※少しばかり『棒棒』な描写がございます。苦手な方はご注意下さいませ。



    往時茫茫








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「嗚呼、ヒマだな~ヤることねぇな~」
「嫌味ですか~イイ度胸してますね~」


ここは、知る人ぞ知る…
いつも思うが、このフレーズはつまるところ『知られていない』という意味だ。
『密かなブーム』が、実は全然流行っていないことと同じ、言葉のマジック。
こういう言葉の魔術を使う人のことを、詐欺師もしくはコピーライターと言う。

…そんなことよりも、だ。

「ほら、こっち向いて下さい!ネクタイと顔が緩んでます。締めて下さい。」
「そっち向いたら、もっと顔が緩むぞ?何なら、お前のネクタイも緩めて…」

「僭越ながら、俺が絞めて差し上げ…」
「『シめる』の漢字が…違わねぇか?」


こちらの、懐が大き…すぎてガバガバに緩いお方は、黒尾鉄朗さん。
由緒と社殿の古さだけは重文級の、代々続く神社の御子息ボンボン殿である。
俺はそんな茫茫とした黒尾さんの傍で常時忙忙としている、執事の赤葦京治。
黒尾さんにお仕えした経緯等は…過去の話。思い出すヒマも、俺にはない。

「黒尾さん。午後三時から、大講堂にて『合格祈願』のお仕事です。」
「俺が祝詞上げたからって、『品』が上がるわけでもなかろうにな。」

「まぁ、眠いだけの祝詞より、寄付金納入額を上げた方が効率的ですからね。」
「俺が上げた祝詞も、一文字当たり一円換算で、寄付金に充当して欲しいぜ。」

「皆様からの玉串料やらを、そのまま寄付金へ…似たようなものですよね。」
「おかげさまで、神職のくせにホトケさんに一番近い『品』…ありがたや。」


改めて言うと、ここは知る人ぞ知る…正確には、一般庶民は知る由もない、
下々の住まう下界とは隔離された、山奥に存する全寮制の男子高校である。

この学校のことを、もう少し分かり易く『入学のご案内』から要約すると…
金だけは有り余るが、手にも余りまくる良家(自称)の御子息達を、
全寮制という名の治外法権に囲い込み、他所様に迷惑がかからぬように放牧…
名声と気位と不動産総価格と学費の高さだけは、日本屈指の『名門校』である。

「本質を的確に伝える…見事な『要約』だな。」
「えぇ。貴方の執事は…本当に優秀ですよね。」


この学校で、唯一評価できる点は、評価が公正かつ明白だというところだ。
アタマとツラの偏差値なんていう、偏見と数字マジック等で生徒を判断せず、
勿論、ツンデレでも幼馴染溺愛でも腹黒でも…特殊性癖も問わない博愛精神。

生徒の価値は、全て親の資金力…即ち、寄付金納入額のみで評価・算定される。
学校の口座に積んだ善行や功徳の高さに応じて、生徒を全九種の階位に分類…
そのランクによって自室の階層と坪数が変わるという、クリーンな明朗会計だ。


その極楽システムの元ネタは、これだ。
まず上・中・下の大きく三つの『品』に分け、それぞれの中を更に三分割する、
元は中国の官吏登用制度だった『三三九品』を、仏教が往生の種類に利用し、
生前の功徳に応じて、成仏する際のお迎えキャストの豪華さを、九種に分類…

「それを、金の亡者…菌もうじゃうじゃな創始者が、パクったんですね。」
「菌…発酵醸造界のドンらしく、三三九度っぽくてお気に召したんだな。」

「故に校名は『盃九学園』…かつて盃で爵位を授けていたから、だそうです。」
「三三九度で九盃。爵位…『品』も九階位。でも何となく、バレー部っぽい。」


黒尾さんの愛情不足な発言はガン無視。
ともかく、ティッシュより重いモノは持ったことのないボンボン達のために、
本校ではありとあらゆる『お世話』をする、『執事』の同伴が認められている。

執事には主人に仕えるための『特殊技能』が、数多く必要とされるため、
九品のうち下の三階位…『下品』は、執事育成専門のクラスになっており、
権謀術数や閨房術、暗号解読に各種操縦術等、高度な特殊講義が行われている。
それ故に、執事も同年代…高校生でなければならないし(文科省の補助金絡み)、
主人とは不可分一体…寮も同室が基本となっている。

「要するに、執事と言う名の『お小姓』との、愛と官能の日々…だよな。」
「せめて『愛人』であるスナックのママを秘書に…ぐらいにして下さい。」


これは、ある面では当然と言っていい処置でもある。
財閥クラスの息子もゴロゴロしており、既に家業で大きな役職に就く者も多く、
高校生レベルのスタディなど、教わる必要もない…仕事で多忙な皆様なのだ。
(ついでに、顔面偏差値も無駄に高い。)

