※『愛願同盟』の後日談  



    牡丹全開






   自分の大失態に気付いた瞬間、
   自分の大失恋を、俺は悟った。


ちょっと買い物に付き合って欲しいと、改まってツッキーに頼まれた。
いつもは「本屋に行く。」とか、「コンビニに寄る。」とか、
ツッキーは行き先を一方的に告げ、俺は勝手に付いて行くだけなのに。

しかも学校や部活帰りの寄り道じゃなくて、休日にわざわざお出掛けだなんて。
基本的にインドア派で、休日は家から一歩も出たがらないタイプ…実に珍しい。
特に、本屋さん以外でウインドショッピングなんて意味不明だと公言して、
本以外のモノはほとんど買わないツッキーが…デパ地下で徘徊しているのだ。

   (実態はただの『不審者』だけど…)


未だに花粉症とは頑として認めず、『季節性鼻炎』だと言い張り、
時折くしゃみをしながら、あてもなく茫然とウロウロしているだけなのに、
マスクで行儀の悪いおクチが隠れてるせいか、イケメン20%増量中(当社比)…
周りの視線だけでなく、さっきから「ご試食どうぞ〜♪」の雨あられだった。
(イケメンの金魚のフン…オイシイ!)

あぁ…知らないってホントに怖いよね。
あのマスクの下は、皆様のご想像よりもずーーーっと…イケメンなんだよね〜♪
とりあえず、周りの視線の痛さと、甘いモノ試食し過ぎで喉が渇いたから、
俺はツッキーを人混みから引き摺り出して、エスカレーター脇に連れて行った。


「あのさツッキー、今更だけど…何やってんの?」
「何って…買い物だけど。山口こそ、決めたの?」

「は?決めたって…何を?」
「もうすぐ、だから…送るんでしょ?」

ツッキーの視線が、真横の柱へ。
そこには『White day』と書かれた、水色のポスターが貼られていた。
あ、もうそんな季節…俺にはカンケーないイベントだから、全然知らなかっ…

「しまったっ!俺、赤葦さんから…梟谷さんから貰ってたよ!」
「しばらく東京合宿もないから、発送した方がいいよね?」


先月の合同合宿の際に、『木兎さんがお世話になってます』チョコが、
梟谷の赤葦さんから、第三体育館メンツに配られたんだけど、
色々なご縁があって、俺もオマケで同じチョコを頂いていたのだ。

木兎さんは引退&卒業したし(多分)、お返しするタイプのチョコじゃないけど、
やっぱり頂きっぱなしはマズい…ウチのツッキーだってお世話になってるし。
『気持ち』程度でも梟谷さんに返礼を送る方が、今後のためにも良さそうだ。

「部活の後に皆さんでどうぞ〜的な、小分けのおやつを、連名で送ろっか?」
「僕もそれが良いと思う。だから、山口はそっちを…選んでくれる?」

了解だよ〜任せて!
いやぁ…ツッキーもやっとこさオトナになったというか、正直ビックリしたよ。
赤葦さんに借りを作るのは非常に危険な気が…というのも勿論あるだろうけど、
ツッキーが自ら進んで誰かに『お返し』しようと言い出したのが、衝撃だよね~

…と、茶化すわけじゃなくて、本心から驚愕と感心で褒め称えようとしたら、
予想もしなかった言葉と表情がツッキーから出て来て…俺は言葉を失った。


「そっちはともかく、『もう一つ』の方は、その…だから…っ」

まさか僕も、ほほほっ、本命っぽいチョコが、一緒に入ってるなんて…
本人から直接、はっきり言われたわけじゃないけど、明らかにアレは別格で、
ぼぼぼっ、僕としても、きちんと誠意をもって、お返ししなきゃいけないと…

「さっ、参考までに、おおおっ教えて欲しいんだけど…
   どんなモノをお返しすれば、喜んでくれる…と、山口は思うっ!?」


人の多いとこは、花粉も多いねっ!と、盛大なくしゃみを時折差し挟みながら、
マスクでは隠し切れない程に頬を染め、しどろもどろに問い掛けてきた。
照れ隠しのためには、喜んで花粉症になるあたりが、凄くツッキーっぽいけど…

俺はツッコミすることもできず、血の気が引いて真っ青になった頬を掌で覆い、
ホントに花粉酷いね〜っ!と、同じようにくしゃみ連発で何とか隠し通した。


おかしいな…とは思っていた。
先月の合宿で、ツッキーは赤葦さんからのチョコを、アッサリ受け取った。
ツッキーの顔色判別には絶大な自信がある俺が見ても、嫌そうではなかった…
それどころか、めちゃくちゃ嬉しそうな仏頂面まで見せていたのだ。

最初は、ツッキーが赤葦さんには反抗せず、ちゃんと受け取ってくれて安心…
赤葦さんの『猛獣使い』の手腕を、心から賞賛すると共に、
ツッキーにも危機察知の本能が備わっていたことに、妙な安堵を覚えていた。

でも、ツッキーが従順だったのは、赤葦さんが怖いから…というだけじゃなく、
『赤葦さんから貰えた』ことにこそ、喜びを感じていたかもしれないのだ。
だから、花粉飛び交う危険な季節に、休日返上してまで人混みに赴いたのかも…

   (まさか…っ)

頂いた袋の中に入っていた、どう見ても本命っぽい『もう一つ』のチョコは、
直接渡す勇気がなかった俺が、ドサクサに紛れて同梱させてもらったものだ。
ツッキーは知らないけど、あれは紛れもなく『俺の本心』を表すものだったが…

   (…しまった、俺…っ!!)

