億劫組織⑤







和室に並べて敷いた布団の上で、団子のように固まって、4人でゴロゴロ。
三徹明けにおカタい考察&『ミニシアター』連投で、さすがに限界間近だった。

蓄積疲労によるリミッター機能不全で、とにかく誰かに引っ付きたい症候群…
人肌に触れて緊張を緩め、ココロもカラダも癒されようと、
無意識の内に4人はお互いに密着し、素直に『甘えたさん』を曝け出していた。


「こんな『酒屋談義』の雰囲気は、初めてだな。」
「後日、記憶から抹消したくなりそうですよね。」
「寝られない程の疲れで、外面を保つ余裕もないですからね…」
「研磨先生がいないから、余計に…デレデレしちゃうんだね~」

極度の疲れと、心地良い人肌と体温、ちょっぴりおセンチな『ミニシアター』…
今、目の前に5円玉をぷら~り、ぷら~りと揺らされてしまえば、
ごくごく簡単に催眠状態に突入できそうな、微睡みに包まれかけていた。


「そう言えば…『楽しい黒魔術』って本にも、記憶喪失のことがあったね~」
「今の僕達みたいな『うたた寝』状態…催眠にかかりやすいんだってね。」

脳の意識レベルが低下した催眠時には、当然ながら海馬の働きも緩やかになり、
覚醒までにおきた出来事を、はっきり記憶していない場合もあるそうだ。

「催眠は、心理学的な治療としても使われていますから…」
「記憶喪失は創作というより…現実的な話ってことだな。」

それこそ、失った記憶を取り戻すため、わざと患者を催眠状態にして、
記憶障害の原因となったモノを探る…治療の一手段としても、利用されている。
黒魔術と言えばファンタジーだが、催眠療法と言い替えれば、立派な医療…
『創作のド定番=空想』ではなく、ド定番になりうるほど、リアルな話なのだ。
リアルだからこそ、想像しやすく感情移入しやすい…定番たり得るのだろう。


「薬剤性…酔っぱらって記憶喪失。外傷性…頭を打って。症候性…熱中症等で。
   あとは心因性…何らかの心的ショックによる、記憶障害だね。」
「『原因不明』のものも、心因性とされることが多いみたいだから、
   記憶喪失の大半が、ココロの問題…よくわからないってことだよ。」

もし今、僕のココロにガツンとクるようなクロ赤のアレとかを目撃したら…
ショックのあまり、数時間ほど記憶がトんじゃうかもしれませんね。
布団から漏れ出る卑猥なオーラだけで、『金縛り』体験の実績がありますから…

「『A』ぐらいなら、まだ『一過性全健忘』程度で済むだろうけど、
   ソレ以上だと…ガッツリ『全生活史健忘』を喰らっちゃうかもね~」
「くれぐれも、今日は僕達も横で一緒に寝ていること…記憶しておいて下さい。
   僕達の『鉄槌』で、そっちが外傷性記憶喪失になる可能性もありますから。」


記憶を失ってしまわないよう、どうぞお気を付け下さいね~と注意喚起したが、
黒尾と赤葦には全く通じず…大真面目な顔で訊き返してきた。

「なぁ。赤葦の卑猥オーラで意識がトんだら…薬剤性記憶喪失になるのか?」
「おや、そんなステキな出来事を忘れてしまうなんて…勿体無いですよね?」
  
もしそうなったら…黒魔術でも何でもいいから、絶対に思い出したい。
それか、忘れないような記憶術を身に着けて、新たな記憶を上書きしまくろう…


「忘れることよりも、ずっ~と忘れずにいる方が、もしかすると…大変かも?」
「もしかすると、じゃなくて…実感としてそうでしょ。特に苦手科目とかさ。」
それに、伝統や歴史だって…どんなに残そうとしても、記憶は薄れていく。
あの美しい『迦陵頻の舞』も、いつまで伝えていけるのか、わからない。

「黒尾さんはいつまで経っても、俺のイイトコを…覚えられませんよね?」
「保健体育は超得意科目なんだが、記憶すべきポイントが多すぎて…な。」

お、ココだったか?いや…コッチか?
黒尾は赤葦の脇腹をツンツン♪…赤葦は月島を、月島は山口をツンツン♪…
4人でケタケタ笑いながら悶絶し、さらにピッタリと引っ付き合う。


