同床!?研磨先生③







3階の居間、続き間の和室にほど近い場所に、ごく一般的な布団が一組。
その上には、研磨先生から贈られた素敵枕が、ピタリと仲良く並べられている。

今回のテーマには、『YES』は御法度…ということで、
月島と研磨は枕を2つとも『NO』に裏返し、静かに頭を乗せた。


「………狭っ!!」
「かなり無理がありますね…」

シングルサイズの敷布団の規格は、100×210cmである。
身長190cmの月島にしてみれば、上下10cmずつしか余白がなく、
肩幅を2等身としても、横幅は最低でも47.5cm(全身が8等身であった場合)…
一人で寝るにも、シングルだとかなり窮屈に感じてしまうのだ。

だからといって、セミダブルで幅120、ダブルは140、クイーン160cmでも、
縦はいずれも210cmのため、高身長の人間には『ゆったり』とは言えない。

和室に布団なら、まだ縦横に好き放題はみ出せるからマシである。
日本の一般的なベッドのサイズは、縦方向が195±5cm…状況は深刻である。

「相合傘の時も思いましたが…シングルベッドはギャグにしかなりませんね。」
「添寝するには、お互い横向き必須で、膝を僅かに曲げて…固定だね。」


まず月島は、研磨先生の方を向いて膝を曲げ…先生も同じ方向を向き、
お互いの腹と背をぴったりくっつけ、相似形のポーズをとるという、
『背後から抱き込み』型を試してみた。

「確かに、『人肌感』はハンパないんだけど…」
「『添寝』ってレベルを、完全に超えちゃってますよね。」

今度はお互いに反対方向を向き、背中を付け合ってみるが、
足を曲げる程のスペースはなく、ただの『背中合わせの横寝×2』だ。
逆に、お互いの方を向き合ってみようと身体を回転…の途中で、慌てて止めた。
想像よりもずっと間近…鼻先が触れそうな程の至近距離に、何だかドギマギだ。

「実際に『体験』してみた結果、わかったことは…実に明確だね。」
「『ソフレ』は物理的に、相当な苦労を強いられる…そんな友人関係です。」

慣れないうちは、やれたとしてもせいぜい『背中合わせ』ぐらいだろう。
二人は半分ぐらい布団からはみ出しながら、背中だけをぴったりと付けて、
照れ臭さを隠す様に、ノンストップ考察(マシンガントーク)を開始した。


「そもそも論ですけど、僕は誰かと同じ部屋に寝るのが、基本的に嫌です。」
「全くの同意見だね。独りで落ち着ける貴重な時間…邪魔されたくないし。」

いびき、歯ぎしり、寝相…これらがあったら、まず成立しないだろう。
よほど寝相が良くても、寝返りは不可…安眠には程遠いのだ。

「たとえ夫婦だったとしても、同じ布団で寝る必要はないし。」
「仕事や子どもの年齢等から、夫婦別室の家庭だってたくさんありますよ。」

身近な所で言えば、山口家がそうです。
書斎に引き篭もって寝落ちする学者の母に、夜間勤務も多い配管設備工の父…
お互いの仕事柄、良質な睡眠を確保する必要性が高く、時間の不一致も多い。
そのため、互いの睡眠を邪魔しないように、別の寝室を設けているのだ。

「パッと見は家庭内別居風だけど…山口夫婦は仲良しなんでしょ?」
「間違いなく、超仲良しの部類です。」

まだ小学生の頃、山口家に泊まった晩、僕は一人でトイレに起きたんですけど…
廊下からこっそり、書斎を覗き込んでるおじさんと出くわしたんですよ。
「何やってるの?」と聞いたら、「これは『極秘任務』なんだ…」って。

我らが隊長は、激戦によりHP減少…これから僕が『回復魔法』をかけるんだ。
これはオトナにしか使えない、MP全消費型超高難度秘奥義『ヨバイン』…
人には絶対見られちゃダメだから、蛍くんもこのことは内緒にしといてね?

