※ギリギリセーフ?(に、見えなくもない)表現がございます。
   苦手な方はご注意下さい。



    屋烏之愛







「ツッキーお誕生日おめでとう!」
「一つオトナになった月島君を祝し…」
「乾杯~っ!」

淡い黄金色に輝くグラスを高々と掲げ、3人は月島に祝辞を述べた。

「あ…ありがとう、ございます…」
盛大に祝われた月島は、照れくささを隠すように、グラスを思い切りあおった。



月島と山口、黒尾と赤葦。
4人での開業及び同棲(×2組)をはじめ、一月余りが過ぎた。
仕事にも新生活にも大分慣れた頃に、大学の後期授業も始まり、
4人はそれぞれ、割と多忙な日々を送っていた。

週末には4人で集まって食事をし、晩酌がてら『酒屋談義』…という、
『ステキな休日の過ごし方』を確立しつつあった中、
「もうすぐツッキーの誕生日だね~」という、何気ない山口の一言。

このイベントを有効利用しない手はない…とばかりに、
月島の誕生日を祝う…もとい、『誕生日にまつわるネタ』を考察すべく、
『祝われる側』の月島以外の3人は、それぞれ事前調査に奔走した。

そして当日の晩。
3階の黒尾・赤葦宅の居間…『酒屋談義』の場に4人は集まり、
月島に定型句の『おめでとう』も早々に、考察を開始した。


「早速ですが、俺の提供するネタ…ではなく、
   月島君への贈り物は、勿論この『本日の一杯』です。」

とは言え、非常に安直で申し訳ないんですが…と苦笑いしつつ、
赤葦は『本日の一杯』について語りだした。

「これは、『ミント・ジュレップ』というカクテルです。
   バーボン・ウィスキーをベースに、新鮮なミントの若芽を乗せたものです。」
このカクテルは、『スポーツの中で最も偉大な二分間』と言われる、
競馬『ケンタッキー・ダービー』の、オフィシャル・カクテルとしても有名だ。

「あぁ、それで…今日の『メイン』が、『フライドチキン』なんですね!」
「安直っちゃ安直だが…爽やかな香りがチキンに合うな。」
「確かに、雑味が少なくて…スルスル飲めちゃいますね。実に美味しいですが…」

ケンタッキー・ダービーは5月のはずですが、どうしてコレを?
…という月島の問いに、「理由は全く不明ですが…」と前置きし、赤葦は答えた。

「この『ミント・ジュレップ』が、9月27日の『誕生日カクテル』だそうです。」


「誕生日カクテル…?誕生石とか誕生花とかは聞いたことあるけど…」
「商魂逞しさが、鼻を抜ける程に薫って来ますね…」

黒尾も赤葦と同じ『苦笑い』をしながら、グラスを傾けた。

「ツッキーへの贈り物…何にしようかと散々考えたんだけど、
   例の『遺言書』を超えるインパクトなんて、そうそうないだろ?」

月島と山口は、自分の誕生日に、『遺言書』を相手に贈り合っている。
自分が生まれた日に、『生を受けた感謝』と、『今までの人生』全てを込め、
遺言書…『究極のラブレター』をしたため、相手に渡すのだ。
そして、本来は『貰う側』が贈るという離れ業でもある。
人生全てをかけた、こんな『贈り物』を超えるものなど…到底思い付かない。

「山口君はともかく、俺や黒尾さんからモノを貰っても、さほど嬉しくないでしょう?
   やはりここは、『楽しい場』のための『考察ネタ』を…と、探したんですが…」

ネットの検索に、『誕生日』と入力してみると…まぁ出るわ出るわ。
プレゼントを何にするかは、万人共通の悩みだから、助かると言えば助かるのだが、
『誕生○○』が多すぎて、更に迷ってしまう…という始末である。

「ガーベラ、コスモス、アシダンセラ、フウセンカズラ、ハゲイトウ、
   オーク、カシワ、コルチカム、マダガスカルジャスミン、トレニア…
   キャットウィスカー、それにブドウ…今日の『誕生花(樹・果)』だとよ。」
「えっ!?そんなにあるんですか…
   ちなみに、今日の『誕生色』は『タイガーリリー』だって。」
   あと、パステルカラーとレッド、ピンクってのもあったかな。

