夜想愛夢⑫







「悲しいお話でしたが…皆さんで素敵な時間を過ごされたようですね。」
「あぁ。毎度ながら酷い振り回されっぷりだったが…悪くなかったよ。」

では、私からはその考察になぞらえた一杯をお贈りしますね。
まずは、『青』と『月』にちなみまして…こちらをどうぞ。

「これだけは絶対に外せない…『ブルー・ムーン』です。」

『完璧な愛』の名を持つ、媚薬『パルフェ・タムール』は勿論ですが、
ベースのジンには、『ビフィーター』を使いました。

「英国の消火栓の形をした瓶…『火消し』にはピッタリだ。」




考察の際、皆で着た青い衣…法被。
法被は『火消し』達が着ていた半纏を元にして作られたものだった。

「神秘的な青紫…綺麗ですね~」
「それに、凄く美味しいです。」

火の神の怒りを鎮めるには、必要だったかもしれませんが、
『完璧な愛』までは消してしまわないように…お願いしますね?

赤葦は「媚薬成分を多めに入れておきました。」と、艶っぽく微笑んだ。


「流石だな、マスター。」
「いえ、恐れ入ります。」


*****


「ビシっと…決まったね~!」
「うん…何年越しだろうね。」

カウンターにグラスを置くと、月島と山口は、ウットリと感嘆のため息。
そして、『おかわり』を頼もうとして…その息を飲み込んだ。

「えっ!?ああっ、赤葦さんっ!?」
「なっ!?ななっ、泣いてるっ!?」

グラスを拭きながら、赤葦は天を仰いで滂沱…完璧に悦に入っていた。
赤葦の正面に座っていた黒尾は、胸ポケットから白いハンカチを取り出し、
何も言わずに、カウンターの上にそっと置いた。


「この日をどんなに待ち望んだことか…やっと、やっと俺の夢が叶いました。」

高校時代、合宿中の第三体育館の裏で。
何となく集まった4人で、月を眺めながら夕涼みをした。
その時、黒尾と赤葦が『バーテンと常連客』ごっこを即興で行い、
いつかオトナになったら、4人でカクテル談義をしような…と言っていたのだ。

勿論、それは場の雰囲気に流されただけで、いわば社交辞令だったが、
時を経て、こうして本当に実現することになろうとは、誰も思っていなかった。


「まさか本当に、オトナになった4人でカクテル談義をするなんてね~」
「まさかその4人で一緒に開業して、まさかまさか一緒に暮らすなんて…ね。」
「バーテン赤葦が絶望的下戸で、ノンアルだった山口が大蛇…まさか、だな。」

その頃思い描いた夢とは、かなり違う現実になってはいるが、
夢にも思わなかったような、充実して幸せな毎日…まるで夢のようだ。


「それにしても、いつの間にそんな衣装まで揃えてたんですか?」

赤葦は、見たまんまバーテンさん…黒のカマーベストに長いソムリエエプロン、
ピンタックウィングの白いシャツに、深紅の蝶ネクタイ…痺れるほど似合う。

「いや、例の法被を買いに、業務用ユニフォームの店に行ったんだが…」

そこでたまたまこの衣装セットを見つけて、赤葦に内緒で買っておいたんだよ。
まさかこんなにすぐに着る機会が来るとは、全く予想してなかったけどな。

…と言いつつ、黒尾もこのクソ暑い海辺の別荘で、ピッチリとスーツを着込み、
『ごっこ』の雰囲気を完璧に演出…相変わらずの王子様っぷりである。

カウンター越しに艶っぽく見つめ合う、『ごっこ遊び』愛好家のクロ赤コンビ…
Tシャツ&短パンという、バカンスにピッタリな格好のはずの月島&山口は、
自分達の方がドレスコードを破ってしまったかのような、妙な気まずさを感じ、
二人から目を逸らすように、大きな窓からまだ明るい空を見上げた。

「『京の夢 大阪の夢』ならぬ…」
「『京治の夢 大酒は夢のまた夢』だよね~」

はいはいゴチソウサマです~と棒読みしつつも、月島達も穏やかな笑顔…
赤葦の長年の夢が叶ったことが自分のことのように嬉しく、
夢が叶った場面に、自分達も立ち会えた巡り合わせを、本当に幸運だと思った。


