客間秘事 (クロ赤編)







年末年始は、本当に忙しかった。
師走とはよく言ったもので、個人事業主の先生達は方々を駆けずり回っていた。

様々な顧客や仕事仲間との連続忘年会、二日酔いのまま年内納品修羅場。
気が付けばもう帰省…全く休む間もなく(特に胃腸)、年越とお正月である。


我らが黒尾法務事務所も、『しっちゃかめっちゃか』の師走&年末年始だった。
過去形として『だった』と言ったが、実はまだその真っ只中にある。
仕事納めの挨拶や片付けもそこそこに、4人揃って新幹線に飛び乗り…
年末は全員で、仙台の『実家』に帰省してきた。

いつから仙台の月島家が、俺の『実家』になったのだろうか…?
月島君と結婚し、月島家の養子になった山口君ならば当然のことだろうけども、
俺と黒尾さんまで「当然君達も一緒に帰って来るのだろう?」という扱い。

当然ながら俺達はそんな予定は全く立てておらず、「はぁっ!?」だったが、
月島夫妻と黒尾先生の委任契約期限が年内まであるとか、駄々を捏ねられるし、
月島君と山口君さえも「何を今更」な雰囲気を、無遠慮に醸し出す始末。
結局抵抗らしい抵抗は何もしないまま、素直に仙台での年末を楽しんで来た。

   (俺達もすっかり月島山口家の子だ。)


年明け早々、黒尾さんと俺は先に帰京。その足で本来の『実家』に帰省した。
明日お昼頃には、月島君達もここ赤葦家に帰省し、明後日は4人で黒尾家へ。
23〜25人も親族等が集まるらしいが、ついにあの2人も黒尾家デビュー…
親族『等』にしっかりカウントされていたことに、俺は笑いを堪えていた。

   (2人が驚く顔…楽しみです。)


結婚すると、実家や家族だけでなく、親族も2倍になるのが普通だが、
俺達の場合は4倍…『4人で結婚した』ぐらいに認識されているようだ。
あちこちへ『帰省』し、それなりのお付き合いをするのは正直大変だけど、
どの家に行っても『ウチの子』として歓迎されるのは、本当に有難いと思う。

親戚中から白い目で見られ、家や血を絶やすのかと謗られ、絶縁される…
本来なら、そうされる可能性の方が高いのに、暖かく迎え入れて貰える奇跡に、
「この人と結婚して…この家の子になれて良かった。」と、改めて感じるのだ。

   (帰省って…いいな。)


そんなこんなで、俺は今、赤葦家の客間の布団に寝転がっているところだ。
この『客間』こそ、自分の立ち位置が変化したことを、明確に表す場所である。

二階にはまだ俺の自室はほぼそのまま残っているから、そこに寝るのもアリだ。
上京した子等が帰省しただけなら、大抵の場合は元の部屋で過ごすだろう。
だがその子が自立して別の家庭を築き、『新たな家族』と共に帰省した時は…

   (赤葦家の子だけど…もう、違う。)

ここは間違いなく『実家』で、どこへ行ったとしても俺は『赤葦家の子』だ。
それでも自室のベッドじゃなくて、客間に黒尾さんと布団を並べていることが、
自分の現在の立ち位置が、『黒尾鉄朗の伴侶』であることを示している。

   (ちょっと…照れ臭い、かな。)


明日ここに月島君達が来たら、この客間には『月島家』の二人が泊まり、
俺達は『赤葦家』の家族として、俺の自室に上がることになるだろう。
実家の客間に寝るのは、今夜だけ…あ、今夜が初めてかもしれない。

だって、去年の年末年始と言えば…

「あれから、もう一年…だな。」
「起きて…いらしたんですね。」


ごく小さな常夜灯だけの客間。
隣の布団から、黒尾さんの静かな声が聞こえてきた。
その言葉から、黒尾さんも俺と似たようなことを考えていたことがわかり、
たったそれだけでも、嬉しいような…やっぱり照れ臭く感じてしまった。

「一年…早かったな。」
「えぇ…驚くほどに。」

一年前の年末年始、俺達は赤葦家と黒尾家に揃って『ご挨拶』をし、
二人の結婚について、両家の了解と祝福を頂いたのだ。
だから一年前の段階では、正式には未だ『親族』ではなかった…
それぞれの実家に『帰省』するのは、今回が初めてということになる。

   (黒尾さんと結婚して…一年!?)


