撚線伝線 (前編)







「お久し振りですね。お元気そうで…何よりです。」
「うん。そっちも…」

「ところで、当事務所にはどういったご用件で?」
「別に…仕事の依頼じゃないし。」

「………。」
「………。」





天高く馬肥ゆる秋…は、一体どこに行ったんだろうか。
今年は『秋晴れ』の爽快感を楽しむ間もなく、長雨が続いている。

冷房の効いた電車から降りると、もわっとした湿気がまとわり付き、
一気に滲み出た汗が、ワイシャツを背に張り付ける。

あまりの不快感に、最寄駅の改札を出てすぐ、目の前の駅ビルに飛び込んだ。
本屋で涼んでから帰ろう…そう思ってエスカレーターに乗ると、
メールの着信に気が付いた。送信者は…山口だ。


    いまどこに
    あかあしピンチ
    すぐかえれ


「何だ…?電報か?」

今日は相談の予約は入っておらず、予定帰社時刻よりも…少し早いぐらいだ。
突発的な来客が訪れている…ということだろう。

予約も入れずに突然やって来る相談者も、勿論存在する。
その場合には、山口や赤葦、月島でも十分に対応可能で、
予備的な説明をしているうちに…俺が帰ってくるとわかるはずだ。

その際は、どんな相談者で、どんな内容か等、
実に的確かつ簡明なメールを、3人のうち誰かが寄越してくる。


だが今回は、山口が慌てて(少々暗号めいた)メールを送ってきた。
文面から、依頼者ではない…が、赤葦でさえ難儀する相手、ということだ。
当然ながら、山口と月島は早々にギブアップし、
帰還要請(救難信号?)を送ってきたのではなかろうか。

そこまで状況がわかれば、来客者の正体も…かなり絞られてくる。

俺は昇ったエスカレーターをぐるりと反対側へ回り、
すぐに『下り』へ乗り直した。


    いま駅だ
    はやあしピッチ
    すぐもどる


山口にそれだけ返信すると、ほんの少しだけ歩く速度を上げ、
駅ビルの中を突っ切った。



「あっ!黒尾さん、お帰りなさいっ!」
「お疲れの所、申し訳ありませんが…大至急応接室にお願いします。」

事務所兼自宅の、居住者通用口の扉を開けると、
すぐ目の前の廊下に、山口と月島が待ち構えていた。
雨に濡れた傘を黒尾の手から奪い取りながら、事務所へと急かす二人に、
黒尾はのんびりとスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた。

