引越見積⑦







「頼むツッキー…皆には極秘で、味噌煮込みうどんを食べに来てくれねぇか?」


いつの間にか大型連休も終わり、『黒猫魔女』も『レッドムーン』も、
皐月らしい穏やかさ…一年で一番余裕のある時期をマッタリ過ごしてしていた。

しかしこれは、あくまでも表面上だけ…通常業務に限ってのことだ。
僕が提案した例の件は、連休を挟んでしまったこともあり、膠着状態のままだ。
政治家や芸能人のスキャンダルを連休前に発表しておけば、連休後には風化…
火種は燻り続けているのに、状況を動かす程の熱量は失われてしまったという、
脛にキズを持つ人々にとってはありがたい、束の間のマッタリと似た雰囲気だ。

だが、可燃物が近付けば大爆発を引き起こす、非常に危険な状態に変わりない。
燃えて先が開けるならまだマシな方で、ズルズルしているとすぐに雨の季節…
湿り気を帯び、火種ごと消えてしまう方が、状況的にはより悪いと言える。


先日、自分の気持ちを表に出そうとしなかった赤葦さんが、ようやく口を開き、
黒尾さんと…僕達4人一緒にずっと居たいのだと『ワガママ』を言ってくれた。
赤葦さんのこの願いを、僕は絶対に消したくない…何としてでも叶えたかった。

このまま何もしないで火を消すぐらいなら、全てを破壊するつもりで前進し、
もしダメだった場合は、僕と二人で涙が枯れ果てるまで泣けばいいだけの話だ。
きっと、何かを壊さなければ、目の前は開けず…先には進めないんだから。


よし、次の雨が来る前に…
そう決意し、週間天気予報を確認しようとした瞬間に、黒尾さんから着信。
僕だけをコッソリ呼び出すメッセージと共に、どこぞの風景写真が数枚届いた。

   (これは…東新宿、かな?)

ランダムな外壁と窓ガラスが並ぶ、特徴的なオフィスビル…の、真下だろうか。
少し遠くに、更に特徴的な外観をしたビルが見える…多分、軍艦マンションだ。
歌舞伎町の北、稲荷鬼王神社の道路向かいにある、この目を引く建物は、
その名の通り軍艦がそびえ立っているようにしか見えない、面白い建物だ。
(赤葦さんは、ここの平面図は書きたくないと、ゲンナリしていたけど。)


(軍艦マンション外観)


すぐ側が大江戸線と副都心線の東新宿駅で、真上には新宿イーストサイドビル…
ゲーム業界最大手スクエア・エニックスの本社が入居しているビルだ。

黒尾さんはここに来いと言っているのだろうけど…どうも様子がおかしい。
他にはない特徴的なビルに囲まれた場所なんだから、写真なんて送らずに、
ピンポイントで『スクエニ本社下のうどん屋さん』と指定すればいいのに…

   (まさか…迷子っ!?)


僕の予想では、三丁目の献血ルームからの帰りに、近くの花園神社を散歩…
多分神社の入口を見逃し、明治通りをそのままずんずん北上してしまい、
気付いたらデカい交差点…慌てて僕に捜索(救助)要請してきた、という辺りか。

黒尾さんは宅配業者のくせに、方向感覚が人並み外れて鈍チンさんという、
致命的な『お茶目ポイント』がある(モノは言い様の代表だ)…
マーキングしていない未知の場所には、単独外出厳禁の『箱(棺)入り王子』だ。

「ドンペリも『箱なし』と『箱入り』では、高級感も価格も別格です♪」と、
『棺入り吸血鬼』をプレミア付シャンパン風に大勘違いしている赤葦さんには、
迷子だからお迎えに…だなんて、あまりにカッコ悪くて言えやしないだろう。



ドンペリ


「そこからピュ〜っと斜め下にイけば、すぐウチに着くじゃないですか!」と、
地上の道路事情を完全無視な魔女にも、単独外出したことがバレたらマズい…
結果、黒尾さんは僕を頼ることしかできなかったと思われる。

