王子消滅







「お聞きしたいことが…あります。」
「俺もこの際だから…聞いておく。」


今日はあれから、4人共が『黒い犬』と化し、全く仕事にならなかった。
黙ってはいたが、各々が思索に耽り、深く考え込んでいる様子だったし、
黙っているのに「さっさと終業しろ。」という無言の圧力をかけてきていた。
俺の部下はどいつもこいつも、喋っても黙っても自己主張の激しい奴ばかりだ。

特に急ぎの仕事がない時は、のんびり好きなことをする…
それが個人事業主の強みであり、そういう生活がしたかったから、開業した。
だから、今日は研磨の『なぞなぞ』を解いたことで『大仕事完了!』とみなし、
仕事や謎よりも、もっと解いておくべき『家庭の事』を最優先することにした。

   (時期的にも…丁度良い機会だ。)


開業&同棲を始めて約1年半。
俺と赤葦が結婚してから1年、ツッキーと山口は半年程が経過した。
今までは仕事や新生活に慣れるので精一杯だったが、ようやく落ち着いてきた…
忙しさにかまけて『お取り置き』していた懸案事項を、そろそろ片付けて、
これからの長い人生を共に歩む『礎』を固めるべき時が、遂に来たのだ。


   『夫婦でしっかり話し合いましょう』

相談者に対して、何度も何度も言い続けているセリフだ。
ほんの些細なことでも、ちょっとした『ひっかかり』を放置しておくと、
年を経るごとにそれがどんどん大きくなり、歪や溝を広げていってしまう…
それを防ぐには、結婚半年~一年目ぐらいまでに『ひっかかり』を取り除き、
夫婦できちんと話し合うという『通過儀礼』をこなさなければならないのだ。


   今まで喧嘩なんてしたことないよ。
   ウチは仲の良い夫婦だから大丈夫。

むしろそういう『ラブラブ夫婦』ほど、腹を割って話し合う機会が少ない。
今の夫婦関係に『とりあえず満足』し、安定した現状を維持するために、
喧嘩になったり相手に嫌われそうなコトを、なかなか言い出せないのだ。
仲が良いからこそ言い辛い…自分を曝せなくなってしまう。

それが最も強く出るのが、夫婦ならではの仲良し関係…『性生活』の場面だ。
現状にも満足しているし、意図しない形で愛する伴侶を傷付けたくない…
非常にセンシティブな問題だから、余計に口を閉ざしてしまいがちなのだ。

   どんなに仲良しでも『他人』です。
   当然意見や嗜好の違いがあります。

お金、性格、親族、価値観…離婚する夫婦には様々な『離婚事由』があるが、
性生活に関する問題や不満が全くない夫婦など、存在しない。
極論を言えば、全ての離婚原因の根幹に『性生活』があるとも言える。
(俺は相手を満足させている!と豪語する奴もいるが…一番危ないタイプだ。)

   夫婦だからこそ、性生活を大切に。
   ちゃんと要望を伝えてみましょう。
   恥かしいのは、相手も同じですよ?


離婚相談に来る人は、皆が皆、離婚したいわけでもないし、するわけでもない。
この相談をきっかけにして、夫婦関係を改善することも、多々あるのだ。
なかなか言えない性生活のことを、勇気を出して話し合うことで、
その他の様々な家庭問題も、徐々に話し合えるようになってくる。

   (家族の基本は夫婦…『つがい』だ。)

…という話も、既に定型文となるぐらい何百回と喋りまくってきたし、
紛れもなく本心かつ夫婦関係の要だと、実感を持って理解しているつもりだ。
だが、理性や知識で『こうすべき』とわかっていること全てを、
助言者自らも実践できるかと言えば…答えは当然『ノー』であり、
できないからこそ『すべき』と言われ続けている(仕事がなくならない)のだ。

これだけ毎日離婚相談を受け続け、失敗の実例を見続けていたとしても、
なかなか自分の『つがい』に対して、性生活のことを言えないのが…普通だ。

   (言うの…めちゃくちゃ怖ぇよ。)


研磨が寄越した『お年玉』…年賀状に書かれた『なぞなぞ』と『謎』から、
ほんのわずかではあるが、小屋に隠れていた『黒い犬』がチラリと見えた。
誰一人として、本心からあそこまで悪し様に思ってはいないのだが、
全くそういう想いがないわけじゃない…『ひっかかり』を感じているはずだ。

