※『愛願同盟』の後日談 
   (兼、『第二卒業』の青春ミニシアター) 



    満開之釦






「面倒臭い…な。」


面倒臭い『ウエ』…3年が引退&卒業して、俺の天下になったはずなのに、
相変わらず俺は雑務に追われ、暇を持て余した卒業生のお守で多忙のままだ。

ほとんどのメンツが、同じ梟谷学園の大学へ持ち上がってしまうため、
1カ月もある春休みなんて、ただの『野放し期間』でしかない…
本来なら、4月からの放牧場たる大学バレー部が『しつけ』をすればいいのに、
3月末日までは身分上『高校生』であるとして、飼育拒否されてしまった。

そうなると、春の陽気に浮かれ、お外で『不祥事』を起こさせないためには、
お内でしっかりした管理の下で、放し飼いするしかないことになる。

というわけで、俺は正式な部員だった時よりも遥かに自由!になってしまった、
超絶面倒臭い『ウエ』の連中のために…春休み返上で連日の『飼育係』出勤だ。


その激務からようやく解放されたのが、久々の音駒での合同合宿…
先週の梟谷での合宿では、当然のように卒業生達も参加していたけれど、
さすがに他所様まで連れて行くことはできず、俺は羽を伸ばすチャンスを得た…

…はずだったのに。
結局俺は、どこぞの自主練(子守)に駆り出されただけでなく、
最後の最後までは、誰も残業(お片付け)を手伝ってくれることもなく、
たった独りでポツン…と、だだっ広い体育館の戸締りに取り掛かった。


こうなるように仕向けたのは、むしろ俺の方…独りになる時間が欲しかった。
のんびり『癒しのお片付け時間』を満喫し、体育館を独り占めしたかったのだ。

だが、これが大誤算…独りでの残業お片付けは、ただ面倒なだけだった。
今までは『癒しの時間』だったものが、今はそうじゃなくなった…
がらんとした体育館が、その時間がもう戻って来ないことを強烈に意識させ、
のしかかる寂寥感を振り払うように、俺はやや大きな声で口ずさんだ。

   行儀よくまじめなんて
   出来やしなかった
   夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
   逆らい続け あらがい続けた
   早く自由になりたかった


春らしい歌を…花の舞う爽やかな卒業ソングあたりを歌うつもりだったのに、
口から自然と零れてきたメロディは、俺の心中を表すかのような…絶唱だった。

駄目だ…歌い直そう。
そう思って、美しい春の花々を思い返し始めた瞬間、
さっきの歌の続きが、体育館入口から聞こえて来た。

   うんざりしながら それでも過ごした
   ひとつだけ 解ってたこと
   この支配からの 卒業

「一足先に役職から解放された、俺への餞(はなむけ)には…相応しいかもな。」

見慣れた赤いジャージ姿で現れたのは、もう居ないはずの人だった。
俺が驚いて声も上げられない内に、あっという間に体育館中の戸締りを終え、
あとは用具室だな?と、軽やかな足取りで体育館脇の小部屋へと向かった。


「くっ、黒尾さん…ごごごっ、ご卒業おめでとうございます。」
「サンキュー。雑務はまだ…卒業させてもらえねぇんだがな。」

合宿…バレーには全然参加させてもらえねぇのに、暇なら手伝え!だとよ。
猫の手よりも多少はマシだからって、連日監督に呼び出されて雑用三昧なんだ。
全然引退も卒業もした気にならない…俺は『相変わらず』だよ。

   卒業して いったい何解ると言うのか
   想い出のほかに 何が残ると言うのか

「何も変わらないってことが解った…ってオチだよな。」
「想い出のほかには、文字通り残務が残った…ですね。」

軽口を叩き合い、相好を崩す。
一気に肩の力やら気負いやら、重さを感じていたものがふわっと消えていく。

   (そうだ…このカンジ、だ。)


何をするわけでもない…いや、しっかり業務をこなしながらだというのに、
のんびり?マッタリ?そういう『和む』雰囲気に包まれ、リラックスする。
これこそ、俺が求めてやまなかった『癒しのお片付け時間』である。

