接続不動③ ~及川岩泉編~







お互いがいなければ、存在し得ない。
そんな共依存に近い空気感を醸す『仲良し幼馴染』なんて、見たくなかった。
だから俺は、仲良しには見えない『ドツキ漫才コンビ』の方を消去法で選択したというのに…

でもそれは、大いなる『見間違え』だった。



「ハァイ黒ちゃん他の皆様、お久しぶり~&ほぼほぼはじめましてっ☆
   …って、すっごい申し訳ないんだけど、まずはじめに、『はじめ』とカタつけさせてね~」

華だか何だかわからないけど、妙にキラッキラしたものを周囲に燦々と振り撒いてから、
本日二組目のゲスト・及川選手は、黒尾さんと茶をシバきはじめていたもう一人のゲストに、
思いっきり頬を膨らませながら詰め寄り、手にしていたおかきを取り上げ、声を荒げた。

「ちょっと岩ちゃん!どういうことか、そろそろちゃんと説明してくれるっ!!?」
「前に言っただろ。お前に大事な話がある…奴がいるってな。」

「最後の『…奴がいる』ってフレーズ、ここの玄関前ではじめて聞いたんだけど!」
「嘘は言ってねぇよ。」
「事実の一部しか言わないのは、真実より嘘側にいっちゃうやつでしょ!!!」

「ま、まぁ、及川さん。お茶でも飲んで、落ち着いて…」
「ありがと♪えーっと、赤葦ちゃん、だっけ?聞いてよ~、岩ちゃんったら酷いんだよっ!」


   お前に大事な話がある。
   だから、帰って来いよ。
   成田まで、迎えに行く。

岩ちゃんから突然のメッセージ。いつも通り時差はガン無視のね。
いつになく真剣で…俺に『帰って来い』なんて岩ちゃんが言ったのもはじめてだし、
俺が騙し打ちしたり泣き落としてないのに、岩ちゃんから迎えに来てくれることなんて…っ!

だから俺は、全ての予定をキャンセルし、地球の真裏から、真逆の12時間の時差を越えて、
30時間もフライトして、や~~~っとこさ帰って来たっていうのにっ!
待てども待てども岩ちゃんはお迎えに来ない…ようやく連絡だけ来た~!と思ったら、
仕事!の一言と、見知らぬマンションの住所…タクシー乗って、ここの玄関先でやっと再会!
黒ちゃん…日本バレー協会の依頼?漫画家インタビュー?対談?だとか…意味不明だしっ!

「そっ、それは、ご愁傷様…って、そんな曖昧な状態で、わざわざ帰国されたんですか?」
「どうせ聞いたって、岩ちゃん言ってくれないもん。酷くない?ねぇ、酷いよねっ!?」

「俺が何言ったって聞かねぇのはお前だろ、クソ及川。つーか、赤葦に絡むな。」
「ヤだね!岩ちゃんの方こそ、黒ちゃんと…って、チッガーウ!もっと大事な話があるっ!」


   俺はまだ納得してないからね!?
   一体いつの間に、いつの間に…っ
   岩ちゃん&俺の『ライバル』と、
   こ、こんいに…っ、許せないっ!

「俺に黙って海外行ったかと思えば、バッタリ会った牛若をその場で逆ナンしちゃった挙句、
   そのまま牛若のオトーサマに、二人で一緒にゴアイサツに行ったとか…はぁ~!?だよ!」
「はぁ~!?は、コッチのセリフだボゲェ!妙な言い方しやがって…っ!!」

「『こんい』にするだけなら、18,000歩ぐらい譲って職務上仕方ないとしても、
   『こんいん』だなんて、俺は絶対許さないから…まずは俺の許可を取りに来いよ牛若ぁ!」
「テメェは俺のオトーサンかよっ!!?」

あーあー、もうホント、やってらんないよね!
いつか俺と岩ちゃんの二人で、絶対に牛若を倒すぞっ!!そう誓い合った…十五の夜。
なのに、俺達二人のライバルと、俺のいない間に、こんい…とか、絶対有り得ないでしょ!
何そのドロッドロな展開、まるっきり少女漫画か昼ドラみたいじゃん超オイシイクヤシイ!

「だから俺は…アルゼンチン国籍を取った。」

たまたまブラジルでバッタリ会った、烏野のチビちゃん…日向に、
国籍のこととか、そういうメンドクサイ手続に詳しい人、知らない~?って聞いてみたら、
チビちゃんのパパ…『スポンサー様』に問い合わせてくれたんだよ。
そしたら、メンドクサイこと得意なヤツいるけど…って、黒ちゃんを紹介してもらったの。

「えっ!?まさか黒尾さんが、及川選手国籍変更の…教唆犯だったんですかっ!?」
「俺は事務手続を教えただけだ。元々、法律畑の人間…婚姻じゃなくて、離婚専門だがな。」
「世間は狭いと言いますか…妙なご縁があるものですね。あ、縁切りがご専門でしたっけ?」


