恋慕夢中③







ざっと20万年程前、地球の地磁気が逆転した。
地球はひとつの大きな磁石…それまでは北がN極、南がS極だったが、現在はそれが反転。

「『上⇔下』になっちゃうなんて、とんでもない大事件…『月山⇔山月』級の衝撃?」
「まさか。地球の歴史上では、結構頻発…惹かれ合うN極とS極がリバって話じゃないよ。」

現在の『SN』になる前の360万年の間に、わかっているだけで11回は逆転しているし、
20万年前までの『NS』…ブリュンヌ期は、およそ77万年ぐらいの間、続いていたらしい。


「仮に、俺達が古代人…1つ前の大文明が繁栄していた、西暦2000年頃の人類とすると…」
「ヒト族が生まれたのが1000万年前、約700万年前に直立二足歩行を開始って表記かな。」

100万年前にようやく最初の人類・アウストラロピテクスが登場し、78万年前に地磁気逆転。
70万年前頃から、10万年周期の大規模な気候変動が見られるようになってきて、
50万年前の氷期に北京原人、23万年前頃には温暖期のピーク…ネアンデルタール人の時代。
20万年前頃から始まった寒冷化と共に、ホモ・サピエンスが登場し、地球の覇権を握った。

「ホモ・サピエンスは俺達と同じ…20万年程度で、結構な科学的発展を遂げたんだね~」
「洞窟の壁にラクガキしはじめたのが、たったの3万年前、ピラミッドですら5000年前。」

「進化?進歩のペースは、一定じゃない…遺伝子発見からヒトゲノム解析まで、50年!」
「ちなみに、コミケが生まれて、はじめて中止されるまでが45年…それはいいとして。」


なぜ地磁気の逆転が起こるのかは、未だによくわかっていないけれど、
逆転後に何が起こったのかは、美しい地層を丁寧に掘り、じっくり愛でていると見えてくる。
まずは、地球に降り注ぐ宇宙線の量が大幅に増え、大気が電離し氷結核が増加…

「詳しい説明、させてもらってもいいかな?」
「ごめんツッキー。そこは却下でよろしく。」

「科学を語りたがる、僕の幸せを…」
「俺達二人の幸せを…状況を考えて。」


よ・う・す・る・に・っ!
20万年前にドバ~っと増えちゃった宇宙放射線のせいで、人類は絶滅の危機に瀕したんだ。
当時の地球を埋め尽くしていたのは、放射線に弱っちいホモ・サピエンスだったからね~
しかも、この古代人、アタマは良かったのかもしれないけど、融通がキかない人達で…
男性型と女性型っていう、ボディタイプの違う相手としか、恋愛&繁殖がNGだったっぽい。

「同タイプとの恋愛は…コミケでは主流派だったかも?」
「自由な生息域が、そこだけだった説。」

上っ面…見た目の生殖器のカタチだけで、文明を繁栄させ、人類を存続させようなんて、
ちょっと甘過ぎというか、そりゃあもう、たった20万年程度しかもたないよね~
地磁気逆転が起こらなくても、耐性のない新型ウィルスとかで、コロっとナ~かも??

そんなこんなで、遺伝子レベルで寒冷化に対応できなかったネアンデルタール人から、
お寒いネタにも寛容なホモ・サピエンスに、人類の主役が交代したのと同じようなカンジで、
宇宙放射線にも寒冷化にも、その後の温暖期にもどっしり構えて乗り越えた、俺達の祖先は…

「人類滅亡を逃れるため、休眠中だった遺伝子をちょっとだけ起こすなりなんなりして…」
「ボディタイプとは別の性…雌雄同体による繁殖を基本とする、新人類を誕生させたんだ。」


それが、ホモ・オメガバース。
宇宙線なんかの過激なアレコレにも耐性があった、吸血鬼とかの百鬼夜行的なお強い方々…
コミケをはじめとする、一部の妄想の中でしか存在していなかったファンタジー御一行様が、
ごくごくアッサリと、地球上のメインとなる人類になっちゃったってわけ。