それを見た月島が、怪訝な声で咎めた。

「黒尾さん…『来客』なんですけど。」
「『依頼者』じゃねぇんだろ。」

すっげぇ蒸し暑いし…楽な格好させてくれよ。
本当は『上』に戻って着替えたいぐらいだぜ…と、悠然と廊下を歩く。

事務所の玄関に入ると、ようやく応接室へ直行…ではなく、
今度はなぜか給湯室に入ろうとする。

「黒尾さん!お茶なら俺がやりますから…!」
「いや、これは…俺がやった方がいいからな。」

お前らも、先に行って寛いどけよ。


グラスを片手に、暢気に宣う黒尾。
月島達はその態度に若干苛つきながら、小声で捲し立てた。

「あそこに…まるで『妖怪大戦』か『百鬼夜行』な空間に突入しろと?」
「ツッキー、それは失礼だよ!せめて『ハロウィン』ぐらいに…」

散々な言い様に、黒尾はククク…と、喉を鳴らして笑った。
「お前ら『烏』も、かなり『ハロウィン』向きじゃねぇか。」

『ハロウィン』なら、これも出しとくか…と、
黒尾は吊戸棚から飴の入った瓶を取り出し、人数分のグラスと共にお盆に乗せた。

「そんじゃあ、『黒猫』もパーティに馳せ参じるか。」

まるで黒服ウェイターのようにお盆を持つと、黒尾は悠々と応接室の扉を開けた。



「よう。待たせたな。」
「黒尾さんっ!お帰りなさい…」

あからさまにホッとした表情で立ち上がり、席を離れようとした赤葦。
だが、黒尾は視線で『ここに居ろ』と指示し、同じ視線を背後にも送った。

おずおずと入ってくる月島と山口のグラスもテーブルに置くと、
黒尾は一番に自分がグラスに口をつけ、ごくごくと一気に半分飲み干した。


「ぷっは~!久々に飲むと、カルピスも美味ぇな。」
「俺も久々…相変わらず絶妙な『濃さ』だね。」

自分好みのカルピス、自分で入れるの…結構難しいんだけど。
やっぱり、カルピスだけはクロが入れたのに限るね。

挨拶もそこそこに、同じくカルピスを満足気に飲んだ来客者は、
そのまま勝手に瓶に手を突っ込み、好みの飴を物色し始めた。

「お前が好きな…パイン飴もあるぜ?」
「今日は…キウイ味の気分。」


ようやく帰ってきた黒尾と来客者は、完全に『おウチ』モードで寛ぎはじめた。
それを呆然と見ていた赤葦・月島・山口の3人…
いち早く正気を取り戻した月島が、眉間に皺を寄せながら尋ねた。

「あの…黒尾さん、本日この方は…『ご予約』のお客様でしたっけ?」
「いや、どっちかっつーと『乱入者』に近いな。」
「正確には、『招かれざる客』ですよね。」

「でっ、でも黒尾さん、こちらの『お客様』のために、
   わざわざカルピス買って帰って…やっぱり『誰か』わかってたんですか?」
「確信はなかったが、お前らが『お手上げ』で、赤葦ですら『難儀』する…」
「俺は別に、『難儀』なんてしてません。」

速攻で『訂正』を入れまくる赤葦。
黒尾はキョトンとした顔をしたが、すぐに相好を崩し、発言を修正した。

「赤葦とあんま会話が続かねぇ相手は…研磨ぐらいだろう?」
「別に俺も、赤葦と話すことがないだけだし。」
「俺だって、孤爪と特に話したいようなネタはありません。」


な…何なんだ、この『微妙』な空気は。
黒尾が帰って来ても、改善するどころか、更に悪化してしまった。
楽しい『ハロウィン』の雰囲気はどこにもなく、雷鳴轟く地獄絵図だ。

この場から逃走してしまいたい…
月島と山口は、緊張した面持ちで視線を交わし、黙ってカルピスを飲んだ。
味などこれでは…さっぱりわからなかった。


「ところで黒尾さん。なぜここに孤爪が来たのか…ご説明願います。」

文字通り口火を切った赤葦は、刺々しい口調で隣の黒尾に尋問した。
だが、それに答えたのは、研磨自身…更に空気を尖らせる。

「何?俺がクロに会いに来ちゃマズいわけ?」
「誰もそんなこと言ってませんし、孤爪には聞いてないですから。」

お前ら、何でそんな喧嘩腰なんだ…?
現役時代は『ライバル校』って関係だったけど、今は違うだろ。
同い年の、同じセッター同士じゃねぇか。仲良くしろよ?

「喧嘩なんてしてません。孤爪が勝手に突っ掛かってくるだけです!」
「突っ掛かってんのは、赤葦じゃん。俺はいつも通りだし!」

何だよお前ら…わけわかんねぇな。
首を傾げ、「ま、いいか。」と、朗らかに笑う黒尾。

その笑顔に、月島と山口は引きつった笑顔を返した。
何で…何でこの人は、この状況の『元凶』が自分だと、気付かないんだ…
先日考察した『黒尾鈍感説』が実に正しかったことを、二人は痛感した。

だが、そんな周りの様子を全く気に留めることもなく、
黒尾はリンゴ飴をコロコロ鳴らしながら、のんびり話し始めた。


「そろそろ来るんじゃねぇかな~とは思ってたんだ。
   女性同士の『口コミ』…情報伝達速度は、恐ろしい…伝染病クラスだ。」
ツッキー達も、それは…よくわかるだろ?

