引越見積②







「引越…しませんか?」

僕の『御提案』に返って来たのは、大きな溜息と…冷たぁ~い視線だった。


「あー悪ぃツッキー。今回ばっかりは、俺も…フォローしてやれねぇわ。」
「『引越』…目下、最大の禁句だよね~あ、転居転入転出も減点だから。」
「転属転勤転籍あたりが、バーテン引火点…昇天させてあげましょうか?」


予想していたけれど、この…口の悪さ。
通常時だってペテンなのに、機嫌が悪いと吃驚仰天な舌回転…こてんこてんだ。

いくら忙しいからって、可愛い部下に当たるなんて、酷い上司達じゃないか。
僕は自他ともに認める『下積厳禁』…ウエからの圧に弱い『精密機器』なのに。


余談だが、先日から愛車・流星号に、自主的にもう一枚シールを貼り付けた。



僕も大事に扱って欲しい一心で、『われもの注意』に慎ましく一文字追加…
ガラスのように繊細で壊れやすい僕を、緩衝材でふんわり包み込むように、
どうぞ優しく可愛がってやってくださいませ…という、注意喚起(切実願望)だ。

…という自虐ネタは置いといて。
強化ガラスじゃない僕は、割れたら尖って傷付ける気満々…負けてられない。
かったるそうに八朔を剥きながら、ぴゅんぴゅんと汁を飛ばし合う3人に、
「現実から意識まで飛ばさないように」と叱咤し、僕は話を切り出した。


「先日、皆さんの確定申告書類作成にあたり、僕は我が目を疑いました。」

失礼を承知で申し上げますと、僕が想像していたよりもずっと、その、まぁ…
黒猫&魔女のお2人がそこそこ稼いでいらっしゃることには、正直驚きました。

「あ、あと、本当に『桃色申告』だったんですね!」

先日、山口は「去年も税務署には…桃色申告?しといたよ~」と言っていたが、
黒尾のしょーもない親父ギャグと共に、山口のセリフも完全スルーしていた。
なぜなら『桃色』の確定申告書類など、一般には存在しない…はずだからだ。


所得税の確定申告には、正式な簿記(複式簿記)で記帳されている青色申告と、
それ以外の簡易なもの…金銭出納帳(家計簿)的な、白色申告の二種類がある。
きちんとした帳簿で青色申告すると、最大65万円もの特別控除が受けられる。
(白だと最大10万円まで。)

この青と白の違いは、元々は申告用紙の色の違いだったのだが、
現在は『e-TAX』による電子申告が主流なため、残念ながら青申でも青くない。

『レッドムーン』では、毎年僕が赤葦さんと僕の分を電子申告しているけど、
今年は黒尾さんと山口の分もついでに…慣れているから大丈夫だと思っていた。
でも、二人の昨年度分の申告書を見て愕然…全く見慣れないモノだったのだ。


まず『e-TAX』の入口が既に違う。
通常サイトの一部から、昔懐かしい二次創作サイトの入口捜索みたいな方法で、
『人外専用』の申告サイト(裏ページ)へジャンプ…本当に『桃色』だった。
どうやら、かつては申告用紙もほんのり桃色だったそうだ。

「桃色申告だなんて、テキトーなこと言って誤魔化したな…と思ってたよ。
   山口のこと、疑ってゴメンね。僕が不勉強だったよ。」
「おっ、ちゃんと自分の過ちを認める…ツッキーは偉いな~」
「まぁ…加点5、ってトコかな?」
「それでもまだ赤点ですけどね。」

恐らく100点が最高で、禁句を発した僕は一気に20点ぐらいまで減点され…
ツンデレな僕が素直に謝ったという異常事態でも、5点しか頂けないらしい。
これから一体どれだけ頑張れば、僕は及第点にイけるのか…気が遠くなる。

