同床!?研磨先生②







「今回はテーマがテーマですし、事務所じゃなくてアソコでヤりませんか?」

…という月島の提案により、5人は3階の黒尾・赤葦宅の和室へ集合した。
6畳に布団を4組、ミッチリ並べて敷き詰め、思い思いの格好でゴロゴロ。
気分は完全に、『夏合宿』である。

「月島って、俺と同じく…こういうの苦手だと思ってたんだけど?」
「基本的に先生の仰る通りですが…時と場合、そしてメンツによりますね。」
「俺もココで、みんなと『合宿』したかったんだよね~♪」

先日の結納騒動の際、月島はココで『合宿』もどきを数日間体験した。
「父さんも兄ちゃんも鬱陶しい。」と、口では散々文句を言いながらも、
「まぁ、意外と…悪くなかった。」と、顔には正直に書いてあったため、
山口も仲間に入りたくてたまらなかったが…早々に願いが叶い、ご機嫌だ。


「やっと月島君達が結ばれましたし、今日のテーマは『寝る』ですから…
   俺も念願叶って、ようやくこの寝酒を皆さんに振る舞うことができます。」

赤葦は全員にグラスを配り、琥珀色に輝くお酒を、静かに注いで回った。
ほんのりとした優しく甘い香りが、ふわりと部屋を包み込む。

「ミード…ハネムーンの語源になった、蜂蜜のお酒だったよな?」

約1年前、織姫と彦星…七夕について酒屋談義をした晩に、
月島達が無事に結ばれたら、この酒で乾杯しようと、黒尾達は約束していた。
その約束を果たせた喜びと、織姫達への感謝を込め、二人は天に盃を掲げた。

それぞれが嬉しそうな表情…それを穏やかな顔で見守りながら、
研磨先生は枕をポンポンと叩き、考察開始の合図を放った。


「それじゃあ、まず最初に『添寝』について…だね。」

『寝』が付く言葉は、結構たくさん存在する。
就寝スタイル(格好)を表す、早寝、二度寝、丸寝、横寝、転び寝、仮寝。
思い寝や徒寝(いたずらね)、泣き寝や不貞寝は、独り寝シリーズだろうし、
雑魚寝や旅寝等は、おそらく3人以上の複数人と同じ部屋で寝ている状態だ。

複数人の中でも、特に『二人で寝る』ものを表す言葉が一番多い。
共寝、一つ寝、枕き寝(まきぬ)、率寝(いぬ)等の言葉には、
類語として『同衾』と記されるシリーズ…つまり、性交渉の隠語である。

「枕き寝(纏き寝)は、互いの腕を枕にして寝ること。
   率寝は相手を連れて行って、一緒に寝ること…古事記や万葉集の表現だ。」
「同衾の『衾』は『ふすま』…掛布団のことですね。
   セフレを『共寝之交』『同衾之友』と表現すると…風流に聞こえますね。」

このように、誰かの傍に寄り添って寝るシリーズの中で、
『同衾』というニュアンスを含まないものが、添寝や抱寝になる。

「赤ちゃんや乳幼児には添寝、もうちょっと大きな子どもは抱寝…かな?」
「『添寝』と検索したら、まずもって育児関連がズラ~リ、だからね。」


つまり、『添寝フレンド』とは、本来は乳幼児や子ども等を対象にするものを、
大人同士で行う…寄り添って寝るという『スタイル』を重視した友人関係だ。

「性交可能年齢…いわゆる『適齢期』にある二人が、同床するにも関わらず、
   性行為を一切行わないだけではなく、恋愛感情も持っていない状態…か?」
「ただ単に、同じベッドや布団で寝るだけ…それを『目的』とした関係だね。」

突発的に泊めて貰ったりして、布団の隅を間借りするのは、よくあることだが、
『一緒に寝る』ことが『目的』ではないため、ソフレとは言えないだろう。

「ソフレの目的は、誰かと寄り添って『寝ること』そのもの。
   …何故そんなことをすると思う?」
研磨先生は黒尾に視線を送ると、間を置かずはっきりと答えた。

「要するに、育児の添寝と同じ利点を得たいんだろうな。即ち…人肌。」
人肌に触れることで、脳に有益なホルモンが分泌される…だったよな?

