※『愛願同盟』→(『第二卒業』)→『牡丹全開』→『満開之釦』…その後。



    愛叶同盟






「おぃ!コラァ!ちょっと、ツラを…貸して下さいませんかっ!?」
「何だ!テメェ!望むところ…です!よろしくお願いしますっ!!」


春休み…今年度最後の合宿は、新チーム初の東京遠征だった。
3年生が引退&卒業し、新1年生も入部しておらず部員も少ない分、
在学生の一人一人に充てられる時間が増え、スキルアップには最適な時期だ。

新たに役職に就いた者も、人数の少ない内にハードな合宿を経験することで、
自分のポジションを自覚し、課題を見つけ、それに対応する準備ができるのだ。

この短い春休み期間に、上手く心身共に『準備』ができるか否かで、
来るべき新スタート後に、大きな差となって現れてくる…
そのあたりを経験的に熟知している強豪校ほど、春休みの活動を重視している。

要するに、超体育会系の悪しき伝統…
『目の上のコブ』が居なくなった途端、気も抜けてイイ気になるのを防ぐため、
今の内から徹底指導…遊んだり余所で悪さをするヒマを与えない作戦である。


これは、『春~♪』の浮かれを防止し、エネルギーを部活に集中できる反面、
既にそんなヒマがなかった者にしてみれば、ただの業務増大でしかない。
春休み中も、卒業したはずの『コブ』達の飼育に追われた赤葦がその際たる例…
まるでお役所の下請業者のような、過酷な『年度末修羅場』を過ごしていた。

一方、烏野にも新たな『苦労人』が完成しつつあった。
新年度からは2年生…まだ役職に就いたわけでもなく、下級生もいないのに、
自分以外の同級生達に振り回され、調停役(緩衝材?)として飛び回る係…
『宇宙人共の通訳』にならざるを得なかった山口も、疲労困憊の春休みだった。


見るからにストレスを溜め、何やかんや暴発寸前の二人…
明日から新年度!というタイミングで訪れた、今回の合同合宿の間だけは、
できるだけこの二人には、息抜きの時間を与えてやった方が良さそうだ…と、
誰もが自発的に(本能的に)察し、面倒を必要以上に掛けないよう自粛した。

…はずだったのに、二人は結局暴発?してしまった。


合同練習後、それぞれが軽めの自主練でもしようかな~と談笑している中、
赤葦がカツカツカツ!!と、烏野の輪の中に突進…山口の胸倉に掴みかかった。
山口も負けじとメンチを切り返し、二人は「こっち来いやぁ!」と言いながら、
お互いの腕をガッチリ捕縛し、体育館から連れ立って出て行った。

一見すると、ヤンキー同士が因縁付け合っている風…全員が心底驚いたが、
不慣れ感満載なたどたどしい棒読みと、語尾が結局いつも通りの礼儀正しさ…
しかも体育館を出る時には、腕を組んでペコリと頭を下げていく微笑ましさに、
見ていた方はむしろ、ほんわ~り♪した気分になってしまった。

何だかよくわからないけど、とにかくまぁ…放っておいても大丈夫そうだ。
誰一人として口には出さなかったものの、全員が同じ結論に達し、
「新年度からも頼むぞ〜」という気持ちも込め…温かくスルーした。



*****



赤葦と山口がやって来たのは、一月半前にも二人で密談した場所…
体育館裏手にある、薄暗い外付の用具倉庫の中だった。

扉をピッチリ閉め、外からの灯りが無くなると同時に、向かい合って膝を付き…
膝の前に三つ指、さらにその前にはおでこを付けて、深々〜っとお辞儀をした。

「この度はわざわざご足労…ツラ貸して下さりありがとうございます。」
「こちらこそ、お誘い…体育館裏に連れ込んで頂けて、助かりました〜」


先日はご丁寧にお茶菓子を贈って下さいまして…皆で美味しく頂きました。
別便で俺にまで…『ゴメンナサイ』ってダイイング・メッセージ付?でしたが、
むしろこっちが瀕死の所を助けて頂き…海鮮煎餅、最高に美味でしたよ♪

いえいえ、そんな、大したものじゃないんですけど…ちょっしたキモチ程度で。
あ、でも、あのお煎餅は美味しいですよね〜♪俺も大好きなんですよ。
急いでたし、状況的にはダイイング・メッセージでほぼ合ってたというか…

