「現行犯逮捕、だね。」
「えぇぇぇぇぇ~っ!」
勤務を終えて帰宅すると、部屋の外…ベランダから人の気配を感じた。
正確に言うと、ここは2階…ベランダより屋根に近い『上』からの物音だった。
今日はゴミの日でもないし、カラスの羽音や鳴き声とは違う…『人』の気配だ。
息を殺し、窓脇の壁に身を潜める。
カーテンの隅からチラリと外を見ると、思った通り…人がそこに居た。
いや、ただ『居た』わけではなく、ベランダと屋根の間に…『浮いて』居た。
余程疲れが溜まっているようだ。
目を擦り、ネクタイを緩めて深呼吸…これは幻覚だと思い込もうとしたが、
「えーっと、月島さん…月島、ほたるさん?うわぁ~、可愛い名前だね~♪
あっ!蛍だけに…源氏名かな?小さくて可憐で清い方なんだろうな~」
…という、幻聴にしてはやけにリアルで失礼極まりない声が聞こえたから、
弛めようとした緊張を一気に引き締め、相手の隙を窺った。
ベランダを揺らす強いダウンフォースの後、ふわりと…静かな着地音。
エアコン室外機に何かを立て掛けると、持っていた白い袋の中をガソゴソ…
(…今だっ!)
鍵を開け、カーテンに身を隠したまま…窓を最低限動かし、手だけを出した。
「月島ほたるさん…今日は夜勤明けで、未だ帰ってないはずだから、安心だね。
品名は『健康器具』…夜のお仕事、超お疲れサマです~♪」
何だかよくわからないが、謎の侵入者から労わりの言葉を頂戴してしまった…
予想外の小さな優しさに、危うく『ほっこり♪』しかけたが、
慌てて気を引き締め、侵入者が立ち上がろうとした瞬間…
一気に部屋へ引き摺り込み、口を塞いで組み敷いた。
「っっっっ!!!???」
油断しきっていた侵入者は、突然の襲撃に声も上げられないまま…
ごくアッサリ身柄を確保し、手錠をパイプベッドの支柱に繋いで捕縛完了した。
「氏名及び住所は?」
「えっ、あ、あの…それは…」
「言えない、と。」
「は、はいっ、業務規則で…」
「当該建物の居住者及び管理者の許可や承認、招待なく侵入。」
「それはっ、そうなんですけど…ヒミツなのがキモなんで…」
「というわけで、住居侵入罪で…現行犯逮捕、だね。」
「えぇぇぇぇぇ~っ!」
突然捕獲され、手錠で拘束された驚きのあまり、大人しく固まっていたが、
『現行犯逮捕』の言葉と、どこかへ電話を掛けようとしたこと、
そして何よりも、こちらの『衣装』に気付き…侵入者は慌てふためき始めた。
「あ、あの、俺はアヤシイ者じゃ…」
「箒に乗って空から侵入し、結構長身男性なのに濃紺ワンピース&赤リボン。」
これをアヤシくないと思う人間が、一体どこに居ると言うのだろうか。
その自覚は本人にもあったらしく、「これは『制服』なんで…仕方なく…」と、
頬を染めながら恥かしそうに俯き、今度はバっと顔を上げて反論してきた。
「この衣装!空飛ぶ箒…しかも黒猫のぬいぐるみ付!…知ってますよねっ!?
俺は、ただの配達業者…『黒猫魔女の宅Q便』の従業員ですから!」
「『宅○便』は某宅配業者の商標だし、某映画に至ってはモロに商標権侵害。
それに、『魔女』を掲げておきながら男性を寄越すのは…ある意味詐欺罪。」
その点については、大変申し訳ないと言うか…騙すつもりはないんですよ!
雇用条件は『箒に乗れること』だけ…男女平等のご時世なんで、
求人票に『求む女性!』って、性別を書く方がアウトじゃないですか。
それに、この業界もかなり人手不足で…180の男でも、猫の手でも貴重です!
「そもそも、お客さんみたいな『不在』が多すぎな人がいるから、
俺ら『魔女』が…宅配業に参入せざるを得ないんじゃないですか!」
あ…この『魔女』って表記も、そろそろ人権団体から怒られそうですよね~
でも『魔男』だと『間男』みたいだし…どんな名称がいいのかな?
「それはそうと、ここは小さく可憐な夜の蝶…月島ほたるさんの家ですよね?