「耐性がある、つまり…周りの環境やら何やらの変化に『鈍感』ってことだよね。」
「ま、そういう鬼だか神だか、すんごい人達が何とか生き延びてくれて、今がある…と。」

鬼神とも言うべき圧倒的な鈍感力で、過酷な環境を乗り越えた、忍耐エリート…『α』。
そして、その『α』さえその身に受け入れることができた、ドMの極み…『Ω』。
外見上の性に関わらず、雌雄同体のαは、同じく雌雄同体のΩと、子孫繁栄が可能になった。

「とはいえ、のんびりやさんのαΩだと、あっという間に人類は滅亡してしまうから…」
「この時だけはガッツリ励みます!!という、発情期を設けた…生物の基本的な姿だよね。」


励むといっても、限界があるでしょ。一晩3発以上とか、たとえ夢魔でもキツいよね~
だから人類は、強大な力を持つαとΩの妊娠・出生率を上げることをサクっと諦めて、
そんなに力はない代わりに、繁殖力の高い第三の性…ニュートラルな『β』を生み出した。

「過大な力なし、過剰な色気なし、過激な発情期なし…通知表は『オールB』のザ☆凡人!」
「適度な力と、適量な色気、そして適切に分散された…『オールタイム微発情期』が爆誕!」

その結果、20万年が過ぎた現在、ホモ・オメガバースの人口構成比は、ザックリ言うと、
『大多数のβ(80%)』『稀少種α(15%)』『絶滅危惧種Ω(5%)』(いずれも最大値)になった。


「いつの時代も…どんな人類も、群れを成す社会的な動物であることは、変わらない。」
「だから、多数派には属さない異質な存在を、崇め奉りながら…排除・嫌悪してしまう。」

神に等しい存在を、恐れながら妬み嫉み僻み、差別・迫害を繰り返していく…
そんな古代人が辿った『歴史の道』から大いに学び、我々ホモ・オメガバースは、
創造神たるαΩを何としてでも守り抜くために、ありとあらゆる手段を講じた。

ボディの見た目も能力的にも大差が出ない子どもの頃に、徹底的に博愛と平等を叩き込む。
そして、身体的に男女の別が顕著になりはじめる思春期…二次性徴の時期に入ってくると、
学校等の教育機関だけでなく、家庭や地域の中でもミッチリとした性教育を永続的に行い、
更にその後『αΩ性徴』が発現する頃には、性根にガッチリ博愛精神の育成を完了している。

「自分がαβΩのどれか?なんて、医師か近しい親族ぐらいしか知らない…教えないんだ。」
「できるだけ三者に違いが生まれないように…差を意識しないために、だね。」

「性別なんて愛にはカンケーない。αもβもΩも、みんな仲良く…『なかよし』しなきゃ♪」
「αΩがいなければ人類は消滅…『なかよし』つまり愛し合って、生き延びるしかないよ。」


それはもう、全人類がヤってヤってヤりまくらないと、冗談抜きで『終了のお知らせ』だ。
文明は発達したけど、地球はまだまだ過酷な状況…寒冷期の後の、温暖化の極大期真っ只中。
2億2千年前~6600万年前の中生代…恐竜が跋扈していた頃によく似た、おアツ~い環境だ。
地球の主役は恐竜、人類は隅っこに固まってちまちま生存…気を抜けばあっという間に絶滅。

「僕達みたいな弱くてちっぽけな生物が、あの美しく強い恐竜に、敵うわけがない…♪」
「『ぼくはきょうりゅうとけっこんする!』って、二次性徴前まで言い張ってたよね~」

「ある意味、恐竜よりも敵いっこない相手と、つがいになっちゃいそうだけどね。」
「せいぜい、『タダシラプトル・ヤマグチィ』に喰われないよう…気を付けてね?」

何故だかわからないが、Ωの発する性フェロモンにだけは、恐竜は敵意を示さない。
人類はそのΩのフェロモン物質『オメガミン』を外殻に利用した『コロニー』内のみで集住…
コロニーの外に出る時は、このΩと共に、高温耐性の強いαの帯同が必要不可欠だ。

「何で僕は、Ωじゃないんだ…恐竜と愛し合えないなんて、運命は酷いことをするよね。」
「まるで、『超絶下戸の酒マニア』みたいな悲運だね~心からお悔やみ申し上げるよ。」