「ずっと浸っていたいんですけど…2杯目をお入れしますね。」
「俺もそろそろ…上着だけでも、脱がせて貰ってもいいよな?」

赤葦は新たなカクテルを作るべく、繊細な手つきで分量を量り、
黒尾は上着を脱いでネクタイの首元を緩め、『ブルー・ムーン』を飲み干した。
ただの『ごっこ遊び』のくせに、悔しいぐらい…様になる二人である。


「まずは黒尾さん。ブルー・キュラソーとカルピス、ソーダとビールを使った、
   深海にしんしんと降り積もる雪…『マリンスノウ』です。」

青緑の海に、白い雪…深海の暗黒ではなく、仄かに淡い明るさに包まれている。

「こんなに柔らかくて、優しい海なら…溺れてもいいかもな。」
このカクテルのおかげで、悪夢のイメージが消えた…ありがとな、赤葦。

黒尾は赤葦にだけ聞こえるように囁き、嬉しそうにグラスに口を付けた。


「次は月島君…マスカットのリキュール『ミスティア』を使った、
   『ミスティ・ブリーズ』という名のカクテルです。」




マスカットの花言葉は、『月の女神の甘い吐息』だそうだ。
『月』に関わるものも、今回の考察ではたくさん出てきたが、
マスカットの爽やかな緑も、『青』の一部…月の女神は、青の女神でもある。

「ツッキーにとっての青い女神…の、甘い吐息か。見た目以上に甘そうだな?」
「ただ甘いだけじゃない…ミント多めで刺激的なトコロも、僕好みです♪」

月島は真横に座る『青い女神』に、チラリと視線を送りながら、
「本当に…僕が大好きな味だよ。」と、吐息だけで囁いた。


甘い吐息もそうですけど、口から言葉を吐き出す…
この『吐』という字に関して、とっても素敵な名言があるんですよ。

これは、『美の女神』にも繋がる、某エステ店の創業者の言葉なんですが…と、
赤葦は指をミスティアで濡らし、カウンターに『吐』と書いた。

「言葉を『吐』くという文字は、口にプラスとマイナスを書きます。
   これがプラスだけになると…願いが『叶』うのです。」

ミスティアで書いた字の『-』を、赤葦は人差し指で拭い、
口元にその指先をちょんちょんと当て、「お静かに。」の仕種をした。

「思わず口を滑って出た、『-』の言葉で、山口君は悲しみ立ち去りました。
  『愛の夢』の教訓を忘れないように…月島君にこのカクテルを贈ります。」

甘いだけではなく、口にも心にも刺激的な、赤葦からの一杯…
月島は黙って頷き、『-』が出てこないよう、女神の吐息を静かに流し込んだ。


「さて山口君には、カクテル言葉が『愛に包まれて幸せな気分になる人』…
   エメラルドグリーンが鮮やかな『グリーン・スパイダー』です。」

緑も勿論、青。そして…蜘蛛だ。
蕩けるような甘口だが、ウォッカベースでかなり度数が高いので、
土蜘蛛…大蛇様専用のカクテルですよ、と赤葦は片目を瞑って魅せた。

「そう言えばこの蜘蛛に関して、ずっと疑問に思っていたことがあるんです。」

火を吹く子蜘蛛達を操る、蜘蛛女の姿をした妖怪を、
『女郎蜘蛛(じょろうぐも)』と言いますが…『絡新婦』とも書くんですよ。

「なぜ蜘蛛女の妖怪を、『絡む新婦』と書くのか…今回やっとわかりました。」


『絡』という漢字は、糸編に『各』。
『各』は、『神霊が降って来るのを祈る姿』の象形…『つなぐ』という意味だ。

「糸…織物に関係し、神が降りてくるように祈り、その神を身に『まとう』…」
「神に祈りを捧げ、神のために捧げられた新婦…巫女さん、だよね。」
「そもそも蜘蛛も、『糸』繋がり…織物に携わる女性を表してるんだな。」