   (手は掛かるけど、何か、その…)


こっそりほくそ笑んでいるうちに、あっという間に迷わず目的地へ着いた。
店内に入るとすぐに、黒いスーツを着込んだツンツンヘアの長身男性を発見。
昼ご飯の時間も過ぎた店内は、閑散…他にお客さんがいない分、やけに目立つ。

一区画手前なら、よく見かけるスタイルだけど…ここでは若干浮いている。
こういう髪型や服装は、歌舞伎町のホストかビジュアル系バンドか…
あ、FFのキャラっぽくもあるから、実は適材適所?なのかもしれないが。

僕の姿を見つけると、キリっとしたキメ顔が一転、ふにゃり…安堵の表情に。
迷子でよほど不安だったんだろうけど、そのほわほわの緩みっぷりは…

   (無駄に…可愛いんですが。)


文句や嫌味を言う気も全部殺がれ、「お待たせしました。」と座ろうとすると、
僕が腰を完全に下ろす前に、黒尾さんはわたわたと言い訳を始めた。

「念のため言っとくが、迷子で…ココに辿り着いたわけじゃねぇからなっ!?」

俺はグッズを買いに…その同行(と支払)を頼まれて、一緒に来てただけなんだ。
さっき別れて、帰ろうとしたんだが…まだ解散場所から動いてないから、
現段階では未だ迷子になってねぇし、単独で外出もしてないから…セーフだろ?

「あ、そうだ。ツッキーはトンベリって知ってるか?」

おしぼりをマイクのようにサっと僕に向け、質問を重ねてくる黒尾さん。
こうすることで、僕からは質問させない作戦…さすがは腹黒策士だ。
その慌てっぷりが可愛いだけだと、気付いていないらしいとこが、更に可愛い…
黒尾さんが老若男女人種問わずモテるのは、こういう『抜け感』故だろう。

   (ホントに、魅力的な人…だよね。)

歌舞伎町だけでなく、人に愛され成功するのは、デキ『過ぎない』タイプだ。
これは『隙』ではなく『ゆとり』…安心感とギャップ萌えに繋がる要素だろう。

そんなデキるくせに不器用な上司達だからこそ、どうしても放って置けない…
僕はおしぼりマイクを受け取り、懇切丁寧に質問に答えてあげることにした。


「不適格の烙印を押されてはいますが、この僕も歌舞伎町の住人なので…
   黒服の嗜みとして、ドンペリコールぐらいならバッチリ歌えますよ。」

   いくぞ~! (へ~い!) せーの!
   魂込めた (ドンペリコール!×2)
   夢に捧げる (ドンペリコール!×2)
   素敵なドンペリ (飲めるかなハハィ)
   心も体も (捧げますハハィ)
   片手にグラスを (持ったならハハィ)
   『レッドムーン』ももっと
   (1年365日ドンペリタイム!!)
   そしたらみんなで (いただきま~す)

「ちなみに、当店でドンペリを御注文頂いても、歌う必要はありませんからね。
   心の中でこっそり『ワッショ~イ!』と、御客様を拝むだけで結構です。」
「そっ、そうか。ツッキーから引継いだ『黒服の手帖』には、書いてなかった…
   つーか、輝くイケメンにドンペリコールを歌って貰えて…俺は幸せ者だな。」

プロ根性を発揮して歌い切った僕に、音を立てずに黒尾さんは律儀に拍手…
ホスト風の慣れた手付きでメニュー表を開き、申し訳なさそうな顔を隠した。


「歌って貰っといてアレだが、俺が訊いたのはドンペリじゃなくてトンベリ…
   包丁とランタンを左右に持って二足歩行する、緑色の魚類?両生類?だ。」
「それならそうと、早く言って下さい!こんなトコで歌わせるなんて…
   『みんなのうらみ』じゃなくて、『ぼくのうらみ』を発動しますよ!!」