「それは、まぁ…母親同士のネットワークは、超高速光通信以上です。」
「俺達は何も言ってなくても…『家族ぐるみの幼馴染』って、筒抜けだよね。」
「聞きたくなくても、『鉄朗君がね…』って、勝手に喋るし。」

黒尾の言葉に、月島と山口、そして研磨も深々と頷いた。
その4人の『幼馴染達』の様子に、赤葦は音を立ててカルピスを啜った。

「で、研磨は『ママ友』経由で、俺が開業&引越したと知った…と。」
「概ねそんなカンジ。で…これ、クロに渡せって。」

研磨は鞄から茶封筒を取り出すと、黒尾に渡した。
中には丁寧な文字がしたためられた一枚の便箋…
それを見た瞬間、黒尾の顔から『笑み』が消えた。

「目録・観葉植物一鉢…音駒高校排球部OB会、だと?」
「多分、明日ぐらいにココに届くんじゃない?」

目録は、夜久さんと海さんが持って行けって。
ネコに相応しい、『木天蓼(もくてんりょう)』…マタタビだって。

「あと、これは…クロのおばさんから。」
「俺に…?」

先程と同じタイプの茶封筒を、研磨は赤葦に渡した。
その中にも同じような便箋…赤葦の顔には『笑み』が出た。

「目録・マタタビ酒一瓶(取説別紙)…!!?」
「これも、別便で明日届くって。」

ネコを手懐けるには、コレが一番だって。
急いで漬けたらしいから、半年ぐらいは寝かせろってさ。

「これは素直に…有り難く受け取っておきます。」
綻ぶ顔を必死に抑えながら、赤葦は封筒を胸ポケットに仕舞った。

研磨は、音駒の皆さんと、黒尾母からの『御祝』を持ってきただけ…
それが判明し、月島と山口、そして赤葦は安堵のため息をついた。
だが、黒尾だけは…苦虫を潰したような顔で、頬を引き攣らせた。


「何でウチの母親が…『赤葦が酒好き』だと知ってんだ?」

開業及び同居の際、黒尾は赤葦家に『ご挨拶』には行ったが、
黒尾家に赤葦達を紹介した覚えは…ない(まだ早いだろ)。

「『ウチの息子、飲めないのにお酒好きで…』って、
   赤葦さんから聞いたから…って、おばさん言ってたけど。」
「い…いつの間に、母親同士は『知り合い』になってんだっ!?」

酒好きの話どころか、赤葦達の名前すら…知らないはずなのに。
これもまた…恐るべき女性の『情報伝染』ということか。

「これ…黙っといてって言われてたんですけど…」
話を大人しく聞いていた山口が、おずおずと挙手して発言を求めた。

「黒尾さんのバックアップとなる仙台の事務所…明光君の所に、
   黒尾さんと赤葦さんのお母さんから、同時期に連絡があったんだって。」

開業後2年間は、身分上は明光の事務所に所属する4人。
重い守秘義務を課せられる職務の性質上、事務所側に身元保証書を提出した。
その保証人として、各々両親に署名してもらったため、
黒尾家も赤葦家も、明光及び事務所の存在は知っていた。
母親達は、その身元保証書の控えから、事務所に連絡してきたのだろう。

…よくわからないうちに、息子達が開業だの同居だのと言うが、
せめて同居相手の親御さんには、親として挨拶ぐらいしておきたい…と。

「で、兄ちゃんは快く、お互いの実家への連絡先を教え、
   お母様方は、電話口で『お世話になります』…的なご挨拶したって。」

息子達の知らない間に…母親とは、そういうものなのだろう。
やはり、自分達はまだまだ甘ちゃん…親から見れば、『心配な子ども』だ。
こうしていつの間にか、『見守りネットワーク』が構築されていく…


「それはまぁ…いずれは紹介しなきゃいけねぇから、いいんだが…
   夜っくんやらが知ってるってのは、研磨が言ったのか?」

『音駒排球部OB会一同』ということは、夜久や海どころか、
皆が黒尾の開業については知っているのだろう。
問題は、『どこまで』詳細を知られているか、という点である。

研磨は二つ目の飴…今度はパイン飴を口に入れた。

「俺が言ったのは、『クロは引越した』ってコトだけ。
   それも…聞かれたから答えただけ。」

この返答に、黒尾は喉を詰まらせ、途端に焦り始めた。
その理由がわからない赤葦達3人は、首を傾げて顔を見合わせた。

「なぁ研磨…お前、今日は『一人』で来たのか?」


研磨はストローで氷を回しながら、ニヤリと眼光を光らせた。

「リエーフと…翔陽も来たいって言ってたけど、何とか止めさせた。
   そこは、俺を褒めてもいいと思うけど?」

「なっ…何で、日向がっ!?」
「孤爪さん…ありがとうございました。」

思いがけない名前が出てきて、今度は山口と月島も焦った。
今回は完全に自分達は『外野』だと思っていたのに、まさかの『身内』…
別にやましいことはないのだが…何となく、嫌な予感がする。

