愛願同盟







「山口君。少しだけ…手を貸して貰えませんか?」

今日も第三体育館に幼馴染を『お迎え』に行った山口は、
体育館に入るなり、間近に居た赤葦に声を掛けられ、ガッチリ肩を掴まれた。


第三体育館の自主練組は、錚々たる騒々しい面子…ド派手な集団であり、
そこに幼馴染が混じっていることを、山口は他人事として誇らしく思っていた。

ココは、地味で目立たない自分とは別世界…だったはずなのだが、
お迎えに行く度に会う、お片付け残業中の苦労人達とは、いつしか顔馴染に…
他愛ない会話を共に楽しむぐらいの、気心の知れた仲になっていた。

とは言うものの、東京の強豪校の名物副主将から突然声を掛けられると、驚く…
いや、かなり身構えてしまい、その一瞬の隙を突かれ、拉致されてしまった。


引き摺るように連行された先は、体育館裏手にある外付の用具倉庫の中だった。
室内灯はなく、高い位置にある擦りガラス越しに映る、外灯の淡い光だけ…

   (このシチュエーション、もしや…)

   放課後の、暗い体育館の裏に。
   突然呼び出され、見つめ合う。

「あの、実はですね…」
「ひぃぃ~っごごごゴメンなさい!!」

赤葦が口を開くや否や、山口はガバっ!と頭を下げ、先制謝罪をした。
その勢いと大声に、赤葦の方は跳び上がらんばかりに驚嘆…
慌てて山口の頭を抱きかかえ、口元を強引に抑え込んだ。

「ちょっと、静かにっ!!」
「んーんーんーっ!!??」

赤葦の掌に、なおも『ゴメンナサイ!』と念仏のように唱え続ける山口。
真っ青な顔でガタガタ震えながら、小声で赤葦に謝罪(弁護)を捲し立てていた。


ホント、ウチのツッキーはワガママでご迷惑ばかりお掛けしてスミマセン!!
お片付けだって全然手伝わず、黒尾さんと赤葦さんに押し付けちゃってるし…
クソ生意気なのは俺が一番熟知してますけど、俺の手にも負えない状態ですし、
俺はツッキーの保護者じゃないんで、監督責任を問われても困ると言うか…

「ツッキーの代わりに俺に『御指導』…呼び出し&リンチはご勘弁下さいっ!」
「はぁ!?何言って…俺はどこぞのヤンキーじゃありません!」

俺は『手を貸せ』とは言いましたけど、『ツラを貸せ』とは言ってない…
山口君にご助力願おうとしているだけですから、どうかご安心下さい。

赤葦はできるだけ丁寧かつ優しい声色で山口を宥め、落ち着くのを待った。
リンチじゃないとわかった山口は、安堵のため息をついてから…
もう大丈夫です!と言うように、穏やかに微笑んでみせた。
その笑顔につられた赤葦も、ほんのり口元を緩め、本題を切り出した。


「山口君に、これを…」

用具倉庫の隅に隠してあった紙袋から、赤葦は厚い文庫本くらいの箱を出した。
暗くてよく見えないが、おそらく黒か茶色の小箱に、可愛らしいリボン…
時期的に考えて、コレはスウィ〜トなアレに間違いないだろう。

   (リンチじゃなくて…こっちっ!?)

さっきとは真逆の顔色…ボンっ!!と頬を真っ赤に染めた山口は、
さっき以上にしどろもどろとキョドり…再度『ゴメンナサイ!!』を連呼した。

「ああぁっ、あのっ、おおお気持ちはっ物凄く、嬉しいんです、けど…っ」

おおおっ、俺には、そのっ、心に決めた人がいるっていうか…
こっちが決める前から、勝手に決められちゃって、逃がしてくれないというか、
つまりその、一生かけて面倒みなきゃいけない、被保護者的な人がいるんで…
赤葦さんからの、ほほほっ、ほんめ…チョコを、いいっ頂くわけには…


「…っていうか、ちょっとおかしくないですか?」

俺みたいな地味で純朴で、素直さが一番のウリ!みたいなのは…違いません?
赤葦さんのストライクゾーンは、もっとこう…ぶわっ!とした腹黒なタイプで、
『知略を尽くし謀り合う』的な相手がお似合い…そういうの、お好きですよね?

