福利厚生⑥ (クロ赤編)







静かに赤葦を布団の上に寝かせ、そのすぐ横に、肘枕しながら添寝…
ゆっくりと髪を撫でていると、徐々に表情が柔らかくなり、
全身からも強張りが抜け、緩やかな呼吸に合わせて、胸が上下し始めた。

安心しきった穏やかな寝顔に、俺の方まで力が抜けてくる。
その代わりに、心の奥底からじんわり…まるで温泉に浸かっているみたいに、
芯からの温もりに満たされ…全てが絆されてゆくのがわかる。

赤葦と一緒に暮らし、名実共に結ばれ。
自分自身がかなり変わったことを、自覚している。
上手くは言えないが、確固たる信頼と、温もり…
赤葦に包まれているような、絶対的な安心感と、
揺るぎない安定感を感じている。

この感覚は、俺の勝手な思い込み…『気のせい』ではなかった。
卒業式で久々に会った友人や後輩達から、驚きをもって口々に言われたのだ。
黒尾、お前…随分変わったな、と。


起業して多少は苦労した分、気ままな学生気分が抜けたのか?と思っていたが、
皆が皆、何故だか「良かったな!」と、心から喜んでくれたのだ。
仕事だけでなく、私事に関しても、細かな事情は誰にも教えてないのに、
何があったか知らねえけど…とにかく良かったな!と、祝福され続けた。

式典後、赤葦達と落ち合った直後に、その友人達が一様に、
『腑に落ちた』という顔を見せたから…説明せずとも、恐らく察したのだろう。
実学を重んじ、物事の本質を見極めることの大切さを、徹底的に教わった…
共にその教えを学び、修めた友人達からの祝福が、本当に嬉しかった。

俺が今、こうして幸せな生活を送れるのも、全て赤葦のおかげだ。
未熟な俺にも、この心を満たす温もりが何を表すのか…わかる。
赤葦を慈しみ、心からいとおしく想う…『愛情』だ。

自覚もないままに、密かに惹かれていた頃に感じていた、渇くような焦燥…
(それは『恋情』だと、今ならわかる)
同じように熱を感じる感情だが、それとは全く種類が違う。

多分これが、『恋と愛』の違いだ。
上手く説明できないが、俺にもやっと、感覚的にその違いがわかった。


髪を撫でていた手を止め、そっと頬に触れる。
その感触に驚いたのか、ピクリと眉が動き、喉が上下した。

「赤葦…ありがとな。
   お前が愛おしくて、堪らない。」

返事はない。
だが、夢の中の赤葦には通じたのだろうか、まるで返事をするかのように、
むにゃむにゃと口を動かし、ゴクリと何かを飲み込んだ。
その些細な仕種にさえ、俺は言い様のない幸福を感じるのだ。

そっと赤葦の方に身を倒し、顔を近づける。
互いの温かい呼気が触れる程まで近づいて、俺は静かに想いを告げた。


「赤葦、愛してる。」
だから、そろそろ…起きてくれ。




***************





再び肘枕を付き、添寝の位置に戻ってから、
先程までと同じように髪を撫で、頬を撫で、徐々に手を下ろしていく。
輪郭を確認するように、顎のラインを指先でなぞり、頸筋を辿る。

上下する喉の動きを指先で感じると、赤葦は生きている…と思え、
それだけで何だか少し、微笑みが零れてくる。

「赤葦の『据え膳』…これで何度目だろうな。」

一番最初は、大学2年の頃だ。
俺の成人祝(?)に二人で居酒屋へ行き、赤葦が誤って未成年飲酒…
まだ赤葦の体質を知らなかった俺は、慌てて赤葦家へ担ぎ込んだのだ。
あの時はお互いのことを、はっきりとそういう目で見てなかったから、
腕の中で眠る無防備な赤葦から目を逸らし…『据え膳』という意識もなかった。

そして昨夏。高校時代から続けてきた『ごっこ遊び』をやめ、
ようやく『素の状態』で向きお合うと決めた直後の『酒屋談義』の後。
赤葦はシンデレラのカクテルをあおり、いばら姫のごとく、深い眠りについた。

「あの時、俺がどんな想いだったか…」

確信するには至っていなかったが、赤葦が『特別な存在』であることは、
疑いの余地がない…本当に大切にしたいと、思っていた。
意味深な言葉を残し、頬を染めて俺の腕に身を預ける赤葦の温もりに、
一瞬で我を失いそうになり…慌てて布団に寝かせ、俺は赤葦に背を向けた。

本能では、そう…
こんな風に頸筋に手を這わせ、浴衣を肌蹴させるようにシャツのボタンを外し、
その合わせ目から覗く素肌に、手で、唇で…触れたかった。

「それを必死に抑えるのに…俺は一晩中、地方自治法を読み続けたんだぞ?」

どんなに法律が好きな人でも、退屈極まりない…恐るべき睡眠導入剤。
なのに睡魔は全く訪れず、かといってお経のように雑念等も振り払えず、
附則も含めて、地方自治法を読破してしまったのだ。
赤葦の放つ色気と、それにとことん弱い自分自身を痛感…
激情に駆られず、一晩耐えきったことは、俺の人生で一番のファインプレーだ。


「『据え膳』って、ほとんど拷問だよな。」

浴衣の裾付近…露わになっていた膝頭を、掌で回すように擦る。
両脚の間に自分の脚を絡め、触れた素肌の感触に、熱い吐息が零れる。
その息がちょうど耳に掛かったせいか、赤葦はむず痒そうな表情…
カラダを俺の方へ向け、横向きに抱き合うように、しがみ付いてきた。