「一番笑ったのは、『誕生すし』というものです。
   本日の『すし』は…『ガリ』ですね。」
「それ…『すし』なんですか…?」
「『すし言葉』は『ひらめき』。しょうゆはつけずに、わさびは控えめで。」
「何だそりゃ。控え目ながらも、ガリにわさび付ける…のか?」
あまりの『商魂逞しさ』に、4人は腹を抱えて笑った。


「まぁ、そんなこんなで、『誕生花(樹)』を『柏』ということにして、
   『フライドチキン』を選択した…といった次第です。」
「西日本…特に福岡辺りじゃあ、鶏肉のことを『かしわ』って言うからな。」
これは、地鶏の羽色が、柏の葉の紅葉の色に似ているから…とのことである。

かなり強引ではあるが、チキンは二重に繋がった。


「そしてもう一つの繋がりは…カクテルのベースにしたウィスキーです。
   『メーカーズ・マーク』というバーボンを使用したのですが…」
赤葦が取り出した瓶…その口から首にかけて、真っ赤なモノが垂れ下がっていた。



「樹脂のような…瓶を密封するための何か、ですか?」
「シーリングワックス…『封蝋』です。
   『メーカーズ・マーク』は、現在でも手作業で封蝋しているんですよ。」
「封蝋って、手紙とか重要文書に付いてるやつだよな?
   蝋を溶かして、そこに印璽や印章を押して型を付け…差出人の証明にもなる。」

封蝋で閉じた封筒を開けてしまうと、封蝋は砕けてしまう。
そのため、正式な受取人以外は開けられない『信書』等にも、用いられてきた。

「『その時』が来るまで、厳重に封をして、読んではならない『秘密の文書』…
   誕生日にそれを贈り合う月島君達には、ピッタリでしょう?」

来年からは、『遺言書』にも封蝋してはいかがですか?…と、
赤葦は新しいグラスにミントをたっぷり添え、月島に手渡した。


「これから年末にかけて、山口、俺、赤葦…
   連続で『お誕生日会』することになるんだよな。」
「偶然にも、忙しい年末にかけて…4人立て続けなんですよね。
   俺と黒尾さんに至っては、たった一週間しか違わないですし。」

飲み会の口実は、多い方が良いのだが…
『お誕生日会』という特別な『酒屋談義』だと、ネタ準備だけでも大変だ。

「ということは…まずは『誕生日』の定義を確定しておく方が、
   今後の考察のためにも、必要となりますね。」

月島の言葉に、黒尾は深々と頷いた。
「誕生日とは、まぁ読んで字の如く『誕生した日』なんだが…
   本当に『読んで字の如く』かと言えば、実はそうとも言い切れねぇんだ。」

カウンターからメモ帳を取り、『お買い物メモ』の次ページを破ると、
黒尾は大きな(意外と綺麗な)字で『誕』と書いた。

「『誕』という字の構成は、『言』+『延』の会意兼形声文字なんだが…」

『言』は、『取っ手のある刃物』+『口』で、『(つつしんで)言う』の意味。
『延』は、『国や村』+『立ち止まる足』と、『十字路の左半分を取り出し、
それを延ばした』象形で、『まっすぐ行く』の意味である。
この二つから、『言葉を真実より越えて延ばす』ことを意味する文字となった。



「言葉を、真実よりも越えて…延ばす?」
「この字の元々の意味は、『いつわる』『うそをつく』
『本心や真実を隠し、違うことを言う』…って意味なんだよ。」
『荒誕(こうたん)』という言葉は、大げさで全くのデタラメ…という意味だ。

「誕生日の『誕』に、そんな意味があった…
   むしろそれが元々だったなんて、俺、全然知らなかったよ…」
「この字からすると、『年齢詐称』は…しょうがない気もするね。」
「自分のしたいようにすることを、『誕放』とも言いますし。」

