αβΩ!研磨先生⑧







「αΩ関係詳論…残る考察ポイントは、アレだけか。」
「『つがい契約』のカタチを創作者に任せるとすれば…そうですね。」
「ここまで来たら、避けて通る意味もないですよね。」
「じゃあ、次のテーマは『Ωの出産』について…だね。」


『男でも子どもを産む』という、オメガバース最大の特徴。
当初はこれに、どうしても心理的な引っ掛かりを覚え、
考察をできるだけ後回し…目を背け続けてきた。

『オメガバース研究家』を名乗る研磨先生でさえ、
未だ関連書籍や二次創作はノータッチ…それぐらいハードルが高かった。

だが、じっくりとオメガバース世界の考察を続けてきた今、
『そんなに特殊なことではない』とわかり、抵抗感もだいぶ薄まった。
どういった仕組みで妊娠出産が可能なのか?等についても、
今まで通り、得意分野の生物・科学的見地からサクっと…

と、理性ではわかっているのだが、やはり二の足を踏んでしまう。
誰がここのターンを仕切って行くか、視線で探り合いを始めようとすると、
キン…と澄み切った声が、場に響き渡った。


「『Ωの出産システム』についての考察は…やめとこうよ。」
考えるべきところは、そこじゃない…
すっごい難しいテーマだけど、俺はこの点を指摘したいんです。

「『妊娠・出産』という観点から見たときに、
   このオメガバースの世界で、一番苦しいのは…『α』じゃないかなって 。」

山口の静かな声に、全員は息を飲み、黙って耳を澄ませた。


オメガバースの世界では、まず『女性』が出産可能だ。
この『女性』というのは、現在の性別と同じもの…
卵子を生産する個体であり、子宮を持つ…『女性型』の身体を持つ者だ。
そして、外見的所見は『男性型』の身体を持つ者でも、
卵子を作る能力があり、かつ子を育む組織を体内に所有するであろう『Ω』も、
妊娠・出産ができる、という設定だった。

これを可能にするためには、αもΩも雌雄同体であること…
精子も卵子も作れる個体でなければならないことが、考察の結果判明している。
αとΩの『身体的構造の違い』は、子を育む場所・子宮の有無である。

「卵子を作る能力がある…雌雄同体であるにも関わらず、
   子宮を持たないαは…どんなに望んでも子を産めないメスとも言えるんだ。」

オメガバースは、『Ω男性も産める』という特殊性のみが強調されている。
じっくり考察してきたはずの4人も、山口の指摘は目から鱗…
『α男性は産めない』という点は、全く考慮に入れていなかった。

「言われてみれば…確かにそうだ。」
「αだって雌雄同体、なのに…」
「『種播き専門』だと思い込んでた。」

『オメガバース』という設定上、Ω男性にばかり目が向いていた。
だが、ほんの少し視野を広げただけで、αの姿がガラリと変わって見えてきた。


「精液の中にも女性ホルモンがある…っていう話をしたけど、
   その成分の中に、『プロラクチン』ってのもあったでしょ?」

プロラクチンは、乳腺発達…授乳に深くかかわるだけではなく、
子を守り慈しむ…『母性行動』を誘導するホルモンでもある。

雌雄同体である以上、ホモ・サピエンスの男性よりも、
ホモ・オメガバースのα男性は、女性ホルモンを多く分泌するのでは?と、
つい先程、特殊フェロモン抑制の仕組みから導いたが、
このことは当然、プロラクチンにも言えるのではないだろうか。

「α男性は、きっと母性が強い…優しいイクメンになると思う。
   それなのに、自分は子どもを産めない…どうしょうもなく不妊なんだ。」


それだけじゃない。
αはΩの発情に反応する形で発情する…
日常生活に支障を来す程の『渇望』に、年4回も曝されるのだ。
しかも、相手が『Ω』だというだけで、その本能には抗うことができない。

「自分自身ではなく、他人によって強制的に発情させられる。
   これって実は、相当苦しい状態なんじゃないかな。」

オメガバースの設定には、『つがいは結婚に優先する』とあった。
どんなに愛している人がいても、Ωの発情には抵抗できない…
自分の情動を抑えられないのは、精神的にも大きな負担となるだろう。