面倒臭いはずの残業が、どうしてこんなに楽しくて、全身がふんわり緩むのか?
さすがにその理由はすぐにわかったし、同時に自分のキモチも自覚した。
『何を』じゃなくて、『誰と』するのかが肝心…要するに、そういうコトだ。

   (やっぱり俺、黒尾さんが…)


先月、3年生の卒業を間近に控えたバレンタインに、
『木兎さんがお世話になってます』チョコを、第三体育館の方々にお贈りした。
このチョコに込めた梟谷バレー部関係者一同のキモチは、間違いなく本心…
3年間ひたすらお世話に『なりました』という『ケジメ』ではなく、
『なってます』という進行形の部分が、『今後』も予感させる猛禽類の狡さだ。

『ケジメ』だったのは、俺の方だ。
御礼チョコをカモフラージュにして渡したチョコこそが、俺のケジメだった。
この策略に手を貸してくれた山口君からは、告白ガンバレ!と言われたが、
本当はその逆…逢えなくなる人への想いを絶ち切ることが、真の目的だった。

学校も学年も違う。特段の理由でもなければ、もう会うこともない。
そんな人をずっと想い続ける程、俺は強くもない…想いを伝える気もなかった。

山口君も言っていたじゃないか。
コレを渡し終えたら、バレンタインというイベントから『卒業』する、と。
俺も『ケジメチョコ』を渡すことで、黒尾さんから卒業しようと思ったのだ。
よく似た発想だったからこそ、俺は山口君に深く共感し、贈答作戦に協力した。


   (あちらは上手く…いったかな?)

無駄極まりないイベントからは卒業…俺と二人で仕掛けた策を成功させ、
できれば月島君と『その先』に、進めていればいいのだけれど。
ここが『終わり』の俺の分も…山口君には幸せになって欲しいと、心から思う。

それに対し、俺の方は…
無事にチョコを渡し、きっちりケジメを付けて吹っ切れたつもりだった。
業務に忙殺される日々に埋もれながら、少しずつ忘れられるはず…だったのに。

   (再会するのが…早過ぎる。)


あれからまだ1月しか経っていない。
生活の大半を占める『部活絡み』で、2年間も密かに想い続けた相手を、
たった1月で忘れることなんて…想いを絶ち切ることなんて、できやしない。

しかも、狙いすましたかのように『業務外』モードの時間にやって来たのだ。
喉元ギリギリまでビッチリ締めていた釦を、上から2つ外したぐらいの所…
少し張っていた気が緩み、目を逸らしていた寂しさを意識した直後、
二人の想い出が詰まった『癒しのお片付け時間』に、『相変わらず』な様子で。

   (何で…来ちゃったんですか!)

本当はそう絶叫し、詰りたいぐらいだ。
でも、しっかり閉じて封印したはずの釦を弾き飛ばす程の勢いで、
心の底からは、別の声が猛然とせり上がって来ていた。

   (お逢い、したかった…っ!!!)

真の目的…俺の『卒業』は、大失敗だ。
これ以上何も出て来ないように、俺は必死に釦を上から抑え、閉じ直した。



*****



ちょっと一服しようぜ!と、1月前までと全く変わらない仕種と声で、
いつもの場所…用具室の奥、跳箱の上にひょいと座った黒尾さん。
俺もいつも通り、その対面にある平均台に腰掛けようとしたのだが、
黒尾さんは「こっち。」と言うように、自分の真横をポンポンと叩いた。

そんな間近に座ることに一瞬躊躇した…が、顔を正面から見るよりは安全か。
俺は極力「何でもない風」を装って、お邪魔します…と、跳箱に並んで座った。


ぶら下げていたスーパーのビニール袋から、お茶のペットボトルを2本出し、
わざわざ蓋を開けてから、黒尾さんは俺に1本渡してくれた(いちいち優しい)。
それだけで締めた釦が絆されそうに…自分を抑えるために、ゴクゴク呑み込む。