まぁ、『のびる』から、『生まれ育つ』って意味も勿論あるんだけどな。
…と黒尾は言い添えつつも、説明を続けた。


「そもそも、『誕生日』がはっきりわかってない人も、世の中には沢山いる。
   日本みたいな戸籍…出生届のない国もあるんだからな。」
アラビア半島の国々には、戸籍があっても生年月日を記載する必要がない。
そのため、サウジアラビア等では、パスポートの生年月日の記入も『任意』だ。

「カレンダーを持たない遊牧民族も、
   『今日が何月何日か』という意識はあまりないですから…」
「誕生日や記念日といった習慣も、それじゃあ持ちようがないよね。」
「暦が必要な農耕民族でも、季節差があまりない地域では…遊牧民と似てるかも。」
「この日本だって、ちゃんとした『誕生日』を一般人が意識し始めたのは、
   実はつい最近…かもしれないんだよな。」

年齢の数え方は、もともと『数え年』…正月に一つ年を取るシステムだった。
それが『満年齢』に変わったのは、戦後の1950年1月1日に施行された、
『年齢のとなえ方に関する法律』が、広く世間に浸透してからである。
満年齢に変わったことで、『自分はいつ生まれたのか』ということを、
一般人も認識するようになったのだろう。

また、年齢計算に関しては、『期間の計算』の考えからすると例外扱いであり、
『○歳』が満了するのは誕生日の前日の午後12時であるため、
ごく正確に言えば、誕生日『前日』に年を取ることになる。

「あ、それじゃあ、誕生日の前日に恋人達が『お泊り』して、
   誕生日になった瞬間に『おめでとう』を言うのって…」
「実は『ギリギリセーフ』かもしれない…ってことだね。」

特別感のある、ステキなイベントだと思っていたが、
法律の効力という面からすると…

黒尾は『色気のない考察』をやめ、話を元に戻した。

「以上により、『誕生日を祝う』習慣ってのは、実に宗教的なものだった…」
「キリスト生誕…つまり、クリスマスですね。」
「クリスマスを真似て、自分の誕生日を祝わせようとした奴がいた…
   それが日本における『誕生日を祝う』って概念のはじまりらしいぜ。」

確定的な資料はないんだが…そんなことしそうな奴と言えば…?

「自分が『神様』になりたかった、ド派手な方…ですね?」
「キリスト教伝来が1549年、その頃のド派手な人…」
「日本で初めて『天守閣』を作って、自らを神…『天主』と呼ばせていた、
   織田信長…ですね。」

その信長でさえ、誕生日には諸説あるのだ。
天皇や有力貴族等、一部の『記録に残るクラス』の人々でなければ、
誕生日などわかりやしない…というのが、歴史上の事実である。



「『誕』の字に『いつわり』って意味…納得だね。」
「僕の『すし』が『ガリ』だって言われても、気にならなくなったよ。」




***************





そろそろチキンも食べ終えましたし…デザートにしましょうか。

赤葦がそう言うと、全員で座卓の上をサッと片付け、
黒尾は冷蔵庫からケーキを取り出した。

イチゴで埋め尽くされたケーキを見て、月島は小さくガッツポーズをした。


「ここからは、本日の主役…『月島蛍と誕生日』に関する考察だ。
   まず『月』だが…まさに『コレ』なんだよな。」

黒尾は出したばかりのバースデーケーキを指差し、ニヤリと笑った。
「そもそも、なぜ誕生日にケーキを食べるようになったのか…?」

先程までの考察では、誕生日を祝う習慣は、一般人にはなかったはずである。
「ということは、『一般人』じゃない人のものだった…?」

その通り!と言うと、黒尾はケーキを恭しく月島に捧げた。
「元々は、古代ギリシャにまで遡る風習…
   『月』の女神・アルテミスの誕生日に、ケーキを神殿に捧げてたんだ。」

アルテミスの誕生日に、丸型もしくは月型のケーキを供え、
儀式の後にそれを頂く…これが、『誕生日にケーキ』の始まりだそうだ。
そのケーキの上段は蝋燭で縁取られていたことから、
『誕生日ケーキに蝋燭を灯す』のも、ここがスタートである。