「αはモテモテ。本当はモテたくなくても…ね。」
そして、優秀であることを義務付けられ、社会的な責務を負わされる。
ただ『α』だというだけで…『エリート』から逃れられないのだ。

「だから、オメガバースの世界にこそ…
   αのためにこそ、生殖医療の発展を強く望みたいんだ。」


俺の母さんは学問の徒…子どもは欲しくなかったんだ。
でも、周りからの要請もあり、壮絶な不妊治療を経験した。
『産めるのに産めない』ことが、どれだけ精神的に辛かったか…
『理性の塊』みたいな母さんでさえ、耐えられなかったんだ。

「『産みたくても産めないΩ』だって、当然いるはずだよね?」

ホルモン分泌量も個体差がある…母性の強さだって、人それぞれだ。
子どもが欲しいαもいれば、欲しくないΩだっている。

「交接したら妊娠・出産…これが『当たり前』って勝手な認識に、
   一体どれだけの人が、傷付いてるんだろうね…」

よく考えてみるまでもなく、普通の男女でも、常に受精するとは限らない。
受精したら100%妊娠が成立するわけでもないし、出産だってそう。
どんなに望んでも…排卵日を計算して、排卵誘発剤を使っても、
なかなか受精しないケースなんて…『当たり前』のようにある。
体外受精や人工授精させても、着床…妊娠するかどうかは、また別の話だ。

「オメガバースでも…αとΩが交接しても、常に妊娠するわけじゃない。」
「ゴムなしでヤっても、いつも妊娠するわけじゃないのと、同じ…だな。」

交接したら…結婚したら、妊娠・出産が『当たり前』という考えは、
受精や妊娠の確率が、実際にはそんなに高くないという、『当たり前』の事実…
大多数の『受精しなかった』ケースを、完全に無視している。

「βだって…現在だって、排卵日に交接しても、受精するのは10~20%、
   運良く受精した後、着床できるのは、その中の20~30%程度のはずです。」
「αとΩは、さらにそれを下回る…
  『稀少』『絶滅危惧種』と言われる理由は、出生率の低さゆえだった。」
「だからこその『発情期システム』…
   αΩは、そう簡単には妊娠・出産できないのが、本当は『当たり前』なんだ。」

現代ですら、子を持たない・持てない女性に対する風当たりは厳しく、
不妊治療は心身共に相当な負担…保険もきかず、経済的にも負担が大きいのに、
『産む』ことにのみ注目され過ぎたΩが、『産まない・産めない』場合には、
更にその負担は大きく…精神的に厳しい状況に置かれるのではないだろうか。

「Ωにも…いや、αΩ以外の全ての人にも、生殖医療は欠かせないよ。」

本当は、子どもが生まれるのはかなり『幸運』だっていう『正しい認識』が、
ちゃんと『当たり前』になればいいんだけど…ね。


瓶に残った焼酎を手酌でグラスに注ぎ、
山口は氷も水も入れず、そのまま一気に飲み干した。
そして、ガラリと雰囲気を変え…明るい笑い声を立てた。

「いや、そもそも…オメガバースの世界じゃあ、
   何が『当たり前』なのかなんて、決めようがないかもね~」

現在だって、『見た目』と『正確な性別』がわからないケースもあるし、
XXYやXXXY、XYY…非典型の性染色体を持つ人が、
そんなに低くない確率で、個性の範囲内で存在してるんだから。

同じようにααΩだとか、βββαなんて非典型な型を持つ人も、当然出現する…
見た目は男性でもXX型かつ、βΩΩで出産可能なんてケースも出て来て、
一体どういうのが『メジャー』なのか、全然わかんないよ。

「男女の差なんてのは、単に『ボディタイプ』が違うだけ…かもね。」
「強いていうなら…大多数の『マイナー集団』の世界ですね。」
「性的マイノリティーだって…この世界じゃナンセンスだな。」

見た目は男性だが妊娠出産可能なΩで、性的嗜好はα男性のみ…これは正常?
見た目は男性で、しかもα。でも心は女性で…結婚相手はβ女性の場合は?
β男性よりも男前なα女性。小動物系Ω女性っぽいβ男性が旦那の夫婦は?

