接続不動②







「つ…っ」
「疲れた…」
「…だな。」


本日のゲスト達を玄関先まで丁重にお見送りして、リビングに戻ってきた俺達は、
さっきまで座っていた場所に撃沈…グッタリと天を仰ぎ、そのまま暫く茫然。
HPよりもMPを使い切った顔で、冷めてしまったコーヒーの残滓を喉に流し込んだ。

「一体ナニを燃料にして…延々動き続けていらるんだろうな?」
「お茶もお菓子も質問も、平等に与えないといけないなんて…」
「お互いの存在そのものが、全ての原動力…双子以上に厄介かも?です。」

「とりあえず…人選ミスを心から謝っとく。」
「こちらこそ…力及ばず申し訳ありません。」
「いや、俺らは悪くない…と、思いますよ。」


先日、我がデキすぎる担当編集者と、毎週金曜日に打ち合わせに来るバレー協会の御客様が、
ただでさえ週刊誌連載中で死にかけの俺に、生き生きフレッシュな新企画を持って来た。

   『これからは、協会も全面協賛するぜ!』
   『共にバレー界を、盛り上げましょう!』

野球やサッカーに比べてしまうと、競技人口も人気もイマイチなバレーボールだが、
球技としての面白さは、それらに引けを取らない…物凄〜くおもしろいんだぞーーーっ!と、
いくら協会のオエライサマ方が(予算を使って)絶叫しようとも、大した効果はない。

大人数が必要なチーム戦の球技を、大人になってから新たに楽しもうとしても、
家庭・仕事・友人関係だけでなく、 時間や体力、心に余力がなければ、非常に難しい。
中でもバレーボールは、年齢を重ねれば重ねる程、重力に抗うことが厳しくなるため、
『不惑からバレーデビュー』なんてのは、敷居も網も血圧も高すぎる話だ。

そうなると、競技人口を増やすためには、これから伸び盛りのヤング達を引き込むしかない。
これは、少子化が進む現在においては、全てのレジャー産業に共通する課題ではあるのだが、
どんなものであれ、人々(年齢問わず?)を虜にするのは、『遊び』と『夢』の世界だ。

「漫画とアニメ、そしてゲーム。『好き』の入口は、『楽しい』気持ちですからね。」
「特にヤング達を惹き込むには、『楽しい』を通じて、知ってもらうことが一番だ。」


何の競技でもいいから、若いウチにスポ根に目覚めさせておけば、
将来的に全スポーツ界に恩恵がある…元卓球部が、三十路前からフットサルデビューしたり、
三十路半ばから草野球チームに入団して、毎年バットを買い替えたり…御得意様に成長する。

「この間、宇内先生宛に大変珍しいファンレターが届いたんですよ。
   所属する草野球チームに、元バレー部がいた方で…バレーもやることになったそうです。」
「ルールを覚えるために、たまたま本屋さんで見かけた、俺の漫画を手に取ってくれて…
   そこから、スポ根にドン!と火が点いて、漫画全巻とボールを買って帰ったそうです。」
「へぇ~、そういう『入り方』もあるんだな!凄ぇ参考になるが…相当レアケースだな。
   やっぱ、一番力を入れるべきは、若いウチに『入ってもらう』ことだろうな。」


万人が熱狂する、メジャーな競技ではないかもしれない。
だが、マイナーゆえにコアな魅力に憑りつかれて、ディープなスポ根に染まり易い…
多様性を重んじるこの時代、マイナー競技のヤングなファンをもっともっと大事にして、
いち競技ではなく、スポーツ界全体にカネを落とすようなオトナに育て上げるべきでしょう。

   『ヲタクが経済を回す軸となる…
      それが、我らがニッポンです!』

…と、文部科学省だかスポーツ庁だかの超オエライサマ方に熱弁を振るいまくり、
青少年育成ナンチャラとか、ホニャララ振興予算だとかをあれよあれよともぎ取り、
若くしてバレー協会の中核として、振興事業推進に三枚舌をフル回転させているのが、この…

「先生、ちょい待ってくれ。俺は猫舌だが…三枚下ろしにした覚えはねぇぞ?」
「せめて、バレー界の未来をその猫背で背負って立つ…ぐらいにしませんか?」

要は、スポ根とヲタクがタッグを組めば、最強である…という、宇宙の真理を追究すべく、
ヤング達をバレー界へ誘う、最も効率的かつ真っ直ぐな『入口』として、
協会の化け猫が猫手で招いたのが、ヲタク界を牽引する俺…じゃなく、俺の担当編集者様。


「何を『入口』にしたって、いいじゃないですか。『好き』が増える、即ち…幸せの倍増。」
「先生の漫画ファンが、バレーを好きになり、バレーファンが漫画にハマる…相思相愛だ。」