「そして、ケーキと共に頂くこちらのカクテルが、月島の『島』…
   『ロングアイランド・アイスティ』になります。」

長めのグラスに、スライスしたレモン…色もまさに紅茶だ。
味も…炭酸入りのサッパリしたアイスティ、という感じだろうか。

「ケーキには紅茶のカクテル…甘味が合いますね!」
「紅茶のカクテルがあったとは、知らなかったな。」
「凄く飲みやすくて…美味しいですね。」

ケーキとともにグイグイと飲む3人に、赤葦は悦に浸った表情で微笑んだ。
「このカクテル…実は紅茶も、紅茶系リキュールも一切使ってないんです。」

ジン、ウォッカ、テキーラ、ホワイトラム、ホワイトキュラソーを同量ずつ。
それにレモンジュースとガムシロップ…そしてコーラである。

「紅茶が入ってないのに、紅茶の味と香り、そして見た目…面白いですね~!」
「このカクテル、非常に僕好みです。おかわり…お願いします。」
「ちょっと待てツッキー…今のレシピ、聞いただろ?
   ジンにウォッカにテキーラ…どれも40度超じゃねぇか。」

見た目と飲み口にそぐわず、かなり『お強い』カクテルである。

「これ、いわゆる『レディー・キラー』の一種…酔わせるためのカクテルです。
   もしこのカクテルを勧められたら…要注意ですからね?」

コーラが入っている分、カロリーも高めですから、飲み過ぎ注意ですよ。
月島君には、俺と同じ…本物のアイスティをどうぞ。

ケーキとドリンクで『月島』を見事に表現した黒尾と赤葦に、
月島はほんのり頬を染め、「ありがとう…ございます。」と、素直に言った。

「やっぱりこの酒…相当強そうだな。」
「えぇ…俺もちょっと、驚いてます。」

お礼を言われた照れ隠しか、二人も少しはにかみ…ドリンクを飲み干した。


「残るはツッキーの名前…『蛍』だね。
   蛍と言えば、『蛍の光』っていう歌だけど…」

山口は小さな(意外と澄んだ)声で、「蛍の光、窓の雪~♪」と口遊んだ。

「『蛍の光』は、『お誕生日会』には似合わない、ちょっと寂しい歌詞ですけど…
   元々の原曲は、スコットランド民謡『オールド・ラング・サイン』です。」

『Auld Lang Syne』はスコットランド語。英語の逐語訳では『old long since』、
意訳では『times gone by』、日本語では『久しき昔』である。

「この歌、スコットランドに古くから伝わる歌…準国歌的な存在でもあって、
   特に年始や披露宴、そして『誕生日』にも歌われるんだって!」

「それはまた…見事に『月島蛍』で『お誕生日』が完成しましたね。」
「どうしてこれが『久しき昔』ってタイトルなのか…調べたんだろ?」

黒尾の問いに、山口は「勿論です!」と頷き、言葉を続けた。

「この歌の歌詞…内容をざっくりと説明すると、
   『旧友と再会し、思い出話をしながら酒を酌み交わす』…なんです。」

    友よ、古き昔のために、
    親愛のこの一杯を飲み干そうではないか。
    我らは互いに杯を手にし、いままさに、
    古き昔のため、親愛のこの一杯を飲まんとしている。

「山口…これってまさに、『酒屋談義』のことじゃないか!」
「『古き昔』…確かに俺ら、『昔話』の考察ばっかりしてるよな…」
「山口君…本当にお見事です!」

盛大な賛辞を受け、山口は恥かしそうに笑い、イチゴを頬張った。


「そんなこんなで…俺達からツッキーへの『贈り物』…完成だ。」
「美味い酒、美味い料理、そして楽しい肴…『酒屋談義』です。」
「ちょっとズルいけど…この『場』と『ネタ』が、プレゼントだよ!」

    改めて…乾杯!

