接続不動③ ~月島山口編~







愛弟子で遊びたかった…これも、嘘じゃない。
でも本当は、言葉じゃない部分で通じ合ってそうな、『阿吽組』と会いたくなかったから。
…何となく、会わせたくなかったから、だ。

だが、どうやら俺は、選択をミスったようだ。



「よぅツッキー。久しぶりだな。」
「…どうも。」
「この度は、インタビューにお招き下さり、ありがとうございます…でしょ、ツッキー!」
「…だ、そうです。」

まったくもう!相変わらず、黒尾さん…お師匠さんに対して、素気ないんだから。
黒尾さんと木兎さんのおかげで、僕の今がありますっていうのを、今日はちゃんと話してよ?
こういう特殊な機会でもないと、ツッキーは来世生まれ変わっても絶対言えないんだからね~

「…うるさい、山口。」
「うるさくない山口に、なってもいいの?それなら、コレ…ツッキーから御挨拶してよ。」
「………。」

…あっそ。嫌なら俺が喋るから。
都合が悪くなったら、す~ぐダンマリ。
俺に対してならいいけど、インタビューには誠意をもって、きちんとお答えするんだよ?
では、改めまして…

「この度は、月島蛍を対談に御指名下さり、ありがとうございます!
   宇内先輩には珍しいというより、懐かしい地元の銘菓…皆さんで召し上がって下さいね。」


爽やかな笑顔と共に、スっと差し出された菓子折り。
全国的に知られる『仙台銘菓』ではなく、近所で愛される小さな老舗のおかきセット…
じーちゃんばーちゃんが、おこたでちょいちょいつまむ系の、和みの友だ。

「うわぁ~、これ、大好きなんだよ!コッチで手に入らないから、すっごい嬉しいよ!」
「俺も、おかきは大好きだ。サンキューな!」
「お気遣いありがとうございます、山口君。」

俺のうろ覚えの記憶ですけど、黒尾さんと赤葦さんも、合宿中は割と渋いお食事だった…
唐揚より焼魚定食、スイーツよりおにぎりだった印象なんで、甘味よりはこちらかなぁ~と。
だから、スイーツ好きなツッキーと、唐揚ラバーな賢太郎さんが選ばないものにしました!

「山口、さすがに喋り過ぎ。ここに居ない人のことまで、言わなくてもいいでしょ。」
「やっぱ俺、賢太郎さんの方が対談に相応しいと思うし…少なくとも、一般人の俺よりは。」

「僕だってそう思うけど、黒尾さんと赤葦さんがわざわざ山口を指名したんだから。
   たとえ僕達の対談がスベっても、全責任は二人…宇内さんにはそんな権限なさそうだし。」
「ちょっとツッキー!そういうトコだけ、はっきり言っちゃ…ダメだよっ!
   たとえパワーバランスが見え見えでも、触れないでおいてあげるのが大人の優しさだよ?」


まっ、マズい。
これも、日向影山組とは別の意味で、対談にならないやつ、かもしれない。
俺達そっちのけで、幼馴染トーク全開…さすがの黒赤コンビも、唖然として固まっている。

月山組の見え見えなパワーバランスに引き摺られ、山口のペースになってしまわないよう、
この場のヒエラルキー最下層の俺が、烏野の先輩として…何とか幼馴染達に割って入った。

「あのさ、『賢太郎さん』って…誰?烏野のチームメイトに、そんな人いたっけ?」
「いえいえ、烏野じゃなくて…ツッキーの『現在の』チームメイトですよ~」
「仙台フロッグスの…?」
「賢太郎…京谷選手か!」

チームメイトには、同い年の貫至君…伊達工業出身の黄金川選手もいるんですけど、
どちらかというと、ツッキーは1つ上の賢太郎さん…青城出身の京谷選手と仲良しなんです。
二人共、おクチは達者なのに大事なことは全然喋らない似た者同士だから、気が合うのかな?
俺も含めた三人で、時々飲みに…実はそのおかきも、賢太郎さんが用意してくれたんですよ~

ついさっきまで…昨夜から三人で徹夜呑みしてたし、仙台駅まで送ってくれたついでに、
どうせ対談が二人から三人に増えても大差ないから、賢太郎さんも一緒に行こうよ!って、
何だかんだ言って、新幹線に引き摺り込んで東京駅までは連れて来てたんですけど…

「俺達の対談の後、及川さんと岩泉さんも入れ違いで来るらしいよ~って言ったら、
   仙台に戻る新幹線に飛び乗って、帰っちゃった…好きでたまらない先輩達なんですね~♪」
「山口。お願いだから、その辺にしといてあげて。京谷さんが、浮かばれない…っ」
「あはは♪ごめ~ん、ツッキー。」
「少しは本気で謝って欲しいんだけど。」


