阿吽之事①







   『初志貫徹 阿吽完徹 徹君』
   『一気呵成 一見阿吽 一様』


盃九学園の一学期末は、大講堂での七夕祭(と見せかけた単位救済大温情措置)が開催される。
各教科担当等に宛てて、自身の願いを5色(ランク)の短冊に『七・七』形式で書き記し、
その願いの強さ(祈祷料の納付額)に応じて、当学園神職・黒尾が配達していく大イベントだ。

そして、二学期末。
年末年始には様々な行事が立て続けに行われるため、大講堂や体育館等は使えない。
その代わり、皆の集まる開放的な場所である、学食内に巨大なクリスマスツリーが設置され、
そこに願いを込めた5色の如意宝珠…オーナメントを飾るイベントが執り行われている。

「こっちの方は『五・七・五』…じゃなくて、『六・六・五』の17文字なんだよね~」
「『ジングルベル・ジングルベル・鈴が鳴る』に合わせたらしいけど…リズム感皆無だよ。」
「お前ら、ダベってねぇで手を動かせ。終わらせねぇと、サンタさんが困るだろうが。」


ツリーから一つずつ玉を外す月島。その玉の中から願い事の紙を取り出し色別に分ける山口。
山口が分類した紙(七夕短冊の再利用)を、名簿と照らし合わせながら宛先毎に仕分ける黒尾。
延々続く作業に、月島と山口は飽き飽き辟易…オーナメントでキャッチボールを始めた。

「なんで僕達が、黒尾さんのお手伝いなんか、しなきゃいけないんです…かっ、と!」
「黒尾さんのだと思ったら腹立つけど、サンタさんだと思えばマシかも…よっ、と!」
「俺は去年まで、たった独りで、七夕もクリスマスもやってたんだから…なっ、と!」
「おやおや、皆さんお疲れ様です。学食内で野球は禁止ですから…はいっ、アウト。」

月山組を止めるべく、黒尾は二人の間にサンタステッキを持って割り込み…フルスイング。
打球はふわりと放物線を描いて飛び、ちょうど学食に入って来た赤葦が見事にキャッチした。

三人からの拍手を受け、赤葦は帽子を取る仕種をして、外野席のファンに向けてお辞儀。
それから、手にしていた保冷バッグを掲げ、おやつ休憩にしましょう♪と微笑んだ。


「やったぁ~♪クリスマスと言えば、アイスだよね~いただきますっ!!」
「『※ただし苺のクリスマスケーキは除く』っていう限定付きだけどね。」
「俺は昔っから、何で真冬にアイス食うのか…全く理解できないんだが。」
「夏用はサッパリ系、冬用は濃厚な味わいと香り…別物扱いらしいです。」

甘い物が苦手な赤葦は、黒尾の最中の皮だけを一口齧り、早々に熱いほうじ茶をズズズ…
二度焼き醤油煎餅をバリバリ噛み砕きながら、高級カップアイスの箱の『裏面』を指差した。

「アイスが年末年始に重宝される理由は、日持ちがするから…かもしれません。」

大勢の人が集まる、ハレのイベント。
ケーキや生菓子よりも長期保存が可能かつ、ハレの日に相応しい華やかで豪奢な甘味で、
和食に飽きたおチビさん達や、ぬくぬくな部屋でおビール派じゃない人達の『ひんやり』に、
アイスはもってこい!…事実、一年で一番売上が多いのも、夏場ではなくこの時期らしい。


「箱をよく見て下さい。アイスには…賞味期限がないんですよ。」

温度管理さえきちんとしていれば、アイス内の細菌が増えることはなく、品質劣化しにくい。
そのため、消費者庁の食品表示基準でも、期限の表示を省略することが認められており、
業界団体はこれを受けて、一括表示の外側に『要冷凍(-18℃以下)』等と記載している。

「へぇ~!すぐ溶けちゃうから、『お早めにお召し上がり下さい』だと思い込んでました。」
「とは言え、家庭用冷凍庫はしょっちゅう開け閉めするから…お早めがいいだろうけどね。」

   はい、ツッキー…あ~ん♪
   う~ん♪ほらっ、山口も…

月島と山口は、同時に右手のスプーンでアイスを掬い、お互いのおクチの中にスルリ。
ごく自然な『あ~ん♪』『う~ん♪』の甘ったるいヤリトリから、黒尾と赤葦は目を背け、
渋茶を啜りながら、『ウチがソレをやらない理由』についてぼそぼそ呟いた。


