※『撚線伝線(前編)』の続き。



    撚線伝線 (後編)







突然訪れた研磨と木兎。

音駒OB会からは、『開業祝』の定番とも言える観葉植物、
梟谷OB会からは、こちらも定番の掛時計の目録をそれぞれ持参した。

そして、「ウチの子がお世話になります」のご挨拶として、
黒尾母からは赤葦に『猫を手懐けろ』とマタタビ酒、
木兎他からは黒尾に『梟を捕まえとけ』と、焼酎が贈られた。


「ツッキーと山口にも、何かお祝いしてやりたかったんだけどさ…」
「聞いた相手が悪かったというか…」

研磨は翔陽に、「あいつらの好きなもの教えてよ。」と聞いたのだが、
「意地悪と…月島?」という、全くタメにならない返答だったのだ。

「ツッキーはイタズラ好きって聞いたからさ、
   『ハロウィンパーティ』でもするかなぁ~って思って…」
「僕はイタズラ『する』のが好きなだけで、『される』のは遠慮します。」

それに、『イタズラ』は好きですが、『意地悪』はそうでもないですし。
この二つは、厳密に違いますからね。

月島は続けざまに、「ではまず、両者それぞれの定義を…」と、
いつものように『考察』を始めようとしたのだが、横から発言を被せられた。


「ま、そんなわけだからさ、モノは烏野の連中に任せるとして…
   ツッキー達には、俺らから『土産話』をしてやろうって決めたんだ!」
「『幼馴染』しか知らないこと…クロの『初恋』の話とか、どう?」

思いがけない提案に、月島と山口は満面の笑みを見せた。
是非是非!!と答える前に…黒尾が慌てて研磨の肩を抱いた。

「よ~し研磨。今年のクリスマスに…プレステのVRを買ってやろう!」
「もう予約済だから、要らないし。」

「じゃあ、FFの最新作は…」
「それに合わせて、60インチのテレビも新調した。」

クロ…ゲーマーなめてんの?
俺をゲームで釣ろうなんて、64ビット時代じゃあるまいに。

けんもほろろに黒尾の『篭絡』をいなした研磨。
その様子を笑いながら見ていた木兎が、赤葦の腕を掴んで真上に上げた。

「黒尾の初恋話、聞きたいヤツ!!?」
「はいっ!!」
「は~い!!」
「えっ…俺は、別に…」

俺とツッキー、山口と赤葦…半分以上だから、決定な!!
赤葦の意見は一切無視。木兎は強引に採決を採ってしまった。

それどころか…とんでもないことを勝手に宣言した。

「んじゃ、俺も同じく、赤葦の『初恋バナシ』…してやるぜ!!」


「ちょ…っ、ちょっと待って下さいっ!!
   木兎さんが、何で…知ってるわけ、ないですよね!?」
俺と木兎さんは、高校で知り合った…『幼馴染』じゃないんですから!

何を突然言いだすんだ…と、呆れよりも焦りが多めの表情で、
ソファーの上に立ち上がりそうな木兎を、赤葦は引っ張った。

「話の内容は物凄く興味深いんですが…さすがに木兎さん、それは…」
「いくら赤葦さんでも、高校で初恋は…ないですよね。」

常識的な反応を見せた月島と山口に、木兎は不思議そうに首を傾げた。

「何でだよ?『恋』のスタートは全部、『初恋』に決まってんだろ。
   …どれもこれも、『相手』が違うんだからな。」

木兎の言う『初恋』に、5人は驚いた。
確かに、そういう考え方も…アリと言えばアリだ。

「そう言えば…『最後の初恋』なんてフレーズも、聞いたことあるね。」
「『最初で最後の恋』なんてのも、実に難解な…『初恋』だね。」

研磨の語ろうとした『幼馴染しか知らないクロの初恋』話と、
木兎が語る気満々な『赤葦が誰かに初恋した時』の話…
同じ『初恋』という言葉でも、その意味するところが随分違う。



「じゃあさ、この『初恋』について…君達が大好きな『考察』すれば?」

研磨はポソリと呟くと、黒尾のグラスからストローを引き抜き…
赤葦のグラスに、それを突っ込んだ。




***************





「このカルピス…発売当初のキャッチフレーズが、
   『初恋の味』なんだって。」

カルピス発売は、1920年(大正9年)…今から100年弱前になる。
1922年の新聞広告には、『カルピスの一杯に初戀(はつこひ)の味がある』
疲労の後、浴後、散策の後、病床の一杯…『滋強飲料』とある。


