内股膏薬








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「ねぇ山口。今度から魔女専用の軟膏…『飛び軟膏』を使うのはどう?」
「………何度も言うけど、魔女のクスリは、そんなにお安くないからねっ!?」

聞き取れるかどうかギリギリの早さで山口はそう捲し立て、布団に潜り込んだ。
そして、「今日はもうおしまい!」と、これまた超高速で一方的に宣言…
ギリギリのところで放置されてしまった僕は、宙ぶらりんのまま…ポカン。

いやいやいや、この状況で『おしまい』も有り得ないし、放置は酷すぎでしょ!
いくら山口側に主導権があるとはいえ…僕も黙っちゃいられない。
ベタベタの手をぶらぶらさせたまま、もごもご動く布団を足先でツンツンした。


「何で…怒ってんの?」
「怒っては、ないけど…っ!」

「じゃぁ、出て来て…説明してよ。」
「それは…未だ、言えないよっ!」

怒ってないというのは、本当だろう。
上司の顔色(声色)を読み解くのは、下積として必要不可欠な生存スキル…
僕の最愛の上司様は、怒っているのではなく…間違いなく焦っているようだ。
とは言え、山口が急に『おしまい』を宣言した理由は、わからずじまいだ。


現在の状況を、カンタンに言うと…
僕達が積み合うのに必要不可欠なスキンはあと2つ…今回の分は多分足りるが、
下準備としてなくてはならない『スルスル』グッズが、足りなくなったのだ。

代用可能なもの…デリケートゾーン用膏薬も、男所帯だとあるわけもないし、
内股膏薬又は股座(またぐら)膏薬…略して座薬?も、常備していない。
ハンドクリームは事務所の棚の中で、オリーブオイルは台所の吊戸棚の奥。
取りに行こうにも、片手は残ったジェルでベタベタ…ぶらぶらさせてるし、
下腹部も残ったモノでベタベタ(かつ、ぶらぶら)…アッチコッチに動けない。

手を拭いて探しに行っても、もし代用品がなければ探し損…どころか、
ギリギリ足りるかもしれない『残り』と『2セット目』も、大損してしまう。


魔女なら魔法で『スルスル』を自力で出して…と無茶を言いそうになった僕は、
賢明にもそれを口に出すことはなく、非常に重要なことを自力で思い出した。

魔女には、魔女ならではの『軟膏』があるじゃないか!
箒に乗って飛ぶ時に、箒と全身に塗るという…『飛び軟膏』が!!

魔女急便をしている時には、そんなモノを塗っているのは見たことがないけど、
もしかすると、常備薬?お守り?的なモノとして、持っているかもしれない。
きっとそれは、魔女のカラダに使っても安心安全な素材でできているはず…
保存料や香料、グリセリンは無添加でありつつ、トべるようなクスリだろう。


ダメ元ではあったけど、もしあるとするなら、それを使うのが合理的だ。
だから僕は、本当に何気なく、軽~い気持ちで聞いてみただけたっだのに、
飄々とした魔女様が『おしまい』を宣言するぐらい、珍しく動揺を見せたのだ。

   (アレとかコレとか、どうすれば…?)

ちゃんと続けるのか、本気でおしまいでいいのか、どっちつかずの状況に、
僕は途方に暮れ…再度足先で布団の端をツンツンし、上司の指示を仰いだ。
暫く黙って待っていると、布団の中からはやけにスローな小声が漏れてきた。


「『飛び軟膏』…勿論山口家にも、糠床の如く代々伝わるモノがあるんだけど、
   そう軽々しくは、使えない…かな。」

古の魔女達は、箒と全身に軟膏を塗りたくって、垣根を飛び越えて行き、
そこで神々と交わって、森の奥深くでサバト…『契約』をしていたんだ。

現代では、そんな古めかしい『儀式』をする必要なんて、実質的にはないけど、
形式的なモノ…『儀式』というカタチとしては、今もちゃんと残ってるんだ。
垣根を飛び越え、種族を越えて交わり、その相手と『契約』するような時…

「『箒に一緒に跨る』っていう『儀式』の時にだけ、今は使ってるんだよ。」


つまり、魔女にとってソレを使うってことは、その…そういうイミだから。
魔女以外は知らないコトだし、俺も言ってなかったから仕方ないんだけど、
こんなコトしてる真っ最中に、いきなりその話題だなんて、生々しいというか…

「は…恥ずかしく、なっちゃった…」

だからっ、怒ってるわけじゃないし『おしまい』って言っちゃったのも…

「ぅっわわわっ!!?」


上司が話してる最中だったが、僕はそれを遮って…器用に足で布団を剥がした。
そして、ベタベタの手で山口をお姫様抱っこし、立ち上がる素振りを見せた。

「この『ぶらぶら状況』で、アッチコッチするのは申し訳ないんだけど…」

あ、あと…ベタベタを山口の内股等にもいっぱい付けちゃって、ゴメン!
それを洗い流すという口実の下で、代用品の充実したお風呂にイきたいから…

「僕に捕まりながら、ちょっとだけ宙に浮いて…軽くなってもらっていい?」
「っ!!?もし俺が女性だったら…
   そのデリカシー欠如発言で、色んなイミで『おしまい』だったかもね~」


ムード台無しなセリフと、マヌケなぶらぶらに、顔を見合わせて大笑い…
僕は嬉しそうに浮かれる(浮く)魔女様とらぶらぶしながら、お風呂へ向かった。




- 終 -




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※飛び軟膏について →『既往疾速③
※魔女のクスリは… →『
再配希望⑨


2018/07/15
(2018/07/11分 MEMO小咄)
(2018/06/11分 Twitter投稿)

 

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