黒尾の音頭に、3人は再度盃を掲げ、「おめでとう!」と言った。
月島はそれに、再度頭を下げ…笑顔で「ありがとう…」と答えた。





***************





「今日の『メイン』となる考察は終わりましたから…」
「事前調査で見つけた、その他の『ネタ』披露ですね!」

黒尾は再びカウンターに立つと、別の紙…『ネタ帳』を持って来た。
赤葦が新たなグラスを配り終えると、そのメモ指で追いながら話し始めた。


「まず、9月27日にあった歴史上の出来事から、
   ツッキーが好きそうなものをピックアップしてみると…」

    ・ロゼッタ・ストーン解読成功(1822年)
    ・アインシュタインによる『E=mc2』の式が記載された、
       特殊相対性理論の第2論文が発表される(1905年)
    ・横浜ベイブリッジ開通(1989年)

「確かに…これらについて『考察』するのも、面白いですよね。
   今日中に終わるかどうかは…甚だあやしいですけど。」

どれもこれも、一つだけで一晩費やしそうなネタばかりである。


「この日が誕生日の人を上げていくと…」

    ・ルイ13世(1601年)
    ・遠山景元(1793年)
    ・高杉晋作(1839年)

「やっぱり誕生日の方は、『それなりの身分』の人しかわかってないんだね。」
「ルイ13世は、リシュリューを枢機卿として重用した…『三銃士』の王様です。
   遠山景元は、『遠山の金さん』のモデルとなった人で…」
「高杉晋作は、八咫烏の都都逸『三千世界の烏を殺し…』の、幕末志士だな。」

やはりこれも、語るには『それなりの時間』が必要である。
酔いが回った頭では、勿体無い素材とも言える。


「この日が忌日…亡くなった人の方は、結構わかってるぜ?」
「そうか…亡くなった日に関しては、お寺や教会が管理してるんだ。」

    ・後奈良天皇(1557年)
    ・ベルナール・クールトア(1838年)
    ・エドガー・ドガ(1917年)

「後奈良天皇の亡くなった1557年には、第3回川中島の戦いや、
   毛利元就の『三子教訓状』…三本の矢の話があった年だ。」
「クールトアは、『ヨウ素』の発見者で、ドガはフランス印象派の画家…
   以前に皆さんで飲んだ『アブサン』という絵も描いてますよ。」



こうして、『誰かの誕生日』をキーワードにすると、
とんでもない量の『考察ポイント』が溢れ出てくる。

「こりゃあ…毎年『ネタ』には事欠かねぇな。」
「一生かかって考察しつくせるかどうか…というレベルですよ。」
「ネタを絞り込んで、上手く『繋げる』のが…至難の業だよね。」

『プレゼントを何にするか』と同じく、これも『多すぎて困る』という、
実に贅沢…かつ、『贈る側』にとっては深刻な悩みである。


「赤葦と山口の3人で悩んだ挙句、選んだのは…『後奈良天皇』なんだ。」
「天皇としては『パっとしない』…あまり目立った功績は思い付きませんが…」
「ツッキーは絶対、この人の事…ハマっちゃうよ?」

後奈良天皇は、古典や漢籍を学んだり、和歌集を編纂したり、
日記を残したりと、学問に造詣が深い人であったのだが、
特筆すべきは『後奈良天皇御撰名曾』という書物である。

「これ…今で言う『なぞなぞ集』なんですよ。」
「後奈良天皇は、『言葉遊び』で名を残した人だ。」

言葉遊び…その言葉に、酔いで虚ろな目をしつつあった月島も、
一瞬で目が覚め…瞳から『わくわく光線』を迸らせた。


では、『後奈良天皇御撰名曾』から問題です。

「『けふは朔日、明日は晦日』…これ、何だ?」
「今日は朔日…月の最初の日。なのに、明日が晦日…月の最後の日?
   それはつまり…『逆』ってことだから…」

月島は持っていたグラスを綺麗に飲み干すと、それをひっくり返した。
「月が逆…さかさのつき…逆月で…『盃(さかづき)』だね。」

ハイ、正解~!ツッキーには簡単すぎたかな?
じゃあ次の問題は…

今度は赤葦が、ケーキに乗っていた蝋燭を手に取って続けた。
「『らふそくの先、鯛の中にあり』…何でしょう?」
「らふそく…ろうそくの先…先の字は『ら』で、たいの中…
   これも簡単ですね。答えは『たらい』です。」

この『後奈良天皇御撰名曾』は、当時の風習や文化を知る、
大変貴重な資料となっているのだが、それは逆に言えば…
「当時の様子がわかんねぇと、全く『意味不明』なのも多いんだよな。」