「『滋強』って…『滋養強壮』のことだよね?」
「茶色い瓶だし…まるで薬用酒だね。」

『カル』はカルシウム、『ピス』はサンスクリット語のサルピス(熟酥)だ。
熟酥(じゅくそ)は乳製品を精製する過程でできるものの一つである。
カルシウム入り乳製品の一種とすれば、滋養に良いことも納得できるが…

「『初恋の味』が…まさかの『滋養強壮』だとはな。」
「『キュン♪』じゃなくて、『ギュン!!』ってなる…ってコトだよな!?
   間違いねぇよ!な、赤葦?」
「俺に同意を求めないで下さい。」

「あ、それじゃあ…『初恋』だけじゃなくて、『初体験の味』も、
   実は『カルピス』でした~ってオチだな!なぁ黒尾、お前はどう思う?」
「俺にも聞くなっ!!」

とんでもないことをマジ顔で尋ねる木兎。
訊かれた黒尾を放置し、赤葦達もマジ顔で考察し始めた。

「それなら、カルピス以外でも…甘酒でもどぶろくでも良いですよね。」
「牛乳、練乳、ヨーグルト…生クリームにホイップクリームもアリだよ。」
「滋養という意味では…とろろなんかも、悪くないですよね。」


「クロ…いつもこんな『考察』してんの?」
「だから、俺に聞くなって!それに、俺だけじゃねぇし!」

研磨の冷たい視線…黒尾一人がそれを浴び、たった一人で釈明した。

初恋とは、『初めて相手を性の対象とした恋』…という説もある。
この説を裏付けるのが、『滋強飲料=初恋の味』かもしれない。

「初恋からイメージする、『爽やかな甘酸っぱさ』…ちょっと合わない?」
「爽やか青春!甘酸っぱい…味、でしたか?」
「頼むからっ!俺に聞くなっつーのっ!!」

全く…これじゃあ全然、『考察』にならねぇだろうが。
ツッキーと山口も、木兎のペースに乗せられてんじゃねぇよ…


初っ端から頭を抱える黒尾を完全無視し、研磨が話を続けた。

「両手の人差し指を立てて…」

研磨の指示に合わせ、全員で数字の『1』を示すように、人差し指を立てた。

「その指先を下に向けて…胸の前でクロスさせる。」
「こう…か?」

「そう。これが、手話の『初恋』…
   赤葦のカルピスのグラス…見てみてよ。」

赤葦のグラスには、先程研磨が突っ込んだ黒尾のストローと、
もともと差さっていた赤葦のストローが…手話の通りにクロスしていた。

「成程…一つのカルピスのグラスに、2本のストロー…
   『初戀の味』が、手話『初恋』の語源になったということですね!」

やっと…求めていた『甘酸っぱい』雰囲気になってきた。



「文字をそのまま読むと、初恋は『初めての恋』ですが、
   では、『恋』とは何か?辞書的な定義でいうと…」

    特定の相手に強くひかれること。
    切ないまでに深く思いを寄せること。
    会いたい、独り占めにしたい、一緒になりたいと思う気持ち。

「寝ても覚めても、その人のことを思い出す…」
「その人に、自分の存在を認めて欲しい…」
「とにかく自分を見て欲しい。自分に笑いかけて欲しい…」

次々と例示する月島・山口・研磨に、黒尾と赤葦が「待った」をかけた。

「初恋を『生まれて』初めての恋…としてしまうと、
   それらに当てはまる相手は、ほぼ全員が『同じ人』になりますよ?」
「即ち…『母親』ってな。」

「それ、却下!そういう心理学?とか…面倒な話はナシな!」

考察すらさせてもらえず、アッサリ木兎に却下されてしまった。
だが、心理学的な結論としても、初恋とは、
『母親だけに向けられていた愛が、他人に向けられる成長過程のステップ』
…母親への愛情とは、別物と捉えられている。


「ついでに、心理学的な定義で言いますと…
   『自分以外への性への好奇心』
   『自分のモノにしたいという独占欲』の一つ、というのもあります。」
「どっかの偉人が言ってたな。
   『初恋とは少しばかりの愚かさと、有り余る好奇心のことだ』…ってな。」