「『ヨバイン』が、二人で協力して発動する『合体秘奥義』だと気付いたのは、
   それがHPをより消費して、むしろMP回復魔法だと…体感してからです。」
「しかも、合体秘奥義は…『幼馴染』で発動するやつじゃなかった?
   っていうか俺、山口父とは…凄い仲良くなれそうな気がする。」

研磨先生と月島は、合わせた背中を震わせながら、クスクスと笑った。
安眠には程遠いが、こうして気心知れた相手とマッタリ会話をするには、
『背中合わせの添寝』というのも…悪くないかもしれない。


「ちなみに、月島の両親は?」
「同じ部屋で、別々のベッドです。」

ウチはデキ婚…慌てて結婚し、一緒に暮らし始めた時には、母はつわり中。
夫婦一緒に寝る期間のないまま、兄が生まれ、今度は母と兄が添寝…
その後すぐ、父は単身赴任したそうなんで、別々が基本になったみたいです。
子どもも手を離れ、夫婦二人に戻ったけれども、今更一緒には寝られない…と、
ごくごく一般的な日本人夫婦の、定番スタイルですね。

僕自身も、兄と歳が離れていることもあり、割と早くから個室で独り寝…
部屋で静かに読書しながら寝落ちという、『癒しの時間』が日課でした。

できるだけ独りの時間を確保し、誰かに遠慮することもなく、ぐっすり寝たい…
ソフレは人肌で安心すると言いますが、僕は余計にストレスが溜まります。

「研磨先生が嫌いだとか、そういうのとは全く別次元の話として…
   やっぱり体験してみても、誰かと一緒に寝るなんて、僕には不向きですね。」

僕と山口は、海外製の大型シングルベッド2つを、連結して寝ています。
これだと、お互いが自由にゆったり寝られる空間も確保できますし、
マットレスも別なので、互いの動きが伝わりにくく、起こす恐れも低い。
その上で、『ヨバイン』をかける勇気も最小限で済む…僕達の最適解です。


「月島の話…めちゃくちゃ参考になったよ。」

一緒に寝ることと、仲の良さは、必ずしも比例しない。
別寝室どころか、マンションの隣室に住むラブラブ夫婦もいれば、
離婚調停中にも関わらず、未だに同じベッドで寝起きする夫婦も、実在する。
心底愛する相手でも、怒号のようないびきまで、愛せとは言えないし、
寝ぼけ眼で蚊を殺す…勢い余って叩き起こされたら、怒って当然だろう。

良質な睡眠と、良好な関係をいかに両立させていくのか…?
その方法は、夫婦の数だけ存在すると言っても、過言ではないのだ。

夫婦でさえそうなのだから、他人同士の場合は更にハードルが高い。
物理的な制約が多く、睡眠本来の目的を達成できるとは、とても思えない…
にも関わらず、他人との『ソフレ』という手段を選択するに到るには、
何か余程大きな『きっかけ』が必要なのではないだろうか。

「僕が思う『ソフレの問題点』とは、その関係の入口部分…
   不測の事態でもない限り、ソフレ関係をスタートできないという点です。」

逆に言えば、ソフレを選択せざるを得ない、よほどの『特殊事情』があれば、
ソフレ関係をスタートする可能性は、ゼロではない…ということである。


「つまり、『現実』的には非常に難しいかもしれないけれど、
  『特殊事情』を設定しやすい『創作』ならば…十分使えるってことだね。」
「特に、僕のようなタイプ…もっと言えば、『月山』をスタートさせるのは、
   実にチョロい…『ド定番』なストーリー構築に、もってこいの設定です。」

僕と研磨先生は、性格的にも似たところがあり、状況も近しい部分がある…
もし『クロ研』であれば、『月山』とほぼ同じ内容のミニシアターになります。

「同じ話を作る意味はない…無益な怒りを買う勇気も、僕にはありません。」
「俺としては、クロの方の『特殊事情』で…クロとの添寝は断固拒否だし。」

むしろ、コレを使って『クロ赤』を構築するのは、超カンタンなんだよ。
『月山』と『クロ赤』、そして『傍観者研磨』…これなら一度に創作可能。


「スタートをしっかり描けば、ソフレ物語の『起』はスムースに進む…」
パっと思い付くのは、こんなカンジになるかな。


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「冗談…ですよね?」
「俺だって冗談にしてぇよ。」


梟谷グループ合同合宿。
正規の合宿用施設は、別の部活の団体様が使用するとのことで、
今回の宿泊場所は、柔道部が使う格技場…10m四方、約60畳ぐらいの中に、
大柄なバレー部員が、ギッシリすし詰めという、究極のむさ苦しさである。