恥かしくて堪らなくなった僕は、そんなにお腹は空いていないにも関わらず、
牛すじどて入り煮込うどん(天盛りセット)を、腹いせに注文してしまった。



*****



「ほらツッキー、これをお前に…」
「いりませんよ、何か怖いですし。」

黒尾さんに半分以上手伝って貰って、何とか鍋焼きうどんを食べ終えると、
おもむろに緑色の物体…トンベリのぬいぐるみをこちらに差し出してきた。

何が怖いって、包丁を持っていることじゃなくて、僕が頂いてしまうこと自体。
極秘でお迎えに来たお駄賃とは言え、ぬいぐるみをプレゼントして貰ったら…
事務所(兼自宅)の鍵を、僕の方が先に貰いそうになった時と同じように、
『けいじのうらみ』発動…メッタ刺しにされてしまいかねないという点だ。


トンベリ


「え~っと、これは赤葦さんに渡せっていう意味…ですよね~?」

それとな~く、赤葦さんにプレゼントしてあげて下さい!と匂わせるものの、
まっっったく通じる気配はなく、笑顔で僕の手に強引に抱かせようとしてくる。
僕は失礼にならない程度に、『僕の好みじゃないです顔』で拒否ろうとしたが、
黒尾さんの次の言葉に、思いっきり『ムギュ!』っとトンベリ様を抱き締めた。

「いや、それは赤葦じゃなくて、ツッキーに渡せって…研磨がな。」
「有り難く頂戴いたしますっ!!!」

それを早く言って下さいよ!
研磨先生は、まだお会いしたことはないけれど、大変お世話になっている人だ。
この方からの贈物を拒否するなんて、以ての外…緑色が激可愛く見えてきた。

そして研磨先生は、赤葦さんには極秘だが、黒尾さんの250年来の幼馴染…
危うく『最大のライバル』から、包丁で脅迫中のぬいぐるみを贈るとこだった。

僕が(若干青くなりながら)緑色を鞄の奥深くに隠していると、
またしても黒尾さんが、アッケラカンと耳を疑う問題発言を繰り出してきた。


「さっきまで研磨と一緒に、そこのグッズショップで買い物してたんだよ。
   研磨の自立祝…扶養関係を切る記念にグッズ買ってくれって言うから…」
「ちょっ…ちょっと待って下さいっ!ふふふっ、扶養って…えぇぇぇっ!?」

えーっと、つまりその、僕が指摘していた黒尾さんの『扶養家族』というのが、
よりによって250年来の幼馴染…最もタブーと思われる存在であり、
しかも僕がそれをバラしたせいで、お二人はそのカンケーを切った結果、
研磨先生は僕に対し、包丁握り締めた怨念のカタマリを贈り付けてきたことに…

   (そ…即死確定、かも。。。)

歌舞伎町ホストクラブ初心者が、勢い余ってドンペリを注文したはいいが、
請求書の額を見て…の時みたいな、青緑色の顔で卒倒しそうになってしまった。
だが、黒尾さんがサラ~っと重要事項説明を垂れ流すのを聞いているうちに、
僕もようやく冷静さを取り戻し…本来語るべき『核心』へと近付いていった。


「…というわけで、俺の扶養家族と山口の別宅問題は、これにて解決だ。」

研磨が引継いでいた部屋の他に、山口はもう一部屋借りっぱなしだったんだが、
そっちは今は、ほぼ倉庫として放置…近々きちんと片付けて引き払う予定だ。
そうすれば、アッチコッチの家賃を払うこともなくなる…楽になるはすだ。
山口の方は、これで身軽だ。もう、どこへ行っても…大丈夫だよ。


「だが俺は…『黒猫魔女』は、あの場所から動けない。引越不可なんだ。」

ツッキーが経理を担当して、問題提起をしてくれたおかげで、
長年放置したまんまだったコトを、綺麗に片付けるきっかけになった…
その点については、俺も山口も、心からツッキーに感謝してるんだ。
あの異常なまでに高額な地代家賃…早晩地獄を見るのは確実だったからな。