「まずは、コレな。梟谷の皆様で…」
「わざわざご丁寧に…頂戴します。」

綺麗な和紙が貼られた箱には、ひとつずつ小分けにされた煎餅が入っていた。
これは黒尾さん(とリエーフ)から、梟谷一同へのお返しだとわかっているけど、
俺の苦手な甘味ではなく、好きなモノを選んでくれたことが…無性に嬉しい。

お互いにぺこぺこ頭を下げて、贈答の儀式…『業務』を遂行する。
それが終わると、黒尾さんは再度袋に手を入れ、掌ぐらいの包みを出した。

「それから、こっちはお前に、だが…」
「これは…ありがとうございますっ!」


透明なラッピングの中には、俺の大好物の大きな『おにぎり』が入っていた。
巾着タイプのラッピングの首には、銀色の鈴?を付けた、小さな黒猫の飾り。
名前を書かなくても、これ一つで『贈り主』が誰だかわかる…実に可愛らしい。

「もしかして、黒尾さんが…?」
「さっき食堂で…握って来た。」

不慣れ感と奮闘の跡が滲み出る…だがその分、手作りの温かみを感じる。
熱々のご飯で握ってくれたのだろうか、ラップ内側に湯気の水滴も付いており、
おにぎり自体の温もりと共に、しっとりした『美味しそう!』に包まれていた。

釦なんかじゃ抑え切れない絶叫が、お腹の中から響き渡る。
その轟音に黒尾さんは頬を緩め、お早めにお召し上がり下さい…と笑った。


袋を留めていた黒猫のストラップを、失くさないように手首に通してから、
俺は大好物を頬張るのに夢中…照れ隠しに語られる『おにぎり奮闘記』前半は、
ほとんどスルーしていた…が、ある一言で思いっきり吹き出しそうになった。

「だから俺も、明らかに『手作り』を貰っちまった以上は…ってな。」
「っっっーーーーっ!!!?????」

あれ、マフィンって言うんだったか?
慣れなさと激闘の痕跡こそが『手作り』の温かさを伝えてくれるというか、
甘さ控えめにしてくれてたとこも、何かその…凄ぇ、嬉しかった…ぞ?

   (何の話…って、まさか…っ!?)


俺が黒尾さんに贈ったのは、見るからに本命っぽいチョコではあった。
(ハート型のビターな板チョコのド真ん中に、『本命』と大きく書いてある。)
ケジメを付けるためには、コレが間違いなく本命だと示す必要があったから、
誰が見ても『本命』だとわかるモノを、ネットで注文…『購入』したのだ。

俺は家庭科がやや不得手(控えめ表現)。
『チョコをゆせんにかけて』を、『有線に掛けて』と勘違いしてしまい、
焼豚用の凧糸で縛ったこともあるほど…『手作り』だなんて、到底無理だ。

考えられることは、たった一つ。
俺は山口君の『手作り』が入った月島君宛の紙袋と、間違えて渡したのだ。

   (な…なんたる大失態っ!!!)

あの時は内心かなりテンパっていたし、木兎さんが「俺のも早く!」と大騒ぎ…
しっちゃかめっちゃかの中、木兎さん達にバレないよう慌てて二人に渡した。
不運なことに、二つは重量も近く、ラッピングも似たようなブラウンだったし…
と、言い訳しても仕方ない。俺の大ミスで、山口君に大迷惑を掛けたかも…!!

   (ごごごごごっごめんなさいぃぃっ!)


自分への怒りと、山口君への申し訳なさで焦りまくり、俺は顔が真っ赤に…
黒尾さんに怪しまれないように、卒業式はいかがでしたか~?と、
当たり障りのないテキトーな話を振り、その間に呼吸と動揺を抑え込んだ。

おおおっ、落ち着こう。
どうやら黒尾さんは、その『手作り』が俺からのモノだと疑ってないようだ。
つまり、山口君は自分の作品に『返礼品送先住所氏名』を書き忘れていた…
お互いのミスを釦のように掛け違えたおかげで、俺は九死に一生を得たのだ。

   (後で…お詫び&お礼しないとっ!)