好奇心がものすご~く強くて、
母親の次ぐらいに『身近』な人に対する独占欲…

「…おや、どこかで聞いたような話ですねぇ?」
「幼馴染とだけの世界を構築してた…好奇心が過剰な奴らだろ?」

ムフムフとほくそ笑む…赤葦と黒尾。

「何だ何だ!?そんな奴らがいんのかっ!?
   『最初で最後の、初めての恋』…羨ましい~!な、ツッキー!?」
「そっ…ソウデスネ…」

恨みがましい視線を黒尾達に送りながら、月島はたどたどしく返答した。


「こ、恋や初恋、それから恋愛…これらの定義によっては、
   初恋の時期や相手も、随分変わる…『人それぞれ』ですよね?」

生まれて初めてだと、母親だが…それは却下された。

「巷でよく耳にするのは…
   男の初恋相手は、大抵『保育園(幼稚園)の先生』というものですね。」
「ほとんど『母親』の延長だが…研磨は『さくら組のせんせい』だろ?」
「クロは、年上の従兄弟のお嫁さん…『親戚のおねーちゃん』だよね。」

だいたい、4~5歳のこの時期…『母親の次に身近な人』を、
初恋の相手だと答える男性が、全体の20%超になるそうだ。
その次に多いのが、10~11歳頃…小学校の中~高学年である。
初恋の相手としても、『同級生』と『先生』が多い。

「これだと、ツッキーの初恋は…ウチの母さんかもね。」
「それは…否定できないね。僕の『理想の女性』だからね。」

淡く儚い、大切な記憶…
『美しい記憶』に浸り掛けていたのを粉砕したのは、またしても木兎だった。


「う~ん…なんか、そういう『ピュア』なの…甘いけど酸っぱくねぇよな。
   俺は、やっぱり『酸っぱさ』がねぇと…カルピスじゃねぇ気がする。」

意外と『まとも』な問題提起に、それぞれ顔を見合わせた。
「ということは…初恋は『初恋愛』であり…」
「酸っぱい部分…『愛』の要素も必要ってこと?」

「恋の定義も難しいですが、愛…恋愛の定義もかなり難解です。」

独自の定義付けが大人気な『新解さん』こと、新明解国語辞典によると、

    『特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、
    二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、
    できるなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、
    常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、
    まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと(第5版)』

    『特定の異性に対して
    他の全てを犠牲にしても悔いないと思い込むような愛情をいだき、
    常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、
    二人だけの世界を分かち合いたいと願い、
    それがかなえられたと言っては喜び、
    ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと
    (第6・7版)』

…と、何とも考察ポイント満載な『甘酸っぱい』解説になっている。
この定義からわかることは…

「やはり、恋愛…特に『愛』の部分には、性的要素が含まれてますね。」
「ってことは、思春期以降…ってのが当てはまるのか。」

その時、山口が「あっ!」と声を上げ…全員が注目した。
その視線に一瞬ビクついたものの、丁寧に『思い付いたこと』を述べた。


「何で…恋に『落ちる』って言うんだろう…?って、
   ずっと前から不思議だったんですけど…わかった気がします。」

恋を『する』という言い方だけでも十分なはずなのに、
『落ちる』という表現が、別に存在する。
この『落ちる』は元々、『陥る』ことだったのではないだろうか。
なぜなら、『陥る』には、『~といった状態に身を置くこと』
という意味があるからだ。

「さっきの『新解さん』の説明…ラストが『身を置くこと』でしょ?
   それで、恋に『陥る』だとすると…」
「計略にかかること。罠に嵌ること。攻め落とされること…」

研磨の言葉に、視線が今度は…別の『二人』に集中した。

「やっぱり…」
「そういう『腹黒さ』『狡猾さ』が似合う人達…いますよね。」

『似合う人達』が視線を泳がせる中、考察のシメはやっぱりこの男…
評決すら採らずに、勝手に決定してしまった。


「ほらな!最初に俺が言った通りじゃねぇか!
   ウダウダ考察なんて…めんどくせぇだけじゃん。
   ってなわけで、やっぱり『黒尾と赤葦の初恋話』にキマリだな!!」





***************





「木兎さんが語ろうとしてるのは、
   赤葦さんが『誰か』に初恋した話…ってことですよね?」
「おうよっ!でも、まぁ俺は赤葦本人じゃねぇから…
   赤葦が『恋に落ちた』と思われる瞬間を目撃した話、だな!」

より正確な表現をした木兎に、赤葦は驚いた。
そんな瞬間…全く身に覚えがないのだが。

その件に関して確認するため、タイムアウトを取ろうとしたのだが、
両手で『T』のサインを出す前に、話が進んでしまった。


「じゃあ俺も…クロが一番最近『恋に落ちた』瞬間の話にする。」
「おいおいおいっ!そんな瞬間あったか!?
   まず俺にコッソリ教えろ!っつーか、本気で俺自身が知りてぇよ。」

