「黒尾さ〜ん、ここに印鑑…って、ソレ何ですか…ボタン?」
黒尾法務事務所は、今日も年度末修羅場でバタバタ…しているが、
蓄積疲労ゆえか、バタバタもできずヘトヘトな音しか立てられない状態だ。
ちょっとでも気を抜けば、魂ごと抜けてしまいそうな、気怠さに包まれていた。
外出先から戻った黒尾も、業務になかなか戻る気力が湧いて来ない…
椅子に全身を預けて茫然としていると、山口が書類を持ってやって来た。
こちらも声に張りがなかったが、黒尾が手にしていたモノに興味を引かれ、
事務所内には久々の明るい声…月島と赤葦も、その声で意識を取り戻した。
「スーツのボタンが取れた…ってわけじゃなさそうですね?」
スーツのモノとは、明らかに違う。
銀メッキのドーム型…学ランに付いているような、懐かしいボタンだった。
「これは、俺の高校時代のボタンだ。
実は、さっき帰りの電車で…」
ラッシュも落ち着いた時間帯で、俺は端っこの席を確保…
そしたら、たまたま目の前に試験中?らしき高校生が立ったんだ。
問題集だか何だかを真剣に見てて、頑張れよ〜って心の中で応援してたら…
その子のブレザーのボタンが、学ランみてぇにしっかりしたやつで、
しかもボタンに校章っぽいレリーフ?が掘ってあるのが、目に留まったんだ。
「その柄に、な〜んか見覚えあるような気がして、ボーっと観察してたら、
俺の母校…大学の校章と全く同じだったんだよ。」
「そういえば、黒尾さんの大学の附属高校が、この沿線にありましたよね。
大学自体はここから遠いのに…面白い偶然です。」
いつの間にかお茶を入れてきた赤葦が、湯呑みを渡しながらボタンをチラ見…
だが目の前のボタンではなく、その高校生の話を続けた。
「高校のブレザーに、大学の校章…ちょっとカッコいいですね。」
「名門校だし、そのボタンだけでも『ステータス』ですよね〜」
応援団以外では、本家の大学生はそのボタンを使う機会はない。
分家たる附属高校生徒しか持ち得ないという、不思議なアイテムである。
「ステータスと言えば、都内名門男子校の、学校指定鞄…
それを持っている女の子は、その男子校に彼氏がいる印だと聞きましたよ。」
「これぞまさにステータス…ブランドバッグと同じだよね〜
きっと、名門校の校章入ボタン…特に第二ボタンなんて、超プレミア…」
他愛ないセリフの途中から、山口の声から張りが失われてきた。
それに耳聡く気付いた黒尾と赤葦は、予想通りのネタが出てくることを期待し、
「烏野は学ラン…第二ボタン争奪戦が大変そうだよな〜」と話を振った。
すると山口は、溜まった鬱憤をいっぱい詰め込んだ『不満声』を吐き出した。
「ホンットーに、大変どころの騒ぎじゃなかったんですからねっ!」
俺、この手の思春期ドキワク♪イベントには、縁がないのに縁あり過ぎで…
女子に話しかけられたり、呼び出されても、ぜ〜んぶ「月島君に…」だし!
バレンタインなんて、年末年始の宅配業者さんかっ!?っていう多忙さでした。
しかも、預かっても配達先は断固受取拒否…謝罪して泣かれるのも俺ですから。
「俺、生まれ変わっても絶対に『イケメンの幼馴染』だけは嫌ですっ!」
バレンタインはまだマシな方…発送元の自由意思(送り付け商法?)です。
でも、高校最後のイベントだけは話が違う…ボタンには限りがあるんですよ。
「俺の高校生活最後のイベントは…『月島蛍君のボタン大抽選会』でした。」
ホントは公共事業風に、事前申請&競争入札にしようと思ったんですけど、
不正競争(俺への賄賂等)防止と、金儲けが目的なわけじゃなかったんで、
純正なるコンピュータ抽選方式を採用…公平な配分に細心の注意を払いました。
「それでもやっぱり、俺はツッキーファンに泣かれる運命からは逃れられない…
高校最後の日も、『月島蛍代理人』として…俺は粉骨砕身しました。」
まぁ、これだけなら『慣れっこ』で、俺も諦めが付くんですけど、
問題は、ツッキーのじゃなくて俺の方…俺の第二ボタン、行方不明なんですよ!