そんなこんなで、俺がすんなりアルゼンチン代表入りができるように、
黒ちゃんには日本バレー協会との調整とか、すっごいいっぱいお世話になったんだよね~

「だから、岩ちゃんよりも俺の方がず~っと、黒ちゃんとはマブなんだよ参ったかっ!」
「参るも何も、俺は初耳だぞっ!アルゼンチン人になっちゃった〜♪テヘッ☆も、
   俺の許可を得ず、自分独りで勝手に決めて…全てが事後報告だっただろうがっ!」

「何で俺がアルゼンチンを選んだか…岩ちゃんには、わかる?」
「…っ、マラドーナやメッシと同じ、水色&白縦縞ユニフォームが着たかったから、だろ?」

「っ!!?そ、それも、あるけど…っう、羨ましいでしょ~?」
「クソ羨ましいに…決まってんだろがっ!!」

というわけで、俺のバレー人生最大のライバルである牛若と、
俺の人生最大かつ最高のライバル(って言っとけばカッコ良くない?)な、最愛の岩ちゃんと、
ついでに俺の最高に可愛くない弟子・飛雄を、最高の舞台でコテンパンにブチのめすために…
俺は黒ちゃんに結構な依頼料を払って、『こんい…』のために海を渡ったんだよ~☆

「…とまぁ、俺の自己紹介は、こんなカンジでいいかな~?えーっと、宇内センセ?」
「ぅえっ!!?あ、ひゃぃっ!!!」


いきなりキラッキラな笑顔と共に話を振られた俺は、驚きのあまり飛び上がってしまった。
ついでに思いっきり舌も噛んじゃった…いや、そりゃそうなるでしょ。
あまりに見事な『及川さん劇場』に、俺も赤葦さんも黒尾さんも唖然呆然。
好き放題喋り倒していただけかと思ったら、何か巧いこと対談ネタ風にまとめてある…っ!?

これ…『対談』というか、ホンットーに及川選手だけが一方的に阿阿阿ーーーっと喚き、
岩泉さんは吽吽吽。。。と、おかきを食べ続けつつも、時折鋭くツッコミを入れるだけ。
阿吽というだけあって、『対照的な談話』という意味での『対談』だった。

   (阿吽組と、同世代じゃなくて…よかった。)

俺の時代も、青城は県内屈指の強豪校だったけど、この二人が居た頃が、間違いなく最強だ。
巧みに選手と試合を操る『指揮者』…?いや、おそらくそう見えるだけ、なんじゃないか。

   (指揮棒?躾棒?を振るっていたのは…)

ひとり泰然とおかきを頬張る岩泉さんの背に、かつて見た『ある言葉』が浮かんで見えた。

   (『コートを制す』…っ!)


「黒尾、言っただろ?及川なんか対談に呼んだって、無駄…
   アイツの言いたいことを、言いたいように言うだけで、全然話にならねぇぞ?ってな。」

つーか、茶菓子にこのおかきを出すとは、余程気の利いた奴がいる…教育が行き届いてんな。
きっとそいつは、良い師匠に巡り会えたんだろうな。ったく、羨ましい限りだぜ。

「弟子を見れば、師匠がわかる…そういえば赤葦、影山の対談はどうだったんだ?」
「親の顔が以下略でした。」

   赤葦、お前とは気が合いそうだ。
   近いうちに、飯食いに行こうぜ。
   はぁ~、この渋茶、マジ美味ぇ…
   お代わり、入れて貰っていいか?

   対談はひと段落。ちょい休憩しようぜ。
   あぁそうだ。宇内先生、申し訳ないが…
   休憩の間だけ、ベランダお借りします。

「及川。俺に言いたいことがあるなら…」
「ない!ないですっ!何もないから…っ」

「………。。。」
「ないけど…俺もベランダ行くよっ!」


   (制しているのは…こっちの方、だ。)

無言&顎先の動きだけで及川さんを誘うと、岩泉さんはまずはじめに、脇腹チョップ。
二重サッシで声は聞こえなかったけど、及川さんの絶叫と音無しドツキ漫才がはじまり…
そこから目を逸らせながら、赤葦さんは「お茶葉、買って来ます。」と、部屋を出て行った。



*****




「こんな幼馴染も…いるんですね。」
「幼馴染というより、むしろ…」


リビングに残った俺と黒尾さんは、静寂の戻った室内に大きく息を吐き、
お互いに目を合わせないよう、ベランダの二人を漫然と眺めながら、話を続けた。

「日本代表スタッフとして、黒尾さんと岩泉さんは『同僚』的なポジションですけど、
   まさか及川選手とも親しかったなんて、全然知りませんでしたよ。」
「俺自身、及川と直接こうやって会って喋ったのは、実は今日がはじめてなんだよ。
   向こうは海外だし、連絡は電話かメール…阿吽セットも、勿論『はじめまして』だ。」