『もう』一年という気持ちよりも、むしろ『まだ』一年と思ってしまうのは、
個人事業主としてほぼ自宅で仕事…一日中ずっと一緒に居る日が多いからだ。
世間一般の勤め人夫婦よりも、共に過ごす時間が圧倒的に長く、密度も濃い…
とても『たった一年』とは思えない程、黒尾さんだらけの新婚一年目だった。

「凄ぇ幸せな一年だったな。」
「はい。幸せいっぱいです。」

これだけは自信を持って断言できる。
人生でこんなに幸せな一年はない…世間一般の新婚夫婦と、全く同じように。
そしてもう一つ、断言できることは…

「一年前より…ずっと好き、です。」
「っ!?そりゃ…凄ぇ嬉しい、な。」

素直な気持ちをストレートに出すと、黒尾さんは動揺…それを誤魔化すべく、
隣の布団からごそごそと入ってきた温かい手が、俺の手を探り始めた。
俺の方からその手を軽く捕まえ、少しずらして指と指を絡めて繋ぐと、
黒尾さんはまたしても『もさっ』と布団を揺らし、話をわざとらしく逸らした。


「なっ、なんだか…久しぶりだよな?」
「えぇ。こんなにゆっくり寝たのは…」

多分、師走初旬の…俺の誕生日以来だ。
毎晩一緒に布団を並べて横になってはいたが、寝たような寝てないような…
酔い潰れていたり、疲労困憊で『倒れていた』という方が近い状態だった。

クリスマスはド修羅場で、そもそも布団にすら到達していないし、
昨日までは仙台月島家の客間…ある意味最大級の修羅場で、ほぼ寝ていない。
こうして布団に並んで、のんびりお喋りしたのは、本当に久しぶりだ。


「そっち、入っても…いいか?」
「勿論どうぞ…おいで下さい。」

先程の動揺が続いているせいなのか、物凄く遠慮げにお伺いを立ててきた。
秘密の内緒話をしているみたいに…ヒソヒソと囁きながら。
その慎ましさが妙に可愛くて、俺は布団を半分開けて繋いだ手を引き寄た。

「お、お邪魔するぜ。」
「いらっしゃいませ。」

毛布を最低限だけ持ち上げ、温もりを逃がさぬよう、さっと体を滑り込ませる。
ほんの一瞬だけ冷気に触れたことが、逆にその直後の熱…
黒尾さんにすっぽり包まれた暖かさを、余計に際立たせてくれた。


「あったけぇ…緩むな〜」
「気持ちいい…ですね〜」

こうして互いの体温をじっくり感じるのも、随分久しぶりだ。
安心感と心地良さに、心身共にふわふわぁ〜っと柔らかくなってくる。
ただ引っ付いただけなのに、まるで条件反射のように脱力し、全身を預け合う…
自分の居場所はここだということを、これ以上なく表す緩みっぷりである。

「久々の抱き心地…落ち着くな。」
「久々に黒尾さんを…独占です。」

月島家も山口家も、み〜んなが黒尾さんのことが大好きなのを隠しもしない。
どいつもこいつも、黒尾さんにデレデレ無防備に甘え…人タラシにも程がある。
赤葦家に至っては、もう『争奪戦』という勢いで、ベッタリしまくるしっ!
年末年始の休み前までは仕事に、休みに入ってからは親族達に取られて、
全然黒尾さんとゆっくりできなかった…約ひと月ぶりの『独り占め』なのだ。