「えっ!?行方不明っ!?」
「どういうことだよっ!?」
山口の慟哭(恨みつらみ)を、途中から涙ながらに聞いていた黒尾と赤葦は、
重大事件を予感させる言葉に大声…それに月島は、視線を思い切り泳がせた。
そのすこぶるアヤシイ動きを、獰猛なハンター共が見逃すわけもなく…
山口には見えない所で、赤葦は月島の腰をグッと掴んで捕縛し、
黒尾は山口を慰めるように肩を抱き、話の続きを促した。
「山口の大事な大事な第二ボタン…行方不明になった経緯は?」
「実は、ツッキーが…」
俺がてんやわんやしている時に、手持ち無沙汰のツッキーがやって来て…
「山口の第二ボタンが欲しい人がいるから、渡してくる。」って言うなり、
勝手にブチっ!って引きちぎって、どっかに持ってっちゃったんですよ~
僕のは山口が管理してくれてるから、山口のは僕が代わりに頼まれてきたって。
「へぇ~、月島君が、ねぇ?それはそれは殊勝な心掛けですねぇ~」
「さすがは、『いつも親切』が身上なツッキーだよな~?ほほぅ~」
「そうなんですよね~♪お陰様で、俺も卒業式に『第二ボタンなし』の栄誉に…
この点に関してだけは、俺もツッキーに感謝してるんですよね~♪」
とは言うものの、俺と違って代理人慣れしていないツッキー…ツメが甘い!
俺の第二ボタンの嫁入り先は、どんな子だったのっ!!?って聞いても、
「さぁ?よく見てないし覚えてない。」の一点張り…酷いですよね~
「ぼっ、僕のボタンの嫁入り先だって、全部が正体不明の場所だし…」
「俺のは『たった一個』なんだよ!せめて名前ぐらい聞いといてよね~っ!!」
ぷぅぅぅぅぅ~~~っ!!と、ほっぺを膨らませて猛抗議する山口。
全てを悟った黒尾と赤葦は、音がする程ニタニタした目で、必死に笑いを堪え…
泣きそうな目でイロイロ訴える月島に、親切心100%で助け舟を出した。
「あの頃の月島君にしては、精一杯頑張った…もうひと踏ん張りでしたね。
本当に惜しいとこまできたのに…ですが、心配いりませんよ?」
「山口のボタンの嫁入り先は、山口のことが『大本命』な人のとこ…だよ。
きっと今も、大事にしてくれてる…俺はそんな気がするんだ。」
なぁ、ツッキーもそう思うだろ?
本気で山口が大好き…それがわかったから、ツッキーは引き受けたんだよな?
黒尾が求めた優しい同意(尋問)に、月島はグッと喉を鳴らしてコクリと頷いた。
そして、赤葦に背中をそっと押されながら、ぼそぼそと山口に断言した。
「物凄い勇気を振り絞って、山口の第二ボタンが欲しいって…だからっ、その…
今でも『宝箱』に大事にとってある…とってくれてると…思う、よ。」
「そっか…ツッキーがそう言うなら、間違いないねっ!安心したよ~
これで俺も、高校最後のイベントに、心残りがなくなった…かな。」
俺には縁がなかったけど、結果的に楽しい高校時代の想い出になったね~
…そう言ってほわほわ柔らかく微笑んだ山口を、黒尾は全力で撫で回し、
赤葦も柔らかく月島の背をどつき回し、話をクルリと回転させた。
「何だかんだ言っても烏野は『青春!』で…羨ましい限りですよ。」
梟谷は中高一貫の私学で、中学からのエスカレーター組…大多数の内部生と、
高校から入試を経て来たごくわずかな外部生の、2タイプの生徒が居るんです。
ちなみに木兎さんは内部生、俺は高校からのスポーツ推薦…外部生です。
スポーツ推薦以外の外部生は、とにかく成績優秀…いわゆる特進組ですね。
そこでは伝統的に、主席から主席へ…ボタンの引継が行われていました。
「第二ボタンは主席の証…物凄くカッコイイ伝統ですね~」
「梟谷が実は進学校だったなんて…初耳かつ目から鱗ですよ。」
「『梟谷=木兎』ってのは、大いなる誤解…名誉棄損ギリギリかもな。」
そんなカッコイイ伝統…木兎さんでなくても、真似したくなりますよね。
ですから、梟谷の主に体育会系の部活では、役職と共にボタンも引継しました。
一つ上が卒業する際、俺は前任者の木兎さんから第二ボタンを受け取り、
俺も卒業時に、一つ下の後任にそのまま送った…青春とは無縁の伝統行事です。
「もし高校時代の赤葦さんの上司…前任者が『誰かさん』だったら…
そこで『青春♪』な大イベントが起こったかも…だよねっ!?」
「その時は、きっと…引継用ではないボタンをこっそり強奪した上で、
後任には何食わぬ顔で、全く別のボタンを引渡した…かもしれないよね。」
梟谷の第二ボタン事情に、山口と月島は興味津々&なぜかドキワク…
黒尾と赤葦を交互にチラチラ見ながら、二人の出方をそわそわしつつ窺った。
(他校の先輩後輩な、淡いカンケー…)
(校外で第二ボタン受渡し…イイっ!)
