恋慕夢中④







『黒ムッツリ』こと黒尾さんとの夏合宿事前打合せは、いつも通りに淡々…の、真逆だった。
次週に迫ったアバンチュ~ル☆の『しおり』作成のため、イチゴのお部屋にて完徹作業。

「あーこれこれ…すっげぇ『夏イベント!!』の準備してるってカンジじゃねぇか?」
「アンソロは先週脱稿、オフ本も当日会場着。あとはコピー本…夏コミ前夜ですね!」

「キツいってわかってんのに、カンタンにノせられ…結局、原稿地獄にダイブしちまった。」
「自分のエロ原稿を延々校正して、コピーのち製本…生き地獄とはまさにこれのことです。」

「イくなら絶対、極楽がいいのにな…」
「自作エロでは、絶対にイけません…」


何でこのオンラインSNS全盛期…維持管理の手間がかかる自サイトすら絶滅寸前の時代に、
わざわざオフラインで本(しおり)を作らなきゃいけないんだ…ペーパーレスはどうした!?

特に小説は、オンラインの作品をそのままコピペしただけでは、オフ本には到底ならない。
オンは『横書き・縦スクロール』で読みやすい文字数と行数を設定した上で、表現を調整…
対するオフは、『縦書き・横めくり』かつ二段組…文章の体裁が大きく変わらざるを得ない。
だから、『サイト閉鎖時にオフで総集編発行』なんてのは、一から全部作り直すのと同義で、
とてもじゃないが『店じまい』とは言えない…さながら別業態の新店舗立ち上げ、だろうか。

「オンにはオン、オフにはオフの事情やルールがあるし、それぞれに善し悪しがある…」
「わざわざオフ本を作るのは、それだけ大きな動機…格別な喜びがあるからですよね。」

「こんな『えんそくのしおり』程度のコピー本を、喜んでくれる人がいるとは思えねぇが…」
「この『祭の準備』こそが、実は一番楽しかったりしますから…俺達も大概イってますね。」

「要するに…好きってことなんだろうな。」
「好きの追求…楽しいけど、楽ではない。」


…とまぁ、こんなカンジで。

『夏コミ前夜のサークルさんごっこ』をしながら、黒尾さんと共にハイテンション徹夜製本。
製本テープで隠れる部分に、秘密の暗号…それを感想と共に奥付の『BRいちご』宛に送ると、
感謝のお返事メールに、コピー本の『その後』が読めるURLが!?というオマケまで考え、
(『その後』は、暗号を見つけた人がいた場合にのみ執筆致します。)…朝が来た。

一体どんな顔して、イチゴのお部屋で打合せすれば良いのか、悶々と悩んでいたけれど、
黒尾さんとゆっくり顔を合わせるヒマも、先週の『怪奇現象』を思い出すヨユウもないまま、
ひたすら楽しい妄想の世界に逃避しつつ、膨大な仕事を何とか片付けて、しおりは無事完成。
残ったのは、徹夜ハイ特有の高揚感と爽快感、そして死地をくぐり抜けた同志との…連帯感。


   (本当に…お優しい人、なんですから…)

この二次創作サークル『BRいちご』ごっこは、全て黒尾さんの深謀遠慮な計算によるもの。
ヲタ道を爆走している勇者には、吸血鬼も魔女も道を譲る…怪奇現象も避けて通るはず。
現に、全てが終わって力尽き、こうしてソファベッド(黒尾さんの腕枕付)に横になった今、
ようやく先週のコトを思い出し…恥ずかしさを感じる気力もないまま、寝落ち寸前だ。

こうなるように…俺がイロイロ考え過ぎて、ドツボにハマってしまわないように、
あえて馬鹿騒ぎを演出し、苦しい残業という現実を、楽しい創作という妄想に変えてくれた。

「ん…お、つか、れ…さん…」

いつもの残業後、ウトウトする俺に何も言わず肩を貸してくれるのと同じように、
今も寝言交じりに俺を労いながら、逞しい腕と胸を俺に貸し、守ってくれる…優しい人だ。

   (無意識レベルで、優しさが…溢れてる。)

その温もりに包まれ、全てを預けていると、眠気とは違う『抗い難いもの』が、
俺の中から自然と生まれてくるのを自覚し…理屈や理性とは別次元で、それを納得していた。

   (たぶん…そういう…こと…)


この不思議な感覚?感情?が何なのか、今はよくわからないし、深く考えられないけれど、
答えはそう遠くないうちに、きっとわかる…考えるまでもなくわかるはずだと確信していた。