「俺達二人で、ニッポンのスポーツ界とヲタク界に…幸福を回していこうぜっ!」
「はいっ!俺と黒尾さんで、ニッポンの経済を回し…愛と平和を齎しましょう!」

こうして、何処ぞの新興宗教団体の開祖&最高幹部っぽいダークネス&ブラッディコンビは、
ニッポンのミライはWow Wow Wow Wow~♪と、まずは手近な生贄に仕事を回し始め…
俺は目を回しながら、バレー協会とのコラボイベントや、各種企画に振り回されている。


   ファンを掴むには、まず知ってもらうこと。
   愛着を感じることが、ヲタクの第一歩です。

…えぇ。そのぐらい、俺もわかってますよ。
ファンレターをくれたレアモノさんも、今では練習試合の帰りにグッズショップに寄ったり、
そこで買った俺の漫画キャラグッズを使って、元々は釣具用の工具で工作を始めたらしいし、
どっち方面の入口から入るか?なんて、全然関係ない…入口は多いに越したことはない。

どんなカタチであれ、俺の漫画やバレーを好きになって、愛してくれる人が増えるのは、
『繋がり』のきっかけを作った身としては、本当に嬉しくて幸せだと思っている。
俺を『接続点』として、各方面へ幸せを振り撒く策を練り、努力し続ける黒赤コンビを、
俺は心から尊敬し…ちょっぴり畏怖しつつも、心の底から感謝しているから、
彼らの練りに練られた策を信じ、的確な助言に対してノーは極力言わない(言えるわけない)。

でも、今回の策は…
おそらく大正解で大成功だろうけど、俺達への負担を計算しきれなかった点で、大失態だ。


「漫画の最後に、Vリーグ選手へのインタビュー記事を載せる…知ってもらうには最適です。
   でもでもっ!初回のゲストがアレなのは、明らかに大失敗ですよねっ!!?」

この連載を始める原動力となった、仙台でのVリーグ観戦。
その後お試しに(穴埋めで)やった、木兎選手へのインタビュー記事が、方々で大好評を博し…
ぜひ定期的に様々な選手を取り上げて欲しい!と、協会側から正式に依頼されたのだ。

「誰にインタビューしても、木兎さんよりはマシな記事になりますよ…って、大嘘じゃん!」
「それは、俺も計算外で…っ」
「申し訳なかったとしか…っ」


どうせなら、単純なインタビューではつまらないので、対談形式にしてみませんか?
それなら、一気に二人紹介できてコスパも良いし、話題性も二倍じゃなくて二乗だ。

…アンタら、天才かっ!?
その提案を聞いた時には、俺もそう思ったよ。
初回はニッポンを背負って立つ、ネームバリューのある二人が良い…それも間違ってない。
ゲストの二人が、実は作者の後輩で、片方は作者を目指してバレーを始めた…カッコ良過ぎ!
対談のオファーだって、アイツが出るなら俺も出る!と、一字一句違わず快諾してくれた。

それなのに、いざ蓋を開けてみると…


「俺の後輩共…あんなアホだったのか。。。」
「あの二人をまとめてたとか、澤村の胃と頭頂部、よく死ななかったな…っ」
「木兎さんの愛弟子と、その好敵手…俺ごときの手には到底負えません…っ」

   初めて出会ったその日に、ライバル認定。
   二度目に会った日から、まさかの仲間へ。
   ネットのアッチとコッチを行き来しつつ、
   前にいても、横にいても、二人は永遠に…

「まるっきり少年漫画の王道…これ以上の素材なんて、有り得ないっていうのにっ!」
「互いに認め合い、絶対に認めたくない。唯一無二のラスボス。憧れのカンケーなのにっ!」
「実態は、出会った頃のまま。ガキ同士が、取っ組み合いのケンカ…夢を壊すなってのっ!」

やれ日向の方が柿よりピーが多いだの、やれ影山の方がミルク多めに入れてもらっただの、
俺の方がブラックに近いコーヒー飲めたからオトナ度で勝った!だの、
柿ピーを天井に投げて、口でキャッチできた数は、俺の方が勝った!だの…
対談どころの騒ぎではなく、ひたすら子守に明け暮れる時間だったのだ。

「宇内先生よ…後輩の指導がなってねぇぞ。」
「誰を目指したら、あんな風に育つのやら…」
「いやいや…俺はカンケーないですからっ!」


妖怪世代を代表するお節介組(世話焼き苦労人属性)だった、天下の黒赤コンビをもってしても、
日向影山の変人速攻コンビを御することは不可能…ホントに大丈夫かニッポン代表!?

