鮮烈挟入 (後半戦)







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「あかあしーーーっ!お前は明日からの合宿で…『お見合い』して来いっ!!」
「それは俺に、わざと失策しろと…?謹んでお断り致します。」


梟谷学園高校に入学し、同日、予定通りバレーボール部へ入部。
出席番号順というだけの理由で、俺は入学初日にクラスの『日直』になり、
バレー部では『飼育委員』という、意味不明な役職?係?を拝命した。

部室でザリガニでも飼っているのか、それとも野良猫を餌付けしているのか…
特に苦手な動物や昆虫もないし、前々から猫は飼ってみたかったし、
それ以前に、先輩命令には絶対服従の体育会系…『ノー』とは言えなかった。

だが、それが文字通り『安請け合い』だったと痛感したのは、
まさかの『飼育対象=絶対服従対象』だったと知った時…完全に騙された。


クラスの日直と同様に、飼育委員も当然ながら日替わりの輪番制だと思いきや、
入部以来ずっと、何故か部の日直と飼育委員が、毎日俺のターンになっている。
過去五年分の部誌を遡って調べると、昨年まではその二つもやはり日替わりで、
(予想通り、『飼育委員』は昨年から新設された役職だった)
学年関係なく、公正な輪番制…誰かがフェアに、生贄になっていたようなのだ。

これは明らかにおかしいと、過去の日誌という証拠と共に監督に直訴したが、
厳正に適性を吟味した結果だとか、テキトーに誤魔化された挙句、
「お前だけが頼りだ。」と、涙ながらに逆直訴されてしまい…
正セッターとして試合のタクトを振るより先に、猛獣共にムチを振るう日々だ。


1年生ながら役職付(御目付)となり、職務にも慣れて(色々と諦めて)きた頃に、
他校との合同合宿に関するミーティング…内心ワクワクしながら参加していた。
だが、ミーティングが終わるや否や、先輩諸氏に捕獲されてしまい、
突然『お見合い』して来い!と、ムチャを振るわれてしまったのだ。

『お見合い』とは、複数の選手が、守備の際に飛球の落下点を挟み、
互いに相手が捕るものだと思い込んで譲り合い、真ん中へポトリ…という、
連携・コミュニケーション不足によるエラーを揶揄する言葉である。
野球やサッカーだけでなく、バレーでも恥ずべきプレーの一つであり、
試合をコントロールする立場のセッターにとって、最悪といっていい失策だ。

いくら先輩命令が絶対でも、そんなモノは断固拒否…従うわけにはいかない。
二度とそんなお馬鹿さんを言わないように、この際ミッチリ躾けておこうと、
猛獣共の目を順番に睨み始め…る前に、全員が「ぶっ!」と吹き出した。


「違うって。その『お見合い』じゃなくて…もっと『見つめ合う』方だよ!」
「あ、相撲の『見合って見合って~』でもないからな?」
「当然、都会の建売住宅みたく、隣家と窓が向かい合ってるやつでもない。」

「では…囲碁でも一局打て、と?」

打ちたい場所が2カ所あり、相手が一方を打てばこちらはもう一方を打てる…
囲碁ではそのような状態を、『見合い』と言うそうだが、
あいにく俺には、合宿中に碁を愉しむ隙など、一曲分歌う程もないと思われる。

この機に囲碁を本格的に学び、バレーの戦術に生かせというのであれば、
それはそれでご一興…ちょっと面白そうだし、ぜひとも習得したい。

そんなことを考えていると、ビシっ!!と一手をキめるかのように、
木兎さんが指先を突き付け…全く予想だにしなかったコトを言い出した。


「ケッコンをゼンテーとしたオツキアイのための…『お見合い』だよっ!」
「…は?」

お前は確かに優秀かもしれねぇが、その分、ヨユーとか隙が無さすぎる…
ガッチガチでユーズーもきかねぇ、やたら口うるせぇ小姑になりつつあるだろ?

「一体誰のせいで、こうなったと…」
「俺が知りてぇよ!時々泣かされそうなぐらい、イきすぎたしっかり者めっ!」

でも、そうやって自分で何でもデキちまう奴ほど、なぜかイき遅れるんだよな~
人に頼ったり、任せたりできねぇ…自分でしょい込みすぎな、おカタい奴がな!