ありがとう…ありがとう山口君!!と、心の中で仙台に向けて拝んでいる間、
黒尾さんは卒業式の話…よりによって釦の話を、ぼそぼそ喋り続けていた。

話半分しか聞いてなかったけど、音駒の特殊な第二ボタン儀式の話…
高校時代にケジメを付けるために贈るという、俺のチョコみたいな内容だった。
それに対し俺は、梟谷のボタン引継に関する伝統なんかをテキトーに返しつつ、
何とか『平常心』近くまで、心拍数や頬の色を強引に戻すことができた。


「梟谷が…羨ましいな。」
「え?何の話…ですか?」

何のって…今ずっと話してた『第二ボタン』の話、なんだけどな…と、
話半分どころか、上の空だった俺の『キョトン?』に何故か気付かず、
黒尾さんの方がたどたどしく…らしくない焦り?気まずさ?を滲ませた後、
諦めに似た感情が籠った、大きなため息を吐き…ごくごく小さな声で呟いた。

「俺も梟谷だったら…お前の『前任者』だったら良かったのにな。」

そしたら、こんな回りくどいことなんてせずに、お前に堂々と『引継』できた。
赤葦と梟谷さんに『お返しをする』って大義名分…『業務』がなかったら、
俺から連絡取ったり、逢いに行ったり…そんな勇気は、俺にはないからな。

赤葦が先に贈ってくれたおかげで、俺はお前に逢いに来る口実ができたし、
どさくさに紛れて『音駒型贈答式』を…俺も『卒業』することができたんだ。

「俺にチョコを贈ってくれて…ホントにありがとな。」


それじゃあ、俺はそろそろ帰るよ。
赤葦を最後まで手伝ってやれ!って、ウチの連中にも厳しく言っておくから、
お前も一人で抱え込まず、無理し過ぎねぇ程度に…頑張れよ?

「元気で…な。」

ポンポン…と、最後に優しく頭を撫でてから、黒尾さんは決別の言葉を発した。
もうこれが本当に最後…そう理解した瞬間、封じていた心の釦が大きく軋んだ。
俺は釦が開いてしまわないよう、グッと拳を握って下を向き…

   握った拳の下で揺れる…黒猫。
   首に付いた鈴も…いや、違う。

銀色の鈴に見えていたモノは、銀色のドーム型をした…ボタンだ。
その表面には、見覚えのある模様…『音駒』と読める校章が彫られていた。

   (これは、音駒の…黒尾さんのっ!?)


詳細は聞き飛ばしてしまったが、『音駒型第二ボタン贈答式』の内容は、
俺の『ケジメチョコ』とほとんど同じ、『決別』を表すものだったはずだ。
だとすると、黒猫が付けたボタンが意味するものは…

   ぽろぽろと、釦が外れ落ちる音。
   封じた想いが、中から飛び出す。


「『卒業』…しないで下さい!!」

跳箱から降りようとしていた黒尾さんの腕を咄嗟に掴み、俺は叫んでいた。
驚き凝固する黒尾さんを捕まえたまま、俺は自分の鞄のサイドポケットを探り…
目的のモノを引き出すと、両手で勢いよく黒尾さんに差し出した。

「これ…受け取って下さいっ!」


『梟谷型』では、前任者から引継ぐ…
俺はその伝統に則り、木兎さんから頂いたボタンを、先日から付けています。
そのため、俺が2年間ずっと付けていた第二ボタンは、外して…ココに。

俺はこれを『音駒型』で、黒尾さんにお渡ししたいのですが、
これで『卒業』はできない…この想いにケジメなんて、付けられません。

「黒尾さんの『卒業』を、お手伝いできなくて…すみません。」


   卒業して いったい何解ると言うのか
   想い出のほかに 何が残ると言うのか

「卒業しても何も変わらなかったと…解ってしまいました。」
「『想い』からは卒業できなかった…全部残ったまんまだ。」


俺の2年間が詰まった第二ボタン。
黒尾さんはゆっくりとボタンに手を伸ばすと、差し出した腕ごと俺を引き寄せ、
大事そうにぎゅっと包み込み…俺の『想い』も全部受け取ってくれた。




- 終 -




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※卒業ソング →尾崎豊『卒業』


2018/03/19    (2018/03/15分 MEMO小咄より移設)

 

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