『火を吹く子』を産むというもの、タタラとの関連を思えば納得である。
更に『絡』には『周りを囲む』という意味もある…取り籠められているのだ。

「神に捧げられた巫女…一夜妻。
   一夜だけ咲くという意味で、月下美人にも繋がるな。」

『青い部屋』で飲んだ、『真夜中のバカンス』のラベルに描かれていた花だ。
そして、『一夜だけ咲いた』女性が、もう一人…

「飯豊青皇女は、生涯にたった一度だけ、男性と一夜を共にしたそうです。」
「まさか、飯豊青皇女も…巫女!?」


古代の女性皇族では、巫女的な資質と役割を持っていた人もいた。
八幡神(応神天皇)の母・神功皇后や、最初の伊勢斎宮・倭姫命(やまとひめ)、
邪馬台国の女王・卑弥呼も、執政者であり、かつ巫女でもあった。
出自を見ても、飯豊青皇女が巫女的な存在であったとしても、おかしくはない。

「伊勢の斎宮って…伊勢神宮の、天照大神に捧げられた巫女だよね?」
「儀式の時以外は、『本院』等の斎宮専用の御所から出られなかった…
   神に捧げられ、神以外と交わることを許されず、閉じ籠められた巫女だよ。」

この斎宮の衣こそ、実は『青衣』…緑に近い『青』だと言われているのだ。


「『青衣の女人』は、山口の考察のように、女性天皇を表す可能性もあるが、
   斎宮…神に捧げられた巫女全般と、捉えることもできそうだな。」

歴史の表舞台には出てこないが、この国を陰で支え続けてきた存在…
個人名ではなく、総称の『青衣の女人』としてでも、鎮魂すべき女性達だろう。
歴史に消された天皇としても、閉じ籠められた巫女としても、
飯豊青皇女は二重の意味で、『青衣の女人』に相応しい女性かもしれない。


「そういうわけですので、山口君は『青く絡む新婦』として…
   今後もアレやコレを巧みに操って、上手く…籠絡していって下さいね。」
「は…はいっ!俺、頑張りますから…ガッツリおかわり下さ~い♪」

言葉巧みに場の雰囲気をコントロールする、我らが愛しい(糸しい?)新婦達に、
黒尾と月島は「乾杯(完敗)…」と、静かにグラスを合わせた。


「では、最後に俺の分…当然ながらノンアルコールカクテルです。」

黄櫨色よりも黄色い青…レモンジュースに卵を入れ、ジンジャエールで割った、
甘酸っぱくまろやかな、優しい味のカクテルである。その名も…

「『ラバーズ・ドリーム』です。」

カクテルに卵?『恋人達の夢』のために、ガッツリ精力剤としてイれる…?
そんな風に思われるかもしれませんが、卵を入れるカクテルは結構あります。

「そもそも『カクテル』という言葉が、『cocktail』…雄鶏の尾羽ですから。」

かつて、雄鶏の尾羽を使ってお酒を混ぜていたことが、語源の一つだそうです。
それに雄鶏と言えば、『天岩戸』に呼び集められた、太陽を呼ぶ鳥ですよね。
今回の考察をシメるには、カクテルこそが最も『ドンピシャ』なんです。

いつ使おうかと、卵のようにお腹の中で温めていたネタでしたけど…
『天岩戸』まで大事にとっておいたことに、我ながら天晴れ♪です。

『恋人達の夢』を、赤葦は一人で満足そうにお腹に入れ直していたが、
目の覚めるような言葉を、雄鶏達が声高に主張した。

「ずっと夢を見ていたい恋人達には…」
「朝を告げる長鳴鳥は、邪魔ですね…」
「っつーか、雄鶏は卵産まねぇよな…」


「寝言が聞こえた…気のせいですね?」

夢をぶち壊す『-』の言葉を吐いた3人は、慌てて口を真一文字に引き締め、
長年の夢を叶え、考察に彩を添えるカクテルを振る舞ってくれた赤葦を讃えた。





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「それにしても、夢にまで見たことが実現してしまうと、
  『夢なら覚めないで!』と思ってしまうのは…少し矛盾していますよね。」