いくら歌舞伎町価格でも、『黒猫魔女』の家賃は相場よりずっと割高…
ツッキーはそれにも危機感を覚え、引越を提案してくれたんだろうと思う。
でも、現実的にあそこからは動けない…動きたくても、俺らには無理なんだよ。

「これ以上、ツッキーと赤葦にアッチコッチさせるわけにはいかない。だから…
   『レッドムーン』との業務提携解除を申し入れようと思ってるんだ。」

あぁ勿論、俺にできることであれば、今まで通り何だって手伝うからな?
それに、俺はコッチを離れられないが、山口は違う…アイツは、自由だ。
もし山口がソッチへ行きたいと望んだ時には…アイツのこと、よろしく頼む。


僕に対し、深々と頭を下げる黒尾さん。
その姿と発言が、つい先日に見た光景と丸被り…最愛の上司にソックリだ。
自分のことはいいから、自由に選べ…全く同じことを言っている。

   (どいつもこいつも…っ!!)

相手のことを想うあまり、自分のキモチをないがしろにし、
その結果、相手のキモチまで踏みにじっていることに…何故気付かないんだ。
僕は居ても立っても居られず、敬愛する上司に対して声を荒げていた。

「我慢って、そんなにエラいんですか?
   我儘って…そんなにダメですか!?」


『我儘』とは、他人のことを考えずに、自分の都合だけを考えて行動すること…
一見悪いように感じるが、実はそんなに悪いことでもないかもしれないのだ。

『儘(侭)』の字には、尽くす、極める、果たすという意味だけでなく、
他者のために精一杯働いたり努力したりする…『尽力する』という意味もある。
自分の意思を貫き、力の限りを出し続けること…それが『儘』だ。


対する『我慢』は、感情や欲望のままに行動するのを堪え、辛抱すること。
社会ではこれを『美徳』だと教育されるが…はたして本当にそうだろうか?

そもそも『慢』の字は、おこたる(怠慢)や、あなどる(高慢)という意味で、
我意を通して行動する驕り高ぶった傲慢な心が『我慢』…仏教の煩悩の一つだ。
グっと自分を抑え込んで、他人や世間に従う…我慢を辛いものだと感じるのは、
内心『自分は間違っていない』と思っているから…強情さの表れでもある。
だからこそ、我慢は恥ずべき『煩悩』だと、戒められているそうなのだ。

「俺は皆のために我慢したんだと、悦に浸って独りでカッコつけてる奴と、
   我儘を通そうと、がむしゃらに努力し続ける奴…どっちがワガママですか?」


そう言えば、同じように誤解されている言葉が、もう一つある。
『天上天下唯我独尊』…自分が最も強くて偉いというニュアンスを込めて、
特攻服等によく刺繍されている、実にカッコいい定番のキメ言葉だ。

これは、お釈迦様の言葉…
お釈迦様は生後すぐに七歩歩き、右手で天を、左手で地を指しながら、
『天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)』と仰ったそうで、
お釈迦様の誕生を祝う『花まつり』で安置されている像が、この時のポーズだ。

字面的には、自分が『ナンバーワン』だと言っているように感じるが、
本当は『自分という存在はこの世にたった一人、だから尊い』という、
人間の尊厳を説いたもの…『オンリーワン』だという意味である。

かつて「オンリーワンの花を咲かせろ」と歌った歌が、一世を風靡したが、
偶然にも『花』繋がりで、同じことを言っていた…これはただの余談だ。


「黒尾さんが身を引く…我慢すると、赤葦さんが幸せになれるんですか?
   まだ何も動いてない、努力してないくせに、勝手に決めつけて…!!」

本当は、自分のキモチを出すのが怖いだけ…嫌われたくないだけですよね。
安定した現状に甘んじ、我慢という美徳で自らの怠慢を誤魔化し続けている…
『アイツのために我慢する』なんて、傲慢以外の何物でもないじゃないですか。

