下積厳禁①







「あっ、そこ…んんっ!」
「ココ?気持ち…イイ?」

「ちょ、ヤ…痛いってばっ!!」
「ごっ、ごごごっ、ごめん!!」


僕が『黒猫魔女の宅Q便』で配送業見習い(下積み)を始めて、そろそろ1カ月。
年末年始のピークを越えたと思っていたら、大雪と大寒波で流通業界は大打撃…
特に急を要する血液急便の需要はうなぎのぼりで、魔女・山口は連日フル稼働。
その前段階にあたる献血ルームも、慢性的な血液不足で職員も血の気を失い、
『三丁目の王子様』こと吸血鬼・黒尾さんも、日中はそっちに出ずっぱりだ。

新年会シーズンが終わり、気温も財布も寒さが厳しくなるこの時期は、
風俗業界の客足は一年で一番緩やかで、街全体も落ち着いてくるが、
同じ歌舞伎町でも、業態が違うとここまで別世界なのかと、心底驚いている。


「毎年この時期は、年末年始並のド修羅場だそうですよ…要領悪すぎです。」
「これを二人で回してたなんて、無謀以外のナニモノでもありませんよね。」

年明けから本格的に事業協力(共同経営)し始めた『レッドムーン』の二人…
敬愛する上司・赤葦さんと、(忠実な下)僕は、体力任せの黒猫魔女に唖然茫然。
すぐさま事業経営改革会議…即ち『お説教』をミッチリ行った。

「生命力や魔力で、事業が上手く回ると思ったら、大間違いです。」
「根性や努力があっても、経営できるわけでもありませんからね。」

よくこんな考えナシで、300年も歌舞伎町(お江戸)で生きて来られたもんだ。
アングラな二丁目のバーの方が、よっぽど明朗会計の青色申告じゃないか。

「いやホント、お恥ずかしい…これぞまさに、『真っ青深刻』だよな!」
「俺、配達だけで精一杯だもん。去年も税務署には…桃色申告?しといたよ~」


そんなこんなで、提携初日から赤葦さんが黒猫魔女の事業全般を完全掌握…
黒尾さんは牙を剥くどころか、赤葦さんに歯も立てられない状態だ。
(ついでに言うと、二人のラブラブ具合は目も当てられない。)
同じように、僕も経理関係を一手に引き受け、財布を握ったはずなんだけど…

「ツッキーは立場的に俺の『下』…ペーペーの『見習い君』だからね?」
…と、先手を打って『パイセン面』をされ、体育会系序列が確定された。
それどころか、僕の愛車(電動アシスト自転車)のピカピカボディど真ん中に、
荷物用の『下積厳禁』シールの上半分をちぎって、貼り付けられてしまった。




「ちょっと、これは酷くない!?確かに僕は、配送業では『下積』中だけど…」

『下積厳禁』とは、この荷物を他の荷物の下に積まないで下さいという意味で、
この荷物の上に他の荷物を積まないでという『上積厳禁』と全く同じだと、
下積み開始時に『運送業界豆知識』で学び、僕は一つ賢くなっていた。

『上下』は全く逆なのに、実質同じだなんて…いい加減すぎな気もするけど、
『月山(正常位)』と『山月(騎乗位)』だと解釈すれば…実にイイ加減だ。
だからと言って、愛車にドン!とシールを貼られるのは、正直いただけない。


「一つじゃ足りなかった?なら…『精密機器』のシールも付けたげよっか?
   意外と壊れやすくて繊細だから、取扱には十分注意して欲しいもんね~♪」

「それ、僕の愛車のこと…だよね?」
「むしろ俺の愛車…だったりして?」

「山口が乗ってる、箒…?」
「俺が乗ってる、箒の柄っぽいモノ?」

というわけで、僕は唯一の武器だった毒舌部門でも、山口に完敗…
歯向かうことなど夢のまた夢、舌先で軽く転がされ、顎でコキ使われている。
つまり、今年に入ってからの僕は、人数的には上司が3倍に増えただけだが、
実質的(経年的)な厄介度と気苦労は、約30倍に膨れ上がったことになる。