何で貴方みたいなデカくて不愛想なイケメンが…まさか、不法侵入!?」
「『蛍』は『蝶』じゃないでしょ。それに、『ほたる』じゃなくて『けい』…
似合わない名前は詐欺っぽいけど、僕が月島蛍本人…不法侵入じゃない。」
ちなみに、『蛍』は源氏名じゃなくて、可憐な本名だよ…って、
何で僕は、魔女コス…女装した侵入者相手に名前の読み方を教えてるんだろう。
すこぶるアヤシイのに、その緊張感のなさが、警戒心を失わせていく…
もしや、これが魔女の力?どう見ても、悪い奴には見えなくなってきた。
「その格好、警察官だよね?でも、自宅に居るってことは、今は『非番』…
それなら、俺を逮捕なんてできないはずじゃん?だから…コレ、外して?」
「『住所氏名不詳』で、住居侵入の『現行犯』かつ、箒で『逃亡の恐れ』あり…
以上の条件により、警察官じゃなくても『私人逮捕』ができるんだよ。」
「ひ…引き摺り込んだのは、そっちじゃん!ベランダも住居の一部かもだけど…
たしか『未遂』は『現行犯』じゃないから、逮捕はやりすぎでしょ!」
「国交大臣にあらかじめ飛行計画の承認を貰ってる?ないなら…航空法違反。
仮に君の会社が海外なら、入管法にも触れる恐れがある…はい、現行犯。」
箒は航空法にいう『航空機』にはあたらないようにも思えるけど、
『航空の用に供することができる機器』には含まれるから…おそらくアウト。
ただの『私人』である僕が、『現行犯逮捕』できる理由を、詳しく解説…
ぐうの音も出ないはずなのに、自称魔女君は「へぇ~!」と感心しきり。
こんな危機感ゼロな人間を、危険かつ違法な労働に就業をさせるなんて、
とんでもないブラック企業だし…宅配業界の未来が心配になってきた。
僕もできるだけ時間指定をして、ちゃんと受け取るように心掛けよう…
仕事柄『不在通知』を何枚も貰ってしまう自分を、ちょっと反省していると、
魔女君は真剣な表情で悩み…「ちょっと質問!」と手錠ごと手を挙げた。
「あのさ、さっきの説明でいくと…同業者のサンタさんも、アウトだよね?」
「そういうことになるね。」
トナカイ&ソリでの飛行も、箒と同じ理由で『航空機』とみなされるだろう。
多分北欧あたりの海外からいらっしゃるとすれば…領空侵犯の可能性も高い。
住居管理者(親等)の承諾や歓迎もなく、『煙突等から侵入』の慣習もなければ、
サンタであろうとも、住居侵入罪に問われる場合も、全く否定できない。
そして、勝手にプレゼントを置いて行く行為は、その代金を後日請求されれば、
特定商取引法における『送り付け商法』(ネガティブ・オプション)に該当し、
望まぬプレゼントかつ、2週間以内にサンタが引き取りに来ない場合には、
売買契約不成立…贈られた側は、プレゼントを自由に処分して良いことになる。
「つまり、サンタさんのプレゼントは…『無償』ならOKってことだよね?」
「勿論だよ。その分、希望に合わないモノでも…文句は言えないけどね。」
「『サンタさん』に関する法的問題を語られて、夢を壊されちゃった!って、
ショックを受けた俺が、慰謝料請求することは…?」
「子どもの頃から憧れてた『宅配業者の魔女』が、野郎でブラックだった…
僕の受けた精神的苦痛も、残念ながら認めて貰えないだろうね。」
実は、父さんとお兄ちゃんが、蛍のサンタさんだったんだよ~♪
そう父母兄から暴露された時に、僕は生まれて初めて『殺意』を自覚した。
オトナになったら、絶対に損害賠償を請求してやろうと思っていたが…無念だ。
ベッドに座って胡坐をかき、「夢を壊しちゃってゴメンね~」と笑う姿に、
こっちも思わず笑みを零し…いつの間にかコーヒーとお菓子を振る舞っていた。
あ、これなら…僕は行き過ぎた取り押さえによる『逮捕監禁罪』にはならない。
自分が『セーフ』だということを確信してから、僕もやっとリラックスした。
「お願いだから、スカートの中身が見えそうな座り方だけは…やめて?」
「ご安心を!ちゃんと部活で使ってたインナーを履いてるからね~♪」
いや、別にチラリとかポロリを心配してるわけじゃなくて…
そんな色気の無い『内情』を暴露され、僕はサンタ級のショックを受けかけた。
それを悟られないよう、僕は魔女君が持って来た箱を手に取って…首を捻った。
「あのさ、この荷物なんだけど…健康器具?こんなの頼んだ覚えはないよ。」