「それで月島君とは…どうなったんですかっ!?」
「黒尾さんとは…上手くいったんですよねっ!?」

きちんとした『御挨拶』も早々に、二人は同時にガバっ!と顔を上げ、
今度はピッタリ真横に寄り添いながら体育座り…身をキュっと小さく屈めると、
お互いに聞きたくてたまらないことを、かなり食い気味にグイグイ尋ねた。


一月半前、二人は共謀してお互いの想い人にこっそりバレンタインを贈答した。
だがその際、山口は贈り主の氏名住所を書き忘れるという痛恨の失念を、
赤葦はチョコの贈り先を取り違えて渡すという、手痛い失態を犯してしまった。
しかし、そのミスが重なったおかげで、双方のボタンを掛け違えて…

その後、あちら様がどうなったのか、気になって気になってたまらなかったが、
山口も赤葦も、お互いの住所氏名以外の連絡先を知らず、
かといって改まって手紙を書くのも恥ずかしいし、そんなヒマもなかったため、
こうして合宿で顔を合わせる日を、ずーーーっと心待ちにしていたのだ。


「ほらほら、ここは山口君から…ね?」
「いやいや、赤葦さんから…どうぞ♪」

密着しながら二の腕ツンツン。
抑え切れないニタニタに、お互い上手くいったことは一目瞭然。
ホントは誰かに大声で話したくてたまらなかった、デレデレな『オノロケ』を、
二人はここぞとばかりに発散…じゃんけんで勝った山口から語りはじめた。


「ミスに気付いた時は、『終了のお知らせ』が頭の中で鳴り響きましたけど…」

赤葦さんのナイスプレーのおかげで、むしろ物凄く助かりました!
もしあのまま手作りチョコを渡していたら、気持ちは絶対に伝わらなかった…
実はあれ、月島家でおばさんのお手伝いしながら一緒に作ったやつだったんで、
きっと『残り物』程度にしか思われなかったはずなんですよ。

でも、赤葦さんのハイセンスなギャグ…見たまんま『本命!』のおかげで、
あのツンデレ野郎にも、逃げ場がないぐらいストレートに伝わりました!

本当に、何とお礼を言ったらいいやら…
赤葦さんのおかげで、長年の片想いが成就しました♪

「諦めなくて、良かった…ツッキーから卒業しなくて済んで、良かった…」

感極まり、ウルウル瞳と声を震わせる山口に、赤葦もつられてウルウル。
良かったぁぁぁ〜!と、我が事のように歓喜し、山口を強く抱擁した。


「俺の方こそ、山口君のおかげで初恋成就…卒業せずに済みました。」

もしあのまま『本命!』チョコをお渡ししていたら、
きっとあの鈍感腹黒は裏のウラを読み、俺のキモチが伝わらないどころか、
果てしない探り合いというドツボ…消耗戦に突入していたはずです。

ですが、ウラを含ませる余地もない程、拙く不器用な『手作り』のおかげで、
シンプルかつ真っ直ぐな好意として、受け取って頂けましたし、
手作りだったからこそ、あちらも釦を使った策を弄し『卒業儀式』ができた…

「俺も卒業できなくて…卒業を阻止できて、本当に良かった…っ!」


ガッチリ抱き合いながら、ありがとう…ありがとうっ!!と嗚咽を漏らす二人。
誰にも言えなかった歓びと感謝を伝え合い、溢れる感情のまま涙した。

溜まったものを吐き出した後は、かなりの照れ臭さが湧き上がってきて…
それを誤魔化すかのように、再び興味津々の目でお互いの脇腹をツンツンした。

「で?で?月島君とは…どこまで行きましたかっ!?
   常に一緒に居られる幼馴染…それはもう、めくるめく愛と官能の日々…」


いいですね~心底羨ましいですよ…
俺なんて、お返しを頂いた日以来、まだ一度も直接お逢いできてませんから、
毎日電子的連絡を取り合うぐらいで、全然先に進めていない状態ですよ。

それで、実はですね…
未だ黒尾さんは業務から卒業させて貰えないらしく、明日から合宿のヘルプに…
と見せかけて、この後こっそり逢いに来て下さることになってるんです♪

「えっ!?それじゃあ、今日がお付き合い開始後の、初顔合わせ…っ!!?
   それ、めちゃくちゃ大チャンス!じゃないですか…ひゃぁぁぁぁぁ~~~♪」
「そうなんですよ!もう、昨日からド緊張で寝られなくて…
   今日明日の間に一歩前進したいんですけど、できるかどうか不安…です。」