だから、今から話すって言ってんじゃん。
題して…『黒尾鉄朗・初戀物語~出逢直前編~』



**********



「よぅっ!元気そうだな…黒尾!」
「お前も相変わらず、無駄に元気だな…木兎。」

毎年恒例となっている、梟谷グループ夏期合同合宿。
お互いにフレンドリーな気質と、同い年ということもあり、
木兎と俺は、『顔見知り』よりはずっと『仲良し』の部類…
昨年から一緒に自主練して切磋琢磨する間柄だった。

「黒尾も2年になって、ようやくスタメン入りか?」
「ベンチスタートと半々だよ。そういう木兎は…既にエースだな。」

おうよっ!俺は梟谷で一番カッコイイ男だからな!
胸を張って『俺、超カッコイイ』ポーズを披露する木兎。
心底悔しいが…コイツは本当に、エースとして生まれたような男だ。

だが、木兎を完璧な『エース』として生かせるような奴が、
今の梟谷には存在していないと思われる…喜ばしいことに。


「で?そっちのは?黒尾んトコの一年か?」
「あぁ。ウチの…優秀なセッター(候補)だ。」

ほら、研磨…。
肘でツンツンと二の腕を突くと、研磨は下を向いたまま頭を傾げた。
そんなんじゃ、挨拶になってねぇだろうが…
俺は仕方なく研磨の頭を掴んで思い切り下げさせた。

「…孤爪、研磨です。」
「おう!俺は梟谷のエース・木兎だ!ヨロシクな!!」
「俺の幼馴染なんだ。可愛がってやってくれよ。」

木兎は研磨の腕を強引に取り、ぶんぶんと振り回した。
きっと握手のつもりなんだろうが…研磨は固まっている。
ここまで周りを引き摺り込む、圧倒的な存在…中々お目に掛かれない。
最高値の警戒レベルで、背中の毛を逆立てていた。


「幼馴染かぁ…舎弟にするにはバッチリだな!
   やっぱり『上級生』になったからには、舎弟は欲しいよな!」
「別に俺、クロの舎弟になってないし。」

俺の背中に隠れながら、『断固拒否』を呟く研磨。
そこまではっきり否定されると、さすがの俺も…ちょっと傷つくぞ。

「いいなぁ~、お前の後ろを大人しく付いて来る舎弟…羨ましい!
   俺も一応、舎弟作ったけど…すっげぇ厳しい奴なんだよ…」
「ソイツも実は、木兎の舎弟になった覚えがねぇんじゃないのか?」
「そう!そう言い張って聞かねぇんだよ。
   しかも、黒尾ばりにツッコミが物凄ぇキツいんだよな~」

俺は正直、木兎の話が信じられなかった。
木兎に付いて行けるような『舎弟』が現れたことも勿論だが、
付いて行くどころか、逆に木兎を上手く『放牧』しているらしいとは…
とんでもない一年が、梟谷に入った…ということか。

「おい、まさかソイツ…セッターじゃねぇよな?」
「よくわかったな!先輩を敬う気持ちはミミズ程もねぇが、
   エースを立てる姿勢だけは、ミミズクぐらいある奴だ!」

その喩えじゃあ、全然…わかんねぇよ。
わかるのは、梟谷が強くなってしまったという、好ましくない事態だ。
木兎を『エース』として生かすような存在、か…
見てみたいような、恐ろしいような。


「お、噂をすれば…お~い!赤葦!!こっち来いよっ!!」


**********



「後半は…木兎さん、お願いします。」
「任せろ!『赤葦京治・初戀物語~出逢直後編~』だ!!」

タッチして語り手を交代する、研磨と木兎。
それを拍手で歓迎する、月島と山口。

黒尾と赤葦は、それを困惑顔のまま沈黙するしかなかった。



**********


「ここにいらっしゃいましたか…木兎さん、監督がお呼びです。」

木兎を探して来い…いつもの監督指令で探し回っていたら、
あちらから逆に呼ばれてしまった。

小走りに近づくと、木兎さんは誰かと話をしているようだった。
いくら監督命令とは言え、会話を中断させるのは非礼にあたる。
俺はお相手に頭を下げながら、木兎さんに用件を伝えた。