いつから俺達は、こんなに仲良くなっちまったんだろうか…全く記憶にない。
通常モードだったら、絶対にこんな『甘ったれ』な姿を見せたりしないが、
この『らしくない』自分達の姿も…忘れるには勿体無いかもしれない。

…という気分になった自分が、ちょっと恥ずかしくなった月島は、
笑い過ぎて咳き込みながら、「そう言えば…」と話を転換させた。


「人が一日に喋ることの6~7割が、昨日も喋っていたことだそうですよ。」
「一日に頭で考えていることの7~8割が、昨日も考えてたものらしいしね。」

逆に言えば、喋ったことや考えたことの7割を、翌日には忘れている…
『記憶しとかなきゃ!』というほど大切なものは、多くても3割程度で、
人生の7割の記憶は、喪失するのが当たり前ということになる。

「記憶は失われるのが基本…覚えておく方が、実はエネルギーを使うんだな。」
「ちょっとした出来事で、記憶喪失になるのも…特別な話じゃないんですね。」

だからこそ、『忘れられない』ことが、ココロにとって大きな負担となり、
その際たる例がPTSD…心的外傷後ストレス障害だろう。

覚えておくことと、忘れてもいいことの選別をしているのが『夢』だそうだが、
この夢による選別・忘却機能が阻害された場合等に、
忘れてしまいたいツラい出来事を、悪夢として繰り返し見続けてしまうのだ。

「忘却は、自分を守るためのもの…思い出さない方がいいことも…あるんだ。」


黒尾の嘆息に、月島と赤葦の2人は深く頷いた。
だが、山口だけはギュっと拳を握り、唇を噛み締め…頭を横に振った。

「思い出したくないような、ツラいことがあっても、それでも俺は…」

山口はそのまま瞳を閉じ、声を振り絞って『ミニシアター』を紡ぎ始めた。



*****


「よしっ、あとはデータを送って、電話したら…納品完了だ。」
「ついに修羅場脱出…おめでとうございます。」

やったぁ…と、力なく机に突っ伏し、修羅場脱出を喜ぶ、月島と山口。
少しでもその労をねぎらおうと、赤葦は熱いお茶と塩豆大福を、3人に配った。

「あああぁぁぁ…甘すぎない甘さと、渋いお茶が、染み渡るぅぅぅぅ~」
「赤葦さん、最高です…」

あぁ、もう上がって…ぐだ~~~って大の字になって、惰眠を貪りたい…
とりあえず寝たいだけ寝て、ご飯もお風呂も起きてから…いいよね、ツッキー?
っていうか、事務所から2階に上がれるかどうかも、ちょっとアヤシイよ~

頬に大福の白い粉を付けたまま、その頬を机の上に逆戻りさせる山口。
このままココで寝るのもアリかも…と、月島も眼鏡をおでこにずり上げた。


「ココで寝ても、全然疲れは取れねぇだろ。もういいから…さっさと上がれ。」

眠そうな目を擦りながら、黒尾が『↑』を指すが、二人はなかなか動かない。
正確に言えば、動きたくても動けない…そのぐらいの満身創痍っぷりである。

「2人はまだマシな方ですよ。徒歩1分もないんですから。」

マシというよりは、最高待遇…社員寮兼職場だなんて、羨ましい限りですよ。
俺なんて、これから駅まで歩いて、電車乗ってまた歩いて…1時間ですからね?
『バイト』の俺が、『社員』寮に入れないのはわかってますけど、
こんな日くらいは、泊めて下さってもいいのになぁと、思ってしまいますが…

「…ダメ、ですか?」
「駄目だ。」


冗談半分、本気半分…ごく軽い気持ちで赤葦は言ったのに、
黒尾は『取り付く島もない』どころか、スパっとキツい言葉で切って捨てた。

   一瞬で凍り付く室内。
   息を飲む音が、響く。

「あ…くっ、黒尾さんとこも、俺達のとこも、修羅場中で部屋がぐしゃぐしゃ…
   だからっ、赤葦さんにお見せできない状態…なんですよ、すみませんっ!」
「そんなこと、俺は気にしませんし…何なら俺が家事を手伝いましょうか?
   それとも、俺に見られたら困るアレとかソレが、散乱してたり…?」

