引越見積③







いつの間にか…新年度が始まっていた。


『黒猫魔女』の二人の桃色申告に隠された秘密を、僕が暴いた…その直後、
テレパシーで見てたんじゃないの!?というぐらいドンピシャなタイミングで、
取引先の伊達工業㈱さんから、緊急援助要請が入り…怒涛の完徹修羅場突入。

あの時、何の話をしていたかも全く思い出せない日々が、年度末まで続き…
納品(及び歓送迎会ピーク)を終えた後、数日間は4人共が意識混濁状態だった。
ようやく起き上がった時には、例年より早く咲いた桜はとっくに葉桜となり、
僕は大好きな白木蓮や鈴蘭水仙を、今年は一度も愛でることができなかった。


これは、回転寿司の春限定サブメニュー『はまぐりラーメン』を食べ逃したり、
スーパーにも既に『菜の花』がなくなっていたのと、同じぐらい痛恨の出来事…
スーパー&併設する回転寿司屋の前で、僕と赤葦さんはその場に崩れ落ちた。

「僕の春は…どこへっ!?」
「俺の春も…返してっ!!」

年度末修羅場がどれだけ過酷で、早すぎる春がどんなに残酷な結果を齎すか…
僕達は『失われた春』の大きさに、嗚咽を堪え切れなかった。


そんなこんなで、『常春♪』な歌舞伎町にも、世間並の春が通り過ぎて行く中、
引越ピークも落ち着いた『黒猫魔女』の方は、比較的のんびりゆったりモード…
我らが『レッドムーン』も、多少の新歓コンパはあるものの、余裕が出てきた。

こうなってくると、多忙にかまけて忘れたフリをしていた『懸案事項』が、
じわりじわりと滲み出し…4人の間にビミョーな空気を醸成し始めた。
日中は汗ばむのに、陽が落ちるとぶるりとクるような、油断ならない雰囲気だ。

時間が空いてしまった分、改めて訊くには相当な勇気やら何やらが必要になり、
誰がそれを言い出すかという探り合い…だったら、まだ可愛いレベルなのだが、
「言い出しっぺが何とかしろ。」という無言の圧力が、僕に圧し掛かっていた。

   (注・僕は『下積厳禁』です。)


ホントーに、僕の上司達は手が掛かる。
だが、手は掛かるけれど、僕が『無言の圧力』に屈して勝手に動いたとしても、
それを「やれとは言ってねぇ」「俺は知りません」「報告なかったもん」云々…
僕に責任を押し付けたり、『忖度』だ!等とは、絶対に言わない人達である。

むしろ、上手くヤれば莫大な退職金だとか、オイシイ天下り先を用意して…
ではなく、大声で「よくやった!」と、承認欲求をミッチリ満たしてくれる、
素晴らしく部下扱いが巧み…ホントーにヤリ手でステキな上司達なのだ。

   (注・僕は褒めて育つタイプです。)


チョロい?その通り…チョロくて結構。
でも、部下の努力を正当に評価し、思いっきり褒めてくれる上司がいる方が、
ありもしない昇給や有給、福利厚生に踊らされるより、僕はずっといいと思う。

一部上場企業だとか、一等地に社屋があるだとかは、仕事の本質とは別次元。
一生の大部分を占める『仕事』が、自分にとってどういうものであるべきか…
僕はそこが一番重要だと感じて、個人事業主の赤葦さんに付いて行ったんだし、
黒猫魔女さんとの共同経営を、心から愉しみ…充実した日々を送っているのだ。

鈍感純情な人タラシ吸血鬼だろうが、女装して空をぶっ飛ぶ辛口魔女だろうが、
存在そのものが猥褻物な歌舞伎町の女王だろうが、特に問題はない。
このクソ面倒な僕を可愛がってもらえるだけで、僕は十分過ぎるほど幸せだ。

   (注・僕に『可愛げ』成分は含まれておりません。)


こんな発想に到るだなんて、これぞまさに『下僕』根性…躾が行き届いている。
当初は『下僕』だの『下積』だの、とんでもない人権侵害だと思っていたけど、
実際はこの称号のおかげで、ワガママやら何やら、大目に見てもらってるし、
結局上司達は、僕が可愛くて仕方ないだけで、キツいおクチはただの照れ隠し…
甘やかしの『言い訳』でしかないと、僕は早々に悟ってしまったのだ。

…と、僕は自分を強引に納得させ、精神の安定とワガママ三昧の地位を得た。
責任もない自由気ままな下っ端…僕のポジションが一番オイシイに決まってる。
上司の愚痴を言えるウチ…自分に部下がいない方が、実は楽な立場だろうしね。

   (注・僕に役職を与えないで下さい。)


以上が、月島蛍取扱説明書(新年度版)…どうぞ賢くご使用下さいませ。
最低限これらを守って頂ければ、僕は心から喜んで上司のために尽力…もとい、
『大手を振ってヤりたい放題』し、結果的にお役に立てればなぁと思ってます。