そんな空間、1秒でも滞在時間を短くしたい…強く強くそう思った月島は、
消灯時間ギリギリまで、屋外で山口と過ごし、最後の最後に格技場へ入った。

場内は、想像を絶するカオスだった。
布団なんて、在ってないようなもの…入口付近にかろうじて2組あるかないか。

「南極の…ペンギンの塊みたいだね。」
「そんな可愛いもんじゃないでしょ。地を揺るがす、いびきの大合唱…
   サイズ的にも、セイウチとかトドとかの…発情期ハーレムだよ。」

とりあえず、端っこが確保できただけマシ…そう自分を強引に慰め、
月島と山口は残った布団に入ろうとしたところ、新たな侵入者が現れた。


「おいおい、ひっでぇ有り様だな…」
「これぞまさに、地獄絵図ですね…」

どうやら、最後の最後まで、片付け等の膨大な業務に追われていたらしい、
音駒主将の黒尾と、梟谷副主将の赤葦…眉間に深い皺を寄せ、ため息をついた。

月島と山口は、小声で「お疲れさまです。」と労いの言葉をかけ、
すぐに視線で「どうします?」と、二人に指示を仰いだ。


黒尾は再度ため息を付くと、一つ手前に寝ていた人物を、無遠慮に揺さ振った。

「おい研磨、ちょっと寄れ。布団が残ってねぇから…俺も入れろ。」
「は?絶対ヤなんだけど。何があってもクロと寝るなんて、断固拒否だよ。」
当然、隣も嫌…クロは端っこ確定。
俺の隣は、烏野の幼馴染コンビか…赤葦を挟んでクロにして。じゃ、おやすみ。

『けんもほろろ』の見本のような、研磨の対応…布団を被って動こうとしない。
この4人以外の全員が寝ている(狸寝入りも含む)状態では、
「少しずつ寄ってくれ。」と言うわけにもいかないし、自分達も疲れはピーク…
僅かでもいいから、布団の上に身体を横たえ、明日に備えて休息したい。

となると、選択肢はほとんど残っていない…むしろ、これしかなかった。


「研磨の隣の布団に、赤葦と俺。その向かい側に、お前さん方…だな。」
「残る布団は2組…それぞれ2人ずつ、一緒に寝るしかなさそうです。」

ただでさえ、見知らぬ人も含め、大人数と相部屋なんて、安眠には程遠いのに、
1組の布団を2人で使用など…とてもじゃないが、寝られない。
いくら隣が山口で、一緒に寝慣れているとはいえ、さすがに狭過ぎる。

「痛っ…黒尾さん、待っ…」
「悪ぃ…赤葦っ、キツっ…」

早々に現状を受け入れた、黒尾と赤葦の二人は、ぎゅうぎゅうと布団へ。
完全に抱き合うしかない密着ぶりを、間近に見てしまった月島は、
そのギチギチ感(と、何とも言えないセリフ)に怯んでしまい、立ち竦んだ。

「ツッキー、諦めて…寝よ?」
「いや、無理でしょ。」

大きくあくびをし、トロトロとした目を擦り、瞼を必死に持ち上げる山口。
横になったら、3秒で落ちそうな…眠くてかなわないのだろう。
「ツッキー、俺、もうガマン、ムリ…」と、こちらもやや微妙なセリフを呟き、
布団の上に膝を付くと、月島の腕をツンツン引き、布団へと誘った。

それでもなお、棒立ちのままの月島…見かねた黒尾と赤葦が、ぽそぽそ囁いた。

「どう足掻いても、自宅みたいな安眠は不可能…1時間でも寝れたら幸運だ。」
「狭いですが、身体を横たえ、目を閉じるだけで、休息になりますから…ね?」

ごく短時間でも寝とかないと、冗談抜きで明日ぶっ倒れるぞ?
カラダは正直…こんな状況でも、案外寝られるもんですから。


先輩方のありがたい助言は、間違いなく正論…
普段の僕なら、それでも精一杯反論し、拒否しただろう。
でも、カラダの方は正直…思考のアップロードが、遅く重くなってきた。