研磨自身は、ネタに困って無気力に送り付けてきた『謎』かもしれないけれど、
今後の夫婦関係のために、これを起爆剤として使うことができれば…
俺達にとって、本当の意味で『お年玉』になり得るネタじゃないだろうか。

   (『黒い犬』を…外に出す。)


怖くて堪らないが、やるしかない。
幸いなことに、俺達は(4人共)同じ仕事に携わっているから、
この『通過儀礼』が非常に大切だという『共通認識』を持っており、
これから語り合うことがごく真剣なものだと、相手もわかってくれている。

そして、俺が今考えていることと、ほぼ同じ内容のことを、
同じ布団の中で、背中合わせの赤葦も考えていることも、お互いわかっている。
こんなに恵まれた状況はない…きっと俺達なら、大丈夫なはずだ。

   (…よしっ、言うぞっ!)


意を決し、背後にそろりと手を伸ばす。
赤葦のシャツを掴もうとした瞬間、同時に伸びてきた手と触れ合った。

驚きの声を上げる代わりに、その勢いで同時に話を切り出した。


「お聞きしたいことが…あります。」
「俺もこの際だから…聞いておく。」



********************




「相変わらず…凄い一致ですね。」
「相性バッチリ…参っちまうな。」

赤葦の穏やかな声に、黒尾もふわりと緊張を抜いた。
触れ合った手をギュっと握り、自分達の『似た者同士っぷり』を笑い合う。
とは言え、やはり面と向かって言い出せるほどの勇気はなく…
背中合わせのままで、二人はゆっくりと深呼吸しながら、静かに口を開いた。


「念のために言う。俺はお前に対して…不満があるわけじゃねぇからな。」
「わかっています。それは俺も同じ…自分に不安を感じているだけです。」

   お互いを非難するつもりはない。
   実りある話し合いがしたいだけ。

まずはその前提条件を確認し合い、更に力みを抜いていく。
これをするだけで、喧嘩を未然に防止…簡単かつ効果絶大な『ひと手間』だ。


俺から言うから、聞いてくれ。
黒尾は赤葦の指をキュキュっと揉み、沈黙していた『黒い犬』を解き放った。

「『デカい』だけで大人しいワンコ…少々物足りなくねぇか?」

善く言えば紳士的な王子様。悪く言えば据え膳食わねぇヘタレなワンコ…
図体も態度もデカくて、群れを統率している立派な狼に見えてはいるが、
自分の気持ちをひた隠し、赤葦という豪奢な据え膳もなかなか食わなかった…
食ったら食ったで、そんなに大食でもなく、実に行儀の良い飼い犬っぷりだ。

「見た目にそぐわない淡白さ…俺との行為は、味気なくてつまんねぇんじゃ…」


俺は凄ぇ下手クソで、赤葦を満足させてやれてないんじゃないだろうか…?
性生活を送る上で誰もが目を背け、考えたくないコトが、これなのだが…
プライドを大きく損なう恐れがあるこの話題を、黒尾は自ら口にした。

自分のために、黒尾が振り絞ってくれた勇気の大きさに、
赤葦は同じ男としても、伴侶としても心から感服…震える手を強く握り返し、
最愛の人の恐怖を吹き飛ばすべく、できるだけ明るい声でおどけてみせた。


「こんなに『デカい』のを振り回しといて、よくそんなことを言えますよね…」

確かに黒尾さんは、狼よりは王子様…
躾の行き届いたワンコかもしれませんけど、そうじゃなきゃ俺が困ります。
コレが『物足りない』とか有り得ない…はち切れそうなほどお腹いっぱいです。
『デカい』というだけで狂喜…じゃなかった、凶器なんですから、
臆病なぐらい慎重にコトを進めて頂くぐらいが、丁度良いんですよ。

それに、犬のようにガンガン盛るだけが性生活じゃない…
大切に労わり合うことも、長い夫婦生活ではとても重要だと思いませんか?
じっくり味わい尽くす黒尾さんの愛し方は…俺を幸福感で満たしてくれます。