いや、ここにあのリエーフと日向が来たら…とんでもない大騒動は必至。
日向には高確率で、『セット』の影山も…まさに『嵐』の到来だ。
その危機を回避してくれただけ、研磨を拝みたい気分になった。


「よ~しよしよし、研磨…よく頑張った!!」
「ちょっとクロ、やめてよ…」

幼い頃からのクセか、黒尾は腕を伸ばし、両手で研磨の頭を盛大に撫で回した。
何年も続けてきた『習慣』のような仕種だったのだろう。
そう言えば少し前までは、自分達の頭も、黒尾は撫でてくれていた。
元々はこうして、『手のかかる幼馴染』をあやしていた延長…なんだろう。

さすがに最近は、黒尾が月島達にその仕種をすることもなかったが、
『研磨』という存在を目の前にし、ついクセでやってしまったのだろう。

だが、この仕種で…場の空気が凍り付いた。


「お茶…入れ直してきます。」

黒尾の隣に座っていた赤葦が、静かに立ち上がり…
足音も立てずに応接室を出て行った。



「クロ…今のは、ダメでしょ。」
「僕も、アウトだと思います。」
「黒尾さん、サイテーですよ。」

よくわからないうちに、赤葦は(多分)怒ってしまい、
何故か研磨や月島達にも、(恐らく)ダメ出し宣告を受けてしまった…

「えーっと…俺、何かまた、しくじった…か?」
赤葦を追い掛けた方が良いのだろうか?
だが、自分の何が『アウト』だか不明のうちに謝っても、逆効果だ。
縋るような目で3人を見るも、身も凍るような冷ややかな視線を浴びるだけ…

そんな黒尾を無視し、研磨は眉間に皺を寄せて月島達に尋ねた。

「ねぇ…クロって相変わらず、こんなカンジなの?」
「はい…大変残念なことに。」
「自覚症状ゼロの…持病ですかねぇ?」

せっかくここまできたのに…
赤葦、可哀想だね。


「おい、そりゃ一体、どういう…っ!?」

聞き捨てならない研磨の呟きに、黒尾が反論しようとした瞬間…
来客者用玄関から絶叫が響いてきた。




***************





ちょっと…外の空気でも吸おう。

応接室を出た赤葦は、給湯室とは逆方向…来客者用玄関から外へ出た。
遥か西の方に迫る台風の影響で、雨とともに時折強い風が吹き、
道行く人は深々と傘を掲げ、足早に赤葦の前を通り過ぎて行く。

玄関庇の下に居ても、横から吹き込む雨に、服や髪が湿り気を帯びてくる。
あの中には戻りたくない…が、このままここで濡れるわけにもいかない。

    (俺…何、やってんだろ。)

自分の中に渦巻く感情…黒く重いこの雨雲に、ソックリじゃないか。
吹き荒ぶ風雨も、まるで自分の内心を暴露しているようにすら見える。


孤爪の言う通り、俺が勝手に突っ掛かっているだけ…その自覚はある。
あの人にとって孤爪は、唯一無二の幼馴染…『大切』な人なのに。
その『大切なお客様』を、快く迎えられない…本当に、情けない。

どう足掻いたって、『過去』は変えられない。
積み重ねてきた時間…幼馴染という『事実』は、変えられやしない。
それがわかっていながら、冷たい態度を取ってしまった自分。
冷静さを保てなかった自分。

    (本当に俺…サイテーだ。)


孤爪のことだけじゃない。
ここ最近は、月島や山口と『業務』で出掛けて行くのさえ、
素直に「いってらっしゃい」と言えなくなっていることにも、気付いている。

やっと想いが繋がって、やっと一緒に居られるようになって。
本当に毎日幸せで…その幸せが大きすぎる反動なのかもしれないが、
その幸せが壊れる『きっかけ』になりそうなものに、過剰反応してしまう。