最後まで夜更かししていたのは、僕のワガママ…自業自得の面がある。
それに対し黒尾さん達は、雑務に追われた挙句、この仕打ち…若干気の毒だ。
加えて、山口は僕に付き合わされ、僕が諦めない限り、ガマンするしかない。
…こんな『素直な月島蛍』が顕れてくるなんて、疲れている証拠である。


「しょうがない…ね。」

僕が寝ないと、山口だけでなく、世話焼きな二人も寝られないようだ。
神経が尖り、全然眠気は感じないけれども、カラダは布団を求め、傾いていく。

グイっと強めに腕を引かれ、その勢いを借りて、壁と山口の間に割り込む。
見た目よりもずっと窮屈…何とか方向転換し、壁の方を向こうとしたのだが、
僕の腕を掴んだまま、山口が即落ち…向かい合った状態から動けなくなった。


「ちょっと…ホントにオヤスミ3秒?」

もそもそと僕の胸に頭を擦り寄せ、穏やかな寝息を立てる山口…
週末にお互いの家に泊まった時と、全く同じポーズだ。

幸か不幸か、狭すぎて周りの状況が把握できず、見えるのはいつもの山口だけ。
その『いつも通り』の姿と、慣れ親しんだ体温に、
あんなに尖っていたものが、徐々に丸みを帯び…あくびを噛み殺していた。

   (これなら…寝られる…かも。)

お節介な先輩方の言う通り、カラダは正直…横たわっただけで、何とか…


そう考えていた途中で、脳は完全にシャットダウン…気付いたら朝だった。

今まで合宿中は、広々と布団を独占できたとしても、せいぜいスリープモード…
ちょっとした物音等で目が覚め、寝たような寝てないような、仮寝状態だった。
だが今日は、いつも自宅で寝るぐらいの熟睡…スッキリした目覚めだ。

状況としては最悪だったのに、いつもの合宿よりずっと快眠だったなんて…

「おはようツッキー。まだ…眠い?」
「おはよう。いや、大丈夫だよ。」

経験や予想と相反する現状に、半ば茫然としていたら、
それを眠気と勘違いした山口と、ごく間近で目が合った。
合宿中は気を使って、なかなか眠れず、最後まで起きられない山口なのに、
今朝はこちらも目はパッチリ…僕よりも先に目が覚めていたようだ。珍しく。


「黒尾さん達の言う通り、案外寝られるもんだね~」
「納得いかないけど、その通りだよ。」

山口が喋るのに合わせて、密着した頬が僕のシャツを動かし、吐息で温もる。
パチパチと繰り返す瞬き…意外と長い睫毛の音さえも、聞こえてくるようだ。
それらの微かな気配にすら安堵し、ここが合宿先であることを忘れそうになる。


   (安眠の理由は…もしかして…?)

至近距離で見つめ合う瞳。
同時にゆっくりと、その焦点を反対方向へ逸らしていく…
その仕種で、脳内に同じ言葉が過ぎったことを、お互い察してしまった。


   ((まさか…ね。))


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「独り寝が好きな僕が、唯一例外的に、共寝しても落ち着く相手…」
「月山ソフレ物語の『起』…サブタイトルは勿論、『目覚め』だね。」

やむにやまれぬ事情で、添寝を選択せざるを得ない状況に…
そんな中、『ただの幼馴染』が、自分にとってどれだけ安心できる存在なのか、
スッキリとした目覚めと共に、ハッキリ自覚してしまう。

「『幼馴染』から『それ以上』に変化させるのは、かなりの難題ですが…」
「そのソフレ設定を使えば、こうもすんなりイくとは…大発見だよ。」

自分をネタにしていることもあり、やたらリアルな『ミニシアター』…
だが、『月山』の今後が、なぜか他人事のように、気になってしょうがない。


「先生、そろそろ…起承転結の『承』にイきませんか?」
「そうだね。じゃあ次は…山口。」

月島と研磨先生は、お行儀良く布団の上に正座し、お互いお礼の挨拶…
入れ替わりにやって来た山口も、両手を膝の前に付いて、ペコリと頭を下げた。




- ④へGO! -





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※相合傘のサイズ検討 →『相合最愛
※幼馴染との合体秘奥義 →名作RPG・テイルズオブヴェスペリアより。


2017/07/11    (2017/07/06分 MEMO小咄より移設)

 

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