「ピュアで裏表のない俺なんかじゃ…全っっっ然物足りなくないですか?」
「いちいち仰る通りですが…山口君もピュアには程遠ーーーいですよね?」

今のやりとりで、山口君に対する俺の評価はストップ高…
本命チョコを渡してもいいかな~って、思ってしまったぐらいですけどね。

赤葦はそう言って相好を崩すと、改めて山口に本題を告げた。


「明日、これを届けて欲しいんです。」
「実はヤバいクスリ…だったりして?」

違いますけど…ま、ドーピングという意味ではほぼ正解ですね。
これを、ウチのあの人に…木兎さんに届けて貰いたいんですよ。
別にこれは、『俺から木兎さんへ』というものではない…誤解なきように。

「依頼者は木兎さん以外の梟谷バレー部関係者一同、です。」
「梟谷さん全体からの依頼…ですか?」

バレンタイン…この日にチョコを貰えるかどうか、男なら誰でも気になります。
木兎さんもその例に漏れず、過剰に期待しまくり…撃沈してしまうんです。
貰えた時はいつもの5倍ウザいだけ…絶好調を維持してくれて助かりますが、
逆の場合は、しょぼくれモードの50倍ぐらい鬱陶しく、被害甚大なんですよ。

そのため、例年ウチでは部の経費から木兎さんの『好調維持剤』を支出する…
「チョコを預かりました」と、全員で演技して事なきを得ている状態です。
ただ、木兎さんもそこまで馬鹿じゃないんで、多少の小細工が必要でして、
身内の俺達やマネさんが届けると、不信の目で探り出し、やはり面倒臭い…

「なるほど!そこで部外者の俺が『預かったんですけど…』ってお届けですね?
   その程度のことなら、任せて下さい!俺、そういうの…慣れてますから♪」


自信に漲る山口の快諾に、赤葦は心底ホッとした表情を見せ、
山口君は賢くて(慣れてて?)本当に助かります…と、嬉しそうに微笑んだ。

「カモフラージュとして…『梟谷からではない』という証拠も用意してます。」

『いつもウチの木兎が大変お世話になってます!』というキモチとして、
第三体育館の皆さんには、梟谷から御礼チョコをお渡しすることにしています。

明日の自主練後、木兎さん達が脱走する前に、俺が皆さんにお配りし…
(木兎さんだけ仲間外れだといじけるんで、その御礼チョコも渡します。)
そのタイミングで山口君が体育館に登場し、木兎さんに配達して欲しいんです。

「御礼チョコが別にあれば、梟谷一同の仕組んだ罠だとは気付き難いですね〜」
「お手数お掛けして本当に申し訳ありませんが…宜しくお願い致します。」


というわけですので、山口君にもこちらを…梟谷一同からの御礼チョコです。
月島君達に差し上げるものと、全く同じものですが…受け取って下さいませ。

「いつもウチの木兎さんが、御宅様の月島君に大変お世話になっております♪」
「いえ、こちらこそ!可愛げのないツンデレ反抗期で…お恥ずかしいです~♪」

ペコペコと頭を下げ、チョコの贈答。
日向やリエーフはともかく、ホントは俺の方こそ赤葦さん達に、
「ウチのツッキーが…」って、御礼チョコをお渡しすべき立場のはずなのに。
さすが、狡猾参謀は違う。その『デキる飼主』ぶりは、ぜひ見習わねば…


「あ、そうだ!ついでと言ってはアレなんですけど…」

山口はふと何かを思い出した様子で、ジャージのポケットをゴソガサ…
ほんの手のひらサイズの小さな包みを取り出すと、御礼チョコの紙袋に入れた。

「それも一緒に…ツッキーにコッソリ渡して貰えませんか?」
「えっ!?それって…な、何で、自分で渡さないんですかっ!!?」

明らかに手作りな…チョコの包み。
梟谷一同からの御礼チョコと一緒に、こんな貴重なモノを…意味不明だ。
ずっと一緒に居る『特別』な幼馴染なんだから、二人きりの時に堂々と渡して、
バレンタインっぽいスウィ~ト♪なヒトトキを、しっぽり過ごせばいいのに…!

山口の行動理由が理解できなかった赤葦は、戸惑いの表情で山口を見つめたが、
山口はもっと戸惑うような、困ったような顔で、赤葦に苦笑いを返した。


「俺が渡しても…ツッキーは絶対、受け取ってくれませんからね。」

この時期、毎年俺は何個も何個も、ツッキー宛のチョコをお届けし続けてきた…
それをツッキーは、心底嫌そうな顔でぶんむくれ、ここ数年は受取拒否です。
俺がチョコを持って来たとわかった瞬間に、差出人の確認もせず不機嫌になり、
「こっち来ないで!」オーラをギスギス醸しまくってきますから。

「差出人が山口君だとわかれば、大喜びするでしょうに…」
「それも…わかんないですよ。少なくとも表面上は、全然ね。」

もう何年も、ツッキーに渡したいなぁ〜って、準備だけは一応するんですけど、
あんなに嫌そうな顔してる相手のご機嫌を窺って、勇気を振り絞って渡しても、
きっとあのツンデレ野郎は、『嬉しい』なんて表情は絶対に見せませんから。

そう思うと、頑張るのも馬鹿馬鹿しくなって…結局、毎年渡さずじまいです。
その上、付き合いもダラダラ長くって、渡すのも『今更?』なカンジですし。
それなのに毎年準備しちゃうあたり、俺も女々しいっていうか…馬鹿ですよね。