だが…下げていた首を強引に捕まれ、肩をホールドされてしまった。

「コイツが俺の舎弟の…」
「違います。」

まだ俺のセリフ、終わってねぇよ!!
頼むから、最後まで言わせてくれよ…という木兎さんを押し退け、
俺は改めてお相手に頭を下げ、挨拶し直した。

「梟谷学園排球部一年、赤葦です。宜しくお願いします。」


俺の挨拶には…返事がなかった。
いや、返ってきたのは、張り詰めた沈黙だった。

何か俺は、妙なことを言っただろうか…?
訝しく思い、下げていた頭をゆっくりと上げ、相手の顔を見て…

今度は、俺も…言葉を失ってしまった。


互いの顔を茫然と見つめたまま…暫く黙っていた。
いや、言うべき言葉も、考えるべきことも、何も浮かばなかったのだ。
ただただ、時が止まったかのように…固まっていた。



**********


「…以上、『黒尾と赤葦の初戀物語』でした!!」
「素晴らしいっ!!」
「ステキですね~!」

月島達から喝采を浴びる木兎。
だが、黒尾と赤葦は、眉間の皺を増やしただけだった。


「なぁ…これのどこが、『初戀物語』なんだ?」
「ただの『初対面』のワンシーン…ですよね?」

黒尾も赤葦も、もっと『とんでもない大暴露』されるのでは?と、
心中穏やかではなかったのだが…『どうでもいい話』に、拍子抜けした。
それどころか、この話を始める際の『前提条件』が、満たされていない。

「『俺が恋に落ちた瞬間』を、『研磨が目撃した話』のはずなのに…
   何で『俺目線』の物語になってんだ?おかしいだろ。」
「木兎さんの方も、同じです。
   木兎さんの『目撃談』なのに、勝手に『俺視点』…筋が通りません。」

実に冷静に、話の構造的欠陥を指摘する二人。
その主張に、「それも、尤もなご意見です。」と首肯した月島は、
「では、こうしましょう。」と提案した。


「真の意味で『第三者』の僕達が、当時の様子を目撃者達に尋問。
   それにより、『なぜこの話が初戀物語なのか?』を解明しましょう。」





***************





「ではまず…孤爪さんにお伺いします。
   この場面がなぜ、黒尾さんが『恋に落ちた』瞬間だと思われたんですか?」

指名された研磨は、ズズズ…と残り少ないカルピスを啜ると、
凄いカンタンなことなんだけど…と説明し始めた。

「あの後クロが、赤葦について…何も俺に聞かなかったから、かな。」

    木兎…あぁ見えてすっげぇ奴なんだ。要注意だぞ。
    紛れもなく梟谷のエース…研磨はあの木兎、どう見る?

「初対面の相手…特に『対戦相手』となるような人間について、
   クロは必ず、俺に『観察結果』を尋ねてくる。」

それなのに、その『エース』を生かすも殺すも『そいつ次第』である、
キーマンの舎弟…『セッター』の話を、一言も口にしなかったのだ。

「人当たりも外面も抜群にイイ黒尾さんが…挨拶すら返さなかった。
   俺も『物語』を聞いていて、そこが凄く不自然で…驚きました♪」

嬉しそうに言う山口に、研磨も微かに口を緩めた。
「クロが極端に話題を避けるのは、それについての『考察』を躊躇っている時…
   自分で無意識の内に、『ダメだ』ってセーブしてる時だから。」
「黒尾さんが『考察』を自制するようなケース…実に限られてきますね。
   例えば…『自分でも全くわからない』時、ですね。」

そう…月島の言う通りだよ。
この時点では、きっとクロに『自覚』はなかった…
だから今、絵に描いたような『キョトン顔』してるんだよ。

横に座る黒尾に、「すっごいマヌケ面。」と…頬を抓る研磨。
抓られてもなお、黒尾は「???」と首を捻っていたが…

研磨の証言を聞いていた赤葦は…絵に描いたような『赤面』で俯いていた。
研磨が語ったことの意味について、多分理解したのだろう。

それに気付かないフリをしながら、山口は木兎に話を振った。


「今度は木兎さんにお伺いしますが…
   どうして赤葦さんが『初恋した!』と…閃いちゃったんですか?」

ビビっとキた!っていうんじゃなくて、
できれば、俺達でもわかるように、説明して欲しいんですけど…

山口の丁寧な『オネガイ』に、木兎は「わかってるって!」と片目を瞑った。

「俺は、ひとしきり『黒尾とその舎弟』について、赤葦に教えた。
   で…『お前はどう思う?』って聞いてみたんだ。」

    あのセッター…大人しそうに見えて、侮れませんよ。
    きっと音駒の大動脈か…頸椎になるような存在です。
    音駒は来年以降、劇的に強くなる…
    今年までとは全く違うチームに変貌するはずです。