その中から、俺達でもわかる問題と答えを探すの…大変だったぜ?
黒尾はそう苦笑いしながら、「これ、何だ?」と言った。

「『秋の田の 露おもげなる 景色かな』…わかるか?」
「美しい和歌…ですが、これもなぞなぞなんですよね…?」
首を傾げながら考える月島に、3人はヒントを出した。

「『秋の田』の、稲の様子は…?」
「収穫間近…実りの秋、ですよね。」

「その稲穂に、露が付いちゃうと…?」
「露の重さで…稲穂は…垂れ下がる、かな?」

「そうだ。その和歌は、『稲穂が垂れる』の意味…」
「あっ!『穂垂る』で…『蛍』ですね!!」

後奈良天皇と『蛍』が…なぞなぞで繋がった。

見事な『シメ』に、正解した月島の方が、3人に向けて拍手した。


「本日の考察…大変美しい着地点でした。
   皆さん本当にお見事で…ありがとうございました。」

深々と頭を下げる月島の頭を、3人は撫で回した。



「素直にお礼を言えるようになった…一つ『オトナ』になったツッキーに、
   『おまけ』のなぞなぞをプレゼントだ。」

ちょっとだけ感極まって、下を向いたままだった月島の頭に、
3人は『ムフムフ』と笑いながら声を掛けた。


「第一問!イれるとカラダが火照ってくるボウ…何だ?」
「はぃっ!!?」

「ちなみに、俺は黒尾さんにイれて頂くと…火照って来ます…」
「俺も…ツッキーにイれもらうと…じんわりする、かな。」
「えっ、ちょっ…」

突然始まった『オトナのなぞなぞ』と『ヒント(?)』に、月島は大混乱した。
答える前に、黒尾は「第二問!」と続けた。


「毛の生えた棒を、出したり入れたり…
   動かすと、中は『白い液体』でいっぱいに…ナニしてる?」
「なっ、それはっ…あの…」

「一日1回じゃあ…せめて2回か、欲を言えば3回はシたいですね。」
「俺も…1回じゃちょっと足りない…かな?」
「わかったよ山口…僕も精一杯頑張るから…」

『なぞなぞ』ではなく、山口の『ヒント』に応えようとした月島の頭を叩き、
黒尾は「次が最終問題!」と声を上げた。


「 ①愛がなければできません。
    ②普通はベッドの上でヤりますが、車の中や、まれに屋外でも…
    ③少し痛かったり、血が出ることもあります。
    ④ヤった後の満足感は大きいです。…これ、ナニ?」
「ナニって…ナニは…ナニですよね…」

「俺はそんなに経験あるわけじゃないので…まだ『外』では…」
「俺は…その…ツッキーは知ってる、よね?」
「痛みがないようには、気を付けてるつもりなんだけど…
   愛もたっぷりだし…僕自身は、満足感もたっぷり…です。」

しどろもどろに言い訳する月島に、3人は目に涙を浮かべて大笑いした。


「この3問の答えは…自宅で山口から『じっくり』教えてもらえよ。」
「後奈良天皇風に言うなら…『文机の上の、源氏の九の巻』…でね。」

そう言うと、黒尾と赤葦は、月島と山口を立たせ、
「どうぞごゆっくり~♪」と、二人を玄関に送り出した。





***************





3階の黒尾・赤葦宅を出た二人はそのまま階段を降り、
2階の自宅へと戻ってきた。
入浴等の就寝準備を済ませたところで、月島は「わかった!」と手を叩いた。


「文机の上…ふづくえの上は、『ふ』で、
   源氏物語の九の巻は『須磨』…『ふ+すま』で、『ふすま』だ!」
「正解!『ふすま』は漢字で書くと『衾』…布団とか、夜具のことだよ。」

後奈良天皇の『オトナのなぞなぞ』を解いた月島は、
満足そうに頷き、ごろんとベッドに転がった。

「文机の上に、源氏物語の『須磨』を置いておく…
   これが『サイン』だとすると、すごく風流だよね~」
「なぞなぞを解くのも面白いけど、それが意味する『サイン』に気付いた時…
   まさに『同衾共枕』…同じ布団・同じ枕で情愛を…だね。」