「まずはお馴染み、リラックスホルモンと呼ばれるオキシトシン…
   キスをしたり、一緒にお風呂に入った時にも分泌されますね。」
「それから、天然抗鬱剤・プロラクチンだよね。
   これは、オメガバース研究の時にもキーになった、母性を司るホルモン…」

人肌に触れた相手を守り、慈しむ気持ちを呼び起こすホルモンである。
乳幼児の添寝時に、母親から盛んにプロラクチンが分泌されており、
その精神安定効果により、呼吸や心拍も落ち着き、子がそれに同調する形で、
共にリラックスしていく…これを『引込効果』と言うそうだ。
互いの肌と体温に触れ合うことで、リラックスの相乗効果を生むらしい。

「プロラクチンは、『賢者タイム』を引き起こすホルモンでもあったよな。」
「ソフレが『添寝』でなければならない理由が、はっきりわかりましたね。」

共寝や枕き寝といった言葉が使えず、添寝としか表現できなかったのだろう。
逆に言えば、言葉の意味をしっかり考慮した上で命名されていることになる。
いい加減なようで、実に正確な表現を心掛ける…日本人の律儀さがよく分かる。


研磨先生は、鞄から数冊のコミックを取り出し、皆の前に並べた。
4人はそれを手に取ろうとしたが、先生は「まだ見ちゃダメ。」と言い、
出したコミックを、ほんのり頬を染めながら、枕の下にそっと隠した。

「どうやら世間では、この『ソフレ』が結構人気…らしいんだ。」

俺は言葉すら知らなかったんだけど、たまたま読んだBLが、立て続けにコレ…
最初はオメガバースと同じく、二次創作で流行りの特殊設定かと思いきや、
リアルな友達関係の一形態だと知って、かなりビビったんだよね。

・恋愛のドキドキ感を、お手軽に♪
・ヤらなくても、人肌の温もりを♪
・精神安定、カウンセリング効果♪

…これらを得たいという双方の利益が一致した時、ソフレになるらしい。

「恋人になると、色々と煩わしいことも多い…それは面倒だから回避。」
「ヤりたくはないんだけど、トキメキとかイチャイチャは欲しい…と。」
「ヤらない分、セフレよりは後ろめたさや危険性も少ないしね~」
「人肌に触れて、安眠したい…要はお手軽カウンセリングかな。」

4人は『ソフレの利点』と思われるものを、ポンポンと列挙してみたが、
その表情は困惑やら苦笑いやら…研磨先生曰く「実にいい顔だね。」だった。


「ソフレの利点については、大体そんなもんだよ。論点は問題点の方…」

ここでそれをじっくり考察すると、色気も何もあったもんじゃないし、
『同衾万歳!』なアンタらに語らせるのは、俺の精神衛生にとって大問題だし。

だから今日は趣向を変えて…全員で『ソフレ体験会』をしてみない?
普通に考えたら、利点より問題点の方が圧倒的に多いソフレ…
それにも関わらず人気な理由は、自分で体験してみないとわからないでしょ。

「研磨の言うことは一理ある。だが、それを『体験』って…どういうことだ?」

4人を代表して黒尾が尋ねると、研磨先生はそれぞれの顔を順に見つめ…
一人でコクコクと納得し、体験会の詳細を語った。

「月島、山口、赤葦、最後がクロ。これからこの順に、俺とソフレしてみる。」

俺の予想では、それぞれが一番問題だと考えている論点は、時系列でこの順…
俺と『ソフレ体験』しながら、サシで問題点を研究しつつ、
その論点に沿った『ミニシアター』を、順次創作してみるのはどう?

体験会場は、すぐ隣…『ふすま』越しの居間に、布団を一組敷いて行う。
その様子を、残った3人は覗き見感覚のドキドキ感の中、聞き耳を立てる。
これなら、考察内容もお互いに把握できるし、『妙な心配』もしなくてすむ…

「研究としては、なかなかおもしろそうだと思わない?」


研磨先生の提案に、4人の瞳は好奇心とわくわくで輝いた。

「超~面白そうです!雑魚寝合宿も、ソフレ体験もできるなんて…最高です♪」
「体験しなければ、良し悪しも判断できないし…ミニシアターも楽しみだね。」
「ごく僅かに残る不安要素にまで、ご配慮下さるなんて…さすがは師匠です。」
「俺も賛成だ。すぐに晩御飯と入浴…準備が整い次第、『体験会』ヤろうぜ!」


黒尾の号令で、月島と山口は合宿所の整備、黒尾と赤葦は晩御飯の買い出し、
研磨先生は入浴と考察の準備に、それぞれ猛然と取り掛かった。




- ③へGO! -





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※ミードについて →『蜜月祈願
※徒寝 →待っている人が、訪れて来ない、寂しい独り寝のこと。
※プロラクチンについて →『αβΩ!研磨先生⑧


2017/07/06    (2017/07/04分 MEMO小咄より移設)

 

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