「…って、一瞬しか会ってねぇのに、ベラベラと分析してみせた。
   じゃあ、俺の仲良し…黒尾はどうだ?って聞いたら…」

    わかりません。

「え…?それだけ、ですか?」
「あぁ。たった一言、『わかりません。』だけだった。」

この一言…俺じゃなくたって、ビビっとクるだろ?
こっちが頼まなくても、勝手に考察だの分析だのヤりまくる赤葦なのに、
音駒でダントツの要注意人物…ぜひとも分析してほしい黒尾のことは、
ハナっから考えることを完全に放棄してやがった…

「あんなに長いこと見つめ合ってたのに…妙ですよね~?
   僕は『物語』のそこが、肝要だと思ってましたよ。」

「お…俺を高く評価して下さるのは、大変光栄なんですけど…
   黒尾さんクラスの腹黒は、わからなくても…仕方ない、というか…」
足元を見つめたまま、たどたどしく言い訳をする赤葦。
木兎はその頭を引っ掴み、顔を正面に上げさせた。

「それだよ、それ!お前はしばらくの間…黒尾から目を逸らし続けた!
   観察拒否…対戦相手のことを分析した『梟谷極秘ノート』も、
   黒尾の欄だけが、長い間『不明』!」
監督にそれを咎められて、やっとお前はマジメに分析したんだろうが。

「心から『考察』を愛する赤葦が、最後までそれを拒んだ男…
   だから俺は、『こりゃ落ちたな。』って思ったんだよ。」

木兎とは思えない程、隙のない証明。
さすがの黒尾も、この証明の示す事実に気付き…頭を抱えた。
顔を覆った指の隙間から、その顔が朱に染まっているのが、はっきり見えた。



「ねぇクロ…もうわかったでしょ?」

ポップコーンをもそもそ頬張りながら、研磨が黒尾に確認した。

「わかったよ…俺も赤葦と同じだよ。
   『考察』しちまうと確実にハマってしまうから…目を逸らし続けた。」
「っ…!」


黒尾はテーブルの上に置いてあった、2枚の紙…
音駒と梟谷の皆からの、『目録』を手に取った。

「俺が…俺と赤葦が、自分のことに頓着してねぇうちから、
   お前らは気付いてた…ってことだよな。」
「お互いに意識しまくりなのに、『存在してない』みたいな扱いするし…
   あまりに不自然で、気付くなって方が無理。」

周りにはバレバレなのに、当事者達だけが気付かない…
音駒でも梟谷でも、二人の姿に相当ヤキモキしていたようだ。

「俺ら、色々と気を回して、片付けとか連絡係とか…
   二人で話すチャンス、いっぱい作ってやったんだよな~」

片付けも連絡係も、ただ押し付けただけでは…?
…というツッコミを、山口は氷と共に噛み砕き、飲み込んだ。


「そんなこんなで、一年目はやっと『親しい知人』ぐらいにはなった。
   でも、それ以上はなかなか進展しない…どころか、
   意地でも『自覚』しようとしなかった。」
「二年目は二人とも大変な役職になっちまって、すっげぇ忙しいだろ?
   このまま気付かねぇで終るのか!?って時に…」

    お前らが現れた!

ビシッと木兎に指を突き付けられ、月島と山口は驚いて腰を浮かせた。


「最初は、妙に気が合う奴らを見つけて、
   面倒臭ぇ『考察』をグダグダやってるだけかと思いきや…」
「あまりに『自然体』で『一緒に居たい』を貫く月島達に、
   クロも赤葦も…影響受けざるを得なかったんだ。」

自覚はなかっただろうけど、内心…すごい衝撃だったと思うよ。
自分はずっと抑え続けてきた感情を、『あたりまえ』のものとしている…
本当は極めてイレギュラーな『幼馴染』だけど、
このぐらいの『強烈さ』がないと、クロ達は前に進めなかった…

「だから、月島達には…ちょっとだけ感謝してる。」

思いがけない謝辞に、月島と山口は恐縮した。
自分達の方こそ、黒尾達のお陰で前に進めたのに…

珍しく素直に謙遜しようとした月島を、木兎が視線で遮った。
そして、赤葦の肩をガシっと組み、髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。


「お前は何でも一人で抱え過ぎだ。たまには周りにも持ってもらえよ。」
「木兎さんは、何でも周りに任せ過ぎです。」
ここは黙って聞くとこ!と、口答えした赤葦の首を、脇で固縛した。

「もうお前は…『参謀』ってだけじゃねぇんだ。特に黒尾にとってな。
   ワガママだって言っていいし、自分のキモチを隠す必要もねぇ!」

お前がこんな風になっちまったのは、俺がお前を振り回しすぎたとか、
梟谷の皆が、赤葦に頼り過ぎたのもあるから…ちょっと責任感じてんだ。
だから、『梟谷の参謀』から解放された今は、もっと自由に…羽を伸ばせよ!