   (今夜も、黒尾さんと一緒に、楽し…)



*******************




午前中の練習は監督命令の強制休養(爆睡)、昼飯後は軽めに流し、今週の合同練習は終了。
来週の夏合宿参加者に夏コミ突発コピー本こと『しおり』を配り、熟読を促してから、
俺と赤葦は片付けも残業も引率も免除され、皆から盛大な感謝?声援?と共に強制帰宅。

「お前らはこれから、来週用の買い出しな!」
「今週も安定の超絶修羅場、おつかれさん~」
「来週はもっとおつかれさん…の、予告!!」
「買い出しが、この夏唯一の休息…かもね。」
「ってなわけで…デート楽しんで来いよ~!」

仕事免除といいつつ、結局買い出しかよ。
何が安定の修羅場だよ。何がおつかれさん予告だよ。唯一の休息は酷すぎるだろ。しかも…っ

   (何がデート…余計なことを言うなよっ!)


買い出しは業務の延長。というよりも、超過業務そのものじゃねぇか。
帰宅して玄関に鞄を置いたら、靴も脱がずにそのまま駅に逆戻りするつもりだったのに、
でっ、ででデートだとか、意味不明な『言い間違い』をしやがったせいで、妙に、その…

「あ~、洗濯物は鞄で熟成させるより、ソッコーで洗濯機に入れた方が安全だよな~」とか、
「脱衣所に来たし、今着てるジャージも洗いに出すついでに、汗も流しとくかな~」だとか、
誰も居ない家の中で、やけに大声で独り言…いつもより入念に泡立てて洗いながら、大後悔。

   (な…何を着て、行けばいいんだ…っ!!?)

いや、そもそも論として、俺…髪も洗っちまったぞ(しかもトリートメント的なのまで使用)。
これから寝癖が付くまで寝る時間はない…赤葦に『俺』と認識されるのか、かなり不安だ。

   (とりあえず…急いで調査&準備だ!)


風呂場から飛び出し、良い案が浮かぶようにバスタオルでガシガシ頭を掻き回していると、
洗濯機の上に置いていた端末が、激しいブルブル音を立て…文字通り俺は飛び上がった。
端末よりも震える心臓&手でメッセージを開くと、デートの『お相手様』からだった。

 【おデート(仮)について】
   平素より以下略。
   集合時間及び場所は、先程協議の通り。
   梟谷ユニ風の白紺ラグランTシャツに、
   細身の黒ジーンズと、白スニーカー着用。
   色気皆無ですが…見慣れた色味で参ります。


「さすが…!!デキる『お相手様』だな…っ」

おデート前から、この気配り…恐れ入った。
俺が服装に悩んでいることを見越して(多分、アッチも似たような状況なんだろうが)、
その悩みを根本から断つべく、事前に衣装を予告…これほどありがたいことはない。
俺は迷わず、お相手様と並んで歩くに相応しい『似たような』格好をしていけば良いだけだ。

   (本当に…優しい奴だよな~)

 【Re:おデートについて】
   迅速なご連絡本当にありがとうございます。
   こちらの方は、黒のVネックTシャツに、
   ゆったりめの、ベージュのカーゴパンツ。
   赤スニーカー、赤腕時計、赤縁眼鏡。
   赤色を添えた…見慣れぬ髪型で向かいます。

なるほど。
おデートってのは、実際に『お相手様』に逢うよりも前から、始まっているのか…っ!!
何かしらの『真理』に触れた俺は、サラサラ流れ落ちる前髪を掻き上げながら、駅へ走った。



*****



「悪ぃ…っ!待たせちまったんじゃねぇか?」
「いえ、俺も今来たとこ…時間通りで、す?」

いつも『多目的室』での残業前に待ち合わせる時とは、お互い逆のセリフを言っている途中、
赤葦は俺の顔を見ながら首をコテン???と横に傾げ、端末を開き衣装を上からチェック。
それが黒尾鉄朗(仮)の『予告通り』だと確認した直後、赤葦は回れ右…全力で逃走を開始。

「ちょっ、待てっ!何で逃げるんだよっ!?」
「しっ、知ってるけど、知らない人がっ!!」

「寝てないとタたねぇって…わかるだろ!?」
「凄い字面の台詞だと…わかってますか!?」

確かに、漢字変換…字面によっては、破廉恥な台詞に聞こえなくもないけども、
耳で聞いた台詞を、脳内でどんな字面に想像するかは、聞いた側の漢字変換ソフト次第だろ。
つまり、そういう変換をした赤葦は、自分がムッツリだと暴露してるって…わかってるか!?
つーか、俺自身の名誉のために、これだけはハッキリ言わせてもらっとく!!