「黒尾さんも赤葦さんも、優しいフリして…本当に狡いですよ。
   その優しさこそが相手にとって残酷なものだと、そろそろ気付いて下さい。」


一気に言いたい放題言いまくった僕を、黒尾さんは愕然とした表情で見つめ、
両手で顔を覆って天を仰ぎ…「お前の言う通りだよ。」と掠れた声で呟いた。

「俺が…吸血鬼がワガママを通すと、赤葦は多くのものを失ってしまうんだ。
   そんなに長くない人生の大部分を、俺のために…なかなか言えねぇよ。」
「おや、御大層な『吸血鬼の本懐』とやらも…我慢できる程度のものですか。
   それならば、僕の大切な赤葦さんを…『月島京治』は渡せませんね。」

僕の一言に黒尾さんは瞠目し、ガタン!と大きな音を立てて腰を浮かせた。
だが、動揺のあまりか、何も言い出せないまま…ヘタリ、と腰を下ろした。
訊くべきか、訊かざるべきか…迷いながらも、未だ自分からは動けないのだ。

   (訊けないなら…訊かせて貰います。)


立ち上がった衝撃で少しグラスから零れた水を、おしぼりでそっと拭く。
そして、おしぼりマイクを黒尾さんに突き付け…一方的に質問を投げ掛けた。

「引越できない理由…『黒猫魔女』さんが歌舞伎町『営業所』だからですか?
   大きな『組織』の中の一部だから、勝手な真似はできない…?」
「いや…営業所を名乗ってはいるが、それぞれ独立した存在…
   フランチャイズよりも、むしろ個人事業主の協同組合?に近い感じだ。」

ということは、移転に関して本社や本部等の母体…『ウエ』の許可は不要だ。
魔女衣装(特に生足厳守)に関しては、強いこだわりがある団体のようだが、
それ以外の部分については、引越等も含めて、基本的に自由なのだろう。
ウチとの共同経営開始時も、どこかへ許可申請をしたような形跡もなかった。


「では、現在の場所から動けない『特段の事情』がおありですか?
   例えば、そうですね…地縛霊にがんじがらめに囚われている、とか。」
「滅多なこと言うなっ!俺らを『同類』だから大丈夫だろ?って決めつけて、
   『曰く付き物件』を紹介してくる奴がいるが…こここっ怖すぎるだろっ!!」

吸血鬼の王子様は、幽霊が苦手…と。
そういうのに憑かれて動けないわけじゃないなら…僕も安心だ。
もしアソコに曰くやらが憑いていたら、僕は今日から出社拒否するしかない。


人外組織に関する縛りでもなく、オカルティックな縛りでもないとするならば、
その他に考えうる、引越の障害となるものと言えば…

「現在の大家もしくは仲介業者の不動産屋に、何らかの弱みを握られている?」
「それもない…とは言い切れねぇか。弱みっちゃ弱みだからな。」

   遂に…来た。
   これが、この問題の『核心』だ。

おしぼりをペタペタと顎に押し当てながら、質問に答えて欲しいとオネダリ…
もとい、逃げることは許さないと視線で強く訴えながら、僕は尋問を続けた。


「引越できない主たる理由は…不動産の『賃貸借契約』絡みですね?」

もしかすると、法外に不利益な条件での長期契約を余儀なくされているのか。
それとも『シャバ代』的なモノ…上納金を要求されているのだろうか?

青年誌向け社会派コミックみたいな、おどろおどろしい闇を妄想をしていると、
全く予想だにしなかった答えが、黒尾さんから返ってきた。


「俺らみたいな『人外』に、物件貸してくれる大家や不動産屋なんて…
   いくら歌舞伎町広しと言えども、そうそうあるわけねぇだろ。」

どんなに大金を稼いでいても、社会に貢献する仕事をしていたとしても、
戸籍もあいまいで年齢も『非常識』…身分証明すらままならない俺達にとって、
『普通に』賃貸借契約を結ぶことは、ほぼ不可能…現実的に無理なんだよ。
ヤクザや多重債務者以上に、一般人との法的な契約は…大きすぎる壁なんだ。