「そうなの?徹夜明けで疲れとイライラがピークの時に、勢い余ってポチリ…」
俺もたまにあるよ~!タイトルに惹かれて、つい『映像作品』をポチっ♪とね。
届いてビックリ!あんま記憶にないけど、俺好みのタイトルだし…って。
「ちなみに、どういうヤツだったの?」
「『エロ警官のコル○パイソンに狙撃された!?~上京田舎娘編~』だよ。
…って、そんなことはいいから、とりあえず開けてみなよ。」
言われるがままにガムテープを外し、箱の中を二人で覗き込むと、
『医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律』に、
ちゃんと示されている医療機器…通称『電マ』が入っていた。
「やるねぇ~お兄さん!『品名・健康器具』は、エログッズ通販のド定番…
これはこれは、清く正しい警察官も、こういうのを使うんだね~♪」
むふふふふ~♪と、魔女っぽい含み笑いで僕の腕をツンツンしてくる魔女君。
僕は恥かしくてたまらなくなり、精一杯の『言い訳』を捲し立てた。
「違うっ!僕は本当に…ポチリしてないからっ!!」
そもそも、電マは医療機器…別にエロ目的じゃないかもしれないでしょ?
仮に僕がそういう目的で買うなら、コードレスかつ防水のタイプを選ぶからね。
それに…納品書と共に請求書が入ってるのも、納得できないから。
ネット通販時は、必ずクレジット一括払いにする…後払いは有り得ない。
もしかすると、これは本当に『送り付け商法』の可能性が高いよ!!
「というわけで魔女君。2週間以内にこれを引き取ってよね。」
「えぇっ!?それ、めちゃくちゃ困る!俺の手取りが減っちゃうじゃん!」
ウチ、出来高払いだし、こういう『事故』が起こっちゃうと…マズいんだよ。
家賃も奨学金返済もカツカツだから、クビになるのも手取りが減るのも困るし。
「お兄さん、警察官でしょ?だったら自分で悪質業者を逮捕しちゃってよね。
俺はその荷物を持って帰れないから…そっちで処理して貰える?」
「それはできない相談だね。現行犯逮捕した君を、僕は引き渡す仕事があるし。
このままだと、クビは確定…家賃も奨学金返済も諦めることだね。」
スマホで電話を掛けようとすると、魔女君は青ざめた顔で「やめて!」と叫び…
ガバッ!!とベッドの上で土下座をし、涙目で僕に懇願した。
「お願いっ!俺を…見逃してっ!!何でもするから…通報しないで!!!」
魔女君の言葉に、僕は心の中でガッツポーズ…
目の前でぷるぷる震える赤いリボンを引き、顔を上げさせた。
「それは、示談交渉希望…そう捉えていいんだね?」
「う…うん!俺にできる範囲かつ、法律に触れない内容なら…」
この魔女君、意外と強かで…実に賢い。
テンポの良い会話も最高に心地良いし、僕はこの魔女君を…気に入った。
僕は散々悩んだ振りをして…ポケットから手錠用の小さな鍵を出し、
プラプラと揺らしながら、魔女君の目の前にかざした。
「その荷物の引き取り期限…今日から2週間、この家で僕の世話をすること。」
勿論、タダでとは言わない。労働に見合った対価はちゃんと支払うし、
おそらく今の勤め先よりも、ギャラは各段にUPする…固定給だからね。
「えっ!?そんなのでいいの!?すっごいチョロ…じゃなかった、助かるよ~
やるやる!2週間、ココで家政婦…ぜひやらせて頂きます!!」
苦学生+独り暮らしが長いから、家事全般は得意だよ~何でもお任せあれ!
実はデリバリー家政婦のバイト経験もある…特に『箒』の扱いはプロ級だよ?
「それなら早速、仕事しよっか?あ、手錠…外して貰えるよね?
大丈夫!2週間は絶対に逃げない…約束するよ!何なら『覚書』も書くよ~」
その言葉を聞いた僕は、「絶対だよ?」と念を押し…手錠を外してやった。
そしておもむろに、『早速の仕事』を魔女君に命じた。
「じゃあ、まず最初に…脱いで。」
「…はぃ?」
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②へGO! -
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※コル○パイソン →回転式拳銃(リボルバー)の一種。
2017/11/14 (2017/11/10分 MEMO小咄より移設)