「一徹ぐらい余裕…何なら今晩もイケるぞ!」
「それを聞いて安心…じゃなくて、うわぁっ」


やっと追いついた俺は、ビルとビルの狭間に赤葦を引き摺り込み、外壁と腕の中に閉じ込め、
眼鏡を外しておでこが引っ付くぐらいまで近付き…よ~~~く見てみろ、と視線で訴えた。

「なぁ。俺は…誰だ?」
「恐らく…黒尾さん?」

赤葦の手を引き上げ、好きに触って確かめろ…と、その手を俺の髪へと導く。
最初はおそるおそる、だが次第にもう片方の手も上げて、無遠慮にわしゃわしゃ掻き乱した。

「おい。さすがにそれは…ヤりすぎだろ。」
「ふふ♪その眉間の皺…黒尾さんですね。」

「っ!?その笑顔…お前の方こそ、誰だよっ」
「おや。可愛い京治君の顔…見忘れました?」

それなら、よ~~~く…ご覧下さいませ。
見慣れぬ淡い視線でそう囁いた赤葦は、ゆっくりと瞼を下ろした。

   シンジュク・コロニーの、暗い路地裏で。
   待ち合わせ直後に駆け出し、宵闇に紛れ。
   壁ドン、そして頭を引き寄せ、額を付け…
   何かを求めるように、そっと瞳を閉じる。

   (あ、ここは当然…アレする流れ、だよな?)
   (冬コミのオフ本は…コレで決まりですね?)


二人の現状を妄想チックに脳内変換…してみたのに、現実的な台詞でオチがついてしまった。
同時に吹き出した瞬間、同時に二人の端末が共鳴するかのように振動し始め、
送信者の名前を見た途端に、二人共が見慣れた『業務モード』の顔に切り替わった。

「『れんらくもう』から…おかいものメモが到着しました。」
「こっちも同じ…『猫の集会』から、御猫様所望品一覧だ。」

買い出しに行って来いと言ったくせに、何を買ってくるのかは「任せる!」と堂々と返され…
さすがにプチっとキた赤葦が、俺達の待ち合わせ時間までにリストを作って送れと指示。
指定時刻より10分遅いが、予算内で欲しいものをそれぞれがちゃんと決めてきた。

「梟谷のリストは…予想通りです。」

   ・シュワシュワ!がカラフルな花火
   ・ピューーーン!って飛んでく花火
   ・ブンブンブン!とふりまわす花火
   ・足下に置く、小型の打ち上げ花火
   ・赤葦が絶対好きそうな、線香花火

「全部花火だな。んじゃ、音駒は…」

   ・お砂場遊び用のスコップとバケツ
   ・スイカの柄をした、ビーチボール
   ・プラスチック製のバットとボール
   ・お昼寝用のピクニックシート(大)
   ・黒尾の抱き枕兼用の、浮き輪(中)

「どちらも、『合宿』という建前を…」
「完全無視…遊ぶ気満々ってことか。」

きっと、2チームが一緒になって、何して遊ぶかを大騒ぎしながら考えたんだろう。
まとめ役が居ないにも関わらず、ここまで決めてきたことに、驚くよりも褒めたくなった。
何と言っても、最後には赤葦と俺用のものを選んでくれたとこが…ちょい泣けてきた。

「これは計算づくの優しさだって…」
「わかってはいるんですけど…ね。」


素直に嬉しいとも言えず、かといって、お小言を返す気にもなれず。
どうしたもんかと苦笑いを見合わせて固まっていると、またまた同時に…着信。
件名はどちらも同じ【追加!】だった。

「えーと『赤葦に似合う水着』…何だこれ?」
「こちらは『黒尾の水着を選んでやれ』…?」

どうせお前ら、スク水しか持ってねぇんだろ?なら、買い出しがてら新調してこいよ!
クソ地味な似た者同士…自分のを選ぶセンスなんて、これっぽっちもないのは知ってるから…
『お相手様』に似合いそうなものを、一緒に選んでプレゼントしてやるんだ!

『梟谷の全員から、大好きな音駒の黒尾へ…』
『赤葦への感謝を…クロが代表して伝えて。』

   いつも、ありがとな!
   おデート、めいっぱい楽しめよ〜!