現役時代の合同合宿中に、日向単体とは共に汗を流した時間はあったものの、
影山との直接的な関わりはほとんどなく、試合外でのセットは、黒赤組にとって未知の存在。
試合中よりも更に手の付けられない勢いに振り回され、三人はヘトヘトになってしまった。

「俺ら自身が妖怪世代…知人ならではのリラックスした姿を見せようとしたのが、逆効果。」
「宇内さんちのリビングを対談場所にしたことも、裏目に…緊張感のカケラもありません。」
「今日のガキんちょ大騒ぎを、記事になんて…無理ですよね、どう考えても。」

大人気連載中のスポ根漫画家御一行と、漫画以上に超人的な現役選手達との、
親密でフレンドリーな『おウチ対談』は、話題性もピカイチ…最高の企画のはずだった。
自分達への負担こそが超人的かつ妖怪並だと、初っ端に気付かされた三人は、
今後の対策を話し合う前に、茶饅頭を頬張りグデグデな『おウチタイム』に突入した。


*****



「ライバル…か。」


宿敵。対抗者。好敵手。
同等もしくはそれ以上の実力を持つ競争相手。
物語の中では、特に主人公の対を成す存在として描かれることがセオリーだ。

「誰と誰、どことどこがライバル関係にあたるか…焦点の位置によって変わりますよね。」
「例えば『ゴミ捨て場の決戦』なら烏野と音駒だが…『梟谷グループ』だと猫と梟だな。」
「漫画なんて特に、ライバルがいないとネタに困る…ある意味、作家と担当編集もそう?」

おや、いつから俺と宇内さんが、『同等もしくはそれ以上』になったんですか?という、
白々しく寒々しい視線をスルーし、身体を斜めにして『真横と対面』に焦点を切り替えた。


「そういえば、梟谷の主将と副主将のパワーバランスって…同等もしくはそれ以上?」

先日の仙台インタビューでの、木兎選手と赤葦さんの(若干意味不明な)やりとり。
同じチームの先輩後輩でありながら、体育会系序列に逆らいツッコミをぶち込む姿を見て、
横で見ていた俺の方がヒヤヒヤ…でも、それが当たり前風の二人が、不思議でならなかった。

「先輩より上に立つって…やりにくくない?」
「梟谷のレギュラー陣は、学年関係なく仲良しだったが、『ベンチ外』がどう思ってたか…」

スポーツ推薦もある、都内名門私立・梟谷学園。
いくら絶対的エースと『同等もしくはそれ以上』の実力と、妖怪並の鈍感さがあっても、
ベンチにすら入れなかった上級生達からの嫉妬や、特別扱いに対する同級生達の羨望…
赤葦への『風当り』は、見えない部分では相当キツかったんじゃないだろうか。

   (シタがレギュラー取ると、どうしても…っ)


俺の問い掛けに応えたのは、赤葦さんではなく外野の黒尾さんだった。

「猫の目線から見てると、木兎も赤葦も『同じくらいの高さ』だったが、
   下の方で轟いていた風も、時々ヒゲを掠めてはいた…よく煽られ飛ばされなかったよな〜」

高みに居る梟達には見えない、ずっとずっと下方では、当然『逆風』も渦巻いていたはずだ。
黒尾さんは一歩引いた所から、そんな空気の流れを敏感に察し…
おそらく、『高み』には気付かれない程度に、こっそり気を回していたんじゃないだろうか。

「ウエを押しのけて、シタがチームの核になるのは…大なり小なり風が起こるからな。」


   (それは、梟の話?それとも…っ)

どこか遠くを見つめながら呟いた、黒尾さんのフォローに、俺は息を僅かに飲み込んだ。
気付かない振りをしていたけれど、周りで渦巻く『風』の慟哭は、俺にだって聞こえていた。
ウエを飛ばしてしまったシタも、多少の差こそあれ、内心では『風』を感じ…重みを覚えた。

   (影山、赤葦、俺。はたまた、別の誰か…?)

だが、淡くぼかしたその視線と焦点に、赤葦さんはやや不機嫌そうにそっぽを向くと、
バリバリ音を立てて口直しの煎餅を割り砕き、こちらも焦点を巧みに逸らせ風を割り切った。


「俺と木兎さんが『同等もしくはそれ以上』ですって?御猫様は本当にド近眼なんですね。」

猫が下から仰いでいたら、俺も木兎さんも同じぐらい『上』に見えたかもしれませんけど、
あの人はウチのスター…上は上でも、梟と星では高度の次元がまるで違いますから。
俺ごときが木兎さんのライバルになろうなど、烏滸がましいを通り越して罰当たりですよ。