「えーっと、それで…ビックリの連続でした、って話ですよね。」


寿命の桁が違う『人と人外』では、ここまで制度や書類手続が違ってくるのか…
その際たる例が、社会保険料等の『各種控除』の欄だった。

人外には人外で、人とは別枠の健康保険や国民年金の制度があるらしいが、
当然ながらその保険料率も、控除率も全く違う…そうじゃなきゃ困るのだ。

「『介護保険料』という項目自体が、そもそも存在していないと言うか…」
「あ!黒尾さんも山口君も、数値的には『後期高齢者』なんですね…っ!!」
「俺達に介護が必要な頃には、この制度自体が崩壊してる可能性が高いよね~」
「勿論、生命保険にも入れねぇ…人と人外の一番の違いは、法制度かもな。」

国民年金だって、人と同じ枠だと不平等極まりないだろ?
払い続ける期間が桁違い…少なくともあと400年ぐらいは払う一方だよ。
それに、貰える頃には国家システム自体が激変してる可能性も、かなり高いぞ。

「俺達が成人?した頃は、江戸の町人…庶民には税金なんてなかったからな。」
「でも、その頃から俺達は『マイナンバー』的な登録証を持ってたよね~」

埋め難いジェネレーションギャップに、赤葦と月島が絶句していると、
黒尾と山口は年相応な昔話…ノスタルジーならぬ『ノスタル爺』を始めた。


「思春期に突入した頃は、黒尾さんが隠してた『春画』を盗み見してたけど…
   もし明治にアレを俺に売ってたら、笞刑だったかもしれないよね。」
「お前、勝手に見てたのかよっ!?それに春画は今や…芸術的文化財だからな!
   つーか、エロ本売ってムチ打ち…特定のシュミの奴には、罰にならねぇな。」

そうそう、江戸も現代も変わらねぇな~って春画があるんだが…
初代歌川豊国の『逢世雁之声(おうよがりのこえ)』ってやつだ。



(クリックで拡大)


「エロ本見ながらニヤニヤ…スマホで二次創作見ながらムフムフ…
   仰る通り、心当たりがありあまると言うか…鏡を見ている気分だね。」
「ちょっ、ちょっと月島君…その机の下を、よ~く見て下さい!
   赤黒い、何か凄い『お道具』が…隠さず堂々と出してありますよっ!」

まさに『ノスタル自慰』…大よがりの声っ!と、現代っ子が驚嘆していると、
今度は十分埋められる世代間格差について、自慰爺…ジジィ共がボヤき始めた。


「10年ほど前までは、二次創作といえば自サイト…ジャンル毎に作ってたね~
   検索サイトさんやら、『○○同盟』とかに、凄いお世話になったよね♪」
「仲良しサイト同士で相互リンクしまくって、リレー小説を連載したり、
   皆でオフ本…アンソロジー作って、それ専用のサイトも別に作ったよな!」

その頃に比べて、今は同人活動もSNS主体…作品を発表しやすくなったし、
色んな人の色んな作品を、一か所でたくさん(タダで)楽しめるようになった。
これは本当にありがたいし、同人・創作文化は極みに至ったと思われる。


だが、『たくさんの作品』が当たり前になってしまったことで、
『ひとつの作品』にも、相当な労力が費やされていることを、忘れがちに…

「夏冬のコミケなんかに行くとさ、一般開場前にサークルさん達は瀕死状態…
   徹夜で上げたコピー本を、その場で一生懸命製本してたりするんだよね。」
「オンラインでは見えないけど、作者はきっと同じような努力をしてるはず…
   仕事も趣味も、成果品は『当たり前』に出来上がったりしねぇんだよな。」

表に出てくる膨大な作品群に埋もれ、裏側に必ず存在する部分が見えなくなり、
作品は『完成品』としてのみ扱われ、その完成度が評価されるようになった。
評価はモチベーションになる一方で、大きなマイナス面も抱えている。