まだ日常には戻ってないけれど、ようやく訪れた『二人きり』の時間。
お互いの存在を確認するために、温もりと香りをいっぱい取り込もうと、
ぎゅ〜っと背中を抱き締めながら、大きく息を吸い…安堵と共に息を吐き出す。

深呼吸をする度に、カラダの隅々にまで酸素とお互いの空気が行き渡り、
芯から柔らかくリラックスし、温かいものでじわじわ満たされてくる。
全身は緩みきっているのに、取り込んだ温もりが一部に集まって熱を溜め、
呼吸に合わせながら、むくり♪と、少しずつ硬さと質量を増していく。
コチラの方も、ホンットーに久しぶり…こうなって然るべきだ。

   (ちょっとだけ…いいよな?)
   (ほんの少しだけなら…ね?)


ここは、実家の客間。
上には両親もいる…けれど、実は自室よりも遠く(自室の隣が両親の寝室)、
客間の方が距離的にはずっと『安全』なのは、間違いない。

でも、心理的には『客間』は自室よりも『エリア外』だし、
結婚&自立した俺にとっては、実家はもう既に『自宅』じゃない…
『夫婦の姿』を、アレもコレも思いっきり曝け出せる場所ではないのだ。
とはいえ、全くの『他所』というわけでもなく、ある程度は曝しても良いのが、
実家の客間…ナカでもソトでもない、ファジーな空間じゃないだろうか。

まぁ要するに、ある程度までは…
『外』に出さない範囲内なら、止めなくていい(止められない)、ということだ。



*****



   外(ソト)に漏れ出さないように。
   内(ナカ)も高め過ぎないように。

唇を静かに合わせ…深く入り込まずに、せいぜい軽く啄む程度に留めておく。
今日のキスは、『外』に出るのを抑えるためにする蓋だけど、
久しぶりに布団の中でするキスは、触れる度に脈打つ部分に熱を溜めていく。

   外に出さないで。
   内に手を入れて。

互いのズボンの内に手を忍ばせ、下着の上から熱を確かめる。
『煽る』のではなく『宥める』ために、優しくそっと掌で包み込む。

   (よ〜し、よしっ…)
   (イイ子、イイ子…)

まるでペットを可愛がるように、指先で頭を撫でたり、首元を擽ってやると、
気持ち良さそうに喉を鳴らし、もっと…と、無邪気にじゃれついてくる。

「お久しぶりです…『てつろう君』?」
「『けいじ君』も…元気で何よりだ。」


   外には出さないまま。
   内に入り込んでいく。

ズボンの中で下着だけをずらし、今度は直接手指でナデナデしてやると、
構って貰えるのが嬉しいらしく、跳ね回りながらカラダを擦り寄せてくる。
それがまた可愛いくて仕方がなく…思いっきりヨシヨシと揉みしだく。

「尻尾…振り過ぎじゃね?」
「涎まで…垂れてますよ?」

ずっと忙しかったし、仙台にも帰省したし…最近満足に構ってやれなかった。
その分を埋め合わせるように、ひたすら甘やかしてあげたくなってきた。

「『けいじ君』は、甘ったれだよな。」
「『てつろう君』には、敵いません。」

こちらが愛情を注いだら、ちゃんとそれを返してくれる…
その純粋で素直な反応に、メロメロになってしまうのだ。

   (食べてしまいたいほど…可愛いな。)
   (アソコにイれても…痛くないです。)


これでは、ただのアホ飼主じゃないか。
本望ではあるが、もう少し自重した方が良いかもしれない。
デレデレ飼主モードを抑えるため、なるべく『普通の会話』に戻していく。

「シメる所はシメるのが、躾の基本。」
「『シモの躾』徹底は、飼主の務め。」

   気分を高め過ぎないように。
   深く絡むキスを遮るように。
   衝動を外に出さないように。

七割ぐらいの『気持ちイイ』を維持し続けるもの、案外難しいものだ。
じわじわと熱は上がるのに煮え切らないし、沸騰してもいけない。
イき過ぎないように適度にイこうだなんて、かなり高度な技術が必要となる。
しかも、久々の触れ合いで『腹八分』にしておけなんて…忍耐の修行である。