ツッキーの恐竜スッキーぶりは、スルーして。
人類の命運を握るαΩが抗い難い情動に駆られた時、ソッコーでGO TO HEAVENできるよう、
トイレと同じぐらいの間隔と室数の『シェルター』設置が、世界的に義務化されている。

巨大な『殻』の中で生活するのが基本の、引き籠り万歳!!なホモ・オメガバースにとって、
コロニー内の至る所に、小規模な『殻』があっても、何ら違和感を覚えないどころか、
定期的に安心できる『殻』に(安心できるつがいと共に)、閉じ籠りたくなる習性がある。
これはまさしく、人類繁栄のために必要な『なかよし♪』にピッタリな設備に他ならない…

「古代の不妊治療では、患者の排卵日に、今夜は『なかよし』してね♪って…医師の助言。」
「ま、さすがに『なか○し』しろとは、アケスケには言えないからね~」

元々はαやΩのためのシェルターだが、αβΩに関わらず、誰が何目的で使っても問題ない。
木を隠すなら森の中、目的を隠すなら多目的の中…全人類総出でヤりまくるのが大正解で、
『みんなでなかよし』することで、αΩとの差を巧妙に隠すという、愛のある戦略である。

「っていうかさ、パッと見だと、αβΩの違いなんて、わかりっこないし。」
「ナカでナニをヤるかなんて、個人の自由…ヤらなくてもいいんだし。」

多目的室とは、そもそもそういうものだ。
多目的『トイレ』だとか、部屋の用途を限定する名称にするから…って、どうでもいいか。


「センダイ・コロニー内にある、我らが烏野高校にも、勿論『多目的室』は存在する。」
「通称『カラスの行水』部屋…八咫烏の三本足を示す『天』『地』『人』の三部屋だね。」

当然ながら、合宿先の梟谷にもあってしかるべし。(なかったら建築基準法違反?)
先日、慣れないトーキョー・コロニーへの遠征合宿疲れで、イロイロと溜まっていた俺達は、
ゲーム機片手に大あくび…どこぞからふらりと現れた音駒の孤爪さんを捕まえて、
『蜃気楼はどこで見れますか?』という雅な定型句で、『多目的室』の存在を尋ねた。

「蜃気楼は、蜃…巨大ハマグリの吐息が見せる幻、だったよね?」
「ハマグリ、すなわち貝…閉じ籠るための『シェルター(貝殻)』って暗喩だね。」

孤爪さんは眠そうな目を擦りながら、視線を非常階段の↓方向へ流し、ポソっと呟いた。
「梟は、フルーツがお好き…特に合宿中のイチゴは色味のある『なかよし』専用。」だと。
ちなみに音駒の部屋名は『お砂場』…マーキング目的がバレバレなネーミングらしい。


「『なかよし』専用って言ってたけど、梟谷さんにしては備品も設備もイマイチだったね~」
「ミカンのお部屋から、順次改装してる風だったでしょ?来月の合宿の頃には…期待大。」

『なかよし』という割には、ローション等の必需品も流し台の奥に隠してあったし、
ソファベッドのスプリングは堅くて軋む年代物だし、ウォシュレットの勢いは緩すぎるし…
その代わりに、ありとあらゆる事務用品が揃ったスチール棚と、製本機まで置いてあったり。

「『なかよし』そのもののための部屋っていうよりか、『なかよし』製造のための部屋…」
「コミケ前夜とかに籠って作業するには、うってつけな…栄養ドリンクの宝庫だったね。」

一体どんな色っぽい方々が、スウィ~トなイチゴのナカで『なかよし』してるのやら♪と、
ツッキーと二人で楽しく妄想しながら、俺達もそれにあやかり…『主目的』を果たしてきた。


「結局のとこ、どんなつがいでも、なかよしさん達で…幸せであってくれるといいよね~♪」
「もっと恋をして、ひたすら愛に生きる…それが、ホモ・オメガバースの存在意義だよ。」