「自分の好きなモノを創りたい!というのが、創作の根本であるはずなのに、
   一般人も完成品を評価されることで、商業的にならざるを得ない流れに…」
「ニーズに応えるのが商売。それとは相容れないのが、『趣味』の世界です。
   創作の醍醐味は『完成品』よりも、作っている『途中』にこそあるのに…」

このままいくと、一般人は趣味としての『創作の楽しさ』を失ってしまい、
ニーズに合った『商品』だけを求め、自分で創ることを止めるかもしれない。

「創作の場がオープンになりすぎたことで、自由な創作ができなくなった…」
「同人・創作文化は、この先…縮小・衰退の道へ向かうおそれがあるんだね。」


『結果のみを評価』という流れがそぐわないのは、創作の世界だけではない。
家事等の日常生活や、大多数の『通常業務』も、状況としては全く同じだ。

「ネット通販でポチリしたら、数日中に自宅へ届くのが『当たり前』の時代。
   特に俺達の『物流』は、『途中経過』を担う業務…評価が難しいよね~」
「そこにプロとしてどんな技術や工夫、職人芸があったとしても、関係ない。
   『指定日にモノが届く』という、ごく単純な結果だけが、表に出るからな。」

「『成果主義』がなじまない仕事の方が実は多い…ウチもそうですよね。
   売上という『結果』ではなく、店で過ごす時間…『途中経過』が根本です。」
「結果として現れない部分も含め、きちんと評価するシステムがなければ、
   成果主義は成功しえない…働くのが嫌になってしまいますからね。」


ジジィ共の『ノルタル自慰』から、至極まっとうな話に帰結してしまった。
今回ばかりは、考察の『途中経過』よりも『結果』を評価した方がいいかも…
月島がそう心の中で苦笑いしていると、上司達は別種の微笑みを浮かべていた。

「俺達も、目には見えない部分を…部下の『裏の努力』を評価すべきですね。」
「イラつく俺達を、何とか宥めようとしてくれた…ツッキー、サンキューな。」
「ツッキーには10点×3上司分を加点してあげる…無事に赤点は脱出だよね~」

上司達は3方向から、可愛い部下の頭を包み込むように優しく撫で撫で…
始めは驚いて固まっていた月島も、照れ臭そうにふにゃりと頬を綻ばせた。
久しぶりに、4人の間に…和やかで柔らかい雰囲気が戻って来た。


よーっし、世間様には見えない存在…評価されにくい仕事だけど、
俺達も自分の仕事に誇りを持って、日々の業務を頑張っていこうぜっ!!

「俺達は俺達同士で…お互いの『裏の姿』を認め合い、尊敬していこうな!」

黒尾の『まとめ』に、全員が良い笑顔と声でお返事。
一緒に年度末を乗り切るぞーっ!!と、気合を入れ直した…所で、
月島は重要な事実を思い出し、慌てて話を『本題』に引き戻した。


「『裏の姿』…それですよ、僕の言いたかったことは!!」

黒尾さんと山口の『桃色申告』で、僕はお二人の『裏の姿』を知ってしまった…
実年齢が290歳と270歳だとかは、(驚いたけど)ごくごく些細なことです。

問題は、とある控除と地代家賃…
黒尾さんには、山口ではない『扶養者』がいらっしゃいますし、
山口には、ここではない『別宅』が存在していました。

「んなっ!!?つつつっ、つまり、黒尾さんと山口君には…」

月島の明かした『桃色申告』の秘密に、赤葦は声を震わせた。
その事実からストレートに想像される、彼らの『裏の姿』とは、即ち…


「お二人には、『家族』と『家庭』がある…かもしれないんです。」




- ③へGO! -




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※強化ガラスについて→『白馬王子
※桃色申告… →『下積厳禁①
※昔懐かしい二次創作サイトの… →
   インデックスページ等を全選択(文字反転)して『本物の入口』を探す方法。
   『裏ページ』の入口も、同様の方法でサイト中をくまなく捜索したり…


2018/03/28    (2018/03/25分 MEMO小咄より移設)

 

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