あれだけ赤葦さんには念入りに言っていたのに、俺自身はすっかり忘れていた。
そのチョコに、贈り主の名前(と、返礼品送先住所)を書き添えることを。
そのため、俺がその本命チョコの贈り主だということを、ツッキーは知らない…

つまり、あれは『赤葦さんのキモチ』だとツッキーは素直に解釈し、
俺ですら初めて見るデレ顔で、赤葦さんに『お返し』しようとしているのだ。

   (ツッキーは、赤葦さんのことが…)


それなら、らしくない行動にも納得だ。
寡黙で知的、敢えて『表』に立つことをせず、『裏』で策謀を巡らせる。
だが完全に『陰』に徹するわけでもなく、堂々と真正面に毒を吐きまくる…
そんな赤葦さんのスタンスは、ツッキーが理想とする『立ち位置』であり、
鬱陶しいお節介焼き達とは、一線を画す存在…『モロ好み』に該当する。

唯一と言っていいぐらい尊敬…いや、敬愛する赤葦さんからの本命チョコ。
『お世話になりますチョコ』をカモフラージュに、こっそり贈ってきた策略に、
ツッキーがよろめかないわけはない…思いっきりツボったに違いないのだ。


これは本来、赤葦さんが『別の相手』に仕掛けたモノだった。
でも、俺が名前を書かなかった…逃げてしまったせいで、掛け違えてしまった。
赤葦さんが『本当の大本命』とどうなったのか、俺にはわからないけれど、
ツッキーは俺の大失態で大誤解…赤葦さん達に大迷惑を掛けそうになっている。

そしてこれは、俺の大失恋も意味する。
それだけならまだしも、このままではツッキーもその辛さを味わうことになる。
ツッキーの恋が実るとこなんて、できれば絶対に見たくないけれど、
俺のせいでツッキーが無駄に悲しむ姿だって、同じぐらい見たくない。

   (俺は、どうすれば…)

今更アレは俺が…だなんて言えない。
俺と赤葦さんが仕組んだ策をバラせば、赤葦さんに大損害を与えてしまう。
だとすれば、ツッキーが誤解してしまったことを、俺から赤葦さんへ内密謝罪…
ツッキーができるだけ傷付かないよう、協力してもらうしかないだろう。


「ツッキー、赤葦さんの返礼先住所…教えてくれる?」

俺はあっちで先に発送手続しとくから、ツッキーはゆっくり選んでおいでよ~
あまり深く考えずに、ツッキーが好きなモノを贈ればいいと思うよ♪
…と、住所が書かれたメモを受け取り、俺はそれを写真に撮って控えた。
チョコのとは別に、謝罪の手紙を添えたお詫びの品を、隙を見て送っておこう。

あ、できればツッキーのとは被らないモノを選んだ方が、食べるのも楽しい…
そう思ってチラリとツッキーの動向を窺うと、予想外のお店の前に居て、
今まさにそこで買おうとしていたから…俺は慌ててツッキーを引き戻した。


「ちょっ、ちょっと待ってツッキー!それは…マズいでしょ!
   あ、味がマズいって意味じゃなくて、日持ちしないからってコトで…」

ツッキーが選んでいたのは、この季節に相応しい和菓子…『ぼたもち』だった。
お彼岸も近いし、春らしい『牡丹』のお餅はピッタリのように見えるけど、
ぼたもちは『その日の内にお召し上がりください』系のナマモノだから、
東京へ贈るには不向き…好きなモノを選べとは言ったけど、それぐらい考えて!

「いくら牡丹餅が好きでも、さすがにそれは…」
「でも、山口も好きでしょ?」
「好きだけど…そうじゃなくてっ!」
「好きならいいじゃん。」


そう言えば、この甘味…
もち米とうるち米を混ぜたものを、蒸すあるいは炊いて、
米粒が残る程度に軽く搗いて丸め、主に餡で包んだ食品の『名称』は、
『ぼたもち』又は『おはぎ』と言い、その分類には様々な説があるそうだね。

一番有名なのは、二つは同じ食品だが、春の彼岸に食べるものが『牡丹餅』で、
秋の彼岸のものを『御萩』と言う…その時期に咲く花の名だってことらしいね。

「さすがにその程度の雑学は、俺でも知ってるよ。
   ツッキーが『つぶあん』より『こしあん』のタイプが好きなことも…ね。」

地域によっては『こしあん=ぼたもち』で、『つぶあん=おはぎ』らしい…と、
なおも鼻水交じりの声で、ウンチクを垂れ流すツッキーの背を押しながら、
日持ちのするモノを選ぶこと!と俺は念を押し、ツッキーを送り出した。


