五対五!研磨先生







「師匠に、これを…お贈りしたくて。」
「いきなり、何…?」


孤爪師匠にお渡ししたいものがあるんですが…と、珍しく赤葦から電話。
どうやら出先から掛けてきたらしいざわめきと、やけに重々しい口調から、
『嫌~な予感』よりも、『弟子可愛さ』がほんの少しだけ勝ってしまい、
ついつい「別にいいけど…」と、(俺としては)激珍しく快諾した。

すると、あからさまに声を弾ませ、ウチの最寄駅まで来てほしい、とのこと…
あまりの手際の良さに、『嫌~な予感』が圧勝しかけたが、もう遅い。
そんなに嬉しそうな声をされたら、さすがに「やっぱやめた。」とは言えない。
最近つくづく思うけど、俺って結構…弟子にはベタ甘い師匠だ。

駅裏の公園…小学校のグランドを見下ろす木陰のベンチで待ち合わせ。
きっと赤葦が何か持ってくるはず…そう思って手ぶらで向かうと、
涼やかな水饅頭とペットボトルのお茶、そして柿ピー梅味の小袋をくれた。


お互いに軽い挨拶を済ませた後は、ベンチに座って黙々とおやつタイム。
小学生が賑やかにサッカーの試合をしているのを、ただぼ~っと眺め…
食べ終わったゴミを渡すと、代わりにピーばかり残った小袋を寄越された。

「俺も、ピーはなくてもいい派なんだけど。」
「俺はいつも…ピーは黒尾さんに全部あげちゃう派です。」

「昔、クロのおばさんに、ピーは半分に割ったらオスとメスに分かれるって…
   騙されてたと気付くまで、オスっぽい方を、全部クロにやってた。」
「えっ!?それ…まさか、ウソだったんですかっ!!?
   俺も幼い頃、両親にそう教わったんですけど…また、やられましたっ!!」

苦虫を噛み潰したような顔で、赤葦は「悔しいっ!」と小さく零した。
どうやら赤葦の両親も、息子をからかって愛でる(遊ぶ)のが大好きらしい。
息子達も似た者同士なら、その親もやっぱりそうなるか…と、俺は妙に納得し、
残ったピーを全部半分に割って、フェアに赤葦とオスメス平等に食べきった。






*****



「ピーのアレがオス説…赤葦は俺とそんなしょーもない話をしに来たの?」
「あ、いえ、そうではなく…」

未だ動揺が残っていた赤葦は、音を立ててお茶をゴクゴク飲んでから、
本題はコチラです…と、カバンから赤い袋を二つ取り出した。

「師匠に、これを…お贈りしたくて。」
「いきなり、何…?」


明らかにプレゼント用のラッピングは、ちょっとくすんだ朱色に近い赤の袋。
音駒っぽい赤とも言えなくもないけど…色の表現って、意外と難しい。
クルクル巻かれた金色のモールを外して中を開けると、今度は鮮やかな赤。
赤葦が開けたもう一つの袋からは、白を基調としたデザインの…Tシャツ。

どちらも俺達にとっては見慣れたデザインで、俺達に相応しいものだろう…が。
まさかコイツは、今更コレを俺に着ろとでもいうつもりなんだろうか。

「いらない。なんでわざわざコレを…」
「俺だって、ホントは違うのが…っ!」





俺のに入っていたのは、メッシュ素材の音駒ユニフォーム…しかも、背番号5。
対する赤葦のは、梟谷ユニフォーム柄ではあるが、綿のTシャツ…背番号なし。

「フェアな商取引でファストファッション業界第2位の衣料品チェーン店と、
   我らがHQ!!がコラボした、数量限定商品なんですが…」


夏の部屋着用に…と、先日コッソリ一人で買いに行ったんです。
背番号なしバージョンの、音駒と梟谷のものが、一つずつ欲しいなぁ~と…
ですが、目的のものをレジに持って行くと、お一人様1枚限りなんです~、と。
ファンの皆様にとって、購入制限は大変フェアなルールだとは思いますが…
ここで俺は、厄介な難題にぶち当たってしまったんですよ。

背番号なしのTシャツは、烏野・音駒・梟谷・青城の4種類。
ありの方は、烏野10・音駒5・青城1・白鳥沢1の4種類だったんです。
どうやら、なしの方がレディースで、ありはメンズだったらしく、
それぞれ一つずつであれば、『別物』として購入可能とのことでした。

「なるほどね。梟谷はレディースしかないから、こっちは確定。問題は音駒…」
「はい。音駒の背番号なしを同時購入不可…念願のペアルック叶わず、です。」


あぁ…どうして黒尾さんに内緒で、お店に一人で来てしまったんだろう…
平日の日中で閑散…ただでさえ野郎の一人客は目立つというのに、
『一人時間差攻撃』して、もう一度買いに来る勇気なんて、俺にはありません。
挙句、どうされますか?という店員さんの言葉に、咄嗟にこう返したんです。
「小学生の男の子には、メンズは大きいでしょうかねぇ?」…と。