バーカウンターから外のテラスに場を移し(黒尾と赤葦はラフな格好に着替え)、
茜色に染まる海を眺めながら、4人は用意された夕餉に舌鼓を打った。

美しい景色、涼やかな海風、美味しい料理に美味しい酒…
家事も仕事もしなくていい『トロピカ~ル☆』なリゾートを、4人は満喫中だ。


「思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ
   夢と知りせば 覚めざらましを…」
「小野小町の、『夢三首』のうちの一つですね。」

愛しいあの人のことを想って寝たから、夢にあの人が現れたのだろうか。
あれが夢だとわかっていたならば、目覚めなかったのに…

「逢いたくて、逢いたくて。夢でもいいから、お願い…来て欲しい。
   夢を詠った歌は、今も昔もロマンチックなものが多いですよね~♪」

山口は頬をほんのり染めながら、ちょっと恥ずかしそうにはにかんだが、
「それはちょっと違うよ。」と、隣に座っていた月島が訂正した。

「その当時は、現代とは逆…相手に対する想いが強いから、
   恋しい人の夢の中に、自分から逢いに『行く』って、考えられていたんだ。」

私の夢に来たあの人は、そこまで私を想ってくれているのかしら?
それとも、私の思い過ごし…ただの幻なの?
もし もう少し寝ていたら、あの人が私を抱き締めてくれたかも…?という、
信じたいけど、まだ確信はできない、揺れ動く心を描いた歌である。


「この考えからすると、先日赤葦さん達にご馳走になった『ステキな夢』は、
   僕じゃなくて山口が、僕を想って逢いに来てくれたことになるね。」

実はあの日、僕もほんのちょっとだけ、動揺してたみたいで…
寝間着代わりのTシャツを、裏返しに着てたみたいなんだよ。

 『いとせめて 恋しき時は むばたまの
    夜の衣を かへしてぞ着る』

貴方が恋しくてたまらない時は、せめて夢で逢えるよう、衣を裏返して着ます…
これも小野小町の『夢三首』のうちの一つだ。

「夜着を裏返して寝ると、逢いたい人が夢の中に逢いに来てくれる…
   そういう伝承?おまじないがあったらしいけど、まさにその通りだったね。」

『ステキな夢』を見られたのは、偶然ながら裏返しだったからでは…?という、
月島にしては珍しく大胆な、公開の場での『デレっぷり』である。
…赤葦が多めにイれといた媚薬が、月島にはキいているのかもしれない。


「衣を裏返す…『KOROMO』をアナグラムにすると、『OK ROOM』です。
  『どうぞ私の(ヤり)部屋にいらして下さいませ♪』という、お誘いですね。」
「あっ!夜着を裏返す…『YOGI』のアナグラムだと、『GYOI』で『御意』!
   もし来てくれるなら、何されてもオッケー♪っていう…完全同意?」
「いや待て。『よぎをうらがえしてねる』をアナグラムにすると…
  『世を寝返て裏切る死』…寝返って主を裏切り、そして死…八咫烏だ。」

せっかく『恋しい人が出てくる夢』について、ステキな考察をしようと、
トロピカ~ル☆な気分に背を押されながら、精一杯頑張ってみたというのに…

無駄に良い反射神経と瞬発力で、『言葉遊び』にグイグイとノってきて、
あっと言う間に『ステキな雰囲気』をぶち壊していく面々に、
月島はガックリ項垂れ…大きくため息を吐き出した。


「アナグラムは『裏返し』とは言えないでしょ…せめて回文にして下さい。」

例えば、そうですね…
『キスしまだ眠れぬ儚い夢なら 舐め結いナカは濡れ、胸騙し…好き。』
(きすしまだねむれぬはかないゆめならなめゆいなかはぬれむねだましすき)

「…って、僕の瞬発力も、なかなかですよね。力作に自分でビックリです。」

咄嗟に作った割には、かなり長文の『裏返し』…月島は自分で呆れ返った。
おぉっ!?と驚き拍手をくれる面々に、ゴホンと咳払いし…異議を申立てた。


「ちょっと皆さん…酷くないですか?」

僕が黄櫨色ならぬ恥色の衣を被って、超~珍しく『デレっ♪』としてるのに、
赤葦さんには『-』の言葉を自重し、僕には無遠慮にツッコミ…あんまりです。

せめて、「おいおいツッキー、俺らの前で公然と『デレ』…やるな。」とか、
「おやおや月島君、本当に『ツン』は卒業したんですね。おめでとう。」とか、
「ツッキーやめてよ…俺から逢いに行ったこと、どうしてバラしちゃうの?」…
これぐらい優しい『合い(愛)の手』をくれたって…いいじゃないですか!