僕も『そういう気分』になった時は…『須磨』を置いておこうかな。

月島は笑いながら立上り、本棚の隅に立てていたファイルから、
白い長形封筒を取り出し、山口に手渡した。


「はい、これ…『毎年恒例』の、最新版『遺言書』だよ。」
「ありがとうツッキー!今年のも大事に…『宝物コーナー』に入れとくね!」

山口は恭しく受け取ると、「…こっち見ちゃ駄目だよ?」と言いながら、
秘密の『宝物コーナー』もとい、押入の『山口専用引出』の中に、しまい込んだ。

一緒に暮らすようになってからも、お互いに『秘密』の空間は保持していた。
たった一つの『秘密の引出』…それでも、その『秘密』は守らなければならない。

自分だけの『秘密の空間』に、何が書いてあるかわからない『秘密の文書』…
『山口の秘密』の中に、『僕の秘密』が入っているという不思議な状況に、
何とも言えない奇妙な気分と…秘密を内包し合っている恍惚感がある。


ごそごそと押入に頭を突っ込む山口の後姿を、呆然と眺めていると、
酔いのせいか少し眠くなってきた。

落ちかけて瞼…そこに、白いものが置かれ、視界を遮った。

「…?これは…封筒?」

起き上がって手に取ると、それは僕が渡したのとは違うタイプ…
洋形の白い封筒だった。
その真ん中には、封蝋のように見える赤いシールが貼られていた。

山口は再び僕に背を向け、引出を閉めた。
そして、背を向けたまま…小さな声で語り掛けた。


「今日の『酒屋談義』…どうだった?」
「まさか、あんなにしっかりと『ネタ』を練り込んでるとは…感服だよ。」

自分のために、3人が必死に事前調査をして、『酒屋談義』をしてくれた…
モノを貰うよりも、強烈な思い出として…間違いなく記憶に残るだろう。
勿論…『最高に嬉しい出来事』として、だ。

「そう言って貰えると…ツッキーが喜んでくれて、本当に良かった。」
結構大変だったけど…俺達も、準備がすっごく楽しかったんだよ。

「僕もぜひ、その中に入りたかったぐらいだよ。」

自分は『祝われる側』だったため、事前調査には加われなかったのだが、
『祝う側』の3人が、実に楽しそうにしていたこと…
それがちょっと羨ましく、仲間外れにされたような気すら感じていた。


「俺、今回黒尾さんと赤葦さんの二人と、何回か『極秘会議』したけど…
   物凄く楽しかったし、それ以上に嬉しかったんだ。」

膨大な量の『考察ポイント』から、『繋がり』を見つけていく作業は、
想像していたよりもずっと大変で…だからこそ面白かった。

そんな手間を惜しまず、嬉々として『事前準備』に勤しんでくれる、
黒尾と赤葦の二人…

「黒尾さん達が、ツッキーのことを本当に大事に思ってくれてる…
   それが伝わってきて、俺…凄く嬉しかった。」

ツッキーのことを、ちゃんと認めてくれる人達…
大好きなツッキーのことを、大切に思ってくれる人がいる…
そのことが、嬉しくてたまらなかったのだ。


「ツッキーは、口が達者すぎて、誤解されがちなところがあるけど、
   こうしてツッキーのことを理解してくれる人がいて、良かった…って。」
「僕よりもずっと『口達者』な猛者ばかりだけどね。」