真っ赤な頬を覆う赤葦の両手が、緊張でカタカタ震えていることに気付き、
山口も思わずつられカタカタ…今度は自分の不安も正直に暴露した。


「羨ましいのは、こっちの方ですよ。
   『愛と官能の日々』だなんて、夢のまた夢…一歩も前進してませんから!」

確かに俺達は、毎日顔を合わせてお互いの部屋でのんびり過ごしてますけど、
それは今までと全っっっ然変わらない…ただの『日常』ですから。
電子的連絡だって要件のみ…数日に一往復あるかないかってカンジですよ。

幼馴染期間が長すぎて、どうやって恋人っぽい空気にすればいいのやら…
それに、お互いの家族仲が良すぎて、親兄弟にも全て筒抜けなんで、
迂闊にアレとかソレなんて、とてもできる状況じゃないんですよ~

「近すぎて近付けない、日常からはそう簡単に脱却できない…生殺しですね。
   ということは、非日常の合宿…今日明日こそが、大チャンスなんですね!?」
「膠着状態から抜け出すには、今日明日が勝負…わかってるんですけど、
   一歩を踏み出す勇気はなかなか出なくて…やっぱり、怖いです…から。」


山口でさえ恐れていると知り、赤葦は逆に震えが止まった。
細かな環境は違えど、自分達は実に似た状況…ほぼ同じと言ってもいい。
だからこそ、一月半前もお互いに共感し合え、協力関係を結ぶことができたし、
今も喜びを共有しながら、同時に恐怖や不安を和らげることができているのだ。

「赤葦さん…今回も一緒に、頑張ってみませんか?」
「えぇ…山口君も一緒だと思えば、俺も頑張れそうです。」

勝負は今日明日の合宿中…いや、違う。
今日中にカタをつけなければ、成功確率はガクンと下がってしまうだろう。
これは、今年度中に一歩進み、新たな気持ちで新年度を…というだけではない。

「明日は4月1日…エイプリル・フールなんですよね。」
「ツンデレと腹黒が、こっちの好意を素直に受け止める可能性は…皆無。」

今日ズルズルして明日に持ち越せば、せっかくの勇気を真裏に解釈され、
前回以上に酷い『掛け違え』をしてしまう恐れがあるのだ。
あんな奇跡は二度と起こらない…リスクは極力回避すべきである。

「今日のうちに…ですね!」
「やるしか…ないですよ!」


赤葦と山口は、互いを励ますように固く固く抱き合い…ふわりと相好を崩した。

「恋が実ったことも嬉しいんですけど、赤葦さんと仲良くなれたことの方が…」
「俺も、山口君というかけがえのない友人ができたことが…一番嬉しいです。」

間近に見つめ、クスクスと微笑み合う。
二人はようやく連絡先を交換してから、腕を組んで用具室から飛び出した。



*****



「なぁ、俺らも連絡先…交換しといた方が良くねぇか?」
「僕もそう思います…報告・連絡・相談が必須ですね。」


一月半前と同様に、体育館内の用具室から聞き耳を立てていた…黒尾と月島。
意図的ではなかったとはいえ、盗み聞きをしたことを申し訳なく思っていたが、
聞いておいて大正解だった!と、二人は安堵のため息を漏らして蹲った。

「聞いてなければ、僕は絶対にチョコなんて受け取ってなかったですし…」
「取り違えを知らなかったら、この後…大失敗するおそれもあったよな。」

迂闊なことを言って相手を傷付けたり、困らせたりしては申し訳ないし、
おそらく明日だと、確実に『真偽見極めループ』に陥っていたはずだ。
今日の『一歩』が、この後の『道』を決める…今日しかないのだ。


それに、扉一つ向こうでは、賢く優秀な二人がガッチリ組んでしまった以上、
こちらも強固な協力体制を構築し、相互扶助するのが最善の策…
そうでもしなければ勝ち目はない…ではなく、それが幸せへの近道である。

「山口と赤葦さんが、あんなに仲良くなっちゃうなんて…計算外ですよ。」
「実はあの二人の仲が、一番ラブラブかもしれねぇ…羨ましいことにな。」

とにかく、あいつらが余計な不安や悩みを抱かないでいいように、
こっちからしっかりと『一歩』を踏み出すこと…これに尽きる。


黒尾と月島はガツンと拳をぶつけ合い、互いの奮起を促した。

「今日…絶対に決めるぞ。」
「はい…必ず、決めます。」




- 終 -




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2018/04/02    (2018/03/31分 MEMO小咄より移設)

 

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