「俺達が向かい合ってソレをやろうとすると…スプーン同士がぶつかってしまいますから。」
「俺は普段、箸は右手で使うが、スプーンやフォークは左手…恐らく、元々左利きなんだ。」

右手の方があ~ん♪の阿、左手の方がう~ん♪の吽…じゃなくて、右手が箸、左手が匙。
ガキの頃、参道の狛犬の配置から、『右(箸)が阿、左(匙)が吽!』って左右を覚えたんだよ。
ま、大多数の右利きの人も、『右箸が阿&左レンゲが吽』ってのと、ほぼ変わんねぇだろ?

黒尾はラーメンを食べる仕種をしながら、利き手率は『右:左=6:4』だと概説。
そういえば、さっきの打席も左…とことん無駄に器用(貧乏)なところを披露していた。


「向かって右が阿で、左が吽、か…」
「僕達にとって、最も身近な『阿吽』は…」

月山組は、『あ~ん♪』『う~ん♪』を続けながら、ムフフフフ~♪と含み笑い。
だがそんな二人を、黒赤組は苦みを含んだ表情で「あー…」「うーん…」とお茶を濁した。

「どちらが阿で、どちらが吽なのか、気になって仕方ない気持ちは、わかりますけれど…」
「そもそも、アイツらが『阿吽』だからって、『ぁん♪ぅん♪』なカンケーかどうかも…」

「黒尾の言う通りだ。全ての主人&執事コンビが、『&=×』なカンケーなわけないだろ。」
「そうそう♪左利きみたいに、逆の『執事×主人』かもしれない…って、痛いよ岩ちゃん!」


歴史的名家出身で、この時期は神職に次いで多忙を極める阿吽組こと及川&岩泉は、
疲れ切った表情で遅れて登場…しつつも、ボケにはきっちりツッコミを入れて着席。
及川は甘いミルクアイスを、岩泉は渋い番茶を受け取り、いただきますとぴったり唱和した。

そして、実に珍しいことに、及川の方が渋い表情を見せ…ぼそぼそと口を開いた。

「神社関係者の黒ちゃんは、もちろん知ってることだと思うけどさ、
   狛犬は『向かって右が阿、左が吽』…これ、逆のトコもあるんだよね~」
「特に、俺らの故郷・仙台付近に、左右が逆の阿吽が…何故か多いらしいんだ。」

「えっ!?阿吽じゃなくて、吽阿ですか!?」
「全然知らなかった!!置き間違え、とかじゃないんですよね?」


参道の両脇に控える阿吽の狛犬は、参拝者を眺めるように、向かい合って鎮座している。
もし単なる『置き間違え』ならば、左右を入れ替えて置き直せばいいだけなのだが、
仮にそのまま入れ替えると、阿吽は参道を挟んで背を向け合うことになってしまい、
明らかに不自然…誰しもがその『あっちむいてホイ』な狛犬に、違和感を覚えるはずだ。

「俺も、割と社寺仏閣が好きな方ですが、撮り貯めた写真も、ほとんどが建物・設備関連…
   調神社の狛兎等、余程珍しいものでもなければ、狛犬には注意を払っていませんでした。」

誰よりも注意深く、細部まで観察&記録する赤葦ですら、狛犬はほとんどスルー。
この事実が、ストレートに『狛犬に違和感を覚えない』ことの証左でもあるし、
相当ディープな『狛犬マニア』でもない限り、『どっちが阿(吽)?』など、気にも留めない…


「良くも悪くも、俺と岩ちゃんは輪廻を繰り返し、800年も阿吽コンビでしょ?
   『どっちが阿(吽)』論争については、結構なマニアだという自負があるんだけどさ~」
「故郷の神社で聞いても、どこもかしこも『よくわからない』って言われるだけだった。
   この学園に入って、ホンモノの神職・黒尾とダチになってすぐに、聞いてみたんだが…」

5人の視線を浴びた黒尾は、きまりが悪そうに頬を掻きながら、皆から目を逸らせた。
そして、「よくわからねぇ」と定型文を口にした後で、ごくごく微かな声でこう続けた。


「…としか、俺らは言えねぇんだよ。」




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※盃九学園七夕祭 →『姫昇天結
※調神社の狛兎 →『
夜想愛夢⑨



2020/01/14    (2019/12/22分 MEMO小咄より移設)

 

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