というわけで、ついでと言っては大変申し訳ないんですけど、
こっちの紙袋…同じおかきセットを、及川さん達に渡して貰ってもいいですか?
予備に持ってけ!とか言って、俺の鞄に強引に突っ込まれたんですけど、
賢太郎さんが敬愛してやまない、岩泉さんに渡して欲しいのがバレバレでしたからね~

「もうホント、可愛い人♪だけど…
   口で言わなきゃ、伝わんないのにね。」

   自分の内にだけ秘める、大切な気持ちって、
   相手に伝わらないから、『気持ち』のまま。
   言葉で言えたら、もう気持ちとは言わない…
   それは、相手に伝わる『想い』になるんだ。

「どんなに長い付き合いでも、どんだけ気持ちが見え見えだったとしても、
   自分の言葉でちゃんと相手に伝えなきゃあ、想いは届かない…それは無いのと一緒だよ。」

ほらツッキー、ずっとずーーーっと、言いたくても言えなかった気持ちを…
『対談だから仕方なく、師匠に花を持たせてあげますよ』風を装っていいから、
冥途の土産に、ズバっと言って…俺にカッコイイとこ、見せて?…3、2、1、ハイどうぞっ!


「高一の夏、第三体育館で…貴方達と出会えたことで、僕の人生は大きく変わりました。
   相変わらず世話焼き係な貴方達を…今後も反面教師とし、遠〜く仰ぎたいと思ってます。」

   僕は、他の誰かの世話を焼く人生ではなく、
   世話を焼き続けて貰う道を、選ぼうかなと。
   たまには、えぇカッコするのをやめてみて、
   素直で可愛い弟子を見習うのも、悪くな…っ

「よ~し、言いたいことはそれだけか?俺の可愛くてたまんねぇ、お弟子ちゃんよぉっ!?」
「痛っ!まだ全部言ってな…僕の罵詈雑言も、言わなきゃ伝わらないはず、ですよねっ!?」
「誰が俺の腹黒さまで見習えと言った!?そういうトコは、見て見ぬ振りをしとけっての!」
「尊敬してやまない師匠を、見よう見まねで見たまんま真似る…僕、デキる弟子ですから!」


こっ…怖い。

満面の『営業スマイル』で素直に罵り合う、黒尾さんと月島弟の師弟コンビ…よりも、
それを完璧な『営業スマイル』を湛えたまま、ニコニコ眺めている、本職(天職)営業の彼…
かつては烏合の衆を全国三位まで導いた主将、今は東北を代表する超大手企業の正社員たる、
穏やか好青年代表・山口忠の笑顔が、俺は怖くてたまらなかった。

   (これが、歴代最強の、烏野主将…っ)

きっと、あの人当たりの良い優しい笑顔の根底に、強固な意思と芯の強さを敏感に感じとり、
取引相手も、変人速攻コンビも、生意気月島弟も夜露死苦狂犬君も、彼に敵わないのだろう。


「あははっ♪相変わらず仲良し師弟コンビで、ホ〜ント…妬けちゃいますよね〜?」
「っ!?え、あ、はい…それに比べて、山口君は成長著しく…驚きを、隠せません。」

急に爽やかスマイルを向けられた赤葦さんは、すんでのところで飛び上がるのを堪え、
ガチガチに固まった唾を飲み込みつつ、底知れぬ我が後輩を称讃した。
だが山口は、赤葦さんからの素直な賛辞に、少し寂しそう?な微笑み返した。

「表面上では、もしかしたらそう見えるかもしれませんけど、
 俺の『気持ち』的には、あの頃と全然…変わってませんから。」


   (あっ…同じ、『視線』だ。)

ほんの一瞬だけ揺らいだ、視線の先。
その『意味』を考える隙を与えず、対談やっちゃいましょう♪と、山口は赤葦さんを促した。



*****



緩衝材?潤滑剤?な山口のおかげで、インタビュー自体は実につつがなく進行した。
対談相手には伝わるニュアンスや空気感でも、『この場』に居ない人にはわからない…
記事になる文字、つまり言葉で表現しないと、ツッキーの真意は伝わらないんだよ?と、
俺達の今後にも随分と『ためになる』ことを、山口は何度も言い聞かせてくれた。

「ツッキーの顔を見るにつけ…昔から散々、言われ続けてきてんだろうな。」
「今後の対談も、全て山口君にお願いしたい…一朝一夕にはできませんよ。」
「おそらく、ウチの後輩烏達や、黄金川・京谷両選手も…山口の躾を受けてるんですね。」

山口のおかげで、月島弟の毒が中和され、言葉の裏にある真意も垣間見えてきたし、
京谷選手達の可愛いトコも、ついでに知ることができたのは、予想外の大きな収穫だった。

月島弟も、京谷選手も、山口がビビって敬遠しそうなタイプの人種かと思っていたけど、
だからこそちゃんと話し合って、相手の正直な『気持ち』を知ろうとする…
見た目に捉われず、真正面から向き合ってくれる山口に、皆が胸襟を開くのだろう。