「さも『自分用じゃありません』『頼まれたんです』風を、装ったんだ…
   BL漫画を自分で買えない、赤葦っぽいオチ…わからなくもないけど。」
「あまりに自分が情けなくて、そのまま勢いでメンズ用も頂いちゃいましたし、
   当然領収書は『黒尾』で貰い、一つずつラッピングまでお願いしてしまい…」

自分の羞恥心のために、店員さんに無駄なお手間を取らせてしまったことや、
貴重なラッピング資材まで…心から申し訳ない気持ちでいっぱいです。
そこまでしたというのに、結局『ラブラブ黒赤セット』も達成できず、
この『音駒・背番号5』をどうすればいいのやら…途方に暮れていたんです。

「それで、これを着るに最も相応しい方へ、お贈りしようかな…と。」

別に、孤爪師匠のユニフォームが嫌だとか、そういうわけじゃないんです。
確かに、ほんのちょっとはメラメラ~♪っと、可愛らしく嫉妬しちゃいますが…
師匠のことは、今では心から尊敬していますし、5は俺も大好きな数字です。
もし黒尾さんと同じ音駒だったら、このユニフォームは俺のだったはずですし。
そういうのが何かもうぐちゃぐちゃに…素直に自分で着られなかったんです。

「オトナになりきれず…師匠にまでご迷惑をお掛けして、すみません。。。」


深々と頭を下げ、俺に謝罪した赤葦。
以前の俺なら、「バカじゃないの。」と一言でぶった切っていたはず…
でも、コイツが度を越してクロにメロメロ~♪なのを嫌という程熟知してるし、
事あるごとに『黒赤セット』で弟子を甘やかして来たのは、他でもない俺自身。

それに、寂しそうに小学生サッカーを見つめ、「ナイッシュー…」と呟く姿に、
ほんのちょっとだけ、可愛らしいさに似た何かを感じ…師匠モードが発動した。

   (ったく、しょーがないね。)


「そっち…貸して。」

試合終了の笛を聞きながら、赤葦は言われるがままに梟谷ユニを俺に渡し、
俺は赤葦のカバンを勝手に漁って、極太の油性マジックを取り出した。
(相変わらず、恐ろしく用意のいい参謀だよね。)

Tシャツをベンチに広げ、内側にラッピングの赤袋を挟み込んでから、
マジックでデカデカと『5』と書き、目を見開いて驚く赤葦に返した。

「それ、持って。そんで、立って。」
「え?は、はい…」

言われた通りにピシっと起立。小学生達に合わせて、俺達も相対して…礼。
困惑顔を上げた赤葦の手を力いっぱい握り締め、ぶんぶんと振り回した。


「毎度ながら、赤葦のイヤラシイ再配にはウンザリ…陰険にも程があるよ。」
「っ!?孤爪こそ、クソ腹立たしい再配にイライラ…ホントに忌々しいっ!」

「お前とは…二度とヤりたくないね。」
「俺だって…お前の顔も見たくない。」

頬を膨らせ、視線をアサッテに逸らし…
それでも研磨と赤葦は、相手に聞こえるかどうかという微かな声で吐き捨てた。

「…ナイスプレイ、赤葦。」
「…そっちこそ、さすが。」

自分のユニフォームを握り締めた拳を、ガツンとぶつけ合う。
そして、ニヤリと口角を上げ…お互いの『5』を交換し合った。


バレーではあまり馴染みがないが、サッカーではよく見掛ける、試合後の儀式。
もうじき始まるサッカーW杯…FIFA(国際サッカー連盟)自体が、
フェアプレーとリスペクトのカタチとして、ユニフォーム交換を推奨している。

競技は違えど、スポーツ好きなら誰もが一度は憧れる『儀式』を体験…
赤葦だけでなく研磨自身も、じんわり感動してしまった。

「このフェアトレードなら、赤葦も『音駒・背番号5』…着てくれるよね?」
「勿論!このユニフォームに対する感情は、間違いなく…リスペクトです。」


コレを着ていた当時は、素直にこの感情を認めることはできなかった。
同い年の、同じポジション…ぐちゃぐちゃな想いが詰まったユニフォームだ。

   (もし、現役時代に交換したなら…)
   (きっと、コイツとしてた…かな。)

数年後の今、こうして互いに認め合えたことが、嬉しくもあり恥かしくもあり…
自陣のベンチに戻る小学生達と同じように、二人もクルリと背を向けた。

「たまには、俺とセットでも…悪くないでしょ?」
「孤爪と同じ背番号で…良かった。」

   じゃあ、近いうちに…
   また…フェアに勝負。


何だか、物凄くスッキリ…爽やかさと清々しさを感じながら、
研磨と赤葦は、足取り軽くそれぞれのホームへと帰って行った。




- 終 -




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※ピーナツのアソコは『幼芽』及び『幼根』で、『オトナのオスの根』ではありません。
※黒赤セットで甘やかし →『終日据膳




2018/06/06    (2018/06/05分 MEMO小咄より移設)

 

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