「そっ、そそそっ、そうなんですよ!僕のステキな性癖を知られるわけには…
   黒尾さんなんて、それはそれはスゴいのが…あんな顔しといて、ですよ!」
「それはそれは…むしろめちゃくちゃ見たくなってしまいましたね。
   絶滅危惧種の『頑固親父』そのまんまな黒尾さんの本性…気になります。」


チラリと伺うように、赤葦は黒尾に視線を送ったが…完全にスルー。
そして、硬い表情のまま財布を取り出すと、黒尾は机の隅に万札を置いた。

「電車は億劫だろうから、タクシー使って、帰っていいぞ。
   明日は病院で定期健診の日…早く帰って休めよ。仕事も休んでいいから。」

   それじゃあ気を付けて。お疲れさん。
   ご両親と…病院の先生に、くれぐれも宜しく伝えてくれ。

口にしたことを『字面』で見れば、赤葦を労わる『良い雇主』だが、
口から出た言葉を『音』として聞くと、紛れもなく『拒絶』を表していた。
その証拠に…黒尾は一度たりとも、赤葦の方へ顔を向けようとすらしないのだ。


「…わかりました。では、お先に失礼します。お疲れ様でした。」

まだ終電に間に合いますから、そちらは不要です。お気遣い感謝致します。
明日もお言葉に甘えて、お休みを頂戴致しますので…
皆さんもどうぞごゆっくり、修羅場の疲れを癒して下さいませ。

そう言うと赤葦は、サッと片付けと身支度を済ませると、
誰とも目を合わせないまま、ペコリと頭を下げ…事務所から出て行った。



「黒尾さんっっ…!!!」

赤葦が出て行った数秒後、耐えかねたように山口が激昂した。
珍しく大声を上げて詰め寄り、黒尾の襟を掴んで引き寄せたが…
すぐにその手を離し、黒尾にぶつけそうになった言葉を飲み込んだ。

そして、蹴破りそうな勢いで扉を開けて事務所から飛び出すと、
来客用玄関から去って行った赤葦を、追いかけようとした。

「山口…っ!!」
「ツッキー!?は…離してよっ!!」

廊下で山口を止めたのは、まさかの月島だった。
月島なら、自分と一緒に赤葦を追いかけてくれる…そう思っていた山口は、
驚きと衝撃で一瞬足を止めてしまい、その隙に月島に抑え込まれてしまった。


「離してツッキー!赤葦さんの所へ…」
「ダメだよ。今は…ダメっ!」

普段はその線の細さと冷静さで、外見からはあまりイメージが湧かないが、
月島の手足は長く、そのサイズに見合うだけの力がある…
抑え込まれてしまったら、山口でも全く身動きが取れなくなってしまう。

必死に藻掻いても、微動だにしない…絶対に離さないという強い意志を感じ、
山口は抵抗を諦め…月島にしがみ付いてその場に崩れ落ちた。

「こんなの…もう…嫌だ…っ」
「わかってる。わかってるから…」

胸の中で声を上げて泣き喚く山口を、しっかり抱き締めながら、
月島も必死に涙を堪え…溢れ出そうな激情を、嗚咽と共に噛み殺した。


3カ月前…赤葦が救急搬送されたとの連絡が、赤葦の実家から入った。
都内の駅で突如倒れたそうだが…これといった疾病は見当たらなかった。
一週間程の昏睡を経て、ようやく覚醒した赤葦は…何も覚えていなかった。

目立った外傷や病変もなく、身体的には至って健康体。
だが、名前も出自も、両親も友人も…自分に関する記憶を全て失っていたのだ。

心因性…原因不明の記憶喪失と診断された赤葦だったが、
原因がわからない以上、催眠療法等の治療を安易に選択することもできず、
しばらくの間は、強いショックを与えないようにしながら日常生活を送り、
少しずつココロを慣らしていく…『経過観察』をするしかなかった。

退院後1月程は、実家で療養。両親の下で『赤葦家』の生活を取り戻し始めた。
日常生活には困らなくなった頃、社会との関わりを徐々に戻していこうと、
両親が心から信頼し、赤葦の状況を理解してくれている『親しい知人』の所で、
リハビリがてら『アルバイト』を開始…それが、1月前のことだ。