「たとえ猫や烏では許されても、俺自身がそれを許しませんから。」

俺は、死に物狂いで星に向かって風を送り続けた、ただの梟…下を見る余裕なんてなかった。
それに、スターと『対等』になったことなど、一瞬たりともありません。

「そもそも、学年が違う…『ライバル』と書いて『友』と読む関係にも、なり得ません。
   この先も、ずっと…それは変わりません。」


真正面から放たれた、赤葦さんの強い言葉と視線に、
黒尾さんはごく一瞬だけ複雑な表情を見せ、すぐに湯呑をあおって顔を隠した。

そして、急須からゆっくりと新たなお茶を注ぎ直しながら、
作り損ねの歪んだ笑顔の端から、ポソリと言葉を零した。


「どんなに高い場所を飛んでても、猫にとって梟は対等な競争相手…ライバルだ。」

勿論、同い年の木兎は、俺にとって唯一無二の『友』には違いねぇけど、
たとえ『友』と書いても、『ライバル』とは読めねぇ…
バレーを抜きにしても、木兎光太郎個人に、黒尾鉄朗が勝てるとこなんて、何ひとつない。

「どの目線から見ても、俺とアイツは対等には映らない…この先もずっと、な。」

同い年で、同じチームで。
何の迷いも躊躇いもなく、互いを対等のライバルだと言い合える関係…
日向と影山のコンビが、ほんのちょっとだけ羨ましく思うよ。

「俺は、同じくらい…っ」


「さ~てと!気分を切り替えて…
   次のゲストは、誰がいいだろうな~?」

何かを言いかけた赤葦さんを、明らかに気付かない振りで黒尾さんは遮りながら、
次回のゲスト人選について、満面の笑みで俺に話題を振ってきた。
赤葦さんはそんな黒尾さんの態度に対し、『何か』を飲み込み…視線を落とし手帳を開いた。

「では、宇内さんのリクエストを、お聞かせ下さい。それを元に…各種調整致します。」


黒赤どちらともが、あえて焦点を躱して『ライバル』について語ったことも、
それに気付きながら深い追求をわざと避けたことも、俺達三人共が察していたけれど、
その『理由』までちゃんと見えたのは、別の位置にいた俺の目線だけだろう。

   黒尾さんから見た、木兎赤葦コンビ。
   赤葦さんから見た、木兎黒尾コンビ。
   そのどちらも、同じ視線の『意味』…

   (二人にとって、木兎は…『ライバル』だ。)

あぁ、もぅ、焦ったい。
どうして二人は、どういう意味で『ライバル』なのか、自分自身を顧みないんだろうか。
それにちゃんと向き合えば、繋がり始めた黒赤の未来だって、前へ動き出すはずなのに。

   (『接続点』は、この場所。この…俺だ。)

バレー界とヲタク界、そして黒と赤。
三者に幸せを齎し、明るい未来を開いていくために、俺達が話すべき次のコンビと言えば…


「候補は二組。日向影山を語るには、絶対に必要な人達…別の焦点から見たライバルです。」

一組目は、日向影山と同学年かつ同チームだった、バエる現役イケメンVリーガーと、
彼らと語り合うために不可欠な『通訳』から…ライバル間の調整方法を、ぜひ聞いてみたい。

「烏野内で、日向影山の『対』…ツッキー。」
「その三者を繋いだ『対』…山口君ですね。」


もう一組は、同学年・同チーム・強烈なライバル同士な点は、日向影山と似ているけど、
日向影山には存在しない、根底に強固な繋がりを持つ…コンビ最強称号を冠する二人だ。

「影山のウエ。そしてニッポンのライバル…」
「世界を内輪揉めに巻き込む…阿吽コンビ。」

どちらも話題性抜群の、イケメン枠。
だが、どちらも片割れは現役プロ選手ではないし、Vリーガーの対に至っては一般人。
もう片方は、選手ではないものの日本代表を支えるスタッフだが、対はVリーガーじゃない。
どちらを選んでも、協会側が提示したものとは趣旨がズレてしまい、採用不可…だろうか。

「いや、そこは俺がウエを『説得』する。現役プロ選手だけが『バレー界』じゃない。」
「そもそも俺達だって現役ではありませんが、『バレー界』を闇から操る…ですよね?」

それを聞いて、一安心…できるわけないけど、諸々は漆黒深赤コンビに任せておこう。


どっちが良いと思います?と、俺が二人に視線を投げかけると、
二人は対になる答えを同時に発した…俺の思った通りに。


「俺は月山組…久々に愛弟子で遊びてぇし。」
「俺は阿吽組…こっちの方が多少マシです。」



    →月島山口編へGO!

    →及川岩泉編へGO!





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2021/01/05 

 

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