   だから…気にやまないで下さいね?
   デカいだけで充分…満足ですから♪

「おい。それ…全然フォローになってなくねぇか?」
「おや、そうですか?おかしいですね…ふふふっ♪」

繊細な話題を、赤葦は艶っぽい微笑みで軽やかに転換してしまった。
その機転と深い愛情に、黒尾は完全に緊張を解き、心から笑い返した。

「お前は…最高の伴侶だな!」


黒尾は嬉しそうに言ったが、赤葦は「本当に…そうでしょうか?」と一転…
不安を滲ませた震える声で、恐る恐る黒尾に問い掛けた。

「『エロ神の化身』な俺の卑猥さに…ドン引きしてませんか?」

黒尾さんが大事にして下さるのをいいことに、俺ばっかりが気持ちヨくなって…
お稲荷さんや狛犬も驚くぐらい、ぁん♪ぅん♪な呼吸を一人で晒してますよね。
ドEROい放射性猥褻物…今は結構おいしいネタとして笑って頂いてますが、
実際問題として、こんなに卑猥で黒尾さんは困っていないのか?または逆に、
実は皆が言う程エロくもなくて、正直ガッカリしていらっしゃるとか…

「いつも『正常位』ばかりなのも…『ワンワンスタイル』がいまいちだから…」


思い返してみれば、俺達の性生活は大抵『向かい合った』状態…
その理由の大半は、黒尾の特殊な寝癖からなだれ込むが故の『正常位』だ。
浴室等での背面座位や背面立位は、今まで何度かあるものの、
ワンワンスタイル、つまりフツーの『後背位』で繋がったのは…たった数回。
直近で言えば、同棲直後の芋掘り遠足の時…結婚後は一度もないかもしれない。

これには実は、心当たりがある。
赤葦のせいではなく、黒尾側の事情で、あえて後背位を避けていたのだが…
まさかこれを赤葦が気にしているとは夢にも思わず、慌てて黒尾は弁解した。


「バックでヤらねぇのは、ひとえに赤葦のエロさ故…俺のワガママなんだよ。」

うつ伏せ寝からそのまま…という、自然な流れという部分も勿論あるんだが、
それ以上に、俺が正常位が好き…お前の気持ちヨさそうな顔を見ていたいんだ。

だが、コトはそう単純じゃねぇ。
ず~っとお前のエロい顔を見続けたら、あっという間にイっちまう。
かと言って、見えないバックにしたとしても、エロさが隠れるわけでもなく、
顔が見えない分、逆に抑えが効かなくなる…『王子消滅(狼降臨)』しかねない。
だから自己制御しやすい正常位か、動き辛い体位をわざと選んでただけなんだ。

   ヤりたい体位…オネダリしてくれよ?
   その程度で…エロさは増減しねぇよ。

「ナニをどうヤっても、俺はエロい…そういうコトですよね?」
「あれ?大歓迎だって言ったつもり…そう聞こえなかったか?」


その一歩引いた控え目な性格(無気力系とは違う)と、役割分担からか、
『して頂く(受け入れる)側』の赤葦は、「こうして欲しい」とは言い辛い。
黙っていても猥褻物扱いされていると、尚更言い出せなかったのだろう。

全然フォローになってないが、黒尾の軽口のおかげで、心がふわっと綻んだ。
奥底に黙って伏せていた『ひっかかり』を、ようやく外に引き摺り出せ、
またそれがただの杞憂だったとわかり、二人は安堵のため息を吐き出した。

「勇気を出して…言ってよかった。」
「夫婦間の話し合い…大事ですね。」

傍から見れば、本当に些細なことかもしれない。
だが仲良し夫婦だからこそ、晒し合うのが難しいことだって、たくさんある。
たったこれだけのことでも、二人で乗り越えたことに大きな意味があるのだ。


繋ぎ合っていた手を強く引き、二人はようやく『背中合わせ』をやめ…
しっかり正面を向き合い、額と額をくっつけ柔らかく微笑んだ。

「俺、実は…ワンワンスタイルも嫌いじゃないんです。」
「奇遇だな。実は俺も…ヤりたくて堪んねぇ時がある。」

「たまには、その…王子様じゃなくて、狼の黒尾さんにもお逢いしたいです。」
「いいのか?すぐイっちまったり、お前をイかせちまうかもしれねぇけど…?」

「イって当然でしょう?俺の『卑猥エロス』の…直撃を喰らうんですからね。」
「そうだったな!ヤりたいようにヤりまくって…何回でもイけばいいんだな。」

クスクスと笑みを零しながら、それを拾い合うように軽くキス…
唇に触れる時間を徐々に長くしながら、深く抱き合っていく。
黙っていた『黒い犬』が、本心を告げた今…より深く繋がれそうな気がする。