「これじゃあ僕は、勇気を出して恥色を着た意味ないです…」


酒と媚薬の酔い以上に頬を染めながら、月島は不平不満…の、照れ隠し。
それを見た3人は、あたたか~い眼差しで『愛の手』を差し伸べた。

「中途半端にデレて、テレるからです。
   ヤるなら徹底的に…ツッコミをイれる余地がないぐらい、デレて下さい。」
「今のツッキーは、ツッコミし放題だ。
   俺らの『イジリたいキモチ』を、煽り立ててるだけ…擽られちまうんだ。」
「恥かしがるから格好のネタなんだよ~
   黒尾さん達ぐらい『恥知らず』だと、逆に『大物感』が漂ってくるのに…」

それに、月島君は非常に大事なコトを忘れています。
これについては、高校時代にも一度、黒尾さんが注意喚起をしていましたが…

月島君が愛する女神・山口君は、ここのところ益々成長著しいですよね?
ずっと月島君の陰に隠れていた『お姫様』から、女王の資質を備える存在へ…

「『お姫様』が成長すると…?」
「『女王様』になる…だよな?」

中途半端なデレは、山口を『女王様』へと変貌させるだけだぞ…?と、
月島の肩を両サイドから『ポンポン♪』と叩く、黒尾と赤葦の二人。
それにとどめを刺したのは、月島家女帝の『正統なる後継者』だった。


「想う気持ちが強いから、相手の夢に逢いに行く…ホントにそれでいいの?」

もしそれが正解だとしたら、俺の夢の大半が…『月島のおじさん』になるよ?
おじさんはまだ、『冗談の範囲』で済むけど…実際問題として、超怖いでしょ。

「ストーカーやDV…想いが強烈すぎると、夢の中まで付きまとうんだぞ?」
「こうなると、もう生霊…源氏物語の、六条御息所になってしまいますよ。」

葵祭の場所取り争いで、葵の上から屈辱を受けた(と思い込んだ)彼女は、
葵の上の夢に夜な夜な現れ、源氏の子を懐妊中だった彼女を、悪夢で苦しめた…

「夢で逢いましょう…『夢出逢い魔性』なら、ステキな夢魔だろうけど、
   六条御息所は『夢出遭い魔障』…呪い殺されるレベルの悪夢だからね。」

相手への強い想いって、『+』だけじゃない…むしろ『-』の方が強烈じゃん。
俺だったら、ツッキーの夢じゃなくて、恋敵の方の夢に出ちゃって、
夜な夜なツッキーの悪口を夢枕で囁き続け、身を引いて頂く…イイ作戦でしょ?

「え…はぁっ!?」

山口の提案に、僕がド肝をヌかれていると、クロ赤コンビは万雷の拍手…
「素晴らしい!」「実に効率的!」と、その『ドS案』を大絶賛した。

「そう言えば、六条御息所が源氏への愛を断ち切るべく、最後に逢ったのが…」
「『野宮』…娘が伊勢斎宮になるため、斎宮専用の御所に下る道中だったな。」
「見事に話が繋がりましたね~♪今回も痺れる程にキレイな回帰です!」


無邪気に喜び、ハイタッチをする3人。
相変わらず、『ロマンチック♪』のカケラもない考察…涙が出そうだった。

もしかすると、一番我儘で毒舌でツンデレだった自分が、
この中では一番、夢に夢見るロマンチストなのかもしれない…

眼鏡を拭くフリをしつつ、月島がこっそり目尻を拭いていると、
残り3人は勝手に、夢もへったくれもない『シメの考察』を始めてしまった。


「というわけで、『恋しい人が出てくる夢』に関する考察で、
   絶対に抑えておくべき重要ポイントと言えば…?」
「『恋しくない人』が夢に出てくる場合の対処法…ですよね。」
「『出で示す』を回避…夢を見ない方法を考えとかねぇとな。」