そういう『青春ミニシアター』…ぜひお願いしますっ!と、
期待の眼差しで黒尾に注目していると、黒尾はクルリと椅子ごとカラダを回転…
3人から表情を隠しながら、天井にボタンを掲げて話し始めた。
「音駒の第二ボタン事情は、烏野とも梟谷とも違うんだ。」
一般的な第二ボタンの儀式は、烏野タイプ…好きな人から頂くもんだけど、
ウチはその逆…高校時代に別れを告げ、新たな旅立ちへの踏ん切り?のために、
想いを寄せていた相手へ、第二ボタンを贈る…ケジメをつけるんだな。
「実は俺、お前のことがずっと好きだった…これ、受け取ってくれ。」
「全然気付きませんでした…猫被るの、巧すぎるんじゃないですか?」
「俺が居なくなっても…頑張れよ?」
「そうやっていつも、俺を置いて…」
山口と月島は、『音駒型第二ボタン贈答式』をプチ演技…
猫被り達が、卒業と共に猫の皮を脱ぎ去って行くなんて、実に音駒っぽい!と、
情緒と切なさ(と、若干のヘタレ感)溢れるシステムに感涙した。
「それで!?黒尾さんは第二ボタン…どうしたんですかっ!!?」
「あっ!!?もしかして…っ」
黒尾の『卒業式の顛末』をいち早く察した(同類の)月島は、
やや喰い気味の山口を押さえて黙らせ…黒尾に話の先を促した。
「見栄っ張りの猫集団…式終了直後、全員が第二ボタンを外すんだ。」
恋人がいる奴はその相手に渡し、いない奴は例の儀式…したと見せかける。
そして、ボタンをどうするのかを考えることこそが、真の意味で『卒業式』だ。
お互いにボタンをどうしたのか触れないでおくのが、猫のルールなんだが…
自分の高校時代を思い返して、一番思い入れのあるモノは何だったのか…
考えて行きつく先として、ある場所に集まるのも『当然の流れ』なんだよ。
主に体育会系の部室には、先輩達が残していったボタンが入った瓶がある。
高校時代を部活に捧げた奴らは、大抵そこへ入れるのが…音駒の伝統だな。
「それも、凄くカッコイイ…猫らしい潔さ、ですよね~」
「それで、主将だった黒尾さんは、伝統に則りバレー部の部室に…ですか?」
月島の問いに、黒尾は答えなかった。
山口が改めて訊こうとしたのを止め、視線で黒尾の手元を指し示し…
「あのさ、山口。ちょっと探しものを…手伝って貰えるかな?」
「っ!!わかったよ、ツッキー。それじゃ、俺達はこの辺で…」
ここから自分達は辞した方がいい…二人きりにさせてあげた方がいい。
山口は黒尾のボタンのことが、気になって仕方なかったが、
月島の『咄嗟の機転』に従って、静かに事務所から出て行った。
「ツッキー…頑張れよ。」
二階の自宅へ上がる足音に向かって、黒尾は微笑みと共にエールを送った。
そして、ふぅ…っと大きく深呼吸し、ボタンを握り締めながら言葉を紡いだ。
「俺は猫らしい潔さもなく…ツッキー以上にヘタレだったんだ。」
最初は俺も、何の疑いもなく部室へ…俺の3年間は、バレー一色だったからな。
でも、いざ瓶にボタンを入れようとした時、不意に思っちまったんだよ。
…ここじゃない、ってな。
何でそんな風に思ったのか、あの当時はまだわかってなかった。
これを渡したい相手がいる自覚も、全くなかったのに…瓶に入れられなかった。
わかったのは、俺がこれを渡すべき相手は、ここに居ないってことだけ…
俺はケジメをつけられないまま、ボタンを筆箱に入れて持ち帰った。
「そして…今に至る、だ。」
「もしその時に、渡したい相手に気付いていたとしたら…?」
ずっと黙って聞いていた赤葦が、ごく小さな声で黒尾の背に問い掛けた。
黒尾は赤葦に背を向けたまま、迷いなく自分がしたであろう行動を断言した。
「ここに居ないから仕方ないって…瓶に入れていたと思う。」
俺はツッキーみたいに勇気も出せず、素直じゃないからな。
無理矢理『業務』をでっちあげて、連絡を取ったり待ち合わせたりして、
その上でボタンを渡すことなんて…俺には絶対にできなかったはずだよ。
だから、そいつへの想いも『バレーの想い出』の一部として、瓶の中へ…
きっちりケジメを付けて、『卒業』してたかもしれないな。
「渡したい相手に気付いていても、気付いていなくても、
カッコ悪くてヘタレな俺を象徴する…それが、この第二ボタンだよ。」
コロン…と、黒尾の手を離れたボタンが机の上で回る。
ドーム型のそれは、思った以上にコロコロと机を軽やかに転がって行き、
縁から落ちそうになったところを、傍にいた赤葦がキャッチ…する寸前に、
椅子ごと振り返った黒尾がボタンを再度右手で握り、左手で赤葦の腕を掴んだ。
「俺の『卒業』…手伝って貰えるか?」
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※青春ミニシアター →『満開之釦』
2018/03/11 (2018/03/07分 MEMO小咄より移設)