誨淫導欲








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「よぅ、山口。俺と組もうぜ。」
「あ、はい!宜しくお願いします…岩泉さん!」


盃九学園執事学科。
本日最後の授業は『胃袋鷲掴み(命名・赤葦)』こと、家庭科の調理実習だ。

この授業では、まず主人の好みに合わせたエプロン選びから始まり…
「そろそろ『ご休憩』しませんか?」を切り出すタイミングの見極め方まで、
料理本体…胃袋のみならず、アレもソレも掴む『主人諸共調理すべし』という、
より実践的な餌付けテクが伝授される、非常に高度な必須科目である。


「あれ、赤葦さんは…お休みですか?」
「先週に引き続き、生理痛だとよ。せめて排卵痛か…慢性腰痛にしとけよな。」

基本的に、執事学科の実技系授業は二人一組…対主人を想定した模擬演習だ。
執事学科は人数が少ないこともあり、実技は全学年が合同で行うのだが、
その際には、大抵が出席番号順でペアを組むため、第1班は赤葦&岩泉になる。

だが、出席番号が最後の山口だけは、固定のペアはおらず、毎度ランダム…
本職の都合で授業に出られない者も多いため、欠席者の穴埋めとなるのだが、
これは『残り者扱い』というよりは、山口の温厚な性格によるところが大きい。


特殊な生まれや育ちのせいか、主人という生物は『浮世離れ』がデフォルト…
それを手のひらでコロコロする執事は、必然的にもっとクセが強くなるため、
誰とでも友好関係を築ける山口は、稀少な存在…皆から可愛がられている。

本学園のツッコミエースこと岩泉一も、自分と似た境遇の山口を気に掛け、
学園一多忙で欠席の多いペア相方…赤葦の代わりに、頻繁に山口と組んでいた。

「料理上手のお前と組むと、実習が凄ぇ楽なんだよな。」
「今日は『お夜食のだし茶漬け』…料理の上手い下手は関係なさそうですよ~」

「今日のメインテーマは『だしと手玉の取り方』ってわけだな。」
「『明太子と敵の炙り方』かも…赤葦さんにも後で教えてあげなきゃ。」


肩口に白いフリルの付いた、ラブラブ新婚さん風エプロンの岩泉と、
ピンクのタータンチェックに、苺のアップリケがついたキュート系の山口は、
まずは『身を削らずにおかかを削れ』の極意から…かんなの刃の調整を始めた。

「『刃の調整に使ったトンカチを、さりげなく置いておくべし』…なるほどな。
   手抜き料理じゃないことも示せるし、実用的な使い道もあるってことか。」
「凶器となり得るものを視界の隅に…肝を冷やした後で、温かいお汁を出す。
   その『寒暖差』も、胃袋にキュっとクるってことですね~勉強になります!」

パワー系の岩泉さんが、ゴリゴリに削った鰹節が、絹みたいに繊細だなんて…
このギャップこそ、最大の胸キュンなポイントですね!では…『実習』どうぞ!


「おい、ちょっとこっち来いっ!んで、口開けて…ほらよ。」

山口の合図に、岩泉は『戦闘モード』にガラリと雰囲気を切り替え…
ネクタイをグイと引き、驚きでポカンと空いた口に、そっと削り節を一つまみ。

「っ!?美味し~い♪口の中で溶けて…わたアメみたいだね、岩ちゃん♪」
「もうちょっと…そこで待ってろ。」

ぶっきらぼうに言い捨て、耳を僅かに赤く染めながらそっぽを向く岩泉に、
主人役の山口は実習にも関わらず胸キュン…親指を立てて合格サインを出した。

「お見事です!ケンカップルに相応しい餌付け…『わたアメとムチ』ですね~」
「バカ!カップルじゃねぇよっ!」

その定番ツッコミも、素晴らしい様式美です…プラス5点差し上げます♪と、
山口は採点表に花丸を付けて渡す…これが、執事学科実技の主な流れである。
執事同士で切磋琢磨し、テクを学び合うという、合理的なカリキュラムだ。


「この授業…赤葦とペアじゃなくて良かったぜ。」
「あの人、ヤることなすこと…妙にエロいですからね~」

「アイツなら、黒尾の方に削らせて…自分が味見するんだぜ、きっと。」
「『黒尾さんは、ナニをヤらせてもお上手ですね』…って、赤い舌でペロリ。」

「『おや、ココにもおかかが付いてますよ』…って、黒尾の指先もペロリ。」
「『おい、ソコには付いてねぇぞ?』…はい、この先は『R-18』で~す♪」

だしを取る前に、完全に手玉に取ってしまう赤葦ごっこ…最高に笑える。
周りで聞いていた級友や教師も、岩泉と山口の『実習』に大爆笑し、
「赤葦は満点だ!」と教師も太鼓判…欠席のくせに単位をクリアしてしまった。

執事学科の結束は非常に強固で、全員が仲良し…朗らかで実に楽しいクラスだ。
これぞまさに相互扶助、別名『同病相憐れむ組(命名・赤葦)』である。


本校の生徒は、代々続く名家の御子息ばかりだが、全員が執事同伴ではない。
同伴しているのは、およそ3人に一人…全校生徒の半数が執事無のお坊ちゃん、
残りの半数が執事有の超ボンボンで、執事達は全体の25%弱になる。