「木兎さん…ありがとうございます…」

赤葦はごくごく小さな声で、木兎に感謝を呟いた。
木兎は満足気に笑うと、組んでいた肩をポンポンと優しく叩いた。


「クロも…全く同じだからね。」
研磨は黒尾の二の腕に額を擦りよせ、シャツの裾を握りしめた。

「ガキの頃から、ずっと俺の子守…高校入ったら、みんなの子守。
   いつだってクロは、周りの世話ばっかり焼いてる。」
「お前の世話だって、俺の好きでやってたんだからな?
   お前らのこと、『重荷』だとか思ったこと…一度もねぇよ。」

そんなの、知ってるし。みんなそれがわかってたから…
無条件にクロに懐いて、甘えたくなっちゃうんだ。
気付いたらこの大きな背中に…寄りかかってしまってた。

「でも…俺ももう、ちゃんと『親離れ』できたから。
   この背中を預けられる相手…やっと見つけられたよね?」

クロだって、誰かに背中を預けていいんだから。
甘えたい時は甘えていいし、嫌なことは嫌って言っていいんだ。

「練習がてら…今、言ってみなよ。
   『世話』とは違うモノ…焼いてんでしょ?」

ほら、と研磨に背中を押された黒尾は、
さんきゅーな…と囁き、研磨の頭を柔らかく撫でた。

そして、目を閉じて大きく息を吸い…
腹の底からしっかりと声を出し、赤葦の肩を抱く木兎の手を払い除けた。


「悪ぃが木兎、俺の前で赤葦に引っ付くの…金輪際止めてもらえるか?
   嫉妬のあまり…お前のこと、噛み殺すかもしんねぇ。」
「うっわ、猫科の猛獣は凶暴だなぁ~!
   っつーか、今までどんだけデカい『化け猫』被ってたんだ!?」

よし赤葦、お前も反撃しとけっ!!
木兎は赤葦を解放し、バシバシと背を叩いて飛び立たせた。

「猛禽類は…狙った獲物は逃がしません。
   邪魔するものは、その背に隠れようとも…引き裂きます。」
「クロ、精々気を付けなよ。ターゲットは…クロなんだから。」

俺は…離れたところから、悠々と観察してるよ。
研磨は黒尾の背から身を離し、「はいどうぞ。」と獲物を差し出した。



***************





なんか話し疲れたし…帰る。
俺、傘ないし…駅まで送れ!

研磨と木兎はそう言うと、黒尾と赤葦に『お見送り』を命じた。
すっかり乾いた服を、木兎はちゃんと自分一人で着替え…
台風達はようやく去って行った。


「ウチには、いろんな人がやって来たけど…」
「今回の『家庭訪問』は、超ド級だったね。」

事務所に残った月島と山口は、給湯室で一緒に洗い物をしながら、
『本日のお客様』について、しみじみと振り返っていた。
こうして『来客者』について二人で考察…
つい最近も、したばかりのような気もするが。

「孤爪さんが突然やって来て、赤葦さんと『妖怪大戦』始めた時には、
   一体どうなることやらと思ったけど…」
「僕は、木兎さんが来た時に、我が家が壊滅する幻さえ見えたよ。」

『台風』な木兎さんよりも、黒尾さんの方がドス黒い雷雲背負って…
無自覚であの冷気放つんだから、たまったものじゃないよ。
きっとあの暗雲が、黒尾さんの『腹の中』の色だね。

山口がスポンジでグラスを擦り、月島がそれを濯ぐ。
流れるような作業をしながら、二人は苦笑いした。

「結局、その猛烈な『台風』達が…全部吹き飛ばしてくれちゃったね。」
「台風一過の、晴れやかな青空…黒尾さん達の表情は、まさにこれだよ。」


やっと想いが通じ、一緒に居られるようになったのに、
短期間で環境が激変しすぎてしまい、自分の感情が追いついていなかった。
黒尾も赤葦も、それに戸惑い悩んでいたが…その感情にすら気付けず、
ただただ、自分の中に『説明不能』なモノが鬱積していた。

このままの状態が続けば、せっかく撚った互いの想いが、
捩じれてしまったり、下手をすると伝線…綻ぶ可能性だってあった。

この『難所』を打開するには、何か強烈な『きっかけ』が必要…
数日前に月島達はそう考察していたが、予想以上の『強烈』が襲来した。

付き合いの浅い自分達では、どうにもできなかった。
やはり、彼らにとって『キー』となる二人の存在が…絶対必要だったのだ。


その二人が、帰り際に残していった言葉が、頭を過ぎる。

    コイツら、まだまだ『これから』だから…
    俺らの代わりに、お前らが見守ってやってくれよな!