    (まさか自分が、こんなに狭量だったなんて…)


あの人が鈍感なのは…『個性』のうちだろう。
それよりも、問題なのは自分の強すぎる『想い』だ。
自分でも抑えきれない激情…
これが月島・山口両家を破壊しそうだったのも、つい最近のことじゃないか。

それなのに、また同じようなことを…
今度は、あの人と、大事な『幼馴染』との関係を、壊しそうな勢いなのだ。

    (俺は絶対に、『幼馴染』にはなれない…わかってる。)


あの人と一緒に暮らすようになって、色んなことがわかった。
その一番大きなものが…自分の内に潜む感情、かもしれない。
あの人のことを、自分がどれだけ想っているのか…
愛情の深さを自覚すると同時に、自分の中の醜い感情が、まざまざと顕れる。

    (恋愛って…こんなに幸せで、苦しいものだった…)


自分でも持て余してしまう、両極端で、表裏一体の感情。
もう、どうすればいいのか…わからなかった。

    (このままの状態が続けば…折角撚った線が、解けてしまう…)



バタバタと、雨が強くなってきた。
さすがにもう、戻った方が良いだろう。

赤葦は玄関扉に手を掛けて目を閉じた。
腹に溜まったモノは、ここに置いていこう…と、限界まで息を吸い込み、
それを一気に吐き出…せなかった。

突如真後ろから、猛然と抱き付かれてしまったのだ。



「やーーーーーっと見つけたーーーっ!!!」
「うわぁっ!!!?なっ、なっ…」

ため込んだ息が喉に詰まり、ゲホゲホと咳き込む赤葦。
それに全く気を止めることもなく、突撃者はバシバシと肩を叩いた。

「すっげぇ迷いまくったぞ!!やっぱりアイツと一緒に来ればよかったぜ…
   ケータイもどっか忘れちまうし…このまま遭難するかと思った!」

いやぁ~、もうちょっとで「あーかーあーしーーーっ!!」って、
近所中に叫んで、『そっちから見つけてもらう作戦』をするとこだったんだ。
相変わらず、赤葦は『タイミング』が絶妙だよなー!

全くの偶然だが、実に最良のタイミングで、玄関先に出て来たということか…
未だに咳が治まらず、動転のあまり何も言い返せない赤葦。


その時、握り締めていた玄関扉が押し開けられた。

「どうした赤葦…って、な、なんで、お前が…っ!?」





***************





「ヘイヘイヘ~イ!みんな元気そうだなっ!
   お、ホントにツッキー達も一緒だったのか~ビックリだぜ!!」

「ぼっ、木兎さんっ!?お、お久しぶり、です…」


先程までの凍り付いた空気を粉砕したのは、まさかの木兎だった。
外で轟き始めた雷の音も聞こえないぐらい、大音響でソファーに座った。

「おい、研磨…」
「俺にこの人を抑えろって言うのは、さすがにムリでしょ。」

いくら夜久や海の『先輩命令』と、黒尾母からの『お願い』があったとは言え、
研磨が『たった一人』でここに来るはずはない…そう考えたまではよかった。

だが、『同行者』が木兎なのは、黒尾も全く予想していなかった。
研磨の「面倒だから、ヤだ。」が全く通じない相手に、強制連行されたのだ。

リエーフや日向の『嵐』とは、比べ物にならない
…木兎一人で、『台風直撃』だ。


「とりあえず木兎さん…着替えて下さい。
   何でこんな日に、傘持ってないんですか?」
「持ってたんだよ、さっきまでは!たぶん、駅で…」

いつの間にかジャージを上から持って来た赤葦は、
「すみません、俺のは木兎さんにはキツいので…黒尾さんのをお借りします。」
…と謝罪しながら、木兎の隣に腰かけた。
テキパキと木兎の上着を脱がせ、着替えさせ…その合間に、
遠巻きに見ていた山口に、「冷蔵庫の炭酸飲料を…氷を山盛りで。」
月島には「吊戸棚のポップコーンBBQ味をお願いします。」と頼んだ。