その隙に、俺は手近な店で赤葦さんへのお詫びを購入&謝罪を一筆したため、
速達便で発送手続…何食わぬ顔をして、ツッキーが戻って来るのを待った。

俺の気も知らないで、ツッキーは暢気にお買い物…贈答用の包み以外に、
「これは別腹。」と、結局さっきの牡丹餅入りの紙袋を嬉しそうに持っていた。
その無邪気な姿に、俺は涙が零れそうになり…わざとらしいくしゃみを連発し、
目も痒くて堪らない風を装いつつ、帰路は雑学ネタで場を誤魔化すことにした。


*****


「ねぇツッキー。その甘味の語源に関する話なんだけど、
   春は牡丹餅、秋は御萩…夏と冬にもそれぞれ名称があるって知ってた?」
「えっ!?それは…知らなかったよ。でも、考えてみれば当然かもね…」

風流と言葉遊びを愛する日本人…きっと面白いネタが出てくるんだよね。
とは言え、夏はともかく冬の花なんて思い付かないから…ヒント貰える?


ツッキーの要求に応じ、必死にヒントを考えてみるも…これが結構難しい。
だから、名称を教えて語源の『理由』の方を考えさせることに変更した。

「夏は『夜船(よふね)』で、冬は『北窓(きたまど)』…語源の由来は両方同じ。
   同じ理由で言うなら、『四季を通じた忠の心中』も、そうなるかもね。」

俺が出した『謎かけ』に、ツッキーは困惑よりも嬉々として熟考タイムに突入…
上の空だったとは言え、珍しくウチまで送ってくれただけじゃなくて、
「今日は助かったよ。」とまで呟いた…考察中は『ツン』の装備も忘れがちだ。
結局俺は、『謎かけ』以降はほとんど喋らず、ツッキーの顔も見れなかった。
玄関先でバイバイした後も、背を向けたまま家に入り、部屋へ駆け上がった。


部屋のドアにもたれ掛かり、ズルズル…コートを脱いだところで、
ようやく押し殺し続けていた嗚咽が、中から溢れ出して来た。

咄嗟に思い付いた『謎かけ』だったけれど、俺の大失恋には相応しい答え…
それがまた悔しいやら悲しいやらで、抱えた膝に涙のシミが広がっていった。


牡丹餅は本来の餅とは製法が違い、『ぺったんこ、ぺったんこ』しないため、
隣の人はいつ牡丹餅を搗いたのかわからない…『搗き知らず』のお餅なのだ。

この『搗き知らず』を『着き知らず』として、『夜船』と名付けた…
夜は暗くて、船がいつ岸に着いたのかわからない、という言葉遊びである。
同じように、『北窓』は『月知らず』…月が見えないのは北側の窓、だ。

「そして、『忠の心中』は…『ツッキー知らず』なんだよね。」

ボタンだけに、掛け違えて…終わりだ。
俺の想いは、ツッキーに届かなかった…勇気がなかった自分に、ぴったんこだ。


…よし、今日は焼き餅を焼きまくって、ぷっくり膨れて寝落ちしちゃおうっ!
そう決めて重たい尻餅を持ち上げると、窓の外から盛大な…くしゃみの音。
本気のくしゃみよりも、わざとらしさの方が圧勝している『聞きなれた音』に、
恐る恐るカーテンを開けると…真下の玄関先に立つツッキーと目が合った。

   (えっ!まだ居たの…っ!!?)

ツッキーは俺と目を合わせたまま、手にしていた紙袋から牡丹餅の包みを出し、
それをゆっくりと郵便受けの中に入れ…ようとしたけど、箱が大きくて入らず、
途端に困り果てた様子でわたわた…紙袋に入れ直すと、門扉の角に引っ掛けた。

   (何マヌケなこと…やってんの。)

俺が思わず吹き出したことに気付いたツッキーは、クルリと俺に背を向けた。
そして、ポケットからスマホを取り出すと、何やら送信…直後、俺に着信。


『不在通知。宛先・山口忠様。
   品名・返礼品(和菓子)。ナマモノ。』

   慌てて窓に張り付き、外を見下ろす。
   見上げたツッキーと視線を掛け合う。

ツッキーは真っ赤に染まった顔から、おずおずとマスクを外すと、
声は出さずに一文字ずつ区切り、口だけを大きくはっきりと動かした。

   『あ、り、が、と、う。』

それだけ言うと、早々とマスク装着…その場から猛ダッシュで逃走し始めた。


   (ツッキー、知って…たっ!!?)

声にならない叫びを上げ…ぺったんこ。掌で顔を隠しながらへたり込んだ。
そしてすぐさまコートを羽織り、ボタンを開けたまま…全力で追い掛けた。




- 終 -




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2018/03/15    (2018/03/13分 MEMO小咄より移設)

 

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