「最後の例って…リアルな山口夫妻ですよね?」
「こうなるともう…全部オッケーしかねぇな。」

つまり、オメガバースの世界とは、多種多様であるあまり、
『こうあるべき』という一義的な価値観が通用しない社会かもしれない。
これは、良く言えば究極の平等社会。悪く言えば…カオスだ。

「性別も多種多様。母性の強弱も個性のうち。性認識も性的嗜好も多岐に渡る。」
「産むも産まないも、個人の自由を尊重するしかない…ですね。」

この『自由』の基礎となるのは、やはり生殖医療の発展だ。
現代ですら、人工子宮の研究も進み、男性の皮膚から卵子作製に成功…
オメガバースの世界では、もっと高度な技術が確立されているだろう。

「俺の母さんみたいな思いをする人が、一人でも少なくなる…
   オメガバースがそんな世界だったら、俺は…嬉しいな。」


ほんわかと微笑む山口に、またしても研磨先生は『イイ子イイ子』をした。

最初は一番、オメガバースについての考察に拒絶反応を示していたのに。
現代医学では、愛する人との子を産むことは、かなり難しい状況なのに。
自分が生まれた経緯…両親の壮絶な不妊治療の事実を、知っていたのに。

それでも山口は、他の皆が出来れば避けたいと思っていた話題を、
真正面から受け止め…考えることを放棄しなかったのだ。
研磨は山口の『強さ』に、心を鷲掴みにされた思いだった。


何としても、強く優しく、そして健気な山口の望みを叶えてやりたい。
山口が幸せな気持ちになれるような、創作をしてみたい…

そんな衝動に駆られた研磨先生は、山口の頭を撫でながら、
『αΩの可能性』について、少し提案してみることにした。

「あのさ、だいぶ前に言ってた《山口家の場合》だけど…
  『山口父がΩだった』に変更したら…こうなるんじゃない?」


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《山口家の場合・改》

学問に身を捧げた私が、『運命の相手』と出逢った時には、
既に大学教授として研究室に籠り、多忙を極める日々を送っていた。

正直な所、子どもが出来ても…困る。
別に欲しいとも思わない。
どうやら私は、さほど母性本能は強くない人間のようだ。

それに、夫婦二人きりの人生…
『αΩ』という最高の組み合わせを、心ゆくまで楽しみたいじゃないか。


だが、心から愛する者ができると、
「この人の子孫が欲しい」と思ってしまうのも…また『本能』なのだろう。
そして、親や周りからも、「結婚したら次は子ども」というプレッシャー。
私が『α』だとしても、『女性』という枠からは逃れられないのだ。

子を授かるかどうかは、αβΩに関わらず、運次第だ。
どうやら運に恵まれなかったようで…少しだけ医学の力でその運を上げ、
もし出来れば良し、そうでなければ運がなかったと割り切り、
『つがい』との楽しい人生を歩めばいいと…不妊治療を受けることにした。

だが、不妊治療というものは、想像以上の過酷さだった。
心身や時間に相当な負担を強いられ、夫婦仲にも歪みを生じさせ、
それでいて『運』は多少上がるだけ…割に合わない。
こんなことで、『つがい』との関係が悪化するなど、本末転倒だ。

だから私は、不妊治療を止めた。止めるのだって、相当悩んだ。
子も成せない、治療も耐えられない…女性として失格だと言われた気分だった。

学界で認められ、高難度資格を有し、社会的地位がある…αだったとしても、
『産めるのに産めない』女性に対する世間の目は…冷たい。


そんな中、私を救ってくれたのは、唯一無二の『つがい』だった。

「先生が駄目なら、次は僕がチャレンジしてみればいいじゃん。」

ウチはホントにラッキーだよね~
夫婦共に『可能性』があるんだもん♪

鉄面皮の先生が、僕に攻められて可愛くなるのも、超~サイコー!だけど…
強い先生からガンガン攻められる…『リバ』だって、僕は大好きだよ?