記憶を喪失した原因は不明…もしかすると、とてつもない心的ショックを受け、
自己を防衛するために、記憶を封印してしまったのかもしれない。
だとすると、無理矢理その封印をこじ開けると、赤葦が傷付いてしまう…

だから、赤葦自身が記憶を取り戻すまでは、俺達は『知人』『同僚』のまま、
静かに回復を待ちながら…赤葦の新しい人生を見守って行こう。

…と、近しい者達で誓い合っていた。


赤葦を心から大切に想う故に、そういう手段を選択した…せざるを得なかった。
黒尾との関係や、月島達と開業・同棲に至った特殊な経緯は、
そう簡単に説明できるものではない…相当な衝撃を与える恐れがあるのだ。

「まさか『俺がお前の結婚相手だ。』なんて…自己紹介できるわけねぇだろ。」

赤葦が俺達にも慣れて、落ち着いて来たら…徐々に話していけばいい。
その間に記憶が戻るかもしれねぇし、そうじゃなくても…
赤葦と新たな関係を、ゆっくり築けばいいだろう?

赤葦の両親も月島達も、当初はそれが正しいと思い、この方法を選択した。
何よりも、黒尾がそう望んだから…それが一番良いと思ったのだ。


最初のうちは、この方法は非常に上手くいった。
元々器用で賢い赤葦は、静かな環境の中で、大学(休学中)で学んでいることや、
仕事のノウハウ等については、あっという間に取り戻した。
以前と変わらない能力を発揮し、有能な『バイト』として…復帰を果たした。

表面上は今までと変わらない…『黒尾法務事務所』は戻って来た。
だがそのせいで、『戻って来ない』方がじわじわとココロを締め付け始めた。

今まで通りの仕事を、今まで通りの4人で、今まで通りの場所でこなす。
だが、目の前にいる『有能な赤葦』は、自分達との記憶が一切ない…
共有してきた楽しい思い出や、お互いへの想いが、全て欠落しているのだ。

   今まで通りの赤葦。
   でも、自分を知らない赤葦。
   赤葦に関係を告げられない…自分達。

外からは見えないが、内側に抱えるその大きな差異が、徐々に重みを増し…
次第に胸を圧迫し、やり場のない想いに耐えきれなくなってきてしまった。

そして、いつしか黒尾は、赤葦と自分を守るために…距離を置くようになった。
これ以上自分が壊れてしまわないよう…激情に駆られて赤葦を壊さないように、
必要最低限の接触に止め、自らのココロまで封印し始めているのだ。

   (このままじゃ…ダメだ。)


赤葦さんが自然に回復するのを、じっと待っているだけでは、
何年かかるかわからない…その前に、自分達が壊れてしまうだろう。
現に山口は限界寸前…僕としては、山口が苦しむ状態を、放っては置けない。

黒尾さんは自分がどんなにツラい想いをしても、耐え続けようとするだろう。
今やもう、自分では現状を打開できない状況に陥ってしまっていても…だ。

そして、聡い赤葦さん自身も、自分が記憶を失ってしまったことが…
自分の『存在』が、黒尾さんを苦しめていることに、本能で勘付いている。

このままだと、赤葦さん自身がよくわからないうちに、
黒尾さんから遠ざかるという選択を、取ってしまいかねない…似た者同士故に。

   (そんなの…僕は認めない!)


僕は黒尾さんみたいに我慢強くないし、赤葦さんみたいに明敏でもない。
当然、山口みたいな素直さなんてカケラもない…我儘でダメな部下だ。

そんな僕だからこそ…自分のキモチに従って、我儘三昧ヤっていいはずだ。

   (僕が…僕が、動くから。)


泣き疲れて寝た山口をベッドに寝かせ、静かに扉を閉める。
まだ灯りの付いた事務所。そこにも気付かれないように…僕は家から出た。



*****


「お互いが居ないと、そもそも『個人』としても成立しない俺とツッキーは、
   どちらかが記憶を失った場合、『取り戻す』道しか有り得ません。」

俺達のようなケースは『レア』だということも、十分承知しています。
そして、交際・同棲を始めて1年ちょっと、結婚から10か月程の黒尾さんが、
「今なら赤葦も、引き返せる…違う人生も歩めるかもしれない」と、
赤葦さんを想うあまり、この『ミニシアター』みたいな道を選ぶことも、
俺は理解できる…そりゃぁもう、手に取るようにはっきりと、ね。