「誰だよ!こんな計算、教えたのは…っ!」
「こんな優しさ、卑怯の極みですよ…っ!」

じんわりにじむ目を見られないよう、互いの肩にヘロヘロ…おでこを乗せて、大きくため息。
そして、ポンポン!と背中を叩き合ってから、二人は照れ臭そうに微笑みながら歩き出した。

「さてと、それじゃあ早速…」
「おデート…いきましょう♪」



*******************




「何とか二箱に…全部収まりましたね。」
「あとは送るだけ…凄ぇ楽になったな。」


巨大雑貨店で花火やらおもちゃやらを大量購入し、残った予算でおやつを…と思っていたが、
赤葦が「それは黒猫さん用に。」と提案…合宿所(木葉家別荘)へ事前発送することになった。
お店で不要なダンボールを譲り受けてから、俺達は駅裏にある公営の『多目的室』へ入室し、
そこで早速、買ったものを荷造り…これで、これらを持って行く手間が大幅に省けた。
(ちなみに室名は『524』…GO TO the SEAなのは、計算づくのお茶目だ。)

「賢いお金の使い方…さすがは参謀殿だな!」
「ただ単に…俺がラクしたかっただけです。」

そう言いながらも、褒められて満更でもなさそうな赤葦は、チラリ…
照れ隠しがてら、入口付近に置かれた『発送しなかった二袋』に視線を送った。


「それにしても、俺達…驚く程『似た者同士』でしたよね。」
「お互いに、センスなさ過ぎ…結局、店員さんにお任せだ。」

お相手様に似合う水着を選び、プレゼントしてやれ…チームメイト達にそう言われ、
勇んで水着売場に行ったはいいが、広大な売場面積と膨大な商品数に圧倒され、天を仰いだ。
なんとか『無難そうなの』を精一杯発掘してきても、お互いの地味さを強調するだけ…
単純に『似合いそう』なものを選べばいいわけじゃないことに気付き、早々にギブアップ。

海!バカンス!アバンチュ〜ル!といった、キラキラ系の言葉が眩しい店員さん達の中から、
最も落ち着いた雰囲気の人を選び、その人に全力でこうお願いしてみたのだ。
「二人を引き立てるような水着を3着ずつ見繕って下さい!」…と。

するとその店員さんは、雰囲気をガラリと変えて爽やかな笑顔…インカムでコールすると、
あっという間に集まったキラキラさん達に囲まれて…着せ替え人形コースだった(詳細割愛)。
慣れないことにグッタリした俺達は、選び抜かれた3着の中から一番グッときたものを即決、
店員さん達に「ステキな夏を…がんばって♪」と、盛大に応援されながら店を出たのだ。


「客をもてなすプロって、凄ぇよな〜」
「ソノ気にさせるのが、巧すぎです。」

最終的な目的は、お客様にお金を使わせることかもしれないけれど、
お客様がお店で楽しい時間を過ごし、幸せな気分になり、気持ち良くお金を使って帰る…
そのために、お金に換算できないサービスを、店員さんは惜しみなく提供してくれるのだ。

慣れない買い物、慣れない…おデート。
明らかに緊張していた俺達を、店員さん総出で盛り上げ、心から楽しませてくれた。
相手の事を真剣に想い、考えてくれた姿に、心を動かされないわけがない…
これが『商品は人(店員さん)で買う』という、ひとつと楽しみ方なのかもしれない。

   (相手の事を、真剣に想い、考える…)
   (これ、おデートも…全く同じです。)


「慣れないお買い物でしたが…俺、物凄く楽しかったです。」
「あぁ。俺も…お前と一緒だったからこそ、楽しかったよ。」

『何をするか』ではなく、『誰とするか』だ。
おデートの楽しさとは、つまるところ…ここに帰結するのではなかろうか。

   ((この人となら、俺は…))

「来週の夏合宿…ド修羅場確定ですが、何だか楽しみになってきましたね。」
「息をつくヒマもねぇぐらい、トラブル続出だろうが…楽しめそうだよな。」

何となく『よさげな雰囲気』が漂い始めていたというのに、自らの現実的な台詞で台無しに。
お互い客商売には向いてない(し、絶対モテないタイプだ)と、自嘲気味にため息を吐いてから、
黒尾はその『台無しな台詞』から『あること』を思い出し…赤葦を手招きして小袋を渡した。