…と、その時の話で盛り上がり、うっかり『幻に包まれて』しまった、買い物中の昼下がり。
俺達はショッピングセンター裏…城址公園内にある通称『交情の月』部屋に駆け込み、
ガッツリ『なかよし』後…さっき本屋で買った地球史図鑑を広げつつ、マッタリお喋り中だ。

「俺達さ、ボディタイプが別の相手としか、恋愛が許されなかった、古代人じゃなくて…」
「そもそも僕は、恋愛が許可制ってのが意味不明…『好きなもんは好き』でいいでしょ。」

僕がホモ・オメガバースだろうと、ホモ・サピエンスだろうと、人類には変わりない。
性別なんかで『好き』を止められるほど、人類は賢くも冷徹でもないよね。
僕と山口がαΩでも、古代人でも、今と変わらず『ββ』…ベタベタで甘々なのは確定だし。

「『ただしシェルター内に限る』…でしょ?」
「そこは、まぁ…あ、電話?…えっ!」


居留守をキメこむ気満々だったツッキーは、発信者の名前を見て、驚きの声を上げた。
まだ通話し始めてなかったけど、その名前が見えてしまった俺も、慌てて口をつぐみ…
ツッキーにとりあえずTシャツだけを被せ、俺は端末映像の死角に退避し、聞き耳を立てた。


*****



「おっ、お待たせしました…っ」
『ヘイヘイヘ~~~イ!よっ、ツッキー!再来週、海に行くから来いよ~!』

「…はぁ?木兎さん、冗談は髪型だけに…」
『シーラカンス、大好きだろ?海の恐竜パラダイス☆ショーナン・コロニーでバカ…』
「ぜひご一緒させて下さいっ!!山口と二人…何なら自費で参加しますから!!」
『凄ぇ喰いつきっぷりだなオイ!ま、そのぐらいが人数的にもちょうどいいからな~!』

突然の話に俺が唖然とする中で、第三体育館の師弟コンビは、勝手に話を進め…
(こういう『人の話を聞かない』ってトコが、すっごいソックリな師弟なんだよね~)
再来週の梟谷&音駒合同海合宿(バカんす)に、俺達二人も参加することに決まってしまった。


『なぁ、どうせその辺に、山口も居るんだろ?エンリョせずに出て来いよ~』
「っ!?は、はいっ!どどどっ、どうも、コンニチワ…お疲れ様ですっ」

木兎さんの嗅覚、怖っ!
いきなり呼ばれた俺は、咄嗟にツッキーの上着シャツを羽織り、画面に向かってペコリ。
頭を上げるより先に、木兎さんはヒソヒソな大声で、俺達に『ナイショ話』を始めた。


『あのさ、このバカンスの時、ツッキー達に頼みたいことがあるんだよ…』

初めて目(耳)にした、木兎さんの『シリアスモード』に息を飲み、ググっと惹き込まれる。
しかも、ワクワクが止まらない『思わせぶり』な語り口で、『頼みたいこと』を俺達に伝え…


『これ…凄ぇイイ話だと、思わねぇか?』
「実にオモシロ…いや、ステキな話です!」
「そういうことでしたら…俺達も全力でお手伝いしますからっ!」

三人で顔を見合わせ…満面の笑み。
爽やかな真夏の太陽みたいな、キラキラ輝く木兎さんの笑顔に、俺達の心も浮き立ってきた。

「海でのアバンチュ~ル…楽しみです!」
「絶対に、成功させましょうね!」
『おうよ!みんなでなかよく…なっ!』


ウェ~イ♪と、画面越しにハイタッチ。
んじゃ、そろそろ俺は練習に戻るな~と、木兎さんは手を振り…最後にニカっと笑った。

お前ら、お休みの日だからって…オンライン通話だからって、油断してんじゃねぇぞ~?
いくらββのカップルでも、ラブラブじゃなくてブラブラは…『なかよし』がすぎるだろっ!
そういう『思わせぶり』すぎる格好は、海ではアウト!だからな〜!?


『頼むから…下も履いとけ。』




- ④へGO! -




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※オメガバース概説 →『αβΩ!研磨先生
※蜃気楼について →『引越見積④


小悪魔なきみに恋をする7題
『02.思わせぶりはきみの特技だ』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/07/24

 

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