執事は、生活のお世話よりもむしろ、家業の遂行に不可欠な『秘書』であり、
この学園での『高校生ごっこ』は、彼らにとって束の間の休息…かもしれない。


「それで、御主人様の仕事準備…袴へのお着替え、手伝ってくれるんだろ?」
「その前に、制服を脱がす方も…誠に僭越ながら、お手伝いしましょうか?」

大講堂入口への小径から外れ、関係者専用通用口への抜道に足を向ける。
手綱を引くようにネクタイを…と見せかけて、結び目に指を入れて緩めていく。

創始者の銅像の、裏のベンチに腰掛けながら、互いのネクタイを引き抜き、
その勢いで引き合い…ネクタイの代わりに、自分の腕を相手の首に回していく。
昼下がりの木陰で、木の葉が風で擦れる音の中で、唇を滑らせ舌を絡め合う。

「何でこんなとこに…おあつらえ向きなベンチがあるんだろうなぁ?」
「本校は『極楽』往生システムに支配された場所…必要な設備です。」


寮の各部屋に置かれたアメニティの中にも、ゴム製品とローションが完備。
校内のトイレは全て個室で、温水洗浄便座(乾燥付)及び大音量の擬音装置付。
個室内にも居酒屋かパチ屋の如く、『お助けアメニティグッズ』が並んでいる。

   執事こそ至宝。
   執事を愛すべし。
   執事には絶対服従。

生徒手帳に記された、校是である。
執事(部下)がいなければ、主人は何もできやしない…という現実を教えるため、
本校では至る所に、執事を大事にするための『教材』が散りばめられている。


「赤葦、背中…痛くないか?」
「大丈夫…こっちに、早く。」

黒尾はベンチに手ぬぐいをサッと広げ、キスを深めながら赤葦を倒していく。
これは、執事を労わる本校の教育の成果というよりも、黒尾の『素』である。
赤葦はそのさりげない優しさにほんのり頬を緩め…抱き寄せる力を強めた。

『お昼寝』の時間を取る方が、午後の能率も上がる…睡魔とは戦うべからず。
学生よりも仕事人としての効率を最優先する本校は、昼休みもたっぷりある。

嗚呼…ホントに、極楽のような学校だ。
このまま二人で、軽めのストレッチをして、のんびり寝てしまいたい。
シャツをズボンから引き出し、隙間から手を中に入れ…ようとした瞬間、
微睡んでいた赤葦が、突然目をカッ!と開き、反対に襟元をギュッ!と閉じた。


(この匂い…月島君と山口君です!)
(はぁっ!?どっ…どこだよっ!?)

黒尾と赤葦は慌てて跳び起きて身だしなみを整えると、像の脇から顔を出した。
赤葦の視線の先を追うと、15m程先の植栽がわさわさと揺れていて、
その奥から肌と肌がぶつかる音と…抑え切れずに漏れ出す嬌声が聞こえた。

どうやら、アチラさんも仲良くお昼寝前の運動中…いやはや、羨ましい話だ。
彼らは、寮の隣室に住む幼馴染コンビだが、今朝も廊下ですれ違って…
『いつも通り』の二人の顔を思い出し、一気に顔が火照ってくる。


(あの声は…山口、か?いつもと違いすぎて、わかんねぇ、けどさ。)
(声は、まぁ、そうですが…匂いは『月山コンビ』で確定、ですよ。)

ドギマギしながら、小声で密談。
この学校では珍しくない光景だし、自分達も似たようなコトをしてたし、
全く同じコトをする直前だったけど…やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
照れ臭さを誤魔化すべく、赤葦は黒尾に『月山確定』の根拠を示した。


(この匂いは、俺が山口君のために調合して、プレゼントしたもの…)

月島君との情事をより豊かにするため、備品のローションに一工夫しました。
彼が大好きだという、苺のショートケーキみたいな、甘ったるい香りを…
胸やけがするほどタップリと、これでもか!とイれこんでおきました。

(その名もズバリ…『ツッキーホイホイ』です。)
(相変わらず凄ぇ鼻と…ネーミングセンスだな。)

いくら自分が調合したとは言え、この距離からその匂いを嗅ぎ分けるとは。
絶対に浮気はできねぇな…と、黒尾は心の中で赤葦に白旗を上げていると、
一際音程が高く、そして糖度も高い歓声が、植栽の中から響いてきた。


「や…んっ、ツッ、キー、待っ…今日、激し…んっ、凄っ…あぁ…んんっ」
「ゴメッ、なんかっ…今日の、山口…可愛い、から…止められ、ない…っ」

(っーーー!調合、成功…です、ね。)
(そっ、そう…みてぇ、だな。うん。)

ここからは二人の姿は見えないし、フツーの鼻では甘い匂いもわからない。
だが「可愛い、美味しそう…」と、うわ言のように繰り返される月島の言葉と、
リズミカルに植栽が揺れる葉音、そして山口のトロリとした艶声から、
自分達もショートケーキに包まれているような…茫茫とした感覚に陥ってきた。

隣人の情事を、傍から望む…
ここがどこで、ナニをしていたのか…ぼんやり蕩けて、忘れてしまいそうだ。


(…っ!?ちょ、っちょっと…ソレっ)
(こうなって…当然だろ?早く…な?)

黒尾は背後から赤葦に抱き着きながら、熱くなった部分をそっと押し当て…
ここよりも確実に二人きりになれる場所へ…大講堂控室に、赤葦を引き込んだ。




- 【か】に続く -




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※盃で爵位 →『鳥酉之宴


2018/08/23
(2018/06/12分 Twitter投稿)


 

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