「山口君…末恐ろしい成長、ですね。」
「あぁ。だが俺は、愛弟子の成長も…」

黒尾さんの嘆息に、赤葦さんも俺も似たり寄ったりの表情を見合わせ、同じく苦笑い。
三人共が、月山組のやりとりを目の当たりにして、同じような感想を抱いたらしい。

「言葉にしなければ、『気持ち』はちゃんと、相手には伝わらない…」
「あれは、ツッキーじゃなくて…山口自身に言い聞かせてたんだな。」
「山口は月島弟に、まだ自分の『気持ち』を…伝えられていないんだね。」

勿論これは、月島弟の方も同じだ。
でも、『山口の尻に敷かれてる風』を装うことで、月島弟は徐々に『想い』を表に出し、
俺達にすら見え見えなぐらい、あからさまなメッセージを発していた。

「僕は、山口の夢見る『カッコいい』憧れの存在なんかじゃない…と。」
「僕だって、山口と同じ欠点だらけの『普通の人間』なんだから…と。」
「そろそろ山口も、隠し続けてきた『気持ち』を、言葉にしてよ…と。」

   賢太郎さん・貫至君と、山口が言うたびに、
   精一杯イヤそうな顔をして、話を遮断する。
   見え見えな『気持ち』を無様に晒しながら、
   毒の中に、一生懸命『想い』を混ぜている…


「ホンット、俺の生意気な愛弟子は…
   素直で不器用で、クソ可愛いよな。」

   一体、どこの誰に似たんだか…

黒尾さんは5個セットの湯呑を重ねる音に被せながら、ごくごく小さく囁くと、
ちょっと電話してくるな〜と、キッチンに湯呑を置いてから、リビングを出て行った。



*****



「何とか無事に、対談できましたね。」
「『通訳』の偉大さを、痛感…かな。」


黒尾さんが職場のドアを閉める音が鳴ってからキッチリ3秒後、赤葦さんは安堵のため息。
だけど、思わず漏れたその『安堵』が、一体何に対するものなのか、
赤葦さん自身にも未だハッキリわからず…わかろうとするのを拒否するかのように、
俺の関心を『他人事』に向けるための、世間話を振ってきた。

「宇内さんは、あの二人…今後、どうなると思いますか?」
「赤葦さんは、あの二人に…どうなって欲しいんですか?」

質問に質問で返さないで下さい、と言われる前に。
俺はクロッキー帳とペンを取り出し、『編集者の意見』を聞く姿勢を装った。
赤葦さんは一瞬だけ息の塊を吐くと、見慣れた仕事モードの顔を作り、ハキハキと答えた。


「これは、編集者と言うよりも、むしろ一読者としての要望ですが…」

どこの誰に似たのでしょうか、不器用はなはだしいお二人さん…
今はギリギリのところですれ違い、『気持ち』が繋がらない状態に陥っていますよね。
もどかしさといじらしさ、期待渦巻くドギマギ感が、読者としてはたまりませんけど、
この状態が延々続くプロットは、駄作の極み…変革がないと、『ウダウダてんまつ』です。

お互いの『気持ち』が、お互いに向き合っているだなんて、とんでもない天文学的幸運です。
それなのに、見せかけの安寧に甘え、気持ちを想いにしないのは、臆病…いえ、怠慢です。

「本当に…勿体無い。」


漫画のように、ドラマティックなアクシデントによって、事態が好転することなんて、
現実にはほとんど起こり得ない…『気付いたら三十路』が、自然の摂理ですからね。

しかし、二人だけでは『ダラダラなぁなぁ』な慣性の法則を打破できないのも、無理はない…
そこはやはり、外圧がなければ動けないのは、漫画も現実も全く同じですよね。
最終ページのラスト2コマや次号予告で、変革の予兆を見せないと、相手も読者も離れます。

「引っ張るのも、そろそろ限界…でしょう?」

俺が今まで…月山組と対談するまで抱いていたのとは、全く別の意味で、
『幼馴染』ほど心躍り、厄介なカンケーはないと、遅ればせながら悟ったところですよ。

「幼馴染なんて、クソ喰らえ…ですね。」


『幼馴染』を知り得ない俺が、二人を手助けしてあげることは、きっとできないでしょう。
でも、外圧のきっかけになることなら…今回の対談が一役買ったとしたら、本望です。
願わくば、お節介な何処ぞのお師匠様が、なんやかんや焼き過ぎない程度に猫の手を貸し、
この場を接続点にして、月山組が動き始めるといいなぁ、と。

「こう見えて、実は俺…
   ハッピーエンド至上主義なんですよ。」


「俺も、全くの…同意見ですからっ!!」

無意識の内に『何処ぞ』へ視線を漂わせ、淡い表情を湛えた赤葦さんに、
俺は『何処ぞ』にも届くよう、力一杯の賛同を表した。




- ③阿吽編へGO! -

- ④へGO! -




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2021/01/15 

 

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