黒尾はその様子から目を逸らしながら、研磨の隣に座り直した。
押し黙ったまま、木兎の着替えが終わるのを、じっと待った。


赤葦に頭を拭かれながら、木兎は「そうそう!忘れねぇうちに…」と、
ズボンからくしゃくしゃになった紙を取り出し、黒尾に「ほら!」と手渡した。

「何だ?秋の…行楽?家族で芋掘り…?」
「裏だ!『目ろく・フクロウ時計1つ 梟谷OB会より』…イロイロお祝いだ!」

きっと、研磨の持っていた『目録』を見て、慌てて書いたのだろう。
駅に置いてあった旅行会社のパンフレットの裏に、殴り書きしてあった。

「鳩時計の鳩が、梟になってるやつなんだ。近々届くらしいぜ。」

この梟の顔が、ちょっと俺に似て…カッコイイんだよ!
俺に見守られてるカンジがして、すっげぇ心強いだろ~
ぜひ事務所に飾ってくれよな!!

「お前に見張られてるみてぇで…心苦しいな。」
「相変わらず、黒尾のツッコミはキツいなぁ~!」

ま、そうやってお前が『変わってねぇ』だけで、俺は嬉しいぞ!
ニカっと笑う木兎に、黒尾もようやく頬を緩めた。
やっぱりこの男は、場の空気を劇的に転換する力がある…
そこが全然『変わってない』ことが、黒尾は純粋に嬉しかった。


「あとは…黒尾にコレだ!」

孤爪が赤葦に酒やるって聞いたから、俺も黒尾にやりてぇな~って。
それで、駅ビルの酒屋で選んでたから、遅くなっちまったんだ。
傘もケータイも、その酒屋に忘れてきたんだな!帰りに取りに行けばいっか。

木兎は一人で喋り続けながら、黒尾にラッピングされた箱を渡した。
中を開けると、可愛らしい焼酎が、木の檻に捕らわれていた。

「長期貯蔵麦焼酎…『梟』ですか!」
「この梟…何となく赤葦さんに似てますね~」



驚いて喜ぶ月島と山口に、木兎は満足気に頷いた。

「長期ちょぞう…って、要は『長いこと大事に捕まえとけ!』だろ?
   黒尾にピッタリ!我ながらナーーーイスなチョイス!!!
   コレみたいに、ちゃんと赤葦を捕まえとけよ~?」

お見事です!と拍手する月島達に、ポーズを決めて応える木兎。
だが、黒尾と赤葦は、冷や汗を流して…固まった。


ゴクリと唾を飲み込み、黒尾は努めて冷静に…木兎に質問した。

「なぁ木兎…何でお前、ココのこと…」
「言っとくけど、孤爪に聞いたんじゃぇねからな!
    俺のスバラシイ推理で、バシっ!!と閃いちゃったんだからな!」

「木兎さん、仰ってる意味が全然わかりません。孤爪…説明頼みます。」


「全ての運の尽きは、4人がお盆のOB会に出なかったこと…だね。」

赤葦の問いに、研磨は順を追って説明を始めた。





***************





「2ヶ月程前…クロと赤葦、仙台に居たでしょ。」

8月初旬、駅前を歩いていた烏野のマネージャー…清水さんだっけ?
その人が、月島を見掛けたんだって。
声掛けようと思ったら、同行者…クロと赤葦も一緒だったから、驚いたって。

「それ…『五輪騒動』で、黒尾さんに捕獲された時…?」
4人が同居するきっかけとなった、『五輪の地』絡みのゴタゴタ。
その際に、東京待機組だった月島と赤葦が、仙台急襲…
すんでの所で、黒尾に捕獲されたのが、仙台駅だった。


その翌週、お盆恒例の『排球部OB会』に、月島と山口は欠席。
その際、清水が「先週、駅で3人を見た。」という話をしたら、
同じ頃、山口と黒尾が城址公園に居るのを見た…と、別の誰かが証言。

どうしてそのメンツが?確かに合宿中にもツルんではいたが、
卒業後もツルむ程、仲が良かったのか?という『推理大会』が始まり…

「そこで、翔陽が俺に電話してきたんだ。」

黒尾さんって、最近元気してんのか?と。
だから、研磨は「クロ、最近引越したらしいから…知らない。」と答えた。
電話を受けたのは、奇しくも音駒の『夏恒例OB会』の最中だったこともあり、
こちらでも『推理大会』が始まってしまい…