だけど、俺達のガマンはそっちのけ…
『てつろう君』と『けいじ君』は、とにかく一緒に遊びたい盛りで、
ズボンから頭だけを出し、深く絡むキスを勝手に始めてしまった。

「こっちはずっとガマンしてるのに…全く、呑気なものですね。」
「何だ、口寂しいのか?それとも…『けいじ君』にヤキモチか?」

そんなの、両方に決まってる。
俺だって『けいじ君』みたいに、黒尾さんといっぱいキスしたい…
行き場のない舌が、さっきから上顎を擦り、何かに絡まりたいともがいていた。


濡れた舌先を唇からわずかに出し、水を飲むようにチロチロと蠢かすと、
『けいじ君』を可愛がっていた黒尾さんの指が、やっとこちらに来てくれた。
ようやくしがみ付けるものを得た舌は、歓喜に震えながらその指に絡み付き、
くぐもった音と艶声を外に出さないように、深く口内へと招き入れた。

   いつも黒尾さんとキスするみたいに。
   『てつろう君』とのキスも真似して。
   指を相手に、激しく舐り続けていく。

未だに口寂しいままだった黒尾さんが、ゴクリと唾を嚥下する…
その音が耳許に大きく響いた直後、耳朶を強く吸われ、穴に舌を差し込まれた。

「ぁっ!んんっ…っ」
「声…漏れてるぞ。」

グチュグチュと露を滴らせながら、黒尾さんが俺の何処かを舌で味わう音が、
俺の内で乱反射して共鳴と同調を繰り返し…カラダをビクビク震わせていく。
跳ね上がるのを抑えるべく、『てつろう君』と『けいじ君』を一緒に握り締め、
黒尾さんの指をしゃぶるのと同じリズムで、指を絡めて撫で回した。

   (凄ぇ気持ちイイ、んだが…)
   (これじゃ、足り、ません…)


一年も夫婦をやっていれば、相手のことなど手に取るようにわかる。
いつもなら『どうして欲しい』を、わざと言葉に出して気分を高め合うのだが、
今みたいな状況だと、出さずとも通じ合える方が、ずっと巧くコトが運ぶ。

   (お願い…こっちに、ねぇ…)
   (あぁ…わかってる、から…)

もう少しだけ…ズボンを僅かにずらし、必要最低限のみ『外』へ出す。
舌で黒尾さんの指を押すと、今度は下の『内』へ、弄りながら出入りし始めた。
同じ動きで舌は耳を蹂躙し、内を解す音を殊更に強調…脳まで溶かしていく。

「アタマのナカまで、黒尾さんが…入ってきそう…ですっ」
「赤葦の、奥の奥まで、全部…入り込んでしまいたい…っ」

ぶっ飛ばない程度に抑えつつ、それでもちゃんと昇るとこまで昇り詰める。
こういう高難度な技巧も、この新婚一年で習得…たゆまぬ努力の賜物だ。
激しく『外』でぶつかり合うだけが、愛を絶叫し合う方法ではなく、
『内』に込めたままで静かに繋がり、愛を囁き合うことだってできるのだ。


「そっち…入っても…いい、かっ?」
「勿論どうぞ…おいで、下さ…っ!」

さっきと同じセリフを、もう一度。
言い終えた俺は、黒尾さんの寝間着の襟をキツく噛み締め、
俺の『内』へ…奥の奥まで、『てつろう君』を深く招き入れた。


   (全部ナカへ…入れるぞ。)
   (ソトには…出さないで。)




- 完 -




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※月島家との委任契約 →『結縁奸計
※赤葦の黒尾家デビュー →『得意忘言
※一年前の年末年始 →『愛理我答(年始編)』『結意之夜



2018/01/03

 

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