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『うたたねに 恋しき人を 見てしより
   夢てふものは 頼みそめてき』

うたた寝していた時に、恋しい貴方の夢を見た時から、
夢も頼りになると、期待し始めました…

小野小町『夢三首』の、最後の一つ…この歌のように、
恋しい人が逢いに来てくれる夢に、夢を抱いていた月島だったが、
その淡い想いは儚く消え去り、超現実的な考察になってしまった(いつも通り)。

こうなったら、自分も夢から現へと戻って、一緒に考察を愉しむのが最適解だ。
そう覚醒した月島は、先陣を切って口を開き、考察を主導することにした。


「夢を見る仕組みは…割愛します。
   比較的浅い睡眠と言われている、レム睡眠中にのみ、夢を見ます。」

ということは、深い眠り…ノンレム睡眠を増やせば、夢を見る回数が減ります。
つまり、副交感神経を優位にし、恐怖を感じる脳の偏桃体を休ませること…
これにより、遭いたくない人が出てくる悪夢を、比較的減らせると思われます。

「要するに、脳の興奮を抑え、リラックスして眠りに就く…それだけです。」

良質な睡眠を確保…これがいかに大切かは、『ソフレ研究』でもヤりましたが、
ここではごく一般的な『ぐっすり眠る方法』を、ごく素直に…お願いします。

月島の要請に、3人は毒にも薬にもならないような…
『健康情報』っぽい回答を、ごくごくカンタンかつ端的に出し始めた。


「まずは、体の疲れを取ってから寝ること…寝相にも気を付けてな。」
適度な運動をしてカラダを緩め、寝返りしやすいスペースと体勢を取ること。
俺が言うのも何だが、うつ伏せ寝は心肺に負担がかかるから、控えるべきだな。


「次に、寝る1時間前ぐらいから、スマホやゲーム、TVやパソコン…
   できるだけ『ブルーライト』を見ないこと、だね。」
『ブルーライト』の青は、鎮静色じゃない…同じ青でも真逆の効果だって。
神経を高揚させたり、某家庭の夫婦喧嘩の素になったり…精神的負荷に注意!


「最後に、就寝直前はアルコールや食事を極力控えること…ですね。」
アルコールは眠気を誘いますが、深い眠りを阻害します。寝酒はNGですね。
また、『ホットミルクを寝る前に飲むと安眠に繋がる』というのも、デマです。

牛乳に含まれるトリプトファンが、体内で安眠ホルモンのメラトニンに変わる…
これがホットミルク安眠説の『科学的根拠』とされていますが、
牛乳内のトリプトファンはごく微量…メラトニンを直接摂取したとしても、
催眠作用はさほど強くないそうなので、故意に科学を誤用していますよね。

「もし本当に牛乳で眠くなるなら、牛乳パックの裏にも風邪薬と同じように、
  『飲用後は乗物又は機械類の運転操作をしないで下さい』と書かれますよ。」


ごくカンタンかつ端的に、と言いながらも、キッチリ裏を取って提示する…
この辺りが、さすがの『酒屋談義』の手練れ達である。

そして、ここから導き出される結論こそが…いつもの『酒屋談義』だ。

「カラダのリラックス…無理をしすぎない範囲での『適度な運動』で…」
「かつ、セロトニン等を多く分泌…ココロのリラックスを伴うもので…」
「途中はともかく、『最終的に』副交感神経優位な状態に持ってイく…」
「即ち、夢を見る間もないぐらい、現で夢見心地を味わうこと…です。」


どんなに歴史や和歌、科学的考察を重ねて行ったとしても、
『真夏の夜の夢』に相応しい着地点は、結局のところ『↓方向』しかない…

ここまでの研究と苦労を全てチャラにしてしまう、悪夢のような結論に、
4人は『ムフフフフ♪』とほくそ笑み、満面の笑みでハイタッチを交わした。





- ⑬へGO! -





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※バーテンと常連客ごっこ →『不可抗力
※高校時代の注意喚起 →『三畳趣味




2017/08/19

 

NOVELS