「僕にとっては、子どもっていう『結果』よりも、
   先生と楽しむ『過程(家庭)』の方が、ず〜っと大事だから…ね♪」


辛い不妊治療を経て…『治療を止めた途端、何故かあっさり妊娠』した。
これには嘘はない。事実を述べたまで。
だが、ある一点に関してのみ、正確さに欠けているだけだ。

あっさり妊娠したのは、私ではなく『つがい』の方…
愛息子・忠は、間違いなく私達夫婦の子…産んだのがΩの夫というだけの話。

この世に、αとΩというシステムが存在してくれて、本当に良かった。
お蔭で、研究もキャリアも中断することなく、治療を止める罪悪感も減り、
さらには『つがい』との楽しみ方も、各段に選択肢が広がった。
忠が生まれたのは、ただの…運だ。

鉄面皮の私は、表情にはなかなか出ないかもしれない。
だが私は、αで…Ωというかけがえのない『つがい』と結ばれ、
運良く忠が生まれたことを、心から嬉しく思っている。

本当に…幸せな人生だと感じている。


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「凄ぇ…夢のある物語になったじゃねぇか!」
「これは是非とも実現してほしい…ですね。」

おそらく、山口父が『ββ』であったとしても、卵子製造は可能…
その後、人工子宮を使って育てる方法だってある。
生殖医療の選択肢が多ければ多いほど、それだけ可能性も広がるのだ。
勿論、それらの技術を『選択しない』という選択も含めて…である。

倫理的な問題等、考察すべき論点は山積している。
だがこれは、オメガバースという『創作』なのだ。

「研磨先生…ありがとう、ございます…っ!」

山口の嬉しそうな顔を見ていると、細かい考察は抜きにして、
創作の中では、純粋に幸せを追及する自由があってもいい…そう思えてきた。



暖かい空気に包まれ、いいカンジにまとまってきた…
そんな中、急に赤葦が深刻そうな顔で、「大変です、黒尾さん…」と呟いた。

「母性本能を司るプロラクチン…αに多過ぎると、困ったことが起こります。」
「何で困るんだよ?子どもとΩ…相手を大事にする、いい旦那になるんだろ?」

社会的地位もあって、収入もあるエリートで、しかもイクメン…
相手としちゃあ最高!やっぱりαはモテモテ確定だな〜!
しかも、αとのアレは…『気持ちイイ』可能性が高いんだろ?

黒尾はそう茶化して言ったが、赤葦はさらに深刻な表情を見せた。

「だからこそ…更に困るんですよ。」
プロラクチンこそ、『賢者タイム』を引き起こすホルモンです。
とりあえず一回ヌいて、さあこれから本番!ってときに…母性発動ですよ!?

「そりゃマズいっ…考察し直すぞ!」
こんなの、夢もヘッタクレもねぇ…実現は断固拒否だな!
イクメンも大事だが、勃たなきゃナニもデキねぇよな!


「赤葦さん…黒尾さん…。。。」
「研磨先生…許可を願います。」
「月島、山口…アイツら殴って良し!」



- ⑨へGO! -



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<研磨先生(の一番弟子・山口)メモ>

※人工子宮の研究は、ここ数年でかなり進んでいて、
   早産のヒツジの胎児を正常に発育させることには成功したそうです。
   超未熟児の助けになる可能性がある、とのこと。
※人工子宮等、生殖医療には倫理的な問題がたくさんあるけど、
   オメガバースの世界では、人類絶滅の危機を回避しなければならないという、
   差し迫った特殊事情が根底にあった。
   そのため、現代よりも生殖医療に対する心的ハードル(ためらい)は低く、
   どんどん高度に発展していった…かもしれない。

※BLに子どもが登場するのはなぜか?に関する考察。
・読者の大半が女性→子どもの存在が母性プロラクチンを分泌させ、
落ち着いたほのぼの感を演出する。
・また、子どもを可愛がるキャラに安心感を抱き、物語に共感しやすくなる。
・そして、子どものいない場面では、プロラクチン抑制…ドーパミン量増加。
(ドーパミンは興奮物質)
・結果、『子どもとの時間』と『オトナだけの時間』のギャップにドキドキ。

これらの脳内作用から、BL作品にとって『子ども』は実にステキなスパイス…
安定と興奮を感じる『幸せの象徴』として、登場するのかもしれない。


2017/05/09    (2017/05/05分 MEMO小咄より移設)

 

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