「月島君の方が…お馬鹿さんですっ!」
「ツンデレって、面倒臭いですよね~」


でも、梟谷さん…赤葦さんから渡されたら、さすがのツッキーも受け取ります。
あぁ見えて、赤葦さんと黒尾さんには、あんぱんの上のゴマぐらいには、
ツッキーも敬意を持っている…絶対無下にはできませんからね。

だから、梟谷御一同様からのチョコと一緒に、俺の分も渡してもらって、
それをツッキーが受け取ってくれたら、俺はもう来年から…準備もやめます。
今年でこの無駄極まりないイベント…俺も卒業したいなぁ~って。

「お願いしても…いいですか?」
「了解です!強要でも脅迫でも、あらゆる手段を使って…受け取らせます!」

赤葦は怒りやら切なさやら、様々な感情に突き動かされるがまま、
自分からしがみ付くように山口を強く抱擁し、背中を撫でて慰め続けた。


赤葦の温もりに包まれた山口は、理解を示し慰めてもらえた喜びと、
内心を暴露したこと、そして抱き締められた気恥ずかしさがじわじわと…
ごちゃ混ぜの気持ちを誤魔化すように、話を赤葦の方に転換した。

「赤葦さんは、俺の分も…素敵なバレンタインを楽しんで下さいねっ♪」

紙袋に一つだけ入ってる、明らかに『大本命!!』っぽいチョコ…
全ては意中の方にソレを渡すための、巧妙なカモフラージュですよね?
全員分の御礼チョコは、チョコより大分大きな小分けの紙袋に入ってますけど、
紙袋は御礼チョコのメーカーとは違う…別途購入したと思われる梱包材です。

ツッキーの小分け紙袋に、俺のが入っててもわからないのと同じで、
あの人宛の紙袋に、もう一つ入っていても…他の人には絶対わかりませんしね。

相手は度を越した超絶鈍感野郎…めちゃくちゃ手強い腹黒主将でしょうけど、
ツンデレ野郎よりは多分かなりマシなはず…甘い時間が過ごせると思いますよ~

「だから…告白、頑張って下さい♪」


自分が仕組んだ計略全てを、山口に見破られ…何もかもバレてしまった。
赤葦は心から感服し、山口の評価を最高ランクへと一気にジャンプアップ…
口惜しさを感じる前に、今度は羞恥で火を吹き、山口に再度しがみ付いた。

「いっ…いつから、気付いて…?」
「えっ!?今まで気付かれてないと思ってたんですか…っ!!?」

気付いてないのは、間違いなく『御本人様』だけだと思いますよ…
念のため、返礼品送先住所氏名を明記した宅配伝票を同封した方が良いかも?
最低限、赤葦さんの名前ぐらいは書いとかなきゃダメですからね!?

まぁ、普通に手渡しただけじゃ、絶対に気付かないでしょうから…
疑問も誤解も抱く隙がないぐらい、はっきり告白しちゃうのが、一番ですよ!


「それでもダメだった時は、俺と赤葦さんで…お付き合いしましょう♪」
「っ!?それは…名案です♪ツンデレや超鈍感より、山口君の方がずっと…」

赤葦と山口は顔を見合わせ…破顔一笑。
仲良く肩を組みながら重い扉を開け、用具倉庫から外へ一歩踏み出した。


「好きになる相手…間違えたかも?」
「ホントに…手痛いミスですよね。」



*****



「おい、ツッキー。明日は山口を絶対泣かすんじゃねぇぞ?この…幸せ者。」
「黒尾さんこそ、さすがに気付いたでしょ?幸せに…してあげて下さいよ。」

第三体育館外付の用具倉庫は、体育館内の用具倉庫と奥で繋がっている…
物資も多く暗い中、赤葦達はそれに気付いていなかったようだが、
体育館内の方には、鉄扉の外から二人の話し声がずっと聞こえていたのだ。


月島と黒尾は、それぞれ後悔やら申し訳なさやら…ぐしゃぐしゃの感情を抱え、
互いに顔を覆い隠しながら、鉄扉に背を預けてズルズルと滑り落ちた。

「明日僕達は、一体どんな顔をして…」
「アレを受け取ればいいんだろうな…」

とりあえず、この顔の赤さと頬のニヤけが引くまでは、ここから出られない。
もうしばらく、赤葦と山口が体育館に戻って来ませんように…

二人は必死にそれを祈りながら、お互いの腕やら肩やらをゲシゲシ叩き合い…
明日の健闘も同時に祈るように、ビシビシ檄を飛ばし合った。


「絶対間違えんなよ…ツンデレ野郎。」
「超鈍感こそ…ミスしないようにね。」




- 終 -




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※一月後(ホワイトデー)の様子 →『牡丹全開(月山編)』『満開之釦(クロ赤編)


2018/02/16    (2018/02/14分 MEMO小咄より移設)

 

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