「狼さん…いらして下さいませ。」

狐の艶やかな誘いを受けた狼は、瞳の色を変え…ペロリと唇を舐めた。



********************




「あ…やっ、もぅ、むり、です…っ」
「そんな風には…見え、ねぇ…ぞ?」

俺の人生で、ここまで桁違いな『計算ミス』をしたことはなかった。
自分の伴侶の中に、とんでもなくデカい『黒い犬』が潜んでいたなんて…


最初の内は、いつも通りの…いつも以上に優しい王子様だった。
文字通りの『お姫様』扱いで、トロットロに溶かされてしまった俺は、
全く自制することなく、思うままに黒尾さんを求め続けた。

前戯の内からお互いに何度か達し、正常位で繋がって十分に馴染んだ頃…
いつもなら「もう満足♪」と、余韻に浸り始める辺りから、
『王子様』の空気が徐々に薄れ…『狼』が姿を現し始めたのだ。

四肢を広げ、脱力しかけていた俺。
自覚できる程の色を放つ俺を、欲に染まった目で見下ろしていた黒尾さんが、
突如俺をひっくり返し…背後から圧し掛かってきた。


「え、まさか、ここから…?」
「まだ…ヤってねぇだろう?」

確かに、念願の『ワンワンスタイル』は未だヤっていないけれど、
もう何度もイったのに、萎えることなく続けざまにするなんて…

「ちょっ、きゅう、けい…あっっ!?」
「このまま、余裕で、イける…よな?」

次ラウンドへ持ち越しを提案する前に、腰を引き上げられ…一気に貫かれた。
すっかり黒尾さんに馴染んでいるとはいえ、その圧倒的な質量に嬌声が迸る。

   (うそ、でしょ…こんな、の…っ)

いつもだって相当な『大物』なのに、バックだと更に大物感が大増量…
正常位等では少ししか触れない、深部の『イイトコ』をガンガン擦り上げられ、
理性も意識も腰も、全てが粉々に砕け散り、飛んでイってしまいそうだった。

「あ、そこ…キモチ、イィ…っっ」
「凄ぇ、奥…締め過ぎんなっ…っ」


ウチの御主人様は、今まで一体どれだけ自制…猫を被っていたのだろうか。
狼のように激しく突き上げてくるのに、決して一方的な強引さはなく、
俺の『イイトコ』を丹念に刺激し続けてくれる…狼ならではの深い愛情表現だ。

ひたすら甘やかされ、ドロドロに溶かされる『王子様』なプレイも勿論イイ。
だが、逃げ場がない程の快楽で、容赦なく攻め立ててくる『狼』なプレイも…

   (全部、喰われ…ちゃう…っ)

元々相当なポテンシャルを持つ大器。
だけどまさか、コッチにも『超大物』を隠し持っていたなんて…嬉しい誤算だ。
骨の髄、脳神経の隅々まで響かせるように、絶妙な加減でナカを掻き乱され…
甘さだけじゃない甘美な刺激に、湧き上がる艶声を抑えきれなかった。

   (とんでもない…狼、です…)


「くろお、さん…ステキ、すぎ…」
「馬鹿、これ以上…煽る、な…っ」

赤葦、お前…今自分がどんな風になってるか、わかってんのか?
俺に吸い付いて離れねぇ…ここまで赤葦がエロかったなんて、計算外だぞ。
お前のエロさにどっぷり酔って…もう、保ちそうに、ねぇよ…

「悪ぃ。狼に…なりきっちまう。」
「っっっっっっっーーーー!!!」

一段と深い所を抉られ、声すらも上がらなかった。
アタマもカラダもココロも全て、『キモチイイ』の一色に染まりきってしまう。

   (もっと深く…ハマりそう…っ)


声にならない自分の喘ぎと、うわ言のように俺を求める黒尾さんの声。
霞む意識の中、遠くで二人が混じり合う音を聞きながら、
俺は震える程の喜びを感じていた。

同棲から3カ月。結婚から半年。
節目ごとに、少しずつ封印された黒尾さんの本心を、外に引き摺り出してきた。

そして、結婚から1年。
ようやく内に秘めた狼が全て姿を現し…俺は更に深く惹き込まれてしまった。

   (これが、ホントの…黒尾さん!)

激しく俺を求めながらも、優しさを感じさせる温かい腕…
黒尾さんの大きな愛情を一身に受けた俺は、至上の悦楽と歓喜に充たされた。


「やっと…王子消滅、です…っ」




- 完 -




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※芋掘り遠足 →『夢見心地
※同棲3カ月目 →『公私一双
※結婚から半年 →『心身一新



2018/01/11

 

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