さすがは、あの影山の師匠…
影山がナニを『お見本』にして、日向ボゲェ!となったのか、よ~~~くわかったぜ。

「影山にとって、あの『ドツキ漫才』こそが、仲良しの象徴…だったんですね。」
「まぁ、及川デ~ッス☆じゃなく、岩泉だ文句あるかコノヤロー側を真似たのは…英断か。」

あの影山が、及川選手のごとく『日向ゴッメーン♪テヘッ☆』とキメる姿を想像しかけ、
俺と黒尾さんは二人同時に吹き出し…肩の力を抜いてソファーに背を預けた。


「ドツキ漫才にしか見えなくても、ボケ&ツッコミがなくても…見事な阿吽だったな。」
「ですね。見た目なんかじゃ、到底わからないけど…間違いなく二人は阿吽です。」

阿吽組最大のライバル・牛島選手とのバッタリと、その後のこんい…懇意に関しても、
全員まとめて倒す!と、アルゼンチン国籍を取ってしまったことに関しても、
唯一無二の相棒に対して、二人は何も語らなかっただなんて…ちょっと信じられない。

「でもアイツらは、お互いに…わかってた。」
「話さなくても、認めてくれると…確信していたんですね。」

及川選手も、岩泉さんも、『俺は許さない!』とか『俺の許可を得ず』とは言っていたが、
心情的には『許す』ことができなくても、相棒は必ず自分を『認めて』くれることを、
何の疑いもなく信じていた…本当に、信じられないぐらいの信頼関係じゃないか。

   (『阿吽』以外に、言い様がない。)


「以前、代表チームの面々に、チームの司令塔として最も嫌な奴は?って聞いてみたんだ。」

そしたら、日向影山、そして牛島と岩泉の四人が、『及川徹!』と即答したんだよ。
それを聞いた首脳陣は、何とか及川を日本代表の中枢神経系に組み込もうとしたんだが…
結果として、首脳陣が最も恐れた『他所の司令塔』ってカタチになっちまったんだ。

「アイツだけは、敵に回しちゃダメだった…って?」
「首脳陣はそう嘆いたが、くだんの四人はこう即答…『アイツを倒せるのが嬉しい』って。」

俺、実はウエから物凄ぇドヤされたんだ。
一試合でもいいから、口八丁で及川を『日本代表』として出してしまえばよかったのに…
そうすれば、アルゼンチン代表にはなれず、厄介極まりない敵を減らせたのに、とな。

「俺が国籍変更手続補助とか、各方面に『イロイロな調整』をしたから…」
「その『調整』があったおかげで、日本代表の士気は爆上がり…さすが腹黒策士☆ですね?」


及川選手を見習って、俺も精一杯『テヘッ☆』をやってみたけど、黒尾さんは…キョトン。
完全にスベった~っ!と、おかきを割り砕いて場を取り繕っていたら、
同じ勢いでおかきを頬張りながら、黒尾さんがボソっと呟いた。

「宇内先生と、岩泉が言外にそう労ってくれたから…俺は十分、報われましたよ。」

今度は、俺の方が…キョトン。
見慣れない黒尾さんの『テレッ☆』顔に、俺は咄嗟に後ろを振り返って『殺意』を探査…
幸いにも(不幸にも?)、その顔を見せてあげたかった誰かさんは、まだ帰って来てなかった。

   (アナタ達こそ、及川さんを師匠に…っ!)

脳内でそう絶叫していると、二重窓すら軽快に揺らすリズムが、ベランダから響いてきた。
お互いのボディに拳をガンガン入れながらも、阿吽の二人は楽しそうに笑い合っていたのだ。


「なぁ先生。何で及川がアルゼンチンを選んだか…わかるか?」
「う~ん?『ア』るぜんち『ン』で、最初と最後を接続したら『阿吽』になるから…とか?」

『阿』と『吽』は、サンスクリット語の最初と最後の文字だから…って、んなわけあるかい!
あー、いや待て。案外それが正解っていう選択肢も、アリっちゃアリかもな。
公式発表?的には、及川が尊敬する元アルゼンチン代表選手に師事するためだったらしいが、
及川は『元専門家』の俺に、大真面目な声でこう伝えてきたんだよ。

   日本の真裏。時差も真逆の12時間。
   ものすごく『阿吽』感満載ですし、
   アルゼンチンは南米で一番最初に、
   同性婚が認められた国…ですから。

   チャンスはいつ来るか、わからない。
   だから、『選択肢』は多い方が良い…
   俺はそう思っ…願っているんですよ。


「物凄く真面目で礼儀正しく、地道な努力を続けられる、非凡かつ直向きな賢人。
   それが、俺の及川に対する印象…今日はじめて直接対談しても、それは変わらなかった。」

   及川の流出は、大失敗だったかもな。
   冗談抜きで、及川に師事してみたい…
   アイツを見習うべきなんだろうなぁ。

「俺は心底、阿吽組が…羨ましいよ。」


微かに黒尾さんが心の『内』を開いた瞬間、ベランダとリビングも同時に『外』から開いた。
そして、誰もが何事もなかった顔をして、休憩時間は終わり…対談は再開した。




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2021/01/28 

 

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