ま、俺らにとっちゃあ、お前がデキるってのはすっげぇありがたいんだけど、
デキすぎはデキねぇよりもっと悪い…赤葦自身にとっても、な。
だから、お前が隙を見せて甘えられるような奴を、今の内に見つけておくべき…
じゃないと、俺らもお前も両方がキツいばっかで、長くもたねぇだろ?
そうと決まれば、ヤるべきことは一つ…

「スキがねぇなら、作っちまえばいい…スキな奴をなっ!!
   お見合いして、スキな奴作って、そいつに甘えて…スキを作ってみせろっ!」
「………。。。」


むっ…無茶苦茶だ。
どうせ「オレも『ナコードさん』やりてぇ!」とかいうしょーもない理由と、
鬱陶しい猛獣使いを誰かに懐柔させてしまえという、甘~い考えなんだろう。
お見合い相手を好きに…恋愛してスキを作れだなんて、論理が飛躍し過ぎだ。
真面目に反論&拒否するのも馬鹿馬鹿しい…時間の無駄でしかない。

だが、俺に隙という名の余裕を与えようという思惑(思慮)は、一理ある。
監督や一部の良識的な先輩達は、本心から俺のためを思ってくれている…
近々限界が来る俺のことを心配してくれているのが、見え隠れしているのだ。
それを察してしまったから、『ノー』と突っぱねるのを一瞬躊躇ってしまった。

その一瞬の隙に、良識的な配慮とは全く無縁な猛獣は、
俺が黙っているのを『イエス』だと解釈し(ノーと言ってもイエスと解釈)…
好き勝手に『赤葦のお見合い♡大作戦』なるものを、語り始めてしまった。


「安心しろ赤葦!俺達全員でゲンセーなるギンミを重ねて、選んでやったぞ!」

いくらお前がクソうるせぇ小姑でも、可愛くて仕方ないコーハイには違いない。
ウチの赤葦のことを超~~~大事にしてくれる奴にしか、任せらんねぇだろ?
んでもって、猛獣以上にアブねぇ猛獣使いのお前を、オトナし~くさせるには、
お前より更にキケンな猛獣じゃないとダメ…『お似合い』じゃないとなっ!

「へぇ~。俺にお似合いの、危険なケダモノが…いらっしゃるんですか?」
「おぅよ!赤葦と同じレベルでクチが悪くて、スーパーお節介野郎なんだけど、
   俺の次ぐらいにカッコ良くて、凄ぇ優しいイイ男…俺の大大大親友だ!」


ぼっ、木兎さんの、大大大親友…っ!?それは…とんでもない化物じゃないか。
きっと木兎さんのことだから、盛りに盛りまくった『誇大広告』だろうけど、
木兎さんが『過大評価』する程の大物…是非とも観察したい(怖いもの見たさ)。

ほんのちょっとだけ、その化物に興味をそそられてソワソワしていると、
良識派の先輩方が、後ろから小声でコッソリ耳打ちをしてきた。

「赤葦、木兎の評価…全然『過大』じゃねぇからな。」
「他校生ながら、合宿で浮かれ回る木兎を完全に手懐けている…猛者だ。」

『お見合い』云々の馬鹿話はともかく、そいつから木兎操縦術を学ぶことは、
間違いなく赤葦にとっても、チーム全体にとっても有益…知り合って損はない。

「合宿中、そいつの傍について、特殊技能を何としてでも習得して欲しい。
   これが、監督含む梟谷の総意だ。赤葦にしかできない重要任務…頼んだぞ。」
「………。」


そんなに恐ろしい人(獣?)が、合同合宿の相手方に…?
これは、囲碁以上に面白そうな余興…絶対に負けられない戦いが、そこにある。

密かに闘争心を燃やしていると、良識派を含む全先輩方が、俺の肩をポンポン…
輝かんばかりの眩しい笑顔で、『お見合い♡大作戦』の成功を確約した。

「心配はいらねぇよ。その化物に、遠慮なく…胸を借りて来ればいい。」
「あいつになら、安心してお前を預けられる…思いっきりイってこい!」
「俺もみんなも、あいつのことが大大大スキ…だから、大丈夫だぞっ!」



それから数日。
初めての合同合宿までの間、俺は信じられないぐらいの多忙さに翻弄され、
そんなしょーもない話をしたことなど、きれいサッパリ忘れていた。

あー、なんかそんな命令されたような…と思い出したのは、合宿当日。
「あっ!赤葦、アッチ行くぞ!」と、木兎さんにジャージを引っ張られながら、
他校の方々にご挨拶回り…「アイツと今から『お見合い』するぞっ!」と、
体育館中に響き渡るヒソヒソ声で、『ナイショ話』をされた時だった。

はいはいわかりましたよ。
命令通りヤりますから、ジャージを引っ張らないで…大声出さないで下さい。
それで、どこのどいつが木兎さんですら過大評価する化物…


「ヘイヘイヘーーーイ!!くーーーろーーーおーーーっっっ!!!」
「あー、聞こえてるっつーの。相変わらず無駄に元気だな…木兎。」

手にしていたボールで、片耳を塞ぐフリをしながらやって来たのは、
飄々とした笑顔だが、感情が全く読めない曲者(と、その後輩?)だった。
大大大親友かは不明だが、木兎さんとかなり仲良しなのは間違いなさそうで…

…それ以上、俺はその人のことを観察できなかった。


目が合ったのは、ほんの一瞬。
長く下ろした前髪の奥、全てを見透かすような…クリアな視線。
その真っ直ぐな瞳が、ガチガチだった俺のナカを易々と突破し…
ズドン…と、大きな大きな『スキ』を作ってしまった。

   木兎さんの…先輩方の、大嘘付き!
   とんでもない『過少申告』ですっ!
   全っ然、大丈夫じゃないですよっ!

