超える衝撃を受けてしまう。

「こうした巫女舞の多くが、童舞…幼い男児が担っていたんだ。」
「生まれた時代が違えば、俺達も巫女だったかも…しれないんだね。」


込み上げてくる熱いものを、グッと堪えていると、ガラリと曲調が変わった。
そして、舞台には鮮やかな衣装と…羽を纏った巫女達の姿。

「これは、迦陵頻…人面鳥身、美声を持つ霊鳥…
   迦陵頻伽(かりょうびんが)の舞だ。」
「随分華やかで、可愛らしいね~♪」

4羽の霊鳥が『カエルの歌』を輪唱するように、舞を繋いでいく。
手に持った銅拍子…小さなシンバルは、迦陵頻伽の美しい鳴き声だろうか。




「ちなみに、迦陵頻と対になる『番舞(つがいまい)』が、『胡蝶の舞』…」

最近、どこかで見たような気がするね?と、ツッキーが耳元で囁いた。
夢に舞う胡蝶…巫女だった天鈿女に成りきって、『誰か』が踊っていた…

「あれ?鳥の舞って…『孔雀の舞』じゃなかったっけ?」

浴衣の裾をふわりと持ち上げながら、ツッキーの耳元に囁き返す。
ぶっ!と噴き出しそうになったツッキーの口を、手拭いで慌てて抑え、
俺達は足音を立てないよう、静かにその場を後にした。




********************





お参りを済ませた後は、念願の食い倒れツアー…のつもりだったけど、
浴衣を汚すわけにもいかないし、何よりも巫女舞で胸いっぱい…

綿飴やりんご飴といった、比較的安全な軽食だけにとどめ、
後は金魚掬いを楽しみ、静かな境内に戻って来た。

巫女舞も終わり、簡易な撤収も済んだ境内は、さっきよりも更に人が少なく、
本殿の裏…地主神の末社まで来ると、全く人の気配がしなくなった。


神域と住宅街を隔てる、鬱蒼とした樹々に背を預けながら、
一匹ずつ掬いあげた、黒と赤の金魚が泳ぐ袋に、遠くの燈籠の灯を映した。

「僕達の夏季限定浴衣グッズを、お土産に買ってきてくれないなんて、
   全く気が利かない…自分達しか見えてないのっ!?って、思ってたけど…」
「まさか『ホンモノ』を贈ってくれるなんて、思いもしなかったね~
   そのあたりが、さすがは『参謀』ってカンジだよね。」

ジャンプショップにあったという、浴衣バージョンの月山グッズ。
きっと、お店に居た時に電話がかかってきて、テキトーに答えたんだろうけど、
おかげで俺は、『ホンモノ』の浴衣ツッキーと、お祭りデートができたのだ。

「クロ赤の惚気を延々聴き続けてあげた…俺達へのご褒美かな?」


つん…と、金魚の袋を指で揺らし、仲睦まじく泳ぐクロ赤に笑いかける。

『いえいえ、あの程度じゃあ…帯代ぐらいにしかなりませんよ。』

『赤い金魚』の声…が、俺の真横から聞こえてきた。
頬を緩めながら袋を一緒に覗き込み、俺は『黒い金魚』の代弁をした。

『それにしても、お前…浴衣、すっげぇ似合うよな。』
『あっ…ありがとう、ございます。きょっ恐縮です。』

『上手く言えねぇけど…キレイ、だ。』
『っ!?そそそっ、そちらの浴衣も…』

「いつもカッコ良いけど、今日はいつも以上に透き通ってて…凄く素敵だね。」
「いつもは可愛いけど、今日は更に凛と澄み切ってて…やっぱり可愛いかな。」


2人の間に掲げていた金魚を、ゆっくりと下ろす。
金魚の袋で見えなかったお互いの顔が、ようやく目の前に現れ…
金魚越しに言えていたはずの言葉は、再び出てこなくなってしまった。

申し訳なさと恥ずかしさで、ツッキーから目を逸らし、俯きかけた俺…
まるで金魚を掬うように、ツッキーは両手で俺の頬を掬い上げ、キスをくれた。


*****


「金魚にっ、なった…気分。」
「ホントに、金魚…みたいだよ。」


大きな杉の木の裏に回り、背伸びをしながら首に腕を回す。
夢中でキスをしていると、「下駄…痛くない?」という、微かな呟き。

大丈夫だよ、と返事をする前に、ツッキーは木の根元に金魚柄の手拭いを広げ、
下駄を脱いでこの上に…と、俺を優しくいざなってくれた。

黒と赤の金魚が泳ぎ回る水の中に、静かに足を入れると、
ちゃぷん…という音を立てて、腕にぶら下げた金魚が跳ねた。
金魚達を驚かせないように、そっと体の向きを変え…自分から木に手を付いた。


「去年の『お祭りデート』でも、山口とこうして『和合』したけど…」

あの時はジャージだったし、今より一月ほど遅かったから、肌寒かったよね。
いつか絶対、浴衣で…って、夢見心地に思ってたことが、叶ったよ。

「去年とは…全然、違うね。」

ジャージだったこともあり、まさに『どんつく祭』な、激しい『和合』だった。
でも今年は、浴衣を極力崩さないよう、汚してしまわないよう…
カラダの隅々にまで気を使い、大事に大事に労わりながら、繋がっている。

「金魚のヒレみたいに、帯が揺れて…山口のクセ毛にも似てて、可愛いね。」

ゆったりと泳ぐ金魚のような、穏やかな動きしかしていないのに、
優しく頭を撫でられ、そっと耳元で紡がれた静かな言葉に、
足元の水面と腕の金魚袋が、俺の内心を表すように、音を立てて揺らめいた。
それが何だか無性に恥かしく聞こえ…今度は『赤い金魚』に成りきった。


『やっぱり俺達は、月島君と山口君に、振り回され続ける人生なんですね…』
『アイツらに「すくわれた」のも事実…甘んじて受け入れるしかねぇよな。』

黒と赤の金魚の声に、思わず笑みが零れ落ち、更に水面を揺らしてしまう。
その小さな動きすら、繋がった部分から伝わり、キュンと中で音を立てる。


本当は、周りに気付かれないため…浴衣を汚さないためなのに、
足元で揺れる金魚達や、ふんわりと包まれながら扱かれる自身、
そして、細部にまで気を使い、ゆっくり動いてくれるツッキーの仕種が、
俺を『宝物』みたいに…大事に大事にしてくれているように感じてしまう。

「浴衣の、ツッキー、は…凄くっ、優しくて…俺、大好き、だよ…」


やっぱり、月並みな言葉しか出てこなかった。
それでも、ツッキーの喜びがしっかり伝わってきて…

ばしゃん…と、金魚が大きく跳ねた。





- 後夜祭へ -





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※去年のお祭りデート →『全員留守』『夢見心地*』
※胡蝶の舞…? →『夜想愛夢~夢虫之青*』

※作中の写真は、笠間稲荷神社の献燈祭で奉納されていた巫女舞です。(2017.08.06)

※『酒屋談義』シリーズBGM
   →元ちとせ 『語り継ぐもの』



2017/09/08  

 

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