「ド修羅場トラブル対策ってほどでもねぇんだが…これ、お前に。」
「厄除けの御守ですか?それなら、俺よりも黒尾さんに必要…あっ」

袋の中には、赤いリボンの巻かれた小さな黒いケース。
全く同じものを黒尾も鞄から取り出し、二人で同時にケースの蓋を開けた。

「綺麗な…これは『ホイッスル』ですか?」
「救難信号用…いざって時のために、な。」

コロンと丸い根元とギザギザした筒。それと、薄いプレートがチェーンにぶら下がっていた。
丸いところには、所有者を示す赤(黒)のラインが入り、プレートにも『K(T)』の刻印入だ。

「そのプレート、実は…火打石なんだよ。」
「成程!笛のギザギザは…着火用ですね!」

救難要請のための笛としてだけではなく、火もおこせるセーフティグッズ…まさに御守だ。
実利とオシャレを兼ね備えた、黒尾からの思いがけないプレゼントに、赤葦は感激…
当日忘れないよう、今すぐ着けて…肌身離さず持ってますね!と、チェーンを首に回したが、
いかんせん、これも『慣れない』動作かつ、意外と不器用?なのか、なかなか着けられない。

「俺が着けてやるから…ほら。」
「では、そちらの方は、俺が…」


向かい合わせに座って、金具を胸元に持ってきて、互いにネックレスを着け合う。
字面はサイッコーに『おデート感』満載!で、めっちゃ『痺れるシチュ』到来!の、はずが…

「何だよこの、ちっさい輪っかの、ちっさい突起を、こっちに寄せて…見えねぇっつーの!」
「え、この穴に、こっちのをハメるんですか?難易度高すぎ…これ、一生外せないですよ!」

おでことおでこを引っ付けて、至近距離で見つめ合いながら…しっちゃかめっちゃか大騒ぎ。
ムードも色気も全てぶち壊した醜態っぷりに、ヤケクソ気味の笑いが込み上げてきた。

「あははっ!黒尾さん、どう考えても…御守の選択ミスですよね?俺達には似合いません!」
「馬鹿、笑うなっ!共鳴して手が震え…あ~クソ!二度と着け外し、手伝えねぇからな!?」

「『手伝わねぇ』じゃなくて『手伝えねぇ』ってあたりが、黒尾さんの優しさ…ですよねっ」
「だーかーら、笑うなって!それに、俺は優しくなんてねぇ…笛同士も共鳴してるんだよ。」

どちらかが笛を吹けば、もう片方が共鳴する…居所を伝えるセンサー機能付きらしいんだ。
電波も届かないような緊急時とか、いざって時には居場所がわかるスグレモノではあるが、
いざって時じゃくても、二つは繋がっている…どこに居ても、お互いがわかっちまうんだよ。
いつの時代も、『安心安全』と『プライバシー保護』の両立ってのは、難しい問題だよな。


「それでも良いのなら…このまま着けるぞ?」

   俺は、優しくなんか…ない。
   全て計算づくの…卑怯者だ。
   でも、それ以上に…臆病者。

共鳴機能のことなんか黙ったまま、赤葦にネックレスを着けてしまえばよかったのに。
ギリギリになって、赤葦を騙すようで心苦しくなり…結局バラしてしまった。
ほら見ろ、やっぱり赤葦は俺の腹黒い策にドン引きして、手を下ろし…


「黒尾さんの方…もう、着けちゃいました。」

お店の人と同じく、これは計算づくの優しさ…そんなこと、俺だってちゃんとわかってます。
今日の買い出しに間に合うよう、あらかじめこれを注文しておいてくれたってことも、
待ち合わせ前にこれを取りに行ったせいで、珍しく俺よりも後に集合場所に到着したことも、
どんなツラで完全アウェーの宝飾店に行き、ペアネックレスを買ったのかも…バレバレです。

それを全てわかった上で、あえてその『優しい計算』にかかってみせた…
あなたの計算通りに動いたフリして、俺の方が先に、黒尾さんにネックレスをかけたんです。

   黒尾さんの優しさを利用する…卑怯者。
   罠を完成させてから暴露する…臆病さ。

「俺達、やっぱり…似た者同士ですよね?」


カチリ…と、ネックレスの金具と共に、何かが俺のココロの中にハマる音がした。
きっと後から振り返ったら、『この時だった』と断言することになる…特別な『音』だった。

「お前には、一生…敵いっこなさそうだ。」

降参だ…と両手を上げると、首からぶら下がったネックレス同士がぶつかり、
夏の青空のように澄み切った音を立て、二人の間で静かに共鳴し始めた。




- ⑤へGO! -




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小悪魔なきみに恋をする7題
『02.(計算された優しさも)』

お題は『確かに恋だった』様よりお借り致しました。



2020/07/31

 

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