「体育会系の部活って、盆暮れにどこでも『OB会』やるんだよな~
   しかもお盆休み中の土曜晩って…ガッチリ重なるよな!」

ってなわけで、俺らんとこも『OB会』の真っ只中!
ウチのマネちゃんに、こないだ烏野マネちゃんからメールがあって、
赤葦がどうやら仙台に出没してるらしいよ~って話で盛り上がってたとこに、
リエーフから俺に電話が来て…黒尾が引越した話を聞いた…と。

「最近、俺が緊急招集かけても、赤葦は『欠席』が多いだろ?
   ま、場所とかの準備はキッチリしてくれるから、良しとするけどさ…」

そしたら、こないだバレーやった帰り、飲み会を断り直帰した赤葦…
何でか知らねぇが、自宅とは反対方向の駅に行ったぞ?…と、木葉の証言。
そう言えば赤葦、『スポーツ保険』の住所変更手続してたと、鷲尾が語る。

「それで、俺は閃いた…赤葦も引越した!!ってな。」

体育会系の『先輩のお誘い』を振り切るぐらい、付き合いが悪くなった。
マネちゃん曰く、それは『恋人ができたからじゃない?』だし、
偶然にも同時期に引越した奴が、よりによって黒尾だろ?

烏野マネちゃんの目撃では、黒尾はビッチリしたスーツだったって…
それってつまり、『ご挨拶』的なやつだと、俺達は考えたわけだ。

「んで、烏野・音駒・梟谷OB会での、合同の結論は…
   やっとこさ黒尾と赤葦が同棲開始!
   理由はともかく、ツッキーと山口も一緒!これはめでたい!!」

みんなで盛大に祝ってやらなきゃな~ってことになり、
俺が孤爪に頼んで、ココの住所とかを黒尾の親に聞いて貰ったんだよ。
…以上、ショーメイ終わり!!!

どうだ?俺の推理…すげぇだろ!?
得意満面で「俺カッコイイ!」を主張する木兎に、黒尾達は絶句した。


3校の『OB会』が、同じ日に開催された偶然。
4人がそこに、揃って欠席してしまった必然。
この二つから、不運にも…『合同の結論』が出てしまったのだ。

「お盆のOB会…僕達はちょうどここの引越で帰省できず、欠席…」
「その間に、そんな話でみんなが盛り上がってたなんて…
   っていうか、黒尾さん達と居る所…見られてたんだね。」

「ぼ、木兎さん…ろ、論理が、滅茶苦茶、ですっ!
   それに、俺はただ、ここの『社員寮』に入っただけで…」
「そんな『メイモク』なんか、俺は知らねぇよ。
   同じ家に棲んでんだから、『同棲』で間違ってねぇだろ?」

木兎達の推理は飛躍しまくっており、論理としては完全に破綻している。
ちゃんとした『考察』でもない、ただの『飲み会のネタ』なのに。
だが、結果として…『ドンピシャ』な結論に至っているのだ。


「こんな少ねぇ情報で…推理どころか、妄想でしかねぇのに…」
何で、全員にバレちまってんだよ…

頭を抱えて呻く黒尾に、研磨がボソリと呟いた。
「女性に限らず、情報の伝染…怖いよね。」


木兎は項垂れる黒尾の肩を抱き、最高の笑顔でキメた。


「昔から言うだろ?『壁に耳アリ、障子にメアリー』ってな!」

…ん?やっぱコレ、女性の観察力には気を付けろってことか。
メアリー恐るべしっ…だな~!!!



- 後編へ続く -



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※撚線(よりせん) →電線を2本対で撚り合わせたケーブル。
   別名ツイストペアケーブル。LANケーブル等で使われています。

※五輪騒動 →近未来酒屋談義『五輪』シリーズ
※スポーツ保険 →社会人等でスポーツ系のチームを作る際などに、
   怪我に備えて任意で加入する保険。
※木兎の緊急招集 →『王子不在

※熱く甘いキスを5題『4.唇から伝染する』


2016/10/06

 

NOVELS