「言っとくけど、俺は部下を持つまで…150年かかったからね?
   あぁぁぁぁ~、今日も寒いし飛び過ぎだし、足腰痛くてたまんないよ~」

業務を終えた風呂上がり。宿直室でギシギシなカラダをゴロゴロしながら、
僕の新たなパイセンは、寒風が節々に堪えるよ〜と、年相応にぼやいていた。

「ねぇ、じっとしててよ。そんなに動き回ったら、腰に湿布貼れないよ?」
「やだやだっ!そのまま貼ったら絶交だからね?ちゃんとあっためてから!」

はいはい、わかってますよ。
レンジでチンして使う、ゲル状の湯たんぽの袋の中に湿布を入れ、
これ見よがしに僕の目の前でぶらぶら~っとバタつかせる足を捕まえて、
ふくらはぎをマッサージ…入浴後でもこのコリっぷりは、やっぱり可哀想だ。


山口は血が必要な急患の皆様と、『宅配業者の魔女』という『男の夢』のため、
記録的大寒波の中でも、OLさんと同じようなストッキングで戦っている。
いくら赤葦さんや僕が調整しても、山口の業務量が多いのは変わらない…
僕達は山口の負担ができるだけ減るように、サポートすることしかできない。

「あー、もうちょっと強めでいいよ~」
「了解。このぐらいでいい?」

僕にできることと言えば、配達中の地上管制塔として指令を出すこと、
そして、仕事終わりにパイセンを労わること…寝落ちするまでマッサージだ。

横暴極まりないようにも思うが、これも魔女スカートのため…世の中のため。
僕は粛々としながらも、使命感やらアレやらを奮い立たせつつ、
心から喜んで、山口パイセンのために日夜モミモミと励んでいるところだ。


「ツッキーさ、マッサージ下手だよね。区役所裏のリフレの方がずっとマシ。」
「えっ!?山口、そんなトコにイって…駄目だよ!アブナイから…っ!!」

エステやリフレクソロジーと称し、歌舞伎町には『HP回復系』だけでなく、
『春』を呼ぶ系のリラクゼーション施設も、それはそれはたくさんある。
そちらもシャキ!とかスッキリ!とかの『癒しのプロ』ではあるけれど、
僕を含め、その人たちが行うモノも、正式には『マッサージ』ではない…
医師及びあん摩マッサージ指圧師という国家資格者だけが、
『マッサージ』という療養術を施術することが可能な業種である。

…なんていう僕の雑学(言い訳)は、ただの子守歌にしかならないようだ。
ド下手で役立たずだと大文句を言っていた割に、山口はうつらうつら…
気持ち良さそうな寝息を立て、僕の枕によだれの海を作りつつある。

とても300前…30前にも見えない程、子どものように無垢な寝顔に、
ほっこりするやら、ちょっとがっかりするやら…
いや、それよりも何よりも。

   (手が…めちゃくちゃ疲れた…っ)


素人マッサージは、ヤってもらう側もイマイチな上に、
ヤる側はコツもわからず疲れる一方…本来的な意味でのマッサージには程遠い。
どちらかというと、スキンシップと『春よ来い♪』が目的の行為なんだから、
ヤってもらう側が寝落ちで終わり…なんてのは、本当に割が合わないと思う。

せめて労力に見合う『ご褒美』か、もしくはもうちょっと楽をさせて欲しい。
本気で黒尾さんに『あしもみマッサージ器』の購入を申請してみようかと…

   (ん?マッサージ器…あるよっ!)


きっとアレは、僕よりずっと本格的で上手だろうし、僕も楽チンだし、
もしかすると『ご褒美♪』にもなり得るかもしれない…アレを使わせて貰おう!

僕は自分の名案に大満足しながら、山口の脚を抱えたまま寝落ち…
翌日昼に4人集まっての定例会議(お昼ご飯)の時に、おもむろに提案した。


「赤葦さん。年末の騒動で頂いたままだったアレ…
   『電マ』を僕に貸して下さい。」

場に訪れた沈黙。
それを打ち破ったのは、黒尾さんの怒気を孕んだ重々しい声だった。


「…緊急会議だ。」




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2018/01/31    (2018/01/25分 MEMO小咄より移設)

 

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