    音駒と梟谷一同からのお願い…
    『ウチの子』を、よろしく頼むよ。


「黒尾さんと赤葦さんは、音駒と梟谷をまとめ上げ、
   みんなを守って、導いてる『お守役』だと思ってたけど…」
「実際には、みんなから『見守られ』てたんだね。」

いつの間にか、母親達の『見守りネットワーク』ができている…と、
黒尾達は半ば呆れ、半ば恐れ入っていたが、
それよりもずっと前から、『見守りネットワーク』は構築されていた。

きっとこの『ネットワーク』は、自分達の周りにも、
ずっと張り巡らされているのだろう。
今ならば、それを素直に…本当に有り難いな、と思う。


洗い物を全て終え、順番にタオルで手を拭く。
そのまま流し台に向かい、二人は静かに会話を続けた。

「ちゃんとした人間関係って、どちらかが一方的に『守る』『守られる』…
   そういうんじゃなくて、双方向…」
「どちらも同じだけ守って、守られる…同じ強さだからこそ、
   きちんとした人間関係という繋がりが、撚られていくんだろうね。」

どちらかが強すぎても、弱すぎても、線を撚ることはできない。
一方的だと、捩れたり、解れたり…切れたりしてしまうのだ。

「これ…『好き』ってキモチも同じだよね。」
「自分ばっかり相手のことを想ってるんじゃないか…?
   相手のことが好きな分、余計にそういう疑念を抱きがちなんだけど…」

どれだけ自分が相手を好きか。
それをちゃんと相手に伝え、確認し合えていれば、
そんな疑念を抱いたり、嫉妬に身を燃やしたりしないですむ。

だがこの『確認』こそ…一番難しい点でもあるのだ。
自分の内を曝け出すこと。それを言葉で伝えること。
そのどちらもが、恋愛の『難所』であり…避けて通れない部分なんだろう。


「僕達は、『言葉』で伝え合うのに…凄く苦労した。」
「黒尾さん達は、『内心を曝け出す』…俺ら以上に難題だったね。」

でも、今日の『台風直撃』で…安心かな。
あの二人は、これからようやく…『恋人らしいこと』をして、
『恋愛』を楽しんでいってくれると…いいよね。

月島は柔らかく微笑むと、真横に立つ山口の手を、そっと握った。
山口は月島の腕にしな垂れ掛かり、その手を強く握り返した。


「ねぇツッキー、『恋人らしいこと』してないの…もう一組いるよ?
   やっとつい最近、『幼馴染』から脱却したばっかりの…」
「そうだね…これからしっかり『恋愛』するのも…悪くないね。」

あんなに『恋人っぽい甘い雰囲気』を避けてきたツッキーが…
今回の『台風直撃』が、こっちにも変化をもたらした…のだろう。

自分達は、黒尾さん達に手を引いてもらうばかりだと思っていた。
だが、自分達もあちらに影響を与えていたとは…思いもよらなかった。
これも、『人間関係は双方向』ということかもしれない。

それなら、俺も…ちゃんと言わなきゃ。


「俺、ツッキーと…いろんな場所に行ってみたいな。
   社寺仏閣に史跡…考察がてら、デ、デートとか…」
「考察メインなの?それとも、デート?」

僕はどちらでも大歓迎だよ。
他に、山口がシてみたいことは?

「あとは…ふ、普通に、イチャイチャとか…?」
「例えば、『職場の給湯室で』…かな?」

月島は握っていた手を引き寄せると、山口を両手で抱き締めた。
木兎がしていたように、山口の髪をぐしゃぐしゃと撫で回し、
今度は研磨がしていたように、山口の肩に額を擦り寄せた。


「じゃあ、今度は僕がシてみたいこと…言っていい?」



- 完 -



**************************************************

※恋の旧字『戀』について →『不可抗力
※嫉妬による悲劇について →『泡沫王子

※熱く甘いキスを5題『4.唇から伝染する』


2016/10/13

 

NOVELS