   (注・ご利用は計画的に♪)


…と、いうわけで。
そろそろ本腰入れて、僕も『仕事』に取り掛かることにしよう。



*****



おそらく、僕が暴露した『懸案事項』…
黒尾さんに扶養家族がいて、山口に別宅があることについては、
4人全員が顔を合わせている時には、出さない方がいいと思われる。
二人との付き合いがまだ浅い僕と赤葦さんは、当然ながら知らなかったのだが…

問題は、この件に関し、黒尾さんと山口もお互いに知らなかったっぽいことだ。
非常に繊細で超個人的なコトであるせいか、150年の付き合いがある二人でも、
未知の部分だった…『青天の霹靂』といった表情で、心底驚愕していたのだ。


ネタがネタだけに、お昼ご飯の雑談がてら、軽~く訊けるようなモノではない。
でも、大切な人のことだからこそ、知りたいし…知っておくべきことでもある。
とは言え、あぁ見えてもビビリで常識人な上司達は、自分からは言い出せない。
相手を傷付けるかもしれないことには、触れないでおく…優しい人達なのだ。

そんな『自分よりも相手』な上司達よりも、更に親切で優しいのが…この僕だ。
ツンデレで毒舌が公式設定な僕は、失礼を働いても『標準仕様』扱いのため、
(自称)常識人達が訊けない・言えないことを言っても、大体許されるキャラだ。
こういう時のために、普段から僕は甘やかされている…愛されヒール役である。

「物凄ぇ都合のイイ自己解釈だよな…」
「自分で言う辺りが図々しいですね…」
「ちょっと調子乗り過ぎなんだよね…」

…等々、上司達の厳しい幻聴がテレパシーの如く聞こえてくる気がするけど、
僕にはしっかり、彼らの心の声…本心も一緒に伝わってきている。

   (マジ…頼む。お前だけが頼りだ!)
   (状況を打開できるのは…月島君!)
   (ココはツッキーが…男を見せて!)


あ~ぁ、弄られすぎてここまで痛い子になったか…って思ったでしょ?
自己防衛本能が働いていることは確か…上司達の顔色伺いが特技になってきた。
でも、これは僕の勘違い(妄想)や、御都合主義的解釈なんかじゃないから。

その証拠に、最近の上司達は何かと理由をつけて、僕と二人きりになりたがる。
特に用事もないくせに、買い出しに付き合わせたり、おやつを買ってくれたり…
気味が悪いぐらい僕に対して甘々で、取説以上に大事にされているのだ。

それが3人同時多発的…それぞれが僕をアッチコッチに呼び出しまくるから、
逆に誰とも『二人きり』になれないという、皮肉な結果になっていた。


要するに、新年度が来てやっとヒマになったなぁ~と思った瞬間から、
3人の上司達に、代わる代わる振り回され続けている…これが僕の現状だ。
つまり、『大手を振ってヤりたい放題』しなければ、僕は近々潰れてしまう…
そうせざるを得ない状況に、新年度早々追い込まれただけだったりする。

   (わかってます。僕が動きますって。)

だからせめて…せめて僕のヤりたいようにヤらせて下さいよ。
僕だって本心から、皆が上手くイけばいいなぁと…思ってるんですから。


それじゃあ早速だけど…3人の内、まずは誰から話を聞くべきだろうか?
自分で悩んで決めるよりも、ここは運を天に任せた方が得策(フェア)だと思い、
僕は御贔屓のプロ野球チームの、開幕3連戦の勝敗で決めることにした。

   ・3連勝の場合 →赤葦さんから。
   ・2勝した場合 →黒尾さんから。
   ・2敗した場合 →山口から。
   ・3連敗の場合 →現実逃避。
   ・(引き分けはノーカンとする。)

結果…夢のような3連勝。
僕以上に浮かれ回って、超~ご機嫌♪な赤葦さんから攻略するのがベストだ。
今の赤葦さんなら大抵のことは赦すし、オネダリも聞いてくれる…間違いなく。

「『菜の花とはまぐりのパスタ』を出している店を発見しました。」と囁くと、
「たまには月島君と二人で、ランチもいいですね…ご馳走します♪」との返事。
実にチョロい…お財布の紐『等』のユルさは、まさに『勝率変動型』である。
(この極秘情報…『赤葦京治取扱説明』は、どこぞの王子様に高く売る予定。)


そんなこんなで、4人でのお昼ご飯兼会議を今日はお休みさせてもらい、
僕は久々に赤葦さんと連れ立って、春ランチへと出掛けることにした。




- ④へGO! -




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※白木蓮や鈴蘭水仙 →『春宵一刻


2018/04/08    (2018/04/05分 MEMO小咄より移設)

 

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