肘枕していた腕を伸ばし、今度は赤葦の腕枕として使う。
腿の間を滑らせるように自分の脚を動かしながら、
空いている方の手で、硬く起ち上がりかけた自身を握り、ゆるゆると動かす。

「あの時は、背中合わせだった…な。」

白雪姫の森で、身も凍る寒さに負け、強烈なハブ酒を飲んだ。
互いに暖を取るために、こうして密着し…今度は熱を抑えきれなくなった。
このままじゃマズいと、赤葦に背を向け、「白雪姫になってくれ」と頼み、
赤葦のすぐ横で、同じ毛布に包まれながら、自分の熱を発散させた。

あの時だって、自分から無理矢理頼んだとは言え、赤葦は『据え膳』だった。
赤葦の体温と呼吸の音を感じながら、できるだけ振動を伝えないように。
振り返って…眠る赤葦に我を失わないように、歯を食いしばっていた。

「もし向かい合わせだったら…間違いなく『頂きます。』だったぞ。」

頸筋に頭を埋め、唾を嚥下する動きを舌でなぞり、
速度を上げながら自身の熱を上下に扱き、呼気で赤葦の襟足を擽る。
手の動きが赤葦の浴衣を揺らし、帯のすぐ下の合わせ目を、少しずつ開き、
露わになった部分に、ひたひたと熱の先端を当てる。


「『据え膳』を『そのまま頂く』のと、『据え膳』を『オカズ』にするの…」

どっちが善いのか、悪いのか…判断に苦しむな。
『俺のお膳』だって確証がある、今となっちゃあ…
コッチの方が、罪の意識っつーか、背徳的な感じもするけどな。

「なぁ、そろそろ本当に…起きてくれよ。」

じゃないと、『新婚旅行』最後の晩が…『ひとりメシ』になっちまうぞ?
お前の『色っぽい反応』がねぇと、味気ない…物足りねぇよ。

最低限の呼吸と、唾を飲み込む喉の動きだけなんて…
唾液分泌が減る睡眠時にはほぼ起こらない、『嚥下反応』だけなんて…なぁ?

その言葉に、ゴクリと盛大に唾を飲み込む赤葦。
うっすらと開けた瞳には…満面の笑みの俺が映ったはずだ。



「い、いつから、気付いて…?」
「残念だが、最初から…だな。」

気付かない方がおかしいだろ。
毎日一緒に寝て、何度も本物の『据え膳』を目にしているのに。
それに、喉の動きだけでも、狸寝入りなのはバレバレだ。

「どうしてわざわざ赤葦は…こんなことしたんだ?」

自身を煽る手はそのままに…わざと赤葦の熱に擦りつけながら、
恥かしそうに埋めた顔…耳元に、熱い吐息で問い掛ける。
今までずっと抑えていた声が、ようやく俺の胸元を震わせる。

「どうしても『据え膳』に…なりたかったんです。」

妙な『色』を放たない、眠った状態の『据え膳』でも、
ちゃんと黒尾さんに食べて頂けるのか…
何色でもない俺を、黒尾さんは愛して下さるのか、知りたかったんです。


夏に『いばら姫』の温泉に行った時、山口君と約束したんです。
運良く王子様と恋愛できて、無事に結ばれてから…
『据え膳』になるのは、それからの『お楽しみ』にしようって。

だから、山口君と事前に計って、俺の分だけは普通のシフォンケーキに…
酔って昏睡したフリを、してみたんです。

「俺はちゃんと、『王子様専用据え膳』に…なれました、か?」

不安の色を湛えた瞳で、チラリと見上げてくる。
その仕種に、あわや…俺は慌てて手を離し、赤葦の背を掻き抱いた。


「実に美味しそうだって、舌なめずりしてんの…わかるだろ?」

グリグリと熱を押し付けながら、背に回した腕を下ろしていく。
お前だって、めちゃめちゃ「食いたいっ!」って…喉が鳴ってたぞ?

浴衣の上から触れた口が、早く俺を飲み込んでしまいたいと訴える。
とりあえず指を与えるも、すぐに物足りないと…不満をこぼし始める。


「『据え膳』のフリ…凄く、恥かしかったです。」
「『気付かない』フリも…凄ぇ照れ臭いんだぞ?」

何とか目を開かせようと、面と向かってはなかなか言い辛い言葉をかけたり、
ごく間近…お前を抱きながら、自分で処理するとか…恥ずかしすぎだろ。
お前が本当に寝てるならまだしも、バッチリ起きてんのもわかってるし…

「コレ、どうしてくれるんだ…なぁ、据え膳のお姫様?」

腿の間に割り込ませていた脚を立て、大きく開かせる。
空腹に耐えかね、咀嚼するかのように収縮する部分に、熱の先端を宛がうと、
赤葦はその熱に身を震わせ、蕩けそうな甘い声と色を滴らせた。
そして、両腕で俺の背に、上げた脚で腰にしがみ付きながら、艶っぽく囁いた。

「実に美味しそうです…余すところなく、頂きますね。」


王子様の方が、お姫様に…
『据え膳』に、美味しく頂かれてしまった。




- クロ赤編・完 -




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※黒尾大学2年の話 →『王子覚醒
※シンデレラ後の据え膳 →『白馬王子
※白雪姫の森で →『林檎王子
※いばら姫の温泉で →『昏睡王子


2017/04/07

 

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