「社会的に『存在しない』ことになっている人外にとっては、
   一般人との不動産取引は、とてつもない難題…引越なんて、夢のまた夢だ。」

吸血鬼の血統書や、魔女免許証を見て、俺達の存在をアッサリ受け入れる…
そんな奇特な奴なんて、どこぞのイケメン黒服ぐらいしか居ねぇからな。


だから、あらゆるツテをフルに使って、運良く山口の下宿先は用意できたが、
研磨の分までは用意してやれなかった…引継いで住むしかなかったんだよ。
もう一部屋を借りたままにしてたのも、次は借りられる保障がなかったからだ。

「ただ住むだけのワンルームの部屋だって、この有り様なんだ。
   事務所となると、更に障壁は高い…移転先を確保するのは、至難の業だ。」

歌舞伎町の外に出ると、魔女急便の業務に支障…山口の負担が大きくなるから、
相場より割高だったとしても、歌舞伎町から出ることはできない。
むしろ闇を受け入れてくれるこの街だったから、違法スレスレでも借りられた…
昨今の暴対法改正もあって、今はそれももう…無理だろうけどな。

「これは、個人の我儘だの我慢だのといったレベルの話じゃない。
   俺達人外が置かれた『現実』…その一言に尽きるんだ。」


想像以上に現実的で、つまんねぇ話だっただろ?
こんなしょーもないことに囚われて、身動きができない…
この程度の奴には、お前さんの大切な人を、渡さない方が…いいだろうな。

   そういうわけだから…
   ゴメンな、ツッキー。
   色々…ありがとうな。

様々な感情を圧し殺しながら、黒尾さんは力なく笑うと、
僕の頭をいつものように、優しくポンポン撫でてくれた。


黒尾さんの話は、僕にとって目から鱗…考えたこともない『現実』の話だった。
『普通に』暮らすだけでも、人外にとってこの社会は『壁だらけ』なのだ。
たとえ魔女でも、簡単には飛び越えられない壁の中に、囲われ続けている…

世間知らずの僕にとって、非常にショッキングな内容ではあった。
だが、もしこれが『核心』だとしたら、その壁は…『蜃気楼』に他ならない。

   (僕なら…それを、消せるっ!)


逸る気持ちを抑えながら、「もしも…」という仮定の言葉を前置きし、
僕は黒尾さんに対して、ひとつずつ慎重に『確認』していった。

「もし万が一、ウチと共同経営できるような場所を、借りられたとすれば…?」
「そんな奇跡が起こるなら…俺にも『ワガママ』を言う勇気が出るかもな。」

「運良く同居…同棲できるなら?」
「大家でも不動産屋でも、誰にでも俺は喜んで頭を下げに馳せ参じ…
   心も体も捧げますハハィ♪って、歌って拝んでワッシ~ョイ!してやるよ。」

「…赤葦さん本人には?」
「勿論…『月島』さんにも、喜んで。」

僕の『もしも』に、黒尾さんは全てを諦観しきった乾いた瞳で答えた。
150年自らに言い続け、哀しみすら忘れてしまったような…力の無い声だった。

僕はそんな黒尾さんの手を、力いっぱい引いて立たせると、
歌舞伎町仕込みのキラキラ★イケメンスマイルを魅せ…キッパリ断言した。


「それを聞いて安心しましたよ。
   今から一緒に、夢に捧げる『ワガママコール!』…絶叫しに行きましょう!」




- ⑧へGO! -




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※花園神社・稲荷鬼王神社 →『新年唖然
※ドンペリ →ドン・ペリニョン。高級シャンパンの代名詞的存在。
   通常の白は15,000円~だが、棺っぽい木箱入だと100,000円~(小売価格)。
※トンベリ →FFシリーズに出てくるモンスター。特殊技『みんなのうらみ』を発動。

※花まつりについて →『同行二人


2018/05/19    (2018/05/17分 MEMO小咄より移設)

 

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