主人と執事の関係性を見ると、大多数が岩泉や山口のような『幼馴染』で、
主人達と同じように、代々執事を担ってきた一族…こちらも特殊なお育ちだ。

「執事が家業だと、どこにも逃げ場がねぇ…職業選択の自由なんて絵空事だ。」
「しかも、主人が幼馴染…友人選択の自由もないんですよね~」

俺も山口も、甘いモンはあんまり得意じゃねぇってのに、
やれショートケーキだの、やれ牛乳パンだの…作るだけで拷問じゃねぇか。
俺は二度漬け醤油煎餅とか、海苔巻きあられとかで食事をシメてぇのによ…

「食の好みが合う…クロ赤コンビが、ちょっとだけ羨ましいよな~
   せめて朝飯だけは、アイツらんトコで『ザ☆和食』を食いてぇよ。」
「え~、俺は絶対ヤですよ。朝ごはんは特に…危険だと思いますけど?
   『食い散らかされた痕』を見ながらだなんて…生唾しか喉を通りませんよ。」

「………いやぁ~、やっぱり山口自家製の糠漬けは、だし茶漬けに合うな!」
「そう言って貰えると嬉しいです~♪残りは『お持ち帰り』でどうぞ~」


調理実習後、試食を兼ねた休憩タイム…執事達ならではの楽しみである。
実習メニューに合わせて、いつも山口が『もう一品』を持参して来るのも、
執事クラス限定のプレミアム特典…岩泉は絶対にこの授業だけは休まない。

全員でお茶漬けをズルズル啜りつつ、糠漬けをぱりぽり…
時間が許す限り、岩泉と山口はマッタリとお喋り休憩に興じることにした。



*****



「そう言えば、赤葦の奴…最近クソ忙しそうだよな。
   いくら主人が黒尾でも、本業やりつつの執事とか…ぶっ倒れねぇか心配だ。」

もしかして、アイツはストレスが色気に転化して、溢れ出る特異体質かもな。
山口も隣室なら、赤葦が度を越してエロくなった時は…ちょっと気を付けろよ?
凄ぇ面倒見が良いし、めちゃくちゃデキるイイ奴なんだけど、あのエロさは…
仕事ぶりとかは見習ってもいいが、そういうトコはあんま影響され過ぎんなよ。

まぁ、あれだけの大恋愛した末に…だから、仕方ねぇ部分もあるんだが、
あそこまで卑猥オーラだだ漏れってのは問題大アリ…山口が穢れたらマズい。

『R-18』もそうだが、エロさもそれとな~く漂ってくるぐらいが丁度良い。
万人を狂わせるような淫猥さに導かれたら…黒尾に呪殺されちまうからな。


「…って、おい山口、聞いてんのか…うわぁっ!?」
「岩泉さんっ!今の話…もっと詳しく!余すところなく教えて下さいっ!!」

岩泉が白菜の糠漬けを摘むと、黙って聞いていた山口がその手を鷲掴み…
キラッキラに瞳を輝かせ、岩泉の話にガッツリと食い付いてきた。

「その赤葦さんの話…もっと聞きたいです!大恋愛って…何ですかっ!?」
「ま、待てっ、バカ、近ぇよっ!…あ、そうかお前…知らねぇのか。」

あまりに執事学科に馴染んでいたから、スッカリ忘れていたが…
山口がこの学園に入って来たのは、今年の春からだった。
学園の歴史に残る大事件が起きたのは、昨年のこと…知らなくても当然だが、
あまりにセンセーショナルだったから、岩泉は周知の事実だと思い込んでいた。


まるで捨てられた子犬のように、ピュアでつぶらな黒目がこっちを見上げ、
「ねぇ、岩泉さん…教えて?」と、強烈に訴えかけてくる。
一体誰にそんなテクを習った…あ、保健の『視力検査』か…じゃなくて、
岩泉はギュっと瞳を閉じてその罠から抜け、片目だけ開けて『罠返し』をした。

「ダーメーだっ。俺からは…教えてやれねぇな。」
「あー!岩泉さんが『お茶目ウインク』なんて秘技使うとか…ズルいっ!」

頬をぷっくり膨らませて抗議の声を上げる山口の頭を、岩泉は笑いながら撫で…
今度は人差し指を口元にちょんと当て、『内緒のシ~♪』のポーズを取った。


「俺からは、ヒントだけやるよ。赤葦の本職は…知ってるよな?」
「はい!『調香師』さん…香りのスペシャリストですよね?」

「それが赤葦家の家業…あいつは元々、『主人』たり得る立場だった。
   去年入学して来た時は、執事学科じゃなくて…フツーにボンボン学科だ。」
「…えっ!?」

「その赤葦が、今は黒尾の執事に…経緯が知りたきゃ、あのバカにでも聞け。」

口元に付けた指先を、少しだけ後ろに反らせてから、岩泉は立ち上がった。
そして、「あ、岩ちゃんはっけ~ん!」というチャラい声が聞こえるより前に、
じゃぁな!と山口の髪をわしゃわしゃとかき混ぜてから、全力で逃走した。




- 【き】に続く -




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2018/09/08
(2018/06/15分 Twitter投稿)


 

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