「黒尾さんが、考えそうなことだね。」
「………。」


黒尾さんの選択は、ある一面では正しいと思います。それは間違いありません。
でも、俺はあえて断言します。
もしもこんな事態が起こり、黒尾さんが『告げない』道を選択した場合には…

「俺は黒尾さんの命令には…従いませんから。」
「なっ…何、だと?」

山口の強い決意と口調に、黒尾は言葉を失った。
『ミニシアター』の自分が採った選択は間違っていない…その自信はある。
もしも赤葦が今、記憶喪失になったら…自分は確実にその道を選ぶだろう。
だが、山口どころか月島も赤葦も、『断固拒否』だとその視線が語っていた。


「勿論、ある時期までは…赤葦さんが落ち着くまでは、
   黒尾さんの選択が正しいと思います。赤葦さんのココロが最優先です。」

赤葦さんは本当に大切な人です。赤葦さんのためなら、何だってしてあげたい。
でも、俺達にとっては赤葦さんと同じくらい…黒尾さんも大切なんです。
黒尾さんが苦しみ続ける姿も、俺は…見たくないんですっ!

「赤葦さんと黒尾さんが苦しむ様子を見て、苦しむ山口…
   僕はそんな山口も、絶対見たくない。山口も大切なんです。」
「もう赤葦さんは、赤葦さんだけのものじゃない…
   黒尾さんのものでもあるし、俺達の…大切な家族でもありますから。」


月島と山口の言葉に、黒尾は目を大きく見開き、完全に凝固していた。
赤葦は月島達をギュっと抱擁した後、黒尾の傍にカラダを寄せた。

「勘違いしないで下さい。いくら俺が黒尾さんと結婚したとは言え…
   俺の人生は、俺のものです。黒尾さんだけのものじゃありません。」

どんな運命だろうと、受け入れます。だから、勝手に『俺のため』と決めず、
俺を含めた皆で話し合って…4人にとって最良の策を選んで下さい。

「それだと、お前がツラいことを思い出して、傷付くことに…」
「上等です。その時は、皆で俺を…支えて下さるんでしょう?」

上司の言うことを素直に聞かない、面倒で億劫な部下達ばかりですけど…
独りで抱え込まずに、皆で一緒にツラい思いをして…一緒に楽しみましょう。

「たとえ誰かが記憶喪失になっても…4人揃って『億劫組織』が良いです。」


   独りで抱え込むな。
   独りで…逃げるな。

部下達の優しくも厳しい言葉に、黒尾は喉を詰まらせ…3人を抱き締めた。
そして、顔を埋めたまま、穏やかな声で静かに語った。

「『億劫』って、今は『面倒臭い』って意味だが…元々は時間の単位なんだ。」

『劫』は古代インドで最長の時間の単位で、
『一劫』は100年に一度、天女が高い岩山に舞い降り、頂上を羽衣を撫で、
その摩擦で岩山が消滅するまでの時間…限りなく無限に近い時間を表す。
一劫の『億』倍が『億劫』…考えられない時間がかかることから、
時間が掛かり過ぎてやりきれない、面倒だ、という意味になったそうだ。


「頑固で不器用で融通が利かなくて、じっくり考察しねぇと気が済まねぇ…
   とても『即応気質』とは程遠い、凄ぇ億劫な組織で…申し訳ない。」

だから、その分だけ…『億劫』の間、一緒に居られるよう、俺は努力し続ける。
もう絶対に、独りだけで何とかしようだなんて…二度と驕らねぇから。

「だから…これからも俺の傍で、俺を支えて欲しい。」

黒尾は真っ直ぐな瞳で3人を見つめ、赤葦、月島、山口の頭を順に撫でた。
そして、誓いを立てるように、額に額を付け…固く抱き合った。


どんな物語でも、時間がかかっても、4人が『幸せな結末』になるように…
今はしっかり寝て、修羅場の疲れを癒そうぜ。
そんでもって、起きたら皆で…


「『ミニシアター』の続き…ヤるか!」




- 終 -




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※催眠療法について →『潜在意識
※月島の金縛り体験 →『夜想愛夢④*』
※迦陵頻の舞 →『菊花盛祭~祭本番*』


2017/09/26    (2017/09/23分 MEMO小咄より移設)

 

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