真ん中にポトリ…どころの、可愛い失策ではない。
ぶち抜かれた心臓が、90分走り続けたサッカー選手のように跳ねまわり、
それを抑えるため、爪が喰い込みそうな程ボールを鷲掴みし…立ち竦んでいた。


「なーなー、そっちの奴は、黒尾んとこの1年か?…って、どうした黒尾?」
「っ!!?あっ、あぁ。えーっと、コイツは…」
「音駒高校1年孤爪。セッターです…」
「梟谷学園高校のエースで、東京一カッコイイ男…木兎だ!よろしくな!!」

皆様の『ご挨拶』から目を逸らし、俺は呼吸と心拍の安定に努めていたが、
ほら、お前もちゃんとアイツらにアイサツして…『アレ』もヤるんだっ!と、
木兎さんからドン!と突き飛ばされ…化物の胸に顔面からぶつかってしまった。

「あ、おい、だ、大丈夫か…?
   …って、バカっ研磨…押すなっ!!」


コチラは後ろから木兎さん(と、おそらくは諸先輩方)からグイグイ圧され、
アチラも何故か1年セッター(及び、音駒高校御一同様)から圧され…
両方からの圧迫と、周りからの痛々しい視線にビッチリと挟まれた俺は、
ガッチリと逞しい胸を借りながら、『重要任務』を必死に思い返していた。

えーっと、俺がすべき『アレ』は…そうだ、『お見合い』だ!
お見合いとは、ほぼ全裸でガッチリ組み合うアレ…じゃなくて、
向かい合ってタって…『窓』と『窓』からコンニチワ~でもなくて、
コッチとアッチの2カ所に、ビシっ!とキめるアレ…あ、思い出した!


胸元から何とか顔を出し、ジャージをギュっと握り締めてじっと見上げる。
そして、間近からじっくり見つめ合いながら、俺は震える声で…

「お、俺と、いっきょく…ぉ…て…?」

何言ってんだ、俺は。
意味を成さない俺の発言に、当然ながらアチラさんはキョトン…
そして数秒考えた後、困ったような照れ臭そうな表情で微笑むと、
右手で俺の手をそっと握って掲げ、遠慮がちにもう片方の手を俺の腰に添えた。

「お前に一曲…教えればいいのか?」
「…は、ぃ?」

生憎だが、俺が一曲分教えてやれる踊りは、盆踊り…炭坑節か、
あとは、体育祭でやったフォークダンスぐらいなんだか…それでいいか?

「上手くリードしてやれるかわかんねぇけど…頑張るよ。」
「えっ、は、はい。その…よろしくっ、お願い、します。」


こうして俺の『お見合い♡大作戦』は、観客からの拍手喝采の中で魅せる、
一風変わったゴールパフォーマンスかのような…求愛ダンスで幕を閉じた。



*****


「ここからはオトナの舞踏…『子どもが寝た後に~稚児往ねる猥膳』コース。」
「やだツッキー、チゴイネルワイゼンじゃなくて…オクラホマミキサーだよ~」


月島が披露した解説VTRことミニシアターに、月島と山口は腹を抱えて震え、
黒尾と赤葦も、月島達とは別の意味でプルプル…布団をもそもそ揺らしていた。

ひとしきり笑った後、山口は涙を拭いながら月島解説委員にマイクを向けた。

「クリアファイルに描かれているのは、クロ赤初戀物語の別フォーメーション…
   ズッポリとフリーキックをキめられちゃう、直前の風景ってことだよね~♪」
「その通り。フリーキックは、ゴールから近すぎる方が、実は難しい…
   少し距離がある方が、変化もスピードも付けやすくて、キまりやすいんだ。」

壁にぶち当たっても、跳ね返ったボールをクリアしやすいし、
再度攻撃を立て直し、別の角度からゴールを狙うことだってできる…
『幼馴染』とか『セット』扱いの至近距離よりも、決定率は高いんだよ。

「『セット』じゃなかったことで、こういうオイシイVTRもできちゃう…
   バラバラだったものを、しっかり挟んで止める面白さがあるんだね~」

月島解説委員、実にわかりやすいクリアなVTR…ありがとうございました!!
では、スタジオゲストの黒尾さん、ご感想をお願いしま~す。


司会の山口が、今度は黒尾にマイクを差し出すと、
「終了間際の劇的シュート…感激しました。」と黒尾はまず感嘆し、
ナイスアシスト!!と、布団の中には聞こえないようにハイタッチし合った。

そしてマイクを受け取ると、大きく息を吸い…笑顔でエールを送った。


「土壇場での同点ゴール!勝負の行方は延長戦で決まり…いや、決めてみせる!
   現地レポーターの赤葦さん、しっかりと…見ててくれよな?」




- 延長戦へGO! -




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※クロ赤初戀物語 →『撚線伝線(後編)


2018/06/25    (2018/06/22分 MEMO小咄より移設)

 

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