それは…俺も否定できないや。
山口は軽やかに笑うと、ようやく月島の方を振り向き、押入を閉めた。


「ツッキーは、プレゼント…『present』って、どういう意味か知ってるよね?」
「『pre』…予め用意しておいたものを、『sent』…贈る・渡す、だよね。」

そう…でも、それだけじゃないんだって。
「『presence』…存在っていう意味もあるんだ。」

    『あなたを想っている存在が、ここにいます』

…その想いを表す『カタチ』が、プレゼントなのだ。

「僕のことを想って、3人が『ネタ』を考えてくれた…
   紛れもなく『プレゼント』だし、その想いは…しっかり伝わったよ。」

伝わってきたからこそ、月島も嬉しくて…素直な感謝が出てきたのだ。


今日の喜びを思い出し、頬を緩めていると、
山口はベッドの縁に腰掛けていた月島に近付き…
その腿上に乗り、ぎゅっと抱きついた。


月島の肩に顎を乗せたまま、山口は静かに言葉を紡いだ。

「黒尾さん達が、ツッキーのことを大切に想ってくれる…
   本当に嬉しいけど、でも…俺、なんか…」

焦る?困る?…自分でもよくわかんないけど、
『これじゃあダメだ』って思っちゃって…

「やっぱり俺が、ツッキーの『一番』がいい!
   …って、ガラにもなく、ちょっとだけ奮起しちゃったんだ。」

かと言って、今更特別なプレゼントを用意する時間も余裕もネタもないし…
散々迷った挙げ句、準備できたのが…

「この『封筒』…ってわけだね?」

月島は山口の背をポンポンと撫でながら、片手で封筒を翳した。


「ツッキーの誕生日に、俺から何かあげたことなかったよね?」

いつもツッキーの誕生日には、『ツッキーから』遺言書を貰うだけ。
今年は『幼馴染』じゃない…『恋人』としては初めての誕生日だから、
俺からツッキーに、何かプレゼントしたいなぁって。

「これは遺言書じゃない…開けてもいい『ラブレター』だから…」
俺がこっち向いてるうちに…顔が見えない所で、読んでくれる?


山口からの、思いがけないプレゼント。
中身を読む前に、『ラブレター』を貰えたことに歓喜した僕は、
顔が見えなくて良かった…と内心思いつつ、
山口の背中ごしに封筒を開き、ラブレターを読んだ。


「っ…」


言葉を失い、息を飲む僕。
それに気付き、緊張で喉を上下させる山口。


その背を強く掻き抱いた僕は、山口に一言だけ言った。



「この『返事』は、山口の誕生日で…いいかな?」




- 完 -


(以下、『オトナのなぞなぞ』の答え合わせ)



***************





「大事なコトを忘れてた…
   あの『オトナのなぞなぞ』…答えを聞いてなかったよ。」

まさか、ストレートに…『この状態』…な答えじゃないよね?


月島の問いに、山口は声にならない声で、
「そうじゃなきゃ、『なぞなぞ』じゃないよ…」と言った(ように聞こえた。)


「第一問は…『イれたらカラダが火照るボウ』だっけ?」
今まさに…火照ってる?

月島の囁きはスルーし、山口は答えを教えた。

「これからのっ、季節にっ、必要な…暖かく、なるための…」
「あぁ…『暖房』か!」

なるほどね…
月島はふむふむと頷きながら、火照る山口の頬を撫でた。


「じゃあ次は…『毛のついた棒を出し入れして、
   中は白い液体だらけ』…だっけ?」

こういうカンジかな…?と、動きで伝える月島。
山口は「違うよ…」とかぶりを振り、頬を撫でる月島の指をくわえた。

「さっき、洗面所で、シた…食後の、アレ…」
「確かに、一日1回じゃ物足りないね…『歯磨き』は。」

なかなか良いヒントだったんだね…危うく騙されるところだったよ。
月島は感心しながら、「最後の問題は…」と、
山口を抱え上げ、二の腕に唇を寄せながら訊ねた。


「愛がないとできなくて、
   ベッド又は車の中、まれに屋外でシて…
   痛かったり血が出ることもあるけど、
   最終的には『満足感』でいっぱい…これは難問だよね。」

二の腕を軽く咬む月島に、
「もう…答え、わかってるんでしょ…」と、山口は視線だけ寄越した。

「僕達もまだ、そんなにヤったことない…
   『車の中』は、1回だけだよね…『献血』は。」

酔いが覚めてくると、何でもない答え…だが、良問である。


「今日は本当に…愛があって、僕は『大満足』だよ。」


それは…よかった…

終始『ご満悦』な『本日の主役』に、山口は吐息だけで